第69話 腕試し大会(4)
盛り上がる大会の最中、その影は気付かれないようにターゲットを見つめていた。
鬼人と冒険者、そして召喚獣に囲まれた少女。特徴は白銀の髪と黒いローブと伺っていたが間違いないだろう。
なにより召喚獣である黒猫が傍にいることから確信へと変わる。
「
音にならないほどの小声で呟かれた声に、遠くから反応するように微かなサインが送られる。
彼は王国お抱えの暗部ギルド所属の“影”である。
雇用主である国王の命に従い、スパイや暗殺など闇の部分を請け負ってきた。そして今回の依頼は少しだけ内容が特殊であった。
対象の少女に“首輪”を装着させること。
その首輪は、特殊な首輪でもあった。
お抱えの呪術師により作られた呪い“奴隷化”の紋を奴隷商より仕入れた特注に首輪に刻み込んだ一品。
これを対象に巻き付ければ意思を閉じ込め、登録された主人の言葉に決して逆らえなくなるというある意味“生きたお人形”を作るための魔道具だ。
こんなものは人徳に反する代物だ。
だが、影は雇用主に忠実である。いかに下種な命令であろうともそれをこなすのが影なのだ。
たとえ対象が、影が遠い昔に失くした妹と変わらない年頃の少女だとしても。
「では続いては第二回戦へ進みます!次に皆さんにお試しいただくのは・・・」
十三人に絞られた選手たちはシュティーナの言葉をはやる気持ちで待つ。
それを知ってた、知らないのかシュティーナはいつの間にか背後運ばれた布をかぶった台へと手を伸ばし、布を鷲掴む。
「“触覚”です!!」
現れたのは“?”のマークが刻まれた箱だった。
それだけなら参加者や観客は頭上に?を浮かべていただろう。だが、それを先読みしていたのか傍に飾られたプレートには「中身はなーんだ!」と書かれていた。
その瞬間、一部の参加者は青褪めた。
つまり、箱の中にある物体を触覚だけで当てなくてはいけないということだ。
中身が分からないモノに触れるというのはかなりの恐怖であり、また勇気もいる。
そんな光景にシノアリスはまるで前世の記憶にあった“てれびばんぐみ”みたいで少しおかしかった。
観客には盛り上がっていただくため、一部はガラスとなっており中身が見える。
だけど誰かが答えを言ったり伝えたりしないよう不正防止により選手には、観客には見えても選手には向こう側が見えない特殊な部屋に入って行うという。
制限時間は十分となっており、解答件は三回までのようだ。
「では、此処でお待ちください」
スタッフに案内された順番待ちの参加者達は、ステージ裏のテント内で待機となる。
公平にクジで順番を決めた結果、シノアリスは九番目に暁とカシスは三番と四番、そしてくーちゃんが十一番となっていた。
盛り上がっている会場の声を聴きながら、シノアリスはくーちゃんに向き合う。
その顔はとても心配そうに不安げな表情になっていた。
「くーちゃん、大丈夫なの?」
「にゃ?」
「シノアリス?なにをそんなに心配しているんだ」
大丈夫なのか、という問いにくーちゃんも暁も頭上に?を浮かべている。
カシスは理由が分かったのか、納得したように頷いていた。
シノアリスの大丈夫なのかというのは、くーちゃんが子猫だからである。
此度の競技は、見えないボックスに手を突っ込み中身を当てる、というものだ。
だがしかし、くーちゃんはシノアリスの両手ぐらいの大きさしかない。
つまり箱の中に手を入れても中身に届かない可能性があるということだ。
また子猫用のボックスなど会場が用意はしていない。
明らかにくーちゃんには不利な競技である。
「なるほど、確かにくーには不利だな」
「シュティーナさんに相談したんだけど、くーちゃんにだけ特別処置はできないみたいで」
アホ毛と共に落ち込むシノアリスにくーちゃんは激しく衝撃を受けた。
ごしゅじんさまが悲しんでいる!
問題なのはくーちゃん自身なのに、自分のことのように落ち込むシノアリス。
助っ人であるくーちゃんは、この危機をなんとかしなければと必死にインストールされた魔法の数々を頭の中で思い出す。
全ては主人であるシノアリスのため。
くーちゃんは、幾多の魔法の数々の中からこの危機を脱するための魔法へ辿り着いた。
「大丈夫です!ごしゅじんさま!!」
「へ?」
「くーにお任せください!」
軽やかにシノアリスの掌から降りたくーちゃんは、魔力を集中させ高らかに叫んだ。
「“
一方参加者待機用テント内にて怪しまれないよう聞き耳を立てていた影は、振り向きたい衝動に凄くかけられていた。
この順番も実は影の不正での結果である。
影の順番は十番。
つまり競技でシノアリスと召喚獣の間に入ることで物理的に引き離し、影とシノアリスが二人だけになる瞬間を狙っていた。
競技中だからなのか、召喚獣も鬼人も全く警戒をしていない。
召喚獣さえいなければ、無力な小娘でしかない対象に首輪を装着させるなど影には容易いものである。
チャンスをただ待てばいい。
だから余計な事に反応したり興味を持ち相手に警戒されては意味がない。
なのに奴らの会話がとても気になる。
“
九番目の参加者が先ほどトイレにたったので、便乗して傍観することが出来ない。振り返っても良いだろうか、てか振り返りたいと影は一人悶絶しているのだった。
そんな葛藤に悶えている人物がいるなど知らないシノアリス達は、くーちゃんから発せられた閃光に思わず目を覆う。
光が収まると同時にいち早く目を開けたのはカシスと暁だった。
そして、目の前に現れたそれに二人は石化した。
「どうです?これなら競技に参加できましょう?」
胸から二の腕にかけて筋肉の盛り上がりが素晴らしく、はち切れんばかり。
浅黒くてピンと緊張した肩や胸板、板チョコのような割れた腹筋。
さながらブロンズのように美事な姿態。
そう、まるで地球で言うなら海外のボディビルダーそのものだ。
ただし、顔はくーちゃんそのままである。
「「・・・」」
「おぎゃぁぁあ!?目が、目がぁあああ」
時が止まった二人と眼を塞ぐタイミングが遅かった所為か、両手で瞼を擦り左右に転がるシノアリス。
最早、傍から見れば地獄絵図に近い。
「!ごしゅじんさま!申し訳ございません!大丈夫ですか!?」
「え゛?くーちゃん?なんか声が野太いけど」
シノアリスの異常に気付いたマッスルくーちゃんは即座に主人の下に駆け寄るが、まだ目が痛むのか目尻に涙を浮かべていたシノアリスは野太い声に思わず首を傾げてしまう。
「はい、私が使用した
「へぇ、そんな魔法があるんだ。すごいね」
魔力の多さによって種別問わずなんでも変身できる、だが状態を維持するために魔力を消費し続けるので使い勝手の悪い魔法ともいえる。
魔法に詳しくないシノアリスからすれば、凄いねの一言で片づけられるが魔術協会の人間が見れば泡を吹いて卒倒するレベルである。
では変身したくーちゃんはどんな姿なのかと一目見ようと目を開ければ、ぼんやりとだが黒い物体が視界に映る。
再び目を擦り相手を見ようとしたシノアリスは、突然の浮遊感に襲われた。
「!?」
「目を擦ってはダメだ、シノアリス」
「・・・暁さん?」
「参加者の列にルジェの姿があった。アイツに点鼻薬をもらいに行くぞ」
「え、薬なら私が」
「「いいから行くぞ」」
「・・・・え」
シノアリスの目を塞いだまま脱兎する暁とカシス。
くーちゃんは善意でシノアリスの悩みを解決するために変身をした。それはいい。それは主人想いでとても良い。
だがしかし、さすがに愛らしい子ネコから全裸のボディビルダー姿をシノアリスに見せることに躊躇する。なので彼らはシノアリスがくーちゃんを目視する前に脱兎を図ったのだった。
控室には、巨漢体系になったくーちゃんと影だけが取り残されている。
「・・・え」
戸惑いに満ちた影の声とパーンと筋肉を叩く音だけが控室に響いたのだった。
****
本日の鑑定結果報告
・
幻ともいわれる古い魔法である。
魔力の多さによって種別問わずなんでも変身できる、だが状態を維持するために魔力を消費し続けるので使い勝手の悪い魔法ともいえる
***
最後までお読みいただきありがとうございます。
数ある小説の中からこの小説をお読み頂き、とても嬉しいです。
少しでも本作品を面白い、続きが気になると思って頂ければ嬉しいです(*'ω'*)
更新頻度はそこまで早くはありませんが、主人公ともども暖かく見守っていただけると嬉しいです。
うほ、いい筋肉(∩´∀`)∩+++
【更新予告】
明日も更新します\(^o^)/
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます