第64話 戻った日常(3)

シノアリスは大門を目指しながら、なにかを考えていた。

考え事をしながら歩いていた為、上の空気味であったシノアリスを心配した暁は、シノアリスの顔を覗き込んだ。


「シノアリス、どうかしたのか?」

「いえ、さっきの王宮へのお誘いなんですけど」


王宮の誘い、という言葉に暁は先ほどハルロフが言っていた内容を思い出す。

あのときシノアリスは誘いをすべて一刀両断で断っていた。だがこんな風に上の空気味になるということは。


「行きたいのか?」

「いえ、王宮内での礼儀作法とかが面倒なので行こうとは思わないのですが」

「そうか」

「暁さんへの報酬が多くもらえたのかなーって」

「俺の?」


暁は冒険者ギルドではなく商業ギルドの会員である。

このたびの魔物の暴走スタンピードに関して関与していた冒険者には皆報酬金が出ている。勿論暁にも出ているが平等に分けられた金額だ。

正直なところ、少し、いやだいぶシノアリスはこの報酬に不満があった。


コリスがそのときの戦況を教えてくれたが、この魔物の暴走スタンピードで一番戦いに貢献したのは暁だ。

前線で主格と戦闘までしたのに、もう少し色を付けてほしいところだが冒険者ギルドのルールを知らないシノアリスには追求しずらい部分もあった。

だが王宮に呼ばれれば、暁へ特別報酬などあったのではないのかとシノアリスは考えていた。


「少しでも借金返済の足しになったのでは、と」


暁は奴隷から解放されるため、シノアリスから金貨700枚もの借金を作った。

この借金がなくなれば、暁は奴隷ではなくなり自由の身となる。特別報酬をもらうことで少しでも暁の負担が減ったのではと今更ながら後悔していた。


暁はシノアリスの言葉に面を食らっていた。

人の欲望や悪意を彼は嫌というほど知っている。

そして王宮なんて、さらに酷い陰謀が渦巻いている場所にシノアリスを近づけるくらいなら特別報酬なんぞ暁は蹴っても悔いはなかった。

だが、シノアリスはそうではないのだろう。

今も本当に良いのかと不安げに暁を見上げている。


「それでも俺は、行かないを選択するよ」


シノアリスは前に港町シェルリングで貴族に誘拐されたと話した。結局シノアリスの海鮮類を食したい要望を優先し、詳しく内容を聞けないまま時間が過ぎてしまった。

誘拐や監禁などシノアリスにとってトラウマになっているはず、だから蒸し返すのは良くないだろうと暁はその話を追及はしなかった。

なのに、シノアリスは暁のことを考えてくれる。


そんな優しい相棒を暁は守りたいのだ。

危険は勿論、人の悪意や欲望からも。


「俺が守るから」

「?ありがとうございます?」


己の心の内で決意する暁に、シノアリスは何がどうなって守る発言をしているのか訳が分からないがとりあえずお礼を返した。

だが誘拐された過去をもつ当事者のシノアリスは別にトラウマにはなっていない。

すぐに自分のスキル【ヘルプ】を使用して、屋敷を脱出をしただけではなく迷惑料とぬかし呪いのアイテムを持って帰ってる根性の持ち主である。

その部分に関してだけ、暁の記憶からは綺麗に消去されていた。



「あ、そうだ!くーちゃんにも何か作らないとね」

「にゃー?」


暁が王宮に行かない宣言で憂いがなくなったのか、シノアリスは頭の上で大人しく毛づくろいをしていたくーちゃん専用武器のことを思い出した。

だがくーちゃんは魔法を主に使用するので、武器は必要ないらしい。


それならば、防御や支援バフ関連の物がいいだろうかとシノアリスは悩み始めた。


「暁さんはなにが良いと思います?」

「そうだな」

「お、シノアリス嬢に暁さんじゃないか」

「?あ!マリブさんにベルツさん!!」


ふと背後から暁との会話に入ってきた声に後ろを振り返れば、買い出し途中なのか手には大きな紙袋を持ったマリブと同じ紙袋を手にシノアリスの頭上を見て目を輝かせているベルツの姿があった。


「元気そうで安心したよ」

「暁さんから聞きました、皆さんお見舞いに来て下さったんですよね?ありがとうございます!」


シノアリスが目を覚ました時、診療所には他にも多くの患者がベッドの空きを待っていた。

そのため目が覚めたシノアリスは、診察後に直ぐに退院となったため目が覚めたことを知らせることが出来ないままとなっていた。


「カシス達にも伝えておくよ、でも直接シノアリス嬢の元気な姿を見せてやってくれ」

「はい、勿論です!」

「できれば、カシスにだけは絶対見せてやってくれ。ルジェは後でもいいから」

「?分かりました?」


何故か念を押してくるマリブにシノアリスは頭上に?を浮かべつつも頷いた。

そして未だ目を輝かせてシノアリスを見ているベルツの姿に、今更ながら意外な組み合わせに不思議そうに尋ねた。


「お二人は買い出しですか?」

「あぁ、途中でベルツ殿と出会ってな」

『マリブ殿と意気投合し、さっきまで話していたんだ』


意気投合?とシノアリスは二人を見る。

狼の鉤爪のリーダーであり獣人のマリブと戦う常夏の魔導士担当のベルツ。

意外な組み合わせにしかない彼等の意気投合とはどんなことなのだろうと疑問に思っていたが、シノアリスはふと彼等からの熱視線に気づいた。


「「・・・」」

「・・・」


ジッと注がれる視線にシノアリスは少し仰反るように身を引く。

だが、よく見れば熱視線の先はシノアリスにではなく、シノアリスの頭の上にいるくーちゃんに彼等は熱視線を注いでいた。

くーちゃんも彼等の熱視線に気付いているのか嫌そうに尻尾を振り、時折シノアリスの右側に立っている暁の肩を叩くように揺らしている。


「シ、シノアリス嬢!そ、その子は?」

「私の助っ人アシスタントのくーちゃんです」

助っ人アシスタント?召喚獣ではなく?』


助っ人などヘルプにしかない機能なので、ベルツが不思議そうに問うのは当然であった。


「はい!くーちゃんは魔法が沢山使える凄い助っ人なんですよ」

「にゃー!ごしゅじんさま、くーは照れてしまいます」


大好きな主人に褒められて、先ほどまで不機嫌だった尻尾は動きを止めゴロゴロと喉を鳴らす。

その様子をまた二人からの強い視線に、もしやとシノアリスは何かを察した。


「もしかして、小動物クリッター好きなんです?」

「「!?」」


シノアリスの言葉に男二人の肩がギクリと揺れる。

図星なのか互いに視線を逸らして微かに赤くなった頬を掻き、しばし挙動不審な行動をしていたが観念したように頷いた。


『恥ずかしながら互いに小動物には目がなくてな』

「俺も子供とか小動物が大好きでね」

『買い出し途中に小動物を連れた露店を見つけて、魅入っていたらマリブ殿もいつの間にか傍にいて』


暴露した所為か隠すことなくくーちゃんに熱視線を注ぎながら彼らが意気投合した経緯を説明される。

別にそこまで深く聞いていないので言わなくてもいいのだが、逃げるタイミングを失っているため離脱できない暁とシノアリス。


「とろこでシノアリス嬢」

『すまないがシノアリス嬢』


ズイ、と顔を寄せられ思わず仰け反る。

右側にいた暁はシノアリスが転ばないよう背を支えてくれているが、目の前の男に人は気付いていない。


「「その子に触れてもいいだろうか」」


あのあがり症のベルツがノートを挟まず声にして願うなど、よほど好きなのだろう。

暁とシノアリスは頭の上にいるくーちゃんを見やる。


「・・・」


なんということだろう、あの愛らしい顔が不機嫌に眉間に皺をよせ今にも舌打ちをうちそうなほど恐ろしい険相になっている。

嫌なんだな、物凄く嫌なんだなとハッキリと分かる表情。

が、頭の上にいるためシノアリスには見えておらず、ハッキリと見えた暁は頬を引き攣らせた。


「くーちゃん、どうする?」

「・・・」


明らかに表情が嫌だと告げている。

だがそんな顔も可愛い範囲内なのかマリブとベルツは頬を緩ませて、微笑ましそうに見つめていた。

くーちゃんはと言うとマリブ達がシノアリスと知人であることから無下にしていいのか悩んでいるのだろう。が、野郎に触れられるのは嬉しくないのか表情はとても正直だ。


「シノアリス、触れ合いはまた今度にしてもらわないか?」


早くしないと採取が出来なくなる素材があるぞ、と暁はその場を切り上げるために話題を振った。

暁の言葉に本日採取予定であった“枯れ樹の朝露”の存在を思い出す。


“枯れ樹の朝露”はとても特殊な素材である。

まず、普通の木から採取できるのは朝露だが、枯れ樹の朝露は枯れた木の最後の魔力と言われ強い魔力秘めている。

森は常に樹の精霊が管理しており、木が枯れる前に樹の精霊により吸収されてしまう。

早々に枯れ樹に遭遇は出来ないため、採取は困難でもあった。

だが魔物の暴走により森の殆どが枯れているため、“枯れ樹の朝露”を採取できる前項のタイミングでもある。


なにより、枯れ樹の朝露は命の雫を作る材料の一つでもある。

暁の欠けた角を戻すためにも、絶対に採取しておきたい素材でもあった。


「そうでした!マリブさん!ベルツさん!!急ぐのでご用件はまた今度!!」


慌てて正門に向かうシノアリスに、暁は二人に軽く会釈をしてからその背を追っていく。

残されたマリブとベルツは、微笑まし気な笑顔でその姿を見送るのだった。





場所は変わり、ナストリア付近の枯れた森の中。

魔力のない暁では枯れ樹の朝露が発見しづらいため、くーちゃんとペアで採取していた。くーちゃんは暁の肩に乗った状態で指示をしていたのだが。


「にゃー、さっきのは借りの一つとして受け取りますにゃ」

「別にそんなつもりはなかったんだが」


苦笑する暁に対し、くーちゃんはツーン、と顔を反らした。

くーちゃんは人懐っこい。

だが男性に対しては少々手厳しいようだった。



「暁さーん!くーちゃん!こっちにヘドロキノコがあるよー!」


「シノアリス!それはキノコじゃなくてヘドロ虫だ!いますぐ離れるんだ!?」

「にゃー!?ごしゅじんさま、迂闊に近づいちゃいけません!?」


ヘドロ虫は、体長五十から六十ほどの大きさをした紫や黒などが混合した軟体の生き物だ。

地球で例えるなら巨大なナメクジだ。

触覚と口だけしかなく、口からは大変香ばしい・・・・匂いを放ってくれる。どんな香ばしさかと言えば嗅いだ瞬間嘔吐や失神するレベルの香ばしさである。


だが、ヘドロ虫の背中には小さなキノコが生えており、匂いはあれだが腹下しを抑える効果を持っており薬師や医者達からは重宝されていた。


「ブホォォォ!」

「わ、相変わらず・・・・・臭いなぁ」


シノアリスは鼻を摘まみつつ、ホルダーバッグから塩を取り出して襲い掛かるヘドロ虫に叩きつけた。

塩が叩きつけられた瞬間、ヘドロ虫は動きをとめ、どんどん小さく縮んでいく。

残るのは手のひらサイズのキノコとその先端に小さくなったヘドロ虫だけが残された。


「はい、キノコ採取」


プチリ、とヘドロ虫の背中からキノコを採取し、ヘドロ虫を草むらに逃がす。

こうすればまた数日もしないうちに、ヘドロ虫の背中にキノコが生える仕組みだ。華麗な手際に暁もくーちゃんも感嘆してしまう。


「凄いな、あんなにも簡単に魔物を退けるなんて」

「ごしゅじんさま!すばらしいです!」

「え?ほんと?いひひ、照れるなぁ」

「いや、本当に凄いぞ。あんなに激臭を放っていたのになぜ平然だったんだ?」


「いえいえ、よく監禁された牢獄などでヘドロ虫を見かけていましたので」

「「・・・え」」


とんでもない事実が、突如暁とくーちゃんを襲う。

固まっている二人に気付いていないシノアリスは褒められたことが嬉しかったのか意気揚々と語り続けた。


「監禁される場所って大抵が地下室で湿気が多いのか、ヘドロ虫が毎回いるんです。何度も遭遇うしているうちに匂いに慣れまして」

「「・・・」」

「流石に両手足を縛られたときは苦労しましたけど、両手が健在なら簡単ですよ!」

「「・・・」」


笑顔で語るシノアリスだが、内容はなかなかに重い。

その瞬間、暁とくーちゃんは誓った。

なにがあってもシノアリスを必ず守ろう、と。


そんな心の結託を暁とくーちゃんがしているなど、知らないシノアリスは呑気に素材を採取していたのであった。




*****

本日の鑑定結果報告


・枯れ樹の朝露

枯れた木の最後の魔力と言われ強い魔力秘めている。

森は常に樹の精霊が管理しているため、早々に枯れ樹に遭遇は出来ない。命の雫を作るための材料の一つでもある。


・ヘドロ虫

地球で例えるなら巨大なナメクジ。

触覚と口だけしかなく、口からは大変香ばしい香りがする(吐くレベルの香ばしさ)

ヘドロ虫の背中には小さなキノコが生えており、匂いはあれだが腹下しを抑える効果を持っており薬師や医者達からは重宝されている。

塩が弱点であり、かけると縮む。


最後までお読みいただきありがとうございます。

数ある小説の中からこの小説をお読み頂き、とても嬉しいです。

少しでも本作品を面白い、続きが気になると思って頂ければ応援やコメントを頂けると大変活力となります(*'ω'*)

更新頻度はそこまで早くはありませんが、主人公ともども暖かく見守っていただけると嬉しいです。


本人はとくに何とも思っていなくても、聞いた側からすればドン引きする経験ってありません?

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