第71話 腕試し大会(6)
大会は何事もなく進み、シノアリスと暁、くーちゃん、カシスは無事最終戦まで勝ち抜いた。
最後の勝負は“力”。
リングの上にて、選手同士が一対一での戦う。それはまるで武闘大会そのものだ。
ここにきて、ようやく自分たちの力を発揮できると生き残った参加者は腕を鳴らしている。クジで順番を決めた結果なんとトップバッターはシノアリスとなった。
対するは、いかにも冒険者という感じの体格の大きな男だ。
「シノアリス、無理をしないでくれ」
「ごしゅじんさま!お気をつけて!!」
リング場外でシノアリスに声掛けをする暁とくーちゃん。
仲間の声援に答えるように手を緩く振るうも、ふと自身を覆う影に気付き上を見上げた。
その体格はセルザムとは引けを取らない大きな巨体、頭は綺麗に剃っているのか陽の光に反射している。
鍛え上げた筋肉を見せびらかすように上半身はアクセサリー以外纏っていない。
見るからに
「なんだ、お前が俺の相手か」
周囲は大柄な男と対面する少女に、これは勝敗は決まったものだと失笑している。そして対戦者であるヤルンデも同じように見上げてくるシノアリスを鼻で笑った。
シノアリスは巨漢のヤルンデを見上げながら、光が反射する頭に対し眩しそうに目を細めていた。
それを好戦的と受け取ったのかヤルンデは指を鳴らしつつ。
「悪いが俺は女だろうが子供だろうが手加減はしねぇぞ、逃げるなら今の内だ」
「・・・」
「なんだ、怖くて声も出ないか?」
ニタニタといかにも相手を見下す様に笑いながらヤルンデは首を傾げた。
それは光がより反射しシノアリスは眩し気に呻いた。
「まぶしッ」
「は?」
「あの、すみません。貴方の頭がとてつもなく導きの灯並みに光っているので布巾でもいいので被ってくれませんか?」
「・・・」
導きの灯とは誰もが知っている、ともし火のことだ。
要は照明のように明るく照らしてくれる魔道具、である。それに例えられたヤルンデの頭に誰かが噴き出した。
それが伝染するように周囲から嘲笑う声がクスクスと響いてくる。
これにヤルンデはカーッと首まで真っ赤になり額に大きく青筋を浮かべた。
「て、めぇ・・・」
「それでは試合を始めます!二人は指定の場所に並んで!」
掴みかかろうとした手は審査員のシュティーナによって遮られる。
それにヤルンデは大きく舌打ちを零し指定の場所に移動しつつも、目はギラギラとシノアリスを捉えていた。
その鋭い眼光にシノアリスは、少しだけ慄いてしまう。なぜこの人はこんなにも興奮しているのだろうか、と。
先ほどの自身の発言に怒っていることに気付いていないシノアリスは、少しだけ何かを考えヘルプを開きつつ指定の場所に向かった。
「ではルールを説明します」
シュティーナから最後のルールが説明される。
まず対戦はリング内で行う事。
勝者への判定は、対戦相手が意識を失う。またはリングから出てしまう、そして自らの降伏宣言で判定される。
なお、この最後の戦いは力勝負ではあるが道具の使用、また魔法の使用も認められている。
だが必ず使用する魔法や道具は事前に審判に申告をしたモノしか認められない。つまり申告外の魔法や道具を使用すれば問答無用で失格となる。
「では、まず両者の勝負に使用する武器や道具、魔法を申告してください」
「俺は格闘家だ、武器は自分の拳だけだ」
「わたしは、この
ヤルンデは自身の拳を突き出し、シノアリスは短杖と緑の液体が詰まった瓶を見せる。
互いの申告を聞いたシュティーナはリングから出ていき、試合開始の旗を振り下ろした。
「はじめ!!」
「うぉぉぉぉぉ!」
シュティーナの開始の合図とともに勢いよくヤルンデはシノアリス目掛けて突進する。
その巨体でシノアリスにぶつかれば、怪我どころではすまないだろう。
観客は思わず悲鳴を漏らし、これから起こりうるだろう光景から目を背けた。だが唯一突進してくるヤルンデをみたシノアリスは静かにヤルンデを観察しており。
「やっぱり興奮してる、そんなときはー」
テッテレー、と効果音が出てきそうな仕草で先ほどのアロマを取り出し、ためらいもなくリングの地に叩きつけた。
パリン、と音を立てて容器が割れた瞬間、ふわりと白い煙が一瞬でリングを包み込む。
「!?」
「え!?ちょ、なにこれ?!」
シュティーナも突然出現した煙に驚きの声をあげた。
暁もくーちゃんもシノアリスを探すように微かに身を乗り出した。だが煙は直ぐに消え二人の姿が現れる。
そして、その光景に誰もが目を見開き驚いた。
「はぁぁぁ~、いい匂いだぁ」
「そうでしょう、それにココをこうすると」
「おぉぉお!筋肉が!俺の筋肉が喜びの声をあげている!!」
リング状では、柔らかなマットレスが引かれており寝そべるヤルンデとヤルンデの背中を押しているシノアリスの姿があった。
「ここを押しますと血行がよくなって、むくみが改善されるとともに引き締め効果もあるんですよー」
その言葉に一部の女性がザワめいた。
そして男どもを押しやってシノアリスの行動を焼き付けるように見つめている。
なぜこんな展開になっているのか。
「はぁぁ~、良い匂いだぁ~」
「ありがとうございます!これはアリスちゃんお手製“リラクゼーションアロマ”という香料なんですよ」
“リラクゼーションアロマ”は、鎮静効果の強いニコの花から採取した蜜より作られた香料。
主にリラックス効果があるが対象の興奮が強ければ強いほど鎮静効果が抜群に現れるようで、現に怒りで興奮状態だったヤルンデは、すっかりリラックスモードになってしまっている。
「香りでリラックスをしつつ、マッサージをすればストレス軽減やお肌もツヤツヤで良いんですよ」
これらも前世の知識で得た情報であり、それを再現すべくヘルプで探した。
シノアリスも女の子なので美容には気遣っているのだ。
その会話に女性人たちはこぞって目を光らせ始める、どの時代でも女性というのは美容には弱い生き物であった。
これにはシュティーナも判定がし辛かった。
シノアリスもヤルンデもちゃんとリング内におり、どちらも意識もあるが、ただ戦う意欲だけがフェードアウトしている状態であった。
思わずセルザムへ助けを請う視線を投げてしまう。対するセルザムもこればかりは判定がし辛い内容でもあった。
「えーあー、うん。両者とも戦わなければリタイヤとなるが良いのか?」
「ぬ!それは困る!!」
「それは困ります!!」
セルザムの発言にシノアリスとヤルンデが即座に反応をする。
良かった、これで試合は進行されると思いきや。
「だがなぁ、もう少しだけこのままじゃダメだろうか」
「うーん、思いのほか鎮静の効能が強すぎたみたいですね」
ダラけた顔で寝そべるヤルンデにシノアリスは自身が使用したリラクゼーションアロマの威力に改善の余地が必要だと呟いていた。
「あのー、ヤルキマンさん」
「なんだぁ~」
「わたし、どうしても欲しい商品があるので今回は勝ちを譲ってもらうことは可能ですか?」
「うーん、そうだなぁ~」
揉み揉みとヤルンデをマッサージしつつも問いかけるシノアリスに対し、ヤルンデは緩く返答を返している。
その光景にシュティーナはハッと何かに気付いた。
「まさか、これがあの子の戦法だったんじゃあ」
「シュティーナ、どういうことだ?」
「考えてもみなさい、セルザム。あの華奢な体でアンタみたいな巨体と戦うなんて無謀そのものよ」
「・・・つまりこの状況こそがあの子の戦法だと」
「実際に、あんなに過激だった相手が無防備に背中を晒しているじゃない」
「なるほど」
シュティーナの解説に周囲の観客もざわめきだす。
確かに試合開始まであんなにも興奮していたヤルンデが、敵意を失くした状態で無防備に背中を曝け出している。
それも対戦相手の少女が香料を使用しただけで。
「さすがだ!シノアリス!!」
「にゃー!ごしゅじんさま、凄いです!!」
シノアリスの戦法に対し、暁とくーちゃんは賛美の声を送るもカシスだけは苦々しい顔をしながらつぶやいた。
「いや、絶対違うだろ。アイツそこまで深く考えてないぞ」
悲しいことに、カシスの言葉が正しかったりする。
あのときシノアリスは、試合開始前にヘルプにて検索をしていた。
“過剰に興奮した相手を落ち着かせる健康的な方法”と。
それに対し、ヘルプが出した答えが。
【まずは昂ぶった神経が静まらせ、リラックスをしてもらいましょう。】
【またイライラはストレスから出ている為、マッサージをしてあげるとより効果が出ます】
との答えによりシノアリスは、まずはリラックスをしてもらおうと愛用しているリラクゼーションアロマを使用したに過ぎない。
またリラクゼーションアロマはシノアリス自身での愛用しているモノによりロゼッタにも販売をしていない。
そのため、リラクゼーションアロマは使い道を誤ればどんな脅威な相手でも瞬く間に戦意を失わせる危険性を含んでいるのだがシノアリスは全く気付いていない。
「ヤルキマンさん、お願いします」
「うーん、そうだなぁ~」
力を競うはずのリング内では、平和的な交渉が続けられたのであった。
****
本日の鑑定結果報告
・リラクゼーションアロマ
非売品。
鎮静効果の強いニコの花から採取した蜜より作られた香料。
主にリラックス効果があるが対象の興奮が強ければ強いほど鎮静効果が抜群に現れる。
不眠やストレス、過労で悩む方に効果抜群。
また、どんな脅威な相手でも瞬く間に戦意を失わせる危険性があるが、シノアリス個人で使用しているため危険性に全く気付いていない。
***
最後までお読みいただきありがとうございます。
数ある小説の中からこの小説をお読み頂き、とても嬉しいです。
少しでも本作品を面白い、続きが気になると思って頂ければ嬉しいです(*'ω'*)
更新頻度はそこまで早くはありませんが、主人公ともども暖かく見守っていただけると嬉しいです。
わたしも20代のころマッサージを受けたことあります。
そのとき、担当してくださった盲目の先生と仲良く談笑していたとき年齢を聞かれ、思わず何歳だとおもいますかと聞きました。
「こりゃあ40代の足だな!どうだ、当たりだろう!」
あのときの先生のドヤ顔溢れんばかりの声は今も忘れられません。
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