第66話 腕試し大会(1)
「依頼された回復薬全部完成っと!」
本日のお泊り宿屋にて、商業ギルドから最優先で依頼された回復薬の数々の注文を捌き終えたシノアリスは最後の一瓶に回復薬を注ぎ終え、微かに浮かんだ汗を拭いながら一息ついた。
「おつかれさまです、ごしゅじんさま!」
傍で見守っていたくーちゃんがシノアリスを労わるように、その柔らかな体を擦り付ける。
シノアリスは、ふわふわのくーちゃんの毛を撫でながら依頼品専用の収納袋へと仕舞っていく。最後の一瓶をいれたところ扉が開いた。
入ってきたのは相棒の暁、その手にはお盆を持ってなにやら香ばしい香りが漂ってくる。
「終わったのか?」
「はい!先ほど完成しました」
後は商業ギルドに納品するだけ、とシノアリスが達成感に満ちた顔で告げる。
暁は達成感に満ち溢れているシノアリスに口元を緩ませながら、先ほど宿屋の厨房を少しだけ借り、頑張っているシノアリスの為に煎じた玄米茶を差し出した。
この玄米茶の茶葉は、少し前に見たこともない行商人の露店で売っていたお茶の葉である。
最近、料理やお茶に興味を持っている暁のためにヘルプでお茶の葉を調べて贈り物をしたところ、気に入ったのか自身から茶葉を求めシノアリスが調合中などに休憩の一時としてお茶をいれてくれるようになった。
ふわりと玄米の香ばしい香りに、くーちゃんは不思議そうに鼻を引くつかせる。
「にゃー、香ばしい匂いですにゃ」
「うん、すっごく良い香りだよね」
シノアリスも前世での記憶にて玄米茶の知識はあれど味や香りは知らないので、香ばしい香りにうっとりとした。
だが、その香りは不思議とシノアリスの中でなにかを訴えている。
それがなにか分からないまま、コクリと一口飲んだ瞬間シノアリスに電撃が走った。
「・・・・まい」
「シ、シノアリス?」
「ごしゅじんさま?どうしました?」
玄米茶を一口飲んだ瞬間、突如前乗りで項垂れたシノアリスを暁とくーちゃんが心配げに傍に近寄ってくる。
だがシノアリスはそれよりも体の奥底、そして記憶の奥底より湧き溢れる欲求を抑えられないまま叫んだ。
「白米が!たべたぁぁぁぁい!!」
「はく?」
「まい?」
シノアリスには前世の記憶がある。
その世界に住む人間の記憶には日々驚かされている。まず食への追及が凄い。
また娯楽品なども完成度が高く、魔法もない世界なのに魔法以上の完成度の高さに戦慄する。
以前も魚の美味さの記憶はあれど味を知らなかったシノアリスは、本物の魚を味わうことで記憶の正しさを思い知った。
そして、暁が煎じ入れてくれた玄米茶を飲んだ瞬間、シノアリスは無我夢中で叫んでしまった。
勿論白米などシノアリスは食したことがない。
だが、記憶に浮かぶ真っ白で艶があり食べた途端微かな甘みを感じるという。
さらに白米はどんな料理にも合う万能の食材だという。
玄米茶を飲むたびに白米食べたい欲求が沸いてくる。
しかし、この世界で白米という存在をシノアリスは聞いたこともない。
そして以前日本人が住んでいたと思われる跡地に住んでいた暁も首を傾げていることから白米の存在を知らないのだろう。
ならばシノアリスに残された縋る存在は一つ。
「ヘルプ!!」
そう、安心信頼どんな難問さえも回答するヘルプにてシノアリスは白米を検索する。
これで記憶の中の白米を味わえると希望に満ちた目で検索結果を待つ。
数秒後、ピロンと間抜けな音と共にボードがシノアリスの前に出現した。
【
【生産の難しさより滅多にお目にかかれない穀物】
【現在生産している国はなく、あったとしても小さな島国のみ。極稀に流通しているが食用とは知らず家畜の餌になっていることが多い】
【入手度:難】
その説明を見た瞬間、シノアリスは崩れ落ちた。
「シノアリス!?」
「ごしゅじんさま!いかがされましたか!?」
シノアリスの奇行を見守っていた暁とくーちゃんは、突如崩れ落ちたシノアリスを支える。
だが真っ白に燃え尽きているシノアリスの脳裏には記憶の中で輝く白米の存在だけしか映っておらず、ポタリと涙を零したのだった。
***
暁とくーちゃんは非常に困っていた。
二人の前をヨロヨロと微かにふら付く足取りで歩くシノアリスのことで非常に困っていた。
いつもなら主人の頭や肩に乗るくーちゃんも今のシノアリスに乗ることは不安なのか暁の肩に張り付きながらハラハラと主人を見守っている。
「あのお茶がいけなかったのだろうか?」
「そもそもハクマイとはなんでしょうか?」
シノアリスが叫んだ白米を知らない二人は、きっとそれがシノアリスにとって必要不可欠な物なのだろうとはわかっている。
だが、物を知らなければ二人にはどうすることもできない。
いつも元気な笑顔で暁とくーちゃんを呼んでくれる姿が大好きなので、できれば笑顔にしてあげたい。
ヨタヨタした足取りで商業ギルドに向かうシノアリスの後ろをついて歩きながら、白米について調べようと決意する。
そんな二人の決意など知らず、未だ記憶の中でハッキリと映る白米がシノアリスの心を締め付ける。
食べたいのに食べれない悲しみを港町シェルリングでも味わったが、あれは移住していた魔物を討伐することで解消された。
だが、此度は生産すらしていない、流通してても出会える可能性が低い以上シノアリスにはどうすることもできない。
この胸の空白をどうすればいいのかとシノアリスは悲し気にため息をつき、商業ギルドの出入り口をくぐりロゼッタの窓口を探すも姿が見えない。
何度も施設内を見渡すシノアリスに気付いた他の受付嬢は、シノアリスがロゼッタを探しているのだと直ぐに察した。
「ロゼッタなら外出先からまだ戻ってないのよ、今日は薬品の納品かしら?」
「はい、少し前に依頼を受けた回復薬の」
「
「お願いします」
何故統括長が出てくるのか分からないが、ロゼッタがいないのであれば誰が納品をしてもかまわなかった。少し時間を置いたあと、顔を出したスルガノフがシノアリス達を部屋に招き入れてくれたので、そこで納品を済ませた。
「悪いな、ロゼッタは俺が使いに出しているから不在なんだ」
「いいえ、お仕事ですから」
出された来客用の紅茶を飲みながら、玄米茶の香りと味を忘れようと紅茶の味に集中する。
だが悲しいかな、意識すればするほど白米の存在がシノアリスの背中に張り付いてくる。お茶うけに出されたクッキーを齧っても、これじゃないと脳が訴えてくる。
その所為かスルガノフがなにかを喋っているがシノアリスの耳には全く入っていなかった。
「でだ、魔物の暴走の所為で流通が良く無くてな。視野を広げるため此処から南部の領土“オレーシャ”と交渉中でな」
「はぁ、それに俺達が此処に呼ばれた理由と関係が?」
「無くはないが、いまオレーシャから使者や行商人が来ていてな」
下手に目立つ行動をしないでほしいと正直に言いたいが、彼らは意識的に行動を起こしているわけではないので言いづらい。
とくに、交渉の材料として王家は“放浪の錬金術士”の薬や魔道具を出している。
もし不快な思いをさせて、ナストリアから去られては困るのもある。
どう告げれば良いのかとスルガノフは、こんなときロゼッタが居ればと頭を抱えた。
ふと暁の肩に乗っていたくーちゃんは、スルガノフの机にある紙に気付いた。
「あれはなんですか?」
「ん?あぁ、あれは催し物のチラシだ」
先ほどスルガノフが言ったようにオレーシャの使者と行商人が出入りしている。
そして先方の商人から仕入れた珍しい魔道具や素材、食べ物などを催し物の景品として祭りごとをすると宣伝するチラシだった。
くーちゃんは勝手にスルガノフの机からチラシを咥えてもってくる。咄嗟に暁はくーちゃんを諫めるが、スルガノフは気にするなと手で示した。
「「!!」」
そして二人は見た。
景品候補の中にある“ハクマイ”という名の物に。
また今まで白米の妄想に取りつかれていたシノアリスもまた、暁達が見ている催し物の景品欄が視界に入りカッと目を見開かせた。
「「「これに参加はできますか(るのか)?!」」」
「!?」
突然身を乗り出した三人に、思わず身を引くスルガノフ。
勿論参加者は自由なので、できるのはできるのだが。
「これ、腕試し大会なんだが・・・」
鬼人の暁ならまだしも、くーちゃんとシノアリスは参加できるのかとスルガノフは悩む。
だがそれを判定するのは催し物を取り仕切る商会なので、向こうがダメと言えば諦めるだろうと商会を案内すれば三人は即座に統括長室を後にした。
取り残されたスルガノフは、いったい何を見てやる気になったのかと腕試し大会の景品一覧へ視線を落とした。
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● 景品一覧
優勝 ・・・ ハクマイルミスの涙
準優勝 ・・・ ハハクマイの花
努力賞 ・・・家畜の餌(穀物)
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「いったい、なにに惹かれたんだか」
ぽつり、と零されたスルガノフの声は誰かに拾われることなく室内に溶けて消えたのだった。
*****
本日の鑑定結果報告
・
生産の難しさより滅多にお目にかかれない穀物。
現在生産している国はなく、あったとしても小さな島国のみ。極稀に流通しているが食用とは知らず家畜の餌になっていることが多い
***
最後までお読みいただきありがとうございます。
数ある小説の中からこの小説をお読み頂き、とても嬉しいです。
少しでも本作品を面白い、続きが気になると思って頂ければ嬉しいです(*'ω'*)
更新頻度はそこまで早くはありませんが、主人公ともども暖かく見守っていただけると嬉しいです。
玄米茶を飲むたびに、ご飯が欲しくなるのは私だけなんでしょうか?
うどん派なのに!!白米よりうどん派なのに!!!なぜか玄米茶を飲むと無性に白米が食べたくなります。
【更新予告】
明日も更新します(*'ω'*)
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