第74話 ダンジョン “微睡みの楽園”(1)

それは、とある日の事だった。

今日も世界一といっても過言ではない屋台のおっちゃんの串焼きを堪能していたシノアリスの元に狼の鉤爪がやって来た。


「アリスちゃん、お願いがあるんだ」

「はい、なんでしょうか?」

「一緒にダンジョンに来てほしい」

「ダンジョン?」



ダンジョン。

それは冒険者達では誰もが知る共通語である。

元々ダンジョンは地下に存在する迷路であったが、大昔、まだ人や獣人など種族がいなかったとされる時代にて起きた戦争の一つ“天と魔族の戦い”により魔力が暴発してしまい土地に大きな影響を与えた。


年中霧に包まれた森や火山を繰り返す山や未知の海域などは、その魔力の暴発による影響だと言われている。

そしてダンジョンも魔力の暴発により、“生きた迷路”となった。

ダンジョンは生きている。

ダンジョンの中には“ダンジョンの心臓コア”であり、それがある限りダンジョンは何度でも復活する。そして、それを手にした者は、そのダンジョンを意のまま作れることができる大変貴重な物だ。

勿論、調合の素材にもなるのでシノアリスもその素材は知っていた。


だがダンジョンには数多くの魔物が生まれ、いくら倒してもコアを破壊しない限りは延々と生まれてくる。

探索したくても、シノアリスは冒険者ではない。

実力も知識もなくては意味がなく、足手纏いな錬金術士をパーティーに入れるような冒険者もいないのでシノアリスは諦めていた。


そのダンジョンに狼の鉤爪はシノアリス達を勧誘してくれている。


「わたしたち、冒険者じゃありませんよ?」


別にダンジョンには冒険者以外が潜ってはいけない規則はない。

ごくわずかだが自らダンジョンに赴いて商品を確保している商人だっている。だが未経験者のシノアリス達に声をかけてくるなんて驚かないはずがない。

だがマリブ達は、そんなことはないとばかりに首を振った。


「鬼人の暁、魔法が使える助っ人のくーちゃん、後方支援に凄腕の錬金術士のシノアリス嬢、これ以上にない布陣だよ」


前者はわかる。

シノアリスにとって暁もくーちゃんも自慢の仲間だ。

だが、自身が後方支援で役立つだろうかとシノアリスは疑問に思い首を傾げる。


「後方支援といっても、アリスちゃんには物資補給や回復薬の補給をしてほしいんだ」

「あ、それなら納得です!」


ルジェの言葉にシノアリスはようやく納得した。

ダンジョンでは物資補給が出来ないので、その支援などであればシノアリスは大いに役立つだろう。


「この付近にダンジョンなんてあるのか?」

「あぁ、ナストリア国が所有する唯一のダンジョン“微睡みの楽園”だ」


国が所有するダンジョンは両手で数えれる程度しか存在しない。

ダンジョンの心臓コアを入手できれば、ダンジョンを思いのまま作成できる。そのためダンジョンを攻略する際にはダンジョンの心臓コアを破壊しないで捕獲することを推奨されていた。

だがコアの入手は難しく、破壊してしまうことが多いので国やギルド、個人が所有している数は少ない。

そしてナストリア王国が所有しているダンジョンが“微睡みの楽園”である。


「微睡みの楽園か」


ふと横から入った声に視線を向けた。

シノアリスの横にはおっちゃんの屋台しかない、つまり声の発信源は。


「おっちゃんはそのダンジョン知っているの?」

「おぉ、あのダンジョンには“極楽鳥”という魔物がいるんだが」

「極楽鳥」


名前からしてとても派手そうだ、とシノアリスは内心思いつつ、おっちゃんの言葉に耳を傾ける。


「あの鳥はな」

「あの鳥は?」

「肉だけでなく骨や内臓、羽、爪、血、全てが食える」

「す、すべて?」


全ての部位が食べれる、その言葉にシノアリスは胸が酷く高まった。

肉はさながら味の予想は出来よう。

だが内臓や骨、更には羽に爪と血など味の想像が全くつかない。

ゴクリと唾を飲みこみ、真剣な眼差しで屋台のおっちゃんを見つめる。


「そんで、その極楽鳥は」

「極楽鳥は?」

「非常に美味い鳥だ」

「是非一緒に行きましょう、ルジェさん!!」


「・・・うん、アリスちゃんなら絶対そう答えると思ってたよ」


ルジェの両手を握り目を輝かせるシノアリスに思わず笑いを零してしまう。

傍で見守っていたマリブと暁も同じように笑い、カシスは呆れたようにため息を零していた。




微睡みの楽園は、国が所有しているので既に内部は冒険者ギルドが攻略済み。

ダンジョンの心臓コアも国が管理しているので、特にそんな危険はない、なのに何故狼の鉤爪はシノアリスを誘ってきたのか。

それには理由があった。


「隠しルートですか?」

「あぁ、なんでもつい最近ダンジョンに入った冒険者が隠しルートがある報告してきてね」

「もしかしてその調査ですか?」

「正解」


ダンジョンの調査や攻略は冒険者ギルドの役割である。

相手がダンジョンなのでランクも金色と白銀でなければ受け付けられないようになっているが、既に攻略済みのダンジョンでの調査の場合はワンランク下の銀色でも受けられるようになっていた。


だが再調査と言えどダンジョンなので気は抜けない。

そこでシノアリスの錬金術士の腕を頼みたくルジェはマリブ達に提案をし、こうして誘いに来たそうだ。


「報酬については、半分渡そう」

「半分もいいんですか?」

「あぁ、シノアリス嬢の魔道具には俺達も期待しているからな」

「いひひ、そう言われますと照れるなぁ」


自身の魔道具を頼りにしてくれるなど、作り手として嬉しくないはずがない。

頬を赤らめ嬉しそうに笑い声を漏らすシノアリスに、マリブは本当のことだと賛美の追撃をしてくるのでシノアリスの頬は紅くなっていく。


「ダンジョンには二日後に潜るから、必要な道具を準備しておいてね」


ルジェの言葉に、バッとシノアリスはその場で挙手をする。


「ルジェさん、回復薬はどれほどあればいいですか?100個ですか?200個ですか?」

「うーん、とりあえず100個もいらないかな?」

「ルジェさん、ダンジョンの中には料理できるスペースってありますか?」

「僕の知る限りないかな」

「ルジェさん、ダンジョンの中には宿屋はあるんですか?」

「あったら凄いなぁ」

「ルジェさん、食料は一か月分あればいいですか?それとも二カ月分ですか?」

「・・・」

「ルジェさん、お風呂ってありますか!?」

「よーし、アリスちゃん!ちょっと講習しようか!!」


次々襲い掛かる質問に、ルジェは返答を諦めたのかシノアリスの傍に座り“ダンジョンとは”という初心者冒険者に教えるような講習を始めた。

その様子を今まで眺めていた屋台のおっちゃんはポツリと言葉を零した。


「嬢ちゃん、ダンジョンを娯楽施設だと勘違いしてねぇか?」

「「「「・・・」」」


その言葉に、誰も否定することができなかった。




時間の流れはあっという間にたち、シノアリス達は待ち合わせ場所である酒場へと訪れていた。

だが、思いのほか早かったのかマリブ達の姿は見えない。


「ブヒヒン、いらっしゃいませ」


ふと横から聞こえた物凄い美声にシノアリスが視線を向ければ、いつの間にか酒場のマスターが傍にいた。

相変わらず馬そのものなのだが、思考を放棄した所為なのかシノアリスは笑顔で挨拶を交わした。


「あ、酒場のマスターさん。おはようございます」

「おはようございます、本日はどうなされたんですか?」

「ここでマリブさん達と待ち合わせしているんです」

「マリブ殿・・・あぁ、狼の鉤爪ですね」

「はい、今日はマリブさん達とダンジョンに潜るんです!」

「それはそれは・・・」


余程ダンジョンが楽しみなのかシノアリスは満面の笑顔を浮かべながら酒場のマスターに告げる。

馬面なので表情は読み取りにくいが、声からして微笑まし気なのはギリギリ分かった。

そして何を思ったのか、カウンターから三本のキャロトットを取り出して袋に包みだした。


「よろしければ、此方をどうぞ」

「これは?」

「お弁当です」


「「「・・・」」」


酒場のマスターが自ら作っているキャロトットは、微かな甘みがあるため生で食せる。

これは実際食べたシノアリスが、その味を知っている。だが生の人参を包んだだけの物をお弁当と渡されると反応にとても困った。


だが折角の好意を無化にするわけにはいかない。

だから、シノアリスは。


「・・・マリブさんたちの分もお願いします!」


道連れを増やす選択を選んだ。

シノアリスの依頼に嬉しそうに鼻を鳴らす酒場のマスターと笑顔のシノアリスのやり取りに暁とくーちゃんは、そっと心内にてマリブ達に謝罪をしつつ視線を逸らしたのだった。





いざ、ダンジョン “微睡みの楽園”へ。


*****


本日の鑑定結果報告


・ダンジョン

地下に存在する迷路が魔力を浴びたことにより生まれた“生きた迷路”

中には“ダンジョンの心臓コア”であり、それがある限りダンジョンは何度でも復活する。



***

最後までお読みいただきありがとうございます。

数ある小説の中からこの小説をお読み頂き、とても嬉しいです。

少しでも本作品を面白い、続きが気になると思って頂ければ嬉しいです(*'ω'*)

更新頻度はそこまで早くはありませんが、主人公ともども暖かく見守っていただけると嬉しいです。


作者は、子供のころから牛肉よりも豚肉よりも鶏肉が大好物です。

その所為か、動物園で鳥系の動物を見たら「あれ、美味しいの?」と母親に聞いていたそうです。

そして、動物園ではそんなことを言わなくなりましたが・・・

水族館に行くたびに醤油の個パックを鞄に潜ませている輩は、このわたしです。

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