第76話 ダンジョン “微睡みの楽園”(3)



「このダンジョン、微睡みの楽園は八階層になっています。でも攻略される前は約十二階層まであったと言われていたんです」

「なぜそんなにも差があったんですか?」

「所説によればダンジョンは心臓コアの魔力によって階層が異なります」

「つまり魔力が大きいと階層が深くなる?」

「はい、正解です」


シノアリスの解答に、素晴らしいと小さな拍手を送るセレーネ。

傍から見れば先生と生徒のような構図だ。

その光景を微笑ましそうに見る暁とくーちゃん、明星のメンバーであるイグナツィオとセルザム。だが反対に警しみ頭を抱えるカシスとルジェだった。


本来であれば、情報に誤りがあったので調査は中止となるはずだったのだがズルーに必死な訴えをイグナツィオは頭を下げ、自分たちも同行するので調査をしてほしいと頼み込んだ。

それでも頑なに断るマリブ達に対しセレーネは言った。


「新人さんのデビューをお手伝いさせてください」


シノアリスを抱きしめたまま、セレーネは訴えた。

新人とは誰のことだ、とシノアリスは頭上に疑問符を浮かべるも、明星達もセレーネの言う通りだと頷く。埒が明かないと思ったのかルジェが口を挟もうとしたが、それを止めたのはマリブだった。

驚くルジェに対しマリブは、こう告げた。


「分かった、だが俺たちの本来の目的は隠しルートの調査だ。手伝いたいというのなら、その場所までは君達がほぼモンスターを討伐してくれないか」


その条件に勿論だ、とイグナツィオが承諾を受けたことで結果、総勢十名での大掛かりなダンジョン調査となってしまった。

マリブが何を考えて、そんな条件を出して彼らの同行を受け入れたのかシノアリスは分からないが彼なりの考えがあるのだろう。


「う、わぁ」


初めてダンジョンに足を踏み入れたシノアリスは、まず広さに驚いた。

入口からして狭い洞窟のイメージだったのだが、通路はとても整備されたように広々としていた。物珍し気に周囲を見回すシノアリスに、セレーネは丁寧にダンジョンのことを説明してくれた。


心臓コアの魔力によって階層が違うなど初耳で、シノアリスの目は興奮で輝きだす。

今までは足を踏み入れることなどなかったので、本でもヘルプでも調べることをしなかった。だが今のシノアリスは一人ではない。

ここでダンジョンのことを深く学べば、これからもダンジョンで素材の採取が出来る。

シノアリスは真剣にセレーネの説明に耳を傾けていた。


「セレーネさんは教えるのがお上手なんですね」

「私、孤児院出身なの。よく下の子達に教えていたから、そのおかげね」


セレーネは故郷の孤児院を支援するために冒険者になったのだという。

初々しい新人冒険者であるシノアリスが、孤児院の子供たちを思い出してしまうと恥ずかし気に説明してくれた。

その言葉にシノアリスはようやくセレーネが自分を冒険者だと勘違いしていることに気付き、すぐに訂正をしようとするも。


「魔物だ!セレーネ、補助バフをくれ!」


その都度、魔物が出てくるのでシノアリスは訂正するのを諦めた。

時には諦めは肝心だ。


さて進行を塞いでいる魔物は、チャドガという昆虫類の魔物だ。

シノアリスは、前日に買った“微睡みの楽園に出現する魔物一覧”を思い出す。


チャドガは-Cランクではあるが、“毒針”と“硫酸液”をもつ厄介な魔物である。

まず“毒針”はその名の通り毒の針だ。

背中にある針自体はとても薄く刺さっても気付かない。

もしむやみに近づけば、毒で動きを封じられた隙に噛みつかれ“硫酸液”を体内に流し込まれる。


攻撃力が弱い魔物だと侮れば、自らが危険に晒される。

これがダンジョンなのかとシノアリスは明星が討伐する様を見つめていた。不意に体が動かない違和感に振り返れば背負っていたリュックにチャドガの毒針が貫通し、壁に縫いとめられていた。


「ありゃ」


いつの間にかシノアリスのリュックにチャドガの毒針に引っかかっていた。

幸いなことに毒は一切シノアリスに触れていないので無事だが、問題はどうやって毒針を引っこ抜いたものかと思案する。

傍で身を潜めていたチャドガは、身動きが取れないシノアリスに牙を剥き出し噛みつこうと這いよる。牙がシノアリスの足に触れる寸前に、暁はシノアリスの肩を抱きよせチャドガに向けて足を軽く振り払った。

暁からすれば軽く蹴ったつもりだが、チャドガはもの凄い勢い壁に叩きつけられグチャリと音を立てて簡単に潰れた。


「シノアリス、平気か?」

「はい!荷物もそこまで穴が開いてないので平気です」

「そうか、だがすまない。折角の魔物が」

「あ、大丈夫ですよ!チャドガは採取部分が毒針なので、この瓶に毒針をいれてもらえますか?」

「あぁ、分かった」


リュックを貫通する毒針を暁は躊躇なく引っこ抜き小さく割りながら瓶に入れながら、ほのぼのと会話するシノアリスと暁。

チャドガが後方にもいたことに気付き、慌てて手助けしようとしていたセルザムは驚いたように目を見開き叫んだ。


「いや、なにほのぼのしてんだ!?チャドガの毒針に素手で触れていたけど!早く毒消し処理を!」

「あぁ、俺は毒耐性があるから問題ない」

「あ、でも汚れたので綺麗にしないと」

「ごしゅじんさま!タオルをおもちしましたにゃ!」


ケロリとした暁に、毒よりも汚れを心配するシノアリスとタオルを差し出すくーちゃん。

腕試しでも感じていたが、その三人の異質さにセルザムは背筋が冷えていく。

それに気づいているのか気付いていないのか、明星のリーダーであるイグナツィオが魔物の討伐が終えたので先に進もうと声をかけてきた。


「もうすぐ一階エリアに到着する、みんなは準備をしてくれ」

「準備?」


一体なんの準備だろう、とシノアリスは首を傾げていたが、それは直ぐに判明した。

通路の奥にある青い魔法陣に明星やカシス達は次々と飛び込んでいく。

なんの躊躇もなく飛び込む彼らにシノアリスは戸惑っていたが、大丈夫とセレーネに手を引かれ魔法陣の中へと飛び込んだ。


一瞬の浮遊感に驚いたが、目を開けた先の光景にシノアリスは戸惑った。


「うぇ!?な、なんで森が!?土も木も葉っぱも・・・ほ、本物?え、ええええ?!」


ダンジョンの中なのに、見渡す限りの密林と頭上には青空が広がっている。

お日様や雲は見当たらないが、そよぐ風も土や木、葉に触れれば本物と全く変わりなくシノアリスは驚きと興奮に満ちていた。

その姿にセレーネやセルザムはほっこりとした顔で見守っている。


あの初々しい反応が冒険者にとっては懐かしいものなのだろう。


「ダンジョンだからね」

「“ダンジョンだから”の言葉で片づけられますか?これ」


思わず突っ込み返してしまうが、ダンジョンについては未数値な部分も多いので致し方ないのかもしれない。

シノアリスは、自分のスキルにダンジョンのことについて聞こうかと考えていたが、不意に騒いでいるのが自分だけだというのに気づいた。


「暁さんもくーちゃんも驚かないんですか?」


シノアリスの言葉に暁もくーちゃんも顔を見合わせた。

確かに驚きはしているが、二人からすれば「へぇー」の一言くらいで、むしろ興奮しているシノアリスをみて和んでいたくらいであった。


「俺はダンジョンには潜ったことはないが、とくには」

「にゃー、くーも少しは驚きましたがそこまでは」


温度差の激しさにシノアリスは愕然とする。

くーちゃんは生まれたばかりだから致し方ないとしても暁には沢山の未経験を共に体験してもらいたいとシノアリスは思っていた。


「では、皆さんのお邪魔にならない程度に珍しい素材を沢山採取しましょう!」

「ではこの本の出番ですね!」

「そうだね、くーちゃん!ささ、暁さんも」


せっかくのダンジョンなのだからとシノアリスは微睡みの楽園にて採取できる素材図鑑を手に薬草を採取する。


ふと目の前の草むらから飛び出ているふわふわの羽毛に気付き、シノアリスは躊躇なく羽毛を掴んだ。むぎゅ、と羽毛を掴み引っこ抜こうとしたが全く動かない。

おや?とシノアリスは不思議気に首を傾げるも、不意に自身の頭上に影が差したので顔をあげた。


「「・・・」」


なにかと目が合った。

草の茂みから出てきたのは首の長い生き物だった。

見つめる小さな目、そして真ん中には黒く長い嘴が見えている。ジッと互いが静かに見つめ合っていたが、不意にマリブがふとシノアリスの方へ視線を向けたとき草むらから見えるそれに思わず驚きの声を漏らした。


「は?極楽鳥?!」


その瞬間、極楽鳥と思わしき鳥はギィィゲェェェ、と激しい金切り声をあげて全員の耳に大打撃を浴びせた。

全員が耳を塞ぎ意識が反れたのを感知した、極楽鳥は逃げるために直ぐに立ち上がった。



極楽鳥は、ナストリア国が所有するダンジョン、微睡みの楽園に生息する鳥の魔物である。

肉だけでなく骨や内臓、羽、爪、血、全てが食べることが出来、味は非常に美味いのだが、捕獲がとても難しいと言われている。

まず、彼らは体長二メートルの大きさがありながらも、擬態という能力を持っており見つけるのがとても困難な魔物なのだ。

奇跡的な確率で遭遇できたとしても、強力な脚力などもあることから筋肉がとても凄まじく下手に傍に寄ればその強力な筋肉を身に着けた脚力で攻撃してくる危険な魔物である。


地球で例えるならダチョウによく似た魔物だ、だがしかしこの極楽鳥は飛べる鳥である。


「?」


さて、見つけるのが困難と言われた極楽鳥は不運にも人間に見つかり一目散に逃げようとした。

威嚇をし、天敵の意識が反れたのを確認し逃げようとした矢先、一瞬だけ感じた衝撃にん?と疑問に思ったが全く重さも感じないことから、なにもないと判断し空に羽ばたいたのだ。


尻尾を掴んだまま目を回しているシノアリスをぶらさげて。


悲しいことにシノアリスの錬金術士としての素材への執念が出ているのか、掴んだ素材を決して離さないとばかりに尻尾を握り締めていた。

さらに筋肉が凄まじい極楽鳥からすれば、シノアリスの重さは認識されないほどの重さだったようだ。


「ギィィゲェェェ」

「おぎゃんー」


「シノアリスぅぅぅ!?」

「にゃああ!?ごしゅじんさまぁあ!?」

「このバカアリスぅぅぅぅ!!」


飛び立つ極楽鳥と目が覚め空を飛んでいることに悲鳴をあげるシノアリス。

我に返った暁とくーちゃん、カシスやマリブ、明星達は慌てて飛び立った極楽鳥の後を追いかけたのだった。




****

本日の鑑定結果報告


・極楽鳥

ナストリア国が所有するダンジョン、微睡みの楽園の生息する鳥の魔物である。

肉だけでなく骨や内臓、羽、爪、血、全てが食べることが出来、味は非常に美味いのだが、捕獲がとても難しいと言われている。

まず、彼らは体長二メートルの大きさがありながらも、擬態という能力を持っており見つけるのがとても困難な魔物なのだ。

奇跡的な確率で遭遇できても、強力な脚力で攻撃されるので迂闊に近寄れない。

地球で例えるならダチョウによく似た魔物だ。だがしかし極楽鳥は飛べる鳥である。



***

最後までお読みいただきありがとうございます。

数ある小説の中からこの小説をお読み頂き、とても嬉しいです。

少しでも本作品を面白い、続きが気になると思って頂ければ嬉しいです(*'ω'*)

更新頻度はそこまで早くはありませんが、主人公ともども暖かく見守っていただけると嬉しいです。



愛犬の散歩帰りにリードを外しきれていないのに、大好きな母の元にダッシュされ玄関からリビングに引きずられた経験を参考しました(実話)

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