第67話 腕試し大会(2)

南部の領土“オレーシャ”は、領土はナストリアの半分に満たない土地である。南部には森林地帯が多く大自然に恵まれており、食料が豊かなため美食の町とも言われている。


だが、いままでオレーシャがナストリアや他の領土に属することはなかった。

何故ならオレーシャの周囲の森、“ウリエン”は樹の妖精ドライアドの加護がかかった森とされており盗賊や魔物など被害は此処数百年以上起きていない。


問題がないのであれば、わざわざ属する理由がない。

しかし此度起きた魔物の暴走を聞き、いざという時に備えようと考えたのだろう。

魔物の暴走で唯一生き残ったナストリアに属することに異論はなかった。


無事交渉の席もなんなく終わり、あとは明日の式で正式な署名をすることでオレーシャはナストリアに属することとなる。オレーシャより代表として訪れた使者の一人“シュティーナ=オレーシャ”は目の前の光景が信じられなかった。



この交渉で少しでもこちらの好印象を残すために開催した催し物。

腕試し大会と称しているが、この大会には視覚、触覚、腕力を試す競技である。最終の腕力でオレーシャが用意したのはオレーシャ出身の現役の冒険者で名は“セルザム”。

セルザムはシュティーナの幼馴染でもある。

冒険者となり故郷を離れた彼は、魔物の暴走の情報を聞き、故郷に被害が出ていないか確認をし戻ってきてくれた。

この交渉での護衛役と催し物のゲストして依頼したところ快く引き受けてくれた。


現役の冒険者だけでなく、彼はタンクを担っているのでその頑丈さは大抵の冒険者では倒せない。

聞いた話では金クラスの少数パーティーだが全員が実力者ばかりなので、並大抵の冒険者には引けを取らないと豪快に語っていた。

そう語っていたのだ。


「ぉ、ぉぉおぉおおぉおッ」

「わあぁあ!申し訳ありません!わざとじゃないんです!ごめんなさいぃぃいいい!!」


男の急所を抑えながら、蹲り唸り声を上げているセルザムと対面するは半泣き状態で叫ぶ白銀の少女。

その光景を野次馬や見世物として見ていた客の半数が、自分の急所を押え涙目になっていた。勿論シュティーナと一緒に同行した行商人も同じく青褪めていた。





時は少し前に遡る。

シノアリスと暁、くーちゃんは走っていた。

オレーシャの行商人や使者の開催している腕試し大会への会場へに向かって全力疾走していた。

スルガノフが説明してくれた広場へとたどり着けば大勢の参加者や見物人で溢れかえっている、そして受付を行っているテントを見つけ三人は鬼の険相で駆け寄った。


「「「大会!参加します!!!」」」

「・・・ひぇ」


受付に立っていたスタッフの一人であるノイムルは、その険相の恐ろしさに半泣きとなった。

ガタガタと恐怖で震えながらもエントリー用紙を暁に渡し、そしてシノアリスを見れば戸惑うように視線をさ迷わせ始める。


「あ、あの、当大会は、その・・腕試し、でして」

「「だから?」」

「そ、その・・一応、メインは、だだ男性となっていまして」

「「だから?」」

「・・・・お、女の子と、動物は、えっと」

「「だから?」」

「・・・・・はい、此方がエントリー用紙になります」


少女と黒猫の威圧に負けたノイムルは、涙を流しつつエントリー用紙を渡した。

シノアリス、暁、くーちゃん三人の眼は非常に燃えていた。

片や目的の物を入手するために。

そして残り二人は、シノアリスの笑顔のために。


「くー、ここは一致団結で頭をとるぞ」

「はい!私とアカツキで優勝、準優勝獲得ですね」


肉球と拳を合わせながら二人の眼が光る。

シノアリスも一緒に参加するには驚いたが、どうせなら自分の手でシノアリスが求めたハクマイを渡したい。静かに燃える二人を他所にシノアリスは今だ受付にて確認をしていた。


「あ、すみません。景品のことでお伺いしたいんですけど」

「はい、どうしましたか」

「この景品の・・」

「おいおい、お嬢ちゃん。ここは受付場だぞ?観客席は向こうだ」


ノイムルとシノアリスの会話を割って入る声に、シノアリスはチラシから顔をあげる。

相手は暁と同じくらいの背の高さがあり、体の至る場所に筋肉がついている。

服装からして現役の冒険者なのだと分かるが、表情はとても優しい。シノアリスが迷い込んだと勘違いをしているのか、観客席の方を指さした。


「応援したくて此処に来ちまったのか?だが、危ないから向こうに行こうな?」

「あ、あのセルザムさん」

「おう、ノイムル。お疲れさん、そろそろ受付時間を締めろってさ」

「は、はい!分かりました!!あ、ではなく」

「さ、嬢ちゃんも観客席に移動しような?」

「あ、いえ。私も参加者なので移動できません」


お気遣いなく、と笑顔で断るシノアリスにセルザムは笑顔のまま固まった。

思わず受付のノイムルへと視線を向ければ、嘘ではないと肯定を締めるように首を上下に振る。その様子にセルザムはギギギと恐る恐るシノアリスの方へ視線をむける。


失礼だが上から下まで確認しても、屈強の戦士には見えない。

むしろシノアリスの腕なんてセルザムが掴めば折れてしまいそうなほど細い。そんな子が腕試し?


「お、お嬢ちゃん。遊び半分で参加はいけない」

「いえ、普通に欲しいものがあるので参加するんですが」


欲しい物、と言われればシノアリスが狙っているのは景品だと分かる。

景品を手に入れるには腕試しで勝ち上がるしか方法がない。なので参加不可にならない。


「ぬぐぐ、しかし」

「セルザムなにしてるの!」

「!シュティーナ」


流石に子供を参加させるのはとセルザムは、どうするかと頭を悩ませていたが再び割り込む声に視線を向ければ腰まであるオレンジ色の髪を三つ編みに束ねた女性、シュティーナが近寄ってくる。

そして、再びシノアリスが参加することをセルザムやノイルムから聞いたシュティーナは、シノアリスと視線を合わせるように膝を折りながら顔を覗き込んだ。


「貴方、大会に参加したいって本当なの?」

「はい、どうしても欲しいものがあるので」

「・・・」


諦めさせるために欲しいものを上げては景品の意味がない。

かといって、こんな幼い子を参加させて怪我をさせてはオレーシャに悪印象を残してしまうかもしれない。


「じゃあ、少しだけテストさせてもらってもいいかな?」

「テスト、ですか?」

「そう、ね。例えば」

「俺が地面に膝着いたら参加してもいいよ」


セルザムの言葉に最初シュティーナは意地が悪い条件だったかと考えたが、小さい子を諦めさせるには丁度良いだろうと、セルザムが膝を着いたら参加を認めるとシノアリスに告げた。

正直、誰でも参加できるとスルガノフが言っていたのに、テストをさせられるなど思わなかったシノアリスはポカンと呆けるが、此方にも引くに引けない理由がある。


「分かりました、少し待ってもらえますか?」

「あぁ、いいよ」


シノアリスは、セルザムから少し離れて愛用のホルダーバッグから一本の短杖メイスを取り出すと同時にスキルを発動させた。


「えーっと検索、“屈強な男性”“一撃急所”“即効性”」


つぶやかれる言葉はまさに殺意が溢れていた。

勿論シノアリスのヘルプは、そんな検索ワードに怯むことなく回答を映し出す。


「なになに?みぞおち、こめかみ、乳様突起、喉仏、人中、顎、金的・・・」


ヘルプの回答はシノアリス以上に殺意に満ちていた。

表示された内容に流石にシノアリスも引いてしまう。

調べておいてだが洒落にならない急所ばかりなので検索をし直すかと考える。

ふと下の項目に【ワンポイントアドバイス】と別項目があり、それに触れると別の文章が追記で出現した。






【ワンポイントアドバイス】

【ためらってはいけない、情け無用。】


「・・・なるほど!」


そのワンポイントアドバイスをどう受け取ったのかシノアリスは笑顔で頷き、短杖を握りしめセルザムへと向き合った。

お待たせしました、と近寄ってくるシノアリスにセルザムも嫌な顔を一つもせず、さぁいつでもかかっておいでとシノアリスの前に立つ。


シノアリスはヘルプで見た急所の中で、一番狙いやすい顎を狙うことにした。

流石に金的は不味いだろうし、他の急所は身長差で別の箇所を攻撃してしまいそうなので、狙いやすい顎に視点を定めた。


「では、しつれいしまーす」


シノアリスは笑顔で握った短杖を顎に向けて振り上げようとした、そのとき。


「くらぁああ!シノアリス!!なにしてやがる!!」

「おぎゃぁ!?」

「!?」


突然背後からの怒鳴り声に、驚き肩を竦ませた所為で足がもつれシノアリスは短杖を握った状態で前へ転んだ。

そう、セルザムの前へ。

更に詳しく言えば、セルザムの股間に向かって飛び込んだ。


ドクシュッと突き刺さる音と声にならない悲鳴が広場に響いた。


「ぉ、ぉぉおぉおおぉおッ」

「わあぁあ!申し訳ありません!わざとじゃないんです!ごめんなさいぃぃいいい!!」


男の急所を抑え膝を着きながら蹲り唸り声を上げているセルザムと半泣き状態で叫び頭を下げるシノアリス。

まさかの事故。

その光景を野次馬や見世物として見ていた客の半数が、自分の急所を押え涙目になっていた。勿論シュティーナと一緒にも同じくノイルムも青褪めている。

流石の喧騒に気付いた暁が直ぐにシノアリスの傍に駆け寄ると同時に、謝り倒すシノアリスの頭を鷲掴みするカシス。


「おう、これはどういう状況だ?」


大本の原因はカシスなのだが、それを知らない本人はシノアリスに状況の説明を求めた。

シノアリスは半泣き状態で大会に参加しようとしたが、なぜかテストを受けなくてはいけなくなりテストをしていたのだが、事故により相手の金的にミサイルしてしまったことを泣く泣く説明した。


その説明で、カシスが自分の所為で起きた事故だと悟ったのか少しバツが悪そうにセルザムを見た。


「・・・・あー、うん、その、なんだ」

「・・向こうも、膝を着いたから合格でいいんじゃないか?」


暁も若干青褪めながらシノアリスを慰めつつ、シュティーナへ視線を向ければ物凄く戸惑いながら視線をさ迷わせた。

例え事故とは言えど、避けようと思えば避けれたのだ。ましては膝を着いたらと条件を出したのはセルザムなので此処でダメとは言いだしづらい。

仕方ないとシュティーナが頷くが、シノアリスの顔は晴れない。


その原因はシノアリスの持っていた短杖にも問題があった。


御蔵行シリーズの一品、“破壊の短杖デストロイメイス

これは周囲の魔力や気を自動感知し、自動的に杖が十倍強化されるようになっている。

例えるなら、鬼人の物理が十であれば、自動的に百の攻撃力を出す。

まさに厄災級の武器である。

つまりセルザムの股間は、セルザム以上の力でセルザムの子セルザムを叩きつけたこととなる。


セルザムの子セルザムが潰れてもおかしくないレベルなのだが、それは彼のこれまで積み重ねてきた経験と運が良かったのだろう。

また好きな子や子供の手前に情けない姿を見せたくない男心もあり失神をしないよう堪えていた。

が、痛いものは痛い。

まるで下着の中にマグマを流し込まれているかのように熱い痛みにセルザムは未だ立ち上がれずにいたのだった。


シュティーナは未だ呻き声をあげるセルザムを見つめ、オレーシャに戻ったらアイツの好きな料理を沢山作ってやろうと心に決めたのだった。



*****

本日の鑑定結果報告


・オレーシャ

領土はナストリアの半分に満たない土地である。

南部には森林地帯が多く大自然に恵まれており、食料が豊かなため美食の町とも言われている。

オレーシャの周囲の森、“ウリエン”は樹の妖精ドライアドの加護がかかった森とされており盗賊や魔物など被害は此処数百年以上起きていないらしい。



破壊の短杖デストロイメイス

御蔵行シリーズの1品。

これは周囲の魔力や気を自動感知し、自動的に杖が十倍強化されるようになっている。

例えるなら、鬼人の物理が十であれば、自動的に百の攻撃力を出す。

まさに厄災級の武器である。

その事実を知らず、これがあれば街中防犯の役に立ちますよ!と売り込みをしたが、下手したら事件が起こりうる危険な物と判定されたのかロゼッタに「絶対ダメです」と却下された。



***

最後までお読みいただきありがとうございます。

数ある小説の中からこの小説をお読み頂き、とても嬉しいです。

少しでも本作品を面白い、続きが気になると思って頂ければ嬉しいです(*'ω'*)

更新頻度はそこまで早くはありませんが、主人公ともども暖かく見守っていただけると嬉しいです。


私も幼少期に事故沢山起こしましたね。

一番のハイライトは、子供会の野球大会でバッティングした瞬間遠心力により、すっぽ抜け何故か監督の股間の下スレスレに刺さったときですね。

一瞬周囲が静まりました。もちろん私も時が止まりました、えぇ心臓の。

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