第75話 ダンジョン “微睡みの楽園”(2)

かくして、ダンジョンを調査するためにやってきたシノアリス一行。


微睡みの楽園は、ナストリア国からそう遠くには離れていないところにある。

国が所有するダンジョンのためか、ダンジョンの傍にはナストリア国の兵士が立っており、その付近では行商をしている商人の姿もあった。

ダンジョンに挑もうとしている冒険者の姿がいくつもあり、まるで街のような賑わいに満ちていた。


「えっと、このあたりにいるはずなんだけど」


ルジェは周囲を見渡しながら誰かを探していた。

彼が探しているのは隠しルートを発見したと報告してきた冒険者達である。マリブやカシスも探すように周囲に視線を巡らせる中、シノアリスは数多くの冒険者がダンジョンの前で手続きをしては中に入っていくのを眺めていた。


「・・・」


ナストリア王国が所有するダンジョン。

そもそもシノアリスには縁のないものだったので、ダンジョン自体知識が全くない。

だからダンジョンの入り口であろうとも未知の体験故にシノアリスの目はとてもキラキラと輝いていた。

その輝く視線に勿論冒険者達は気付いており、チラリとシノアリスに視線を向けたかと思えば気さくに手を振ったりなどしてダンジョンに入っていく。


「ごしゅじんさま、さきほどから手を振ってくる者達とお知り合いですかにゃ?」

「ううん、全然知らない。なんだろうね?」


何度目かの冒険者が手を振ってダンジョンに入っていく姿に、くーちゃんが不思議そうに問えばシノアリスも訳が分からないと言わんばかりに首を傾げていた。


なぜ、あの冒険者達はそのような微笑ましい対応をしたのか。

それは大勢の男性に囲まれた小柄な少女の姿に、周囲はきっと冒険者になりたてなのだろうと勘違いしていたからだ。

自分も冒険者になったばかりは、あぁだったと懐かしい気持ちからなのか、キラキラと輝く視線は自分たちに送られているのだと勘違いしていた。


だからダンジョンに入るシノアリスに対し友好的な態度だったのである。

実際は、ダンジョンに興味があって冒険者には一ミリも興味はないのだが知らぬが仏。


「・・・あれ?」


ふとシノアリスの視界にとある姿が映った。

それは忘れたくても忘れることが出来ない悲しい事故を引き起こした記憶が駆け巡る。そして向こうもシノアリスに気付いたのか驚きで目を見開いていた。


「君は、腕試し大会の!!」

「あぁ!あなたはあの時の股間の方!!」


ダンジョン付近の為、周囲は大変賑わっていた。

だがしかしシノアリスの声が響いた瞬間あれだけ賑わっていた空気が、一斉にシンと静寂に包まれた。

股間の方、と呼ばれた腕試し大会にて被害にあったセルザムも時が止まる。

が、セルザムの後方に同じパーティーのメンバーらしき男女だけは直ぐに我に返り軽蔑した目をセルザムに向けていた。


「セルザム、おまえ・・・」

「あんな幼い少女に」

「あぁ、地母神よ。どうかこの罪人に罰を」

「ち、ちが!?いや、確かに股間に関する事件はあったが違うんだ!!」


何故だろう、セルザムが弁解すればするほど周囲の眼が厳しくなっていく。

だが、そんな空気を読んでいないシノアリスはいつの間にかセルザムの傍に来ており何度も申し訳なさげに頭を下げていた。


「あの、もう股間は大丈夫ですか!?本当は別の急所を狙うつもりだったのですが、つい勢いがついてしまって!」

「「「・・・セルザム」」」

「おねがい!君は少し黙っててくれないか!?」


悲痛に満ちたセルザムの懇願の声に、ようやく騒ぎを気づいた暁達が駆け寄ることで誤解は終止符を打たれたのだった。



「君たちが、今回ダンジョンの異変を報告してくれた“明星”だね?」


ダンジョンの入口から少し離れた場所にある広場にてルジェは確認するように問いかえた。


「あぁ、正確に言えば見つけたのは俺たちの仲間のズルーだ」


サッと一歩前に出たのは、白シャツに茶色のベルトを腰に巻き緑のマントを羽織った男がルジェの言葉を訂正するように言い換えた。

彼は“明星”のリーダーで“イグナツィオ”。

名を呼ばれたズルーは、ルジェの視線が此方を向いたのに気づき肯定するように強く頷いた。


“明星”は銀ランクの冒険者である。

だが、その実力は金ランク目前とされ注目を集めている冒険者でもあった。

そして金ランクへの昇級試験を受けるために隣国へと渡っていたのだが、ナストリアで魔物の暴走が起きたことを知り、仲間のセルザムが故郷が巻き込まれているかもしれないと騒ぎ出したので、予定を変更させてナストリア国へやってきたとのことだ。


「あの、その・・・俺は、あの日、私用があってダンジョンに潜ったんだ」

「は?」

「話の途中で悪いが、君一人で潜ったのか?」

「あ、あぁ・・・そうだ」


微睡みの楽園は、主に鳥や昆虫系の魔物が出没し、ドロップするアイテムも羽や蜜などが多い。

魔物も-CランクやCランクが多いので駆け出しである赤ランクの冒険者が実践を積むためによく出入りしている。

ズルーは、黒いローブに杖などを腰につけており、その格好から見て魔術師で間違いないだろう。


国が管理しているダンジョンではあるが、ダンジョンであることに変わりはない。

下手に単独でダンジョンに挑めば命を落とす可能性はとても大きい。

だから、よほどのことがない限りダンジョンに一人で潜る者はいない。それを後方支援が主な魔術師が一人でダンジョンに潜った。

訝しむマリブにズルーは、疑われていると気づいたのか声を大きく張り上げた。


「た、確かに見たんだ!!この目で!」

「実際俺達は見ていないのですが、仲間が此処まで言うのなら本当だろうと思いまして」

「・・・」


難しい顔をするマリブとルジェ。

その様子を見ていたシノアリスは、カシスに小声で問いかけた。


「あの、なにか問題でもあるんですか?」

「報告内容と違うからだ」

「違う?」

「俺達は“明星が隠しルートを見つけた”と聞いて、確認のために此処に来た。だが実際にその隠れルートに遭遇していたのはメンバーの一人だけ」

「つまり目撃者が複数ではなく一人だけだった、ということだな」

「あぁ、多数の目撃者がいたのなら信憑性があるが一人となると・・・」

「見間違いの線も大きいな」

「本当に“見間違い”なら、な」


いつの間にかカシスと暁が並んで真剣な顔で話し合う。

カシスや暁が真剣になるのには理由がある。

報告に嘘があったからだ。

情報は冒険者の中でも重要な存在である。情報一つ間違いがあるだけで取り返しのつかない事態だった起こりうる。

暁は冒険者ではないが、山奥で魔物や獣達に遭遇した際に情報を共有して村を守ることなどが多かったからその重大さに理解があった。

だがシノアリスは冒険者でもなければ山奥に住んでいたわけでもない。

だから、何故マリブやルジェ、カシスに暁までもが険しい顔つきになるのか理解が出来なかった。


「君!君なら信じてくれるだろ!!」

「おぎゃッ?!」


マリブ達の視線に耐えれなかったのか、ズルーは静かに傍観していたシノアリスの前へと飛び出した。

勿論突然横から飛び出され、尚且つその手を掴まれれば驚かないはずがない。

奇声をあげながら驚いたシノアリスにマリブ達や明星のメンバーが引きはがすよりも、先に一番に反応した暁はズルーの手首を掴んだ。


「悪いが放してくれないか?」


力加減はしているとはいえ鬼人の怪力さを知らない者はいない。

微かに息をのむ音が聞こえるが、暁は未だシノアリスの手を放さそうとしないズルーの手首を力を込めた。


「・・・ヒッ!お、れはただ・・・話を、信じてほしく、て」

「だからといって、女の子を乱暴に掴むなんて最低ですよ」


緊張が走る中、明星のメンバーの一人である神官“セレーネ”はズルーを咎めるように叱咤し、手の甲を杖で叩いたことで強制的にシノアリスから手を離させた。


「仲間がごめんなさい、少し手を見せてもらえる?」


シノアリスは目の前に現れた神官のセレーネに思わず釘付けになってしまう。

さきほどはセルザムに意識を集中していた所為か、セレーネの存在に気付かなかったが姿は女神のそのものだ。

ウェーブが掛かっているのに、絹のようにきめ細やかな金髪。

真っ白な肌に宝石のように輝く翡翠の瞳。神官の服である白の衣装を身に纏っているが、それがセレーネの美しさをより引き立てていた。


「め、女神?」

「あら、お上手ね。でも女神ではないわ、私はセレーネよ。よろしくね」

「シノアリスです、よろしくおねがいします」


優しい雰囲気はどこかロゼッタを思い出せる。

真っ白な手がシノアリスの手首を撫でる、思わず自身の手首へと視線を落とせば、若干変色していた。

驚きで痛みを感じなかったが、どれだけ強い力で握っていたのかとシノアリスは不快そうにズルーを睨む。だがシノアリスを守るように壁になっている暁の眼力に引け腰なのか睨みは届いていない。


「全くズルーは・・・“かの者に癒しの キュア祝福を”」


仲間のした行動に不快そうに眉を寄せつつ、負傷を追った手首にセレーネは重ねるように手を添えた。

呪文と共に温かな光がシノアリスの手首へと降り注ぐ。

光は直ぐに消えたが、セレーネが手を放せば手首に残っていた変色は消えていた。


「これって・・・セレーネさんは“回復術士ヒーラー”なんですか?」

「元はね、少し前に上級職である“神官プリスト”に転職したの」

「上級職?神官プリスト?」

「知らない?あ、まだ新人さんだから上級職の話は知らないのも当たり前ね」

「?」


そもそもシノアリスは冒険者ではない。

だがセレーネは勝手に勘違いしていると知らないシノアリスは頭上に?を浮かばせたままセレーネから上級職の意味を説明に耳を傾けた。


「上級職は、通常の職業より高ランクの職業のことよ」

「高ランクだとなにか違うんですか?」

「そうね、まず私の職業“神官プリスト”だけど」


上級職“神官プリスト”になるためには、二つの職業を限界まで極めなくてはならない。

その二つの職業が回復術士ヒーラー僧侶モンクである。

回復術士ヒーラーは回復に特化した職業であるが、攻撃魔法や支援魔法が使えないので戦闘に向いていない。

僧侶モンクは回復はやや劣るが、仲間への支援魔法などに特化している。

この二つの職業を極め、転職できるのが“神官プリスト”である。またこの職につける存在は十人に一人と言われるほど難しい職業だと言われている。


「つまり、セレーネさんは回復魔法が使えて、さらにパーティーの支援もできる、もはや女神だと」

「・・・女、女神ではないのだけどね」


真っすぐな賛美に思わずセレーネは頬を赤らめてしまう。

セレーネも自身の容姿は理解しているので、下心を含んだ賛美や上辺だけの言葉には聞き飽きている。だが目の前で純粋な尊敬の眼差しに下心も上辺もないと見てわかる。


セレーネは吸い寄せられるようにシノアリスの頭を撫でれば、嬉しそうに頬を緩ませる姿に「これが癒し!」と思わず抱きしめた。

突然の女神からの抱擁にシノアリスだけでなく周囲も驚くが、たわわな胸と良い香りにシノアリスは羨まし気に見る男どもにドヤ顔を見せたのだった。



*****


本日の鑑定結果報告


・微睡みの楽園

ナストリア王国が所有するダンジョン。

主に鳥や昆虫系の魔物が出没し、ドロップするアイテムも羽や蜜などが多い。魔物も-CランクやCランクが多いので駆け出しである赤ランクの冒険者が実践を積むためによく出入りしている。

中でもレアな魔物が極楽鳥、瑠璃蝶など。遭遇率は0.01%の確率。


かの者に癒しの キュア祝福を

回復術士ヒーラーが最初に覚える魔法。

初歩ではあるが、魔力の練り方がとても難しく下手をすると血管が破裂するケースもある。


神官プリスト

回復術士と僧侶の職業を限界まで極めた者のみ転職できる職業。

回復に特化し、また支援魔法にも特化している。

この職につける存在は10人に1人と言われるほど難しい職業。


***

最後までお読みいただきありがとうございます。

数ある小説の中からこの小説をお読み頂き、とても嬉しいです。

少しでも本作品を面白い、続きが気になると思って頂ければ嬉しいです(*'ω'*)

更新頻度はそこまで早くはありませんが、主人公ともども暖かく見守っていただけると嬉しいです。


女性のおっぱいには夢と希望が詰まっています。

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