第78話 ダンジョン “微睡みの楽園”(5)

二階、三階、四階を抜け、一行は第五階層へとたどり着いた。

特に異常な光景はなにもなく、森ばかりが続くとなればシノアリスもダンジョンへの興奮も落ち着きをみせ、せっせとダンジョンでしか採取できない素材の回収に励んでいた。


巨大蟻ジャイアント・アントだ!」

「セレーネ!支援を頼む!!」

「はい!炎と大地の祝福を我らに、“身体能力上昇アビリティー・アップ”」


セレーネの呪文が唱えられると同時に赤い光がセルザムとイグナツィオを包み込む。

巨大蟻ジャイアント・アントは特に強くはないが、命の危機に晒されたとき仲間を大勢呼ぶために即座に討伐しなくてはいけない。

大勢で囲めば、巨大蟻ジャイアント・アントが仲間を呼ぶ危険性もあるので、討伐する明星の姿を見守る狼の鉤爪と暁達。

その後ろにて、シノアリスは魔道具“暴きの眼”にて擬態している薬草と毒草を分別していたが、ふと視界の隅に何かが映った。


「・・・ん?」


思わず顔を上げ、一瞬だけ見えた先を見るも何もない。

今度は暴きの眼を翳して、その先を見れば先ほどまで何もなかった場所に“遺跡”があった。


「遺跡?」


シノアリスが持っている暴きの眼は、幻術やトラップ、擬態などを見破り真実が写される魔道具である。つまり、あの遺跡は通常なら見えないように隠された遺跡だと判断し、直ぐにマリブの元へと駆け寄った。


「マリブさん、これを翳して、あそこを見てください」

「?・・・あれは?!」


初めは不思議そうに暴きの眼を受け取ったマリブだったが、シノアリスの指さす先を見て映る遺跡にマリブは驚いた。

この微睡みの楽園は既に調査済みのダンジョンである。調査報告書にもこのダンジョンに“遺跡など存在しない”ことはマリブ達も知っている。


つまりあれが“隠しルート”なのだろうか。


「お手柄だ!シノアリス嬢!!」

「向こうも討伐が終わったね、なら確認しないと」


ルジェは巨大蟻ジャイアント・アントを討伐し終えた明星を見やる。

最初はシノアリスの見つけた遺跡に半信半疑であったが、暴きの眼から見えた遺跡に息を飲んだ。

直ぐに遺跡の傍にまで移動するも、目の前には木しかない。

ルジェは暴きの眼で遺跡の場所を確認しつつ、手を伸ばすがグニャリと空間が歪んだような違和感があった。


「これは高度な隠蔽魔法を使用しているね・・・アリスちゃん」

「はい?」

「君の・・・」


マリブとカシスを背にして、まるで隠れるように話しかけるルジェに頭上に疑問符を浮かべつつもシノアリスはルジェの方へと耳を寄せる。


一方明星達は、暁やくーちゃんも物珍し気にその空間に触れていた。

本来、隠蔽魔法は認知をされる、またはその箇所に触れると魔法は解除される。だが高度な術式になれば、認知や触れても簡単には解除されない隠蔽魔法もある。


「俺の解除キャンセルでは無理だな」

「魔法一覧を検索しましたが、隠蔽魔法を解くものはありませんにゃ」


セレーネとセルザムは本来であれば遺跡があるはずであろう空間に触れながら、その高度な魔術に舌を巻いていた。


「隠蔽魔法を解くには、特殊な魔道具でなければ不可能ですね」

「となると秘宝級の一つ“真実の天秤”か」


“真実の天秤”とは、いかなる隠蔽、不正を暴くことができる秘宝級アーティファクトの魔道具だ。

現在は魔術協会にて厳重に管理されており、主に裁判などで使用されている。


「秘宝級?」

「魔道具の等級だよ」


セルザムが言った“秘宝級”の意味がわからなかったくーちゃんは小さく疑問を零したがいつの間にか傍に戻ってきていたシノアリスにより即答される。


冒険者にランク、魔法にも上級や初級があるように魔道具にも等級が存在する。

だが魔道具に等級というものがつくようになったのは、今から五十年前に商業ギルドと魔術協会によってつくられたのが始まりだ。

魔道具の等級は現在、五つ存在している。


希少級レア

秘宝級アーティファクト

伝説級レジェンド

神話級ゴッド

古代級ジェネシス


例をあげればシノアリスがよく製薬している“回復薬”に等級はない。

だが、品質が高品質になると希少級レアという等級に変わる。


「秘宝級になると市場でも出回りません、王家とか凄い人たちが保管するほどだね」


もしくは稀に裏オークションで流れるくらいだろう。

余談だが、秘宝級の魔道具を作れるのは片手で数えられる程度しかいないらしい。


伝説級レジェンドはどうなるんだ?」

「秘宝級より上の物は、噂程度では話を聞きますけど実際に見た人は聞きませんね」

「じゃあ神話級ゴッド古代級ジェネシスは想像の世界ほどなんでしょうにゃ」

「その通りだよ、くーちゃん」


放浪の錬金術士が作り上げた“転移の灯”さえも希少級レアの範囲なのだ。

神話級ゴッド古代級ジェネシスなんておとぎの話と言われるほどであり、出会える機会などきっとないだろう。


それこそ、世界に一つしかない未知なる魔道具や最恐の弱体魔法デバフや禁忌のスキルが付与された武器などを生み出さない限り。




「これは一度出直した方がいいかもしれないな」


イグナツィオの提案にセルザム達も同意するように頷こうとした矢先、パリィンと割れるような音が響き渡った。

音の先へと振り返り、イグナツィオ達は目の前の光景に言葉を失った。

先ほどまで木しかなかった空間がなくなり、そこになかったはずの遺跡が姿を見せていたのだから。


「え、な、ど」

「いや、上手くいって良かったよ」

「ルジェ、さん?」


戸惑い混乱で言葉がうまく発することができないイグナツィオの耳に安堵したルジェの声が届く。

ルジェの手にはサラサラと刃先が朽ちていく短剣が握られている。一体なにが起こったのか、と戸惑う彼らからの視線にマリブは笑顔でこの現状を説明してくれた。


「驚かせて済まない、俺たちの知人に高位の隠蔽魔法を打ち消す“看破”が付与された魔道具を譲ってもらってね」

「使い捨てで一回限りだから成功するか賭けだったけど、成功して良かったよ」


マリブとルジェはニコニコと笑顔で話しているが、明星のメンバーはその内容に全員青褪めていた。

高位の隠蔽魔法を使い捨てとはいえ、打ち破るなど秘宝級の魔道具に値する。

下手をすれば家だって買えるほど莫大な価値になるというのに、それを知人だから譲ってもらえるとは、彼らとどういう関係なのか。


ちなみにその知人とは、マリブが発言した際に思わず挙手をしそうになったところをカシスに抑え込まれているシノアリスだったりする。


先ほどマリブとカシスの背後に隠れて話をしていた際に、シノアリスはルジェに問われた。

隠蔽魔法を敗れる魔道具はないか、と。

その問いに対しシノアリスはあっさりと「ありますよ」と回答をし、試作で作った看破が付与された短剣を渡した。

まだ試作段階なのでどこまで作用するかは分からないと言われたが、放浪の錬金術士という名を持つシノアリスの腕は秘宝級に値するとルジェ達は思っていた。

シノアリスの腕を信頼した結果、見事に高位の隠蔽魔法は打ち破られた。


「さ、隠蔽魔法も解除されたことだし調査しようか」

「ま、待ってください!!」

「ズルー?」


遺跡の方へと足を進めた瞬間、ズルーは声を張り上げた。

突然仲間が声を張り上げたことにセレーネは訝しそうに仲間を見やった。


「え、っと、あの・・・お、おれが、見た場所は此処じゃない!」

「は?」

「あぁ、そうだ!よくよく記憶を掘り返せば、見た場所は最下層だ!」

「最下層だと?」


その言葉にカシスは苛立ったようにズルーの胸倉をつかみ引き寄せた。


「おまえ、どういうつもりだ?」

「・・・ひっ」

「依頼書のときもそうだが、ずっとお前の発言は矛盾だらけなんだよ」


そもそもマリブ達が此処に来る理由も、“明星が隠しルートを発見した”という報告があり、冒険者ギルドから正規の依頼でやってきた。

だが実際に話を聞けば、隠しルートを見つけたのはズルーの一人だけ。

尚且つ、怪しげな遺跡を見つけたのに突然になってみた隠しルートの場所が違うなど怪しさしかない。


カシスは舌打ちを零した。

最初からこの依頼の胡散臭さに、シノアリス達と解散すべきだと思っていた。

無関係のシノアリス達と別れて行動すべきかと考えたが、ある視線が一点に注がれていることをマリブだけが気づいた。

気付いたからこそ、シノアリス達と解散するのはよくないのかもしれないと大勢でのダンジョン調査へと挑んだ。


「なにを隠してやがる」


いくら人に偽装しているとはいえ、獣人であるカシスの威圧に明星達は一歩身を引く。

警戒するマリブとルジェは、視線で暁達に離れろと訴える、無論すぐに視線の意図を察した暁はシノアリスを背後に庇った。


「ぅ、ぁ」

「カシスさん、ズルーを放してください」


カシスの威圧に怯えるズルーは、咄嗟に仲間に視線を向けた。

だが明星の仲間もカシスと同意見なのか疑いの眼差しを向けている。再び問い詰めようとするカシスに対し遮ったのはイグナツィオだった。


「俺はズルーを信じます」

「・・・」

「ただでさえ、高位な隠蔽魔法で隠されていた場所だから危険性は高いと思うんだ」


だから一度出直しましょう、とイグナツィオは告げる。

カシスはどうするとマリブへと視線を向ければ、マリブは少しだけ考え込んだ。


「高度な隠蔽魔法で隠されていたのなら、なにかしらあるのだろう。そのための調査だ」

「・・・」

「それに一度隠蔽魔法を破壊したから、場所を変更される可能性もある」


実際シノアリスの魔道具がなければ、この遺跡は発見さえされなかった。

既に魔法を破壊した後なので、魔法が使えるくーちゃんが隠蔽魔法をかけなおしたとしても、その魔力の違いに魔術師は気付くはず。


「調査は俺達だけで行う。君たちは念のため遺跡から離れた位置で待っていてくれ」

「そうだね、もし三十分以上戻らないときは、すぐにギルドに戻って増援を呼んできてほしい」


マリブとルジェの言葉にイグナツィオは、一瞬だけ言葉を詰まらせたが静かに頷いた。

遺跡に向かうマリブに続いて、シノアリス達も後を追う。

その姿にセレーネは声をあげようとしたが、元々狼の鉤爪がシノアリスを引率しているので、マリブ達が置いていくと宣言していない以上は関係のない自分たちでは口出しは出来ない。


セレーネはただ彼らが無事に戻ってきますように、と祈ることしか出来なかった。




****

本日の鑑定結果報告


身体能力上昇アビリティー・アップ

攻撃力、防御力、素早さなど肉体的能力を増幅させる支援魔法。

ただし対象は視界の範囲内のみなる。


・魔道具の等級

冒険者にランクがあるように、魔道具にも等級が存在する。

希少級レア

秘宝級アーティファクト

伝説級レジェンド

神話級ゴッド

古代級ジェネシス

と商業ギルドでは五つの等級が定められており、秘宝級の魔道具を作れるのは片手で数えられる程度しかいない。

勿論、その中に放浪の錬金術士の名は入っている。

“転移の灯”さえも希少級の範囲なのは片道しか使えないのと使い捨てのため。



***

最後までお読みいただきありがとうございます。

数ある小説の中からこの小説をお読み頂き、とても嬉しいです。

少しでも本作品を面白い、続きが気になると思って頂ければ嬉しいです(*'ω'*)

更新頻度はそこまで早くはありませんが、主人公ともども暖かく見守っていただけると嬉しいです。


既に神話級ゴッド古代級ジェネシスに近い物を作っている爆弾が傍にいますが、誰も気づいていません。

そして、それを装備しているヤベぇ奴がいることも。ナンテコッタイ/(^o^)\!!



【更新予告】

明日も更新します!!

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