第63話 戻った日常(2)

ハルロフはショックを受けていた。

このナストリアでは冒険者ギルドの統括長 ハルロフの名はとても有名である。

彼は統括長になる前は、数少ない白銀ランクとしてその名を世界に名を広めていた。


“剛鉄のハルロフ”

この異名は、ハルロフのエクストラスキル“剛鉄強化”から来ている。


剛鉄強化は己限定だが、任意の場所を鉄のように強化できる。

彼はそのスキルを上手く生かし、数少ない白銀ランクにまで上り詰めた。その名が広いためかハルロフに憧れて冒険者になる若者は何人もいる。

だが冒険者志望でない錬金術師のシノアリスやごく最近助っ人アシスタントとして誕生したくーちゃんからすれば“だれだ?おめぇ”となり、人族との交流がない山奥に引きこもり最近まで奴隷になっていた暁からすれば“冒険者のトップの人間”と薄い反応になるのは致し方ない。



「お!見つけたぞ!ハルロフ!!」


ショックを受けて固まるハルロフに続き、現れたのはシノアリスも知っている商業ギルド支部の統括長ギルドマスタースルガノフだ。

そして後ろにはシノアリスの大好きなロゼッタもいる。


「ロゼッタさん!」

「アリスちゃん、もう体調は大丈夫なの?」

「はい!おっちゃんの串焼きを食べてさらに元気になりました」


魔物の暴走で魔力枯渇により倒れたシノアリスを心配していたロゼッタは、その言葉にホッと安堵の息を零した。

慌ただしい仕事の合間に何度か見舞いには訪れたが、シノアリスは目覚めておらず退院できた日も顔を見せることが出来なかったので気掛かりだった。


彼女には怖い思いや沢山無理をさせてしまった後ろめたい気持ちがある。

さらにロゼッタが不在時に、スルガノフがシノアリスの体調を考えず好きなだけ依頼を受理させた件などもあり、シノアリスを妹のように可愛がっていたので心から心配もしていた。


だが目の前で美味しさに笑顔を浮かべ串焼きを食べるシノアリスにロゼッタは自然と笑みを零し、そっと頭を撫でた。


「?ロゼッタさん?」

「嫌かしら?」

「いいえ!嬉しいです!」


突然頭を撫でられ、不思議そうに首を傾げるが大好きなロゼッタから撫でられるのは決して嫌ではない。

嬉しさにアホ毛を揺らし、甘えるようにロゼッタの手にすり寄せるシノアリスにロゼッタも柔らかく微笑んだ。


そんな優しい空間に包まれる二人の背後ではスルガノフがハルロフに詰め寄っていた。



「お前!うちの大事な会員をスカウトするって本気か?!」

「当たり前だろ、鬼人に召喚士。商業ギルドに残したままなんぞ宝の持ち腐れじゃないか」

「ふざけるな!こっちの承諾も無しに勝手にスカウトなんぞどういう了見だ!」


「あれ、なんです?」

「気にしないで、欲に目が眩んだ馬鹿な大人の姿よ」


額を突き合わせて怒鳴りあう二人を指さしながらシノアリスがロゼッタに問えば、気にするなと言いながら笑顔で毒を吐く。

信頼するロゼッタが気にするなと言えば、シノアリスは素直に気にしないことを選んだ。

だが、暁は訝しげな顔でロゼッタに問いかけた。


「鬼人は俺だと分かるが、召喚士とはだれの事だ?」

「・・・・それが、ね」

「「?」」


暁の質問にロゼッタは困ったように、シノアリスとくーちゃんを同時に見つめた。

ロゼッタの口から説明された内容にくーちゃんは大変激怒した。

なにに対して激怒したかというと。



「くーは召喚獣などではありません!わたくしをあんな獣達と一緒にしないでください!!」

「くーちゃんは召喚獣とどう違うの?」

「召喚獣は、本来長寿した獣達のことです」

「え?そうなの?」

「はい、ですが永年の信仰とその身で制御できない強大な力により生の輪から外れた生き物でございます」


召喚獣が召喚士や契約をするのも、契約者という媒体を利用して力を制御コントロールするために契約をしているらしい。

つまり歴代の召喚士とか関係なく、召喚獣の好みのタイプで契約者を決めて召喚陣から現れているという。


「ふーん」

「その点、わたくしはごしゅじんさまの魔力で生まれたごしゅじんさまだけの助っ人アシスタントなのです!」


くーちゃんは召喚獣とは違い助っ人アシスタント

シノアリスの不足な部分を補う存在なので、契約者という媒体を利用とかではなくシノアリスの魔力を代わりに使用して魔法を放つという。

つまり、前回の魔物の暴走にて魔力枯渇で倒れた原因はくーちゃんであった。

それに気づいていないシノアリスは。


「へー!くーちゃん物知りだねー!」

「ふふん!わたくしはごしゅじんさまの助っ人アシスタントですから!!」




「アカツキさん、分かっていらっしゃると思いますが」

「あぁ、俺たちはなにも聞かなかった」

「はい、ありがとうございます」


召喚獣は未知なる存在として名を馳せている。

まさかその生まれの実態を世間話のように話されているなど、召喚獣の生態を調べている学科達がこの場にいれば泡を吹いて倒れるか、即座にシノアリスを捕獲したであろう。

さらにシノアリスの魔力だけで生まれたくーちゃんという存在も召喚士や魔法学科からすれば観察研究対象に近いだろう。


もはや自身が超危険!取扱注意人物になっているなど夢にもおもっていないシノアリスだった。





スルガノフとハルロフは未だ睨みあっていた。

彼の後方でシノアリスとくーちゃんが、学者たちからすれば目が飛び出るほどのぶっ飛んだ会話をしているのだが気付いていない。


「よぉぉし!ならシノアリス嬢が頷くなら引き抜きは文句ねぇんだな!」

「あぁ!無理だろうがな!!」

「ほざけ!」


と、自信満々にシノアリスの傍にやってきたハルロフは先ほどの凶悪な面から輝かしい笑顔を浮かべて、シノアリスに告げた。


「シノアリス嬢!一緒に冒険者にならないか!」

「え、いやです」


即答だった。

ハルロフの勧誘に対し、シノアリスは迷うことなく拒否をする。固まるハルロフの後ろではスルガノフが満面の笑顔を浮かべている。


「鬼人殿!俺と一緒に冒け」

「すまないが、俺も断らせていただく」


隣の暁にも笑顔で声をかけたが、最後まで言わせてもらえないまま即答。その背後でスルガノフはニターッとこれまた凶悪な面で笑っている。


「(もぐもぐ)ふぅ、ごちそうさま!ではくーちゃん、暁さん!行きましょうか!」

「あぁ」

「はい、ごしゅじんさま!!」


ようやく最後の一口を飲みこんだシノアリスは、濡れた布巾で手を拭きながら暁とくーちゃんに本日の素材採取場所に行こうかと促す。

勿論傍にいるロゼッタにも別れの挨拶をしてその場を去ろうとする、地に手と膝を着けて落ち込んでいたハルロフは慌てて顔を上げ去ろうとするシノアリスを呼び止めた。


「ままま待ってくれ!シノアリス嬢!!」

「はい?今度はなんですか?」

「冒険者へのスカウトは諦めた、うん本人が嫌なら仕方ない!だがいつでも移籍は受け入れるか」

「お仕事があるので失礼しまーす!」

「待ってぇえ!お願いだから、オジサンの話をもう少し聞いて!!」


話が長くなりそうなのといい加減面倒に感じ始めたのか笑顔で去ろうとするシノアリスを必死に呼び止めるハルロフ。

その姿は白銀ランクとして世界に名を広めていたハルロフとは誰も分からないだろう。


「もうなんですか、私も暁さんもくーちゃんも暇ではないんですよ」

「よし!簡潔に言おう!!冒険者への勧誘は諦めた!それとは別件で王宮が君を呼んでいる!一緒にい」

「いやです」

「・・・」

「・・・」


笑顔なのに物凄く壁を感じるのは何故なのか。

スルガノフやロゼッタへフォローを求めるように視線を向けるが、彼らからは冷たい視線しか返ってこない。平民であれば憧れるであろうお姫様やお城を出しても「いやです」の一点張り。

最後は縋るように問いかけたが、これも笑顔で「ムリ」と断言されてしまった。


「ハルロフ、俺は言っただろ」

「冒険者支部の統括長ながら、最低ですね」


スルガノフとロゼッタが言っているのは、シノアリスを王宮へ連れていくことに対してのことだ。

あれほどスルガノフが危険性を伝えていたのにも関わらずに、だ。


ちなみにシノアリスが王宮に行きたくないのは、王宮内での礼儀作法とかが面倒なので行きたくないだけである。

誘拐とかスルガノフ達が警戒しているようなことは全く想像していない。

先ほどまでシノアリスの判断に任せていた暁も、王宮にシノアリスを連れていきたいハルロフに対し警戒と敵意を出し始めた。

山奥に引きこもっていても人間の悪意や欲望を誰よりも知る暁だからこそ、王宮の陰謀に相棒を近づけようとする輩を敵と認識するのは当然だ。


まるで四面楚歌。

いや、本当に四面楚歌なのだろう。ハルロフはキリキリ痛む胃を抑えつつ、縋るようにシノアリスを見ればシノアリスはくーちゃんを頭に乗せて雑談をしていた。


「悪いな、アカツキの旦那。この件はなるべく俺の方が押さえておく」

「あぁ、そうしてくれ」


ピリピリと微かに感じる殺気を肌で感じながらスルガノフはこれ以上ハルロフを喋らせてはならないと会話を無理矢理打ち切った。

ロゼッタもスルガノフの行動が正解というように頷いている。

スルガノフは暁とシノアリスが港町シェルリングで船の通行許可書をもらっていることを知っている。つまりこれ以上煩わせれば、彼らは未練もなく海を渡り此処を去っていく可能性があるということだ。

魔物の暴走で魔道具や回復薬が枯渇に近い状態で、放浪の錬金術士がいまナストリアから出てしまうのは避けたい。


「お話は終わりですか?」

「あぁ、行こう」


暁の背を押され、シノアリスはロゼッタやスルガノフに軽く会釈をし、去っていく。止めようと伸ばされたハルロフの手をスルガノフが掴まれ、その手がシノアリスには届くことはなかった。



****


本日の鑑定結果報告


・剛鉄のハルロフ

ナストリア冒険者ギルド統括支部の異名。

この異名は、ハルロフのエクストラスキル“剛鉄強化”から来ている。


・剛鉄強化

己限定だが、任意の場所を鉄のように強化できる。


・召喚獣【new】

永年の信仰やその身で制御できない強大な力により生の輪から外れた長寿の獣たち。

召喚獣が召喚士や契約をするのも、契約者という媒体を利用して力を制御コントロールするために契約をしているらしい。

つまり歴代の召喚士とか関係なく、召喚獣の好みのタイプで契約者を決めている。


ただし、この事実を知っているのはシノアリス、暁、くーちゃん、ロゼッタのみである。



最後までお読みいただきありがとうございます。

数ある小説の中からこの小説をお読み頂き、とても嬉しいです。

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更新頻度はそこまで早くはありませんが、主人公ともども暖かく見守っていただけると嬉しいです。

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