第73話 腕試し大会(8)

リング内にあがったカシスとくーちゃんはシュティーナに使用する武器を告げている最中、それぞれの声援が飛び交っていた。


「きゃー!カシスくーん!」

「カシスくーん!頑張って~!!」

「うぉぉぉ!頑張れくーちゃぁぁぁん!」

「フレー!フレー!くー・ち・ゃ・ん!!」


カシスは現在冒険者の内では有名になりつつあるためか女性達から人気の声があがっていた。

その声に鬱陶しそうに舌打ちを零す。

そして黒猫から愛らしい猫耳メイドへと変貌したくーちゃんに一部の男どもはノックアウトをしたのか暑苦しい雄たけびをあげながらくーちゃんを応援する集団が出来上がっていた。


「「・・・うるさい」」


元は狼と猫なので人一倍耳が優れている、この声援の煩さにはカシスとくーちゃんの眼は死んでいた。


「くーちゃん!カシスさん!どっちも頑張ってー!」


雄叫びに近い声援の中、一人の少女の声がくーちゃんとカシスの耳に届いた。

声の先に視線を向ければ、シノアリスが笑顔で手を振って応援している。

その瞬間、くーちゃんは効果音が付きそうなほど歓喜にうち震えた。死んだ目から輝いた表情へと変わり周囲に花を飛ばしつつシノアリスに元気よく手を振り、ご機嫌にカシスと向き合った。


「ごしゅじんさまのために、さっさと終わらせますにゃ」

「・・・まぁ、ここまで来たなら負けるわけにはいかねぇからな」


「それでは試合はじめ!」


合図とともに、真っ先にカシスは姿勢を低くしくーちゃんに間合いを詰めようとする。

だがくーちゃんも動物の反射神経からなのか飛び上がってその場から退き、素早く魔法を展開させた。


「集え、風の魔力よ。暴風の矢ストーム・アロー


周囲の風を集めて、凝縮させて作られたのは無数の矢が現れる。

手をカシスに向かって振り下ろせば、それは弾丸の如く一斉にカシスへと放たれる。だが矢が当たる寸前でカシスは体を捻って攻撃を避けた。

人間に偽装しているとはいえ、カシスは狼の獣人である。

その身体能力の高さこそが獣人族の強みでもあった。くーちゃんも猫ではあるが、魔法専門として作成された助っ人なので獣人族の身体能力は備わっていない。

これは接近をされれば不利になることを瞬時に悟り、広範囲の魔法を頭の中でリストアップさせた。


「炎よ」


突如何もない空間より浮かんだ炎は瞬く間にくーちゃんの周囲を包み込む。だが炎はくーちゃんを傷つけることはなく、まるで生き物のように周囲に集まっていた。


「歌え舞え踊り狂え、爆炎の舞フレア・ロンド


呪文と同時に、一斉に炎がリング下に潜ると同時に巨大な火柱をあげていく。

観客は声援をも忘れ、その魔法に呆然としていた。


「な、にあれ?あんな魔法みたこともない」


審判をしていたシュティーナやセルザムも唖然としていた。

特にセルザムは、冒険者でありパーティーに魔導士がいるため攻撃魔法を幾度なくみたことがある。


まず魔法は発動までに時間がかかる。

そして火力の高い魔法になるほど構築に時間はよりかかるものだ、だが目の前にいるくーちゃんはそれさえも感じさせない速さでどんどん魔法を展開していく。



「くーちゃん、凄いですね」

「あぁ、あんなにも魔法を連発させられたら動きが制限されるな」


呆然とする会場の中で、唯一シノアリスと暁は凄い凄いとくーちゃんを褒めていた。

助っ人として作成されたくーちゃんは、全ての魔法を極めていた。

魔法には初級魔法、中級魔法、上級魔法とランクが存在する。上ランクを極めるだけでも最低一年はかかるほど、魔法の構築は難しい。


あのときシノアリスは助っ人の選択肢にて、全ての属性魔法を選択した。

くーちゃんは全ての属性魔法を使用する事ができ、尚且つ初級、中級など魔法ランク関係なしに発動することができる最強の魔法使いでもあった。

それを、凄いと片付けているこの二人が異様なのである。


「・・・」


くーちゃんは火柱が上がる光景を見つめつつ、そっとシノアリスから貰ったペンダントに触れた。

中にはシノアリスの魔力を凝縮させた魔石が入っている。確かにくーちゃんは魔法を極めた最強の魔法使いではあるが、くーちゃん自身に魔力がない。

助っ人は、あくま主人の不足部分を補うためだけの存在である。

シノアリスの魔力を通して魔法をしようするためシノアリスの魔力が尽きれば、くーちゃんは魔法が使えなくなる。


魔力を凝縮させたとしても限界がある。

高位の魔法を三、四発使用すれば魔石内の魔力は空となり壊れるようなものだが、その様子が一向に感じられない。


「これだけ魔力を消費しているのに、魔石にはまだ魔力があるにゃんて」


シノアリスから貰った魔石は未だ尽きる様子のない。

それだけ魔力が凝縮されているのか、または微かに感じるこのペンダントになにか仕掛けがあるのか。残念なことに“鑑定”は魔法ではなくスキルなのでくーちゃんにはペンダントを分析することが出来ないので、くーちゃんは少しだけ残念そうに肩を落とした。




「ち、面倒だな」


その一方で、迫りくる炎をギリギリで避けながらカシスは舌打ちを漏らした。

こうも連続で魔法を連発されては近づくのが難しいだろう。

だがカシスは自身の本能に身を任せ炎を避けながら徐々にくーちゃんへと接近し、ダガーを投げつけた。


「!」

「かかったな」


迫るダガーを避けることに気を取られた瞬間、くーちゃんの背後にてカシスは隠していたナイフを振り下ろした。


防御壁プロテクト!」

「!?」


刃先がくーちゃんの背中に届く寸前に現れた防御壁にカシスは目を見開いた。

防御壁は前方にしか出現しない・・・・・・・・・・初級魔法のはず。驚くカシスにクスリとくーちゃんは笑みを零した。


「うふふ、驚きました?わたしが使用したのは防御壁プロテクターではございませんよ」

防御壁プロテクターじゃない?」

防御壁プロテクター防御壁プロテクトの劣化版です、本来の防御壁プロテクトというのは任意の場所に・・・・・・魔力で構成された壁を出現させる魔法なのです」


くーちゃんの言葉に、魔導士のものたちは驚いていた。

防御壁プロテクターが劣化版の魔法だと知らなかったからだ。


これは上層部の魔術協会のみが共有している内容だが、くーちゃんの言葉は真実である。防御壁プロテクトを任意の場所に出現させるには魔術構成が大変難しい。

それをとある大賢者により、簡易に省略されたのが防御壁プロテクターであった。


「・・・へー」


カシスはそもそも獣人なので魔力がない。魔力がなければ魔法は使えない。

そのため魔法の事を言われても理解はできないが、面倒な相手だといことは認識できた。

だが、面倒というだけで勝てない訳ではない。


「なら、お前が魔法を使う前に噛みつけばいいだけの話だ」

「速さ比べということですにゃ」

「まぁ、そうだ、なっ!と」

「にゃにゃ!?」


カシスが身を引いたと思った瞬間、目にもとまらぬ速さで回転しくーちゃんの前方に現れた。

これに驚き、慌てて魔法を発動させるよりもカシスはくーちゃんの首元、ペンダントのチェーンへを噛みつき無理矢理引きちぎった。


「にゃ、にゃーん!?」


魔力の媒体としていたペンダントのチェーンが切れ物理的に引き離される、その驚きで魔力の接続が切れたのか変身チェンジアップが解除され、くーちゃんの姿が黒猫へと戻る。

カシスは、その隙を待っていたかのように即座にくーちゃんの首根っこを掴んだ。


くーちゃんは首根っこを掴まれたことで自然と力が抜けてしまうのかダランと四股を垂らしてしまう。これでは逃げようにも逃げられない。


「俺の勝ちだな」

「な、なんでそれを狙ったんですにゃ」

「お前はずっとそれを気にしすぎてたんだよ」


カシスはずっと戦いの間、くーちゃんを観察していた。

魔法を発動するときも、カシスの動きを観察しているときも、くーちゃんはずっとシノアリスからもらったペンダントに触れていた。

そのときはまだ確信はしていなかった。だが背後からダガーを振り下ろしたとき、くーちゃんは無意識にペンダントを死守しようとした。

それがカシスの予想が確信へと変わったのだ。


「う、ううぅぅぅ・・・うにゃぁあああ~!!」


ニヤニヤと笑うカシスに、屈辱と悔しさに包まれる。

無敵魔法使いのくーちゃんだが、戦闘経験が少ないことがカシスとの戦いで敗因となった。その悔しさを全身で表す様に情けない声を張り上げたのだった。



「しょ、勝者カシス選手!!」


シュティーナの判定で会場がワッと歓声が上がる。

カシスと一緒にリングからシノアリスの元に戻ったくーちゃんは、にゃんにゃんと泣きながらその胸に飛びついた。


「にゃぁぁん!ごしゅじんさま、申し訳ございません~!」

「よしよし、くーちゃんは頑張ったよ」


この勝負の勝敗の差は経験でもあった。

生まれて間もないくーちゃんは戦いの経験が短い。だが、もしカシスと同じくらいの戦闘経験があれば負けていたのはカシスであったろう。

だが勝ちは勝ちだ。


「カシスさん、おめでとうございます」

「・・・おう」

「次は俺の番か」


次の試合に呼ばれたのは暁であった。


「頑張ってくださいね、暁さん!」


リングに向かう暁を応援するシノアリスに、暁も柔らかく笑い歩き出す。

未だ不貞腐れているのか、くーちゃんは少し涙目になりつつもカシスからペンダントを奪い返し再び変身にて人型へと戻り、暁の戦いの観戦をするべく見守っていた。


「えっとシノアリスさん」


ふとそこで声をかけてきたのはた運営スタッフの一人であるノイムルだった。

そして、その手には努力賞の景品であろう大きな麻袋を持っていた。


「はい、こちら努力賞になります」

「おぎゃぁああ!!」


念願の白米をようやく手に入れたシノアリスは光悦した表情で家畜の餌を受け取った。

興奮のあまり、なにかが産まれたような叫び声をあげた所為で周囲の視線を集めたがシノアリスの意識は景品にむいているので気付かない。

家畜の餌でなぜそんなに喜ぶのかノイムルは不思議そうにシノアリスを見つめている。そんな視線に気づいていないシノアリスは早速封を開け中を覗き込んだ。


「?」


それはシノアリスのある日本の米の記憶とはほど遠い色をした物だった。

確か記憶にあるお米とは真っ白な粒ばかりであった。

だが袋の中にあるのは小麦色をした粒ぞろい。


はて?こんな色だったのだろうか。

洗えば真っ白になるのだろうかとシノアリスは頭上に?を浮かべながら鑑定を使った。



【飼料用米】

家畜用に育てられた専用の餌。


「専用?」


ひしひしと押し寄せてくる恐怖に震えつつもシノアリスはヘルプにて問いかけた。

“飼料用米は、食べれるのか”と。

ピロンとシノアリスの目の前に現実を突きつける回答が現れた。


【飼料用米】

家畜用に育てられた専用の餌。

家畜の為に作られた穀物であり、人が食しても美味しくない。


「・・・」


その瞬間、そのシノアリスは崩れ落ちた。

いつしか魔物の暴走スタンピードで魔力を使い果たしたときのように。

傍にいたくーちゃんやカシスの驚く声が響くのと、その瞬間を目撃した暁はリングでの戦いも忘れ、シノアリスの名を叫びながら駆け寄った。


「は!?おい!シノアリス!」

「ごしゅじんさま!?」

「シノアリス!?シノアリス!!」


驚くカシスの声やくーちゃんや暁の悲痛に満ちた声が聞こえた。

だがシノアリスはなにも答えれないまま、深い深い絶望の中へと落ちていった。



シノアリスが気絶したことで、暁はリングを飛び出したため失格となった。

それによりシノアリス達が手に入ったのは食べられない家畜の餌だけが手元に残されたのであった。



****

本日の鑑定結果報告


防御壁プロテクト

任意の場所に・・・・・・魔力で構成された壁を出現させる魔法。

魔法の構築が大変難しい。

防御壁プロテクターと似ているが、あれはとある大賢者により簡易された防御壁プロテクトの劣化版。



・飼料用米

家畜用に育てられた専用の餌。

見た目は玄米に似ているが、家畜の為に作られた穀物であり人が食しても美味しくない。


===

最後までお読みいただきありがとうございます。

数ある小説の中からこの小説をお読み頂き、とても嬉しいです。

少しでも本作品を面白い、続きが気になると思って頂ければ嬉しいです(*'ω'*)

更新頻度はそこまで早くはありませんが、主人公ともども暖かく見守っていただけると嬉しいです。


腕試しの話はここで終わりです\(^o^)/

次回より新しい章になります!・・・が!来週は仕事の都合によりお休みをさせていただきます、申し訳ございません(涙)


【次回更新】

2月17日(木曜)になります。

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