第62話 戻った日常(1)
「いやです」
笑顔なのに物凄く壁を感じるのは何故なのか。
スルガノフやロゼッタへフォローを求めるように視線を向けるが、彼らからは冷たい視線しか返ってこない。
だが、さすがにこればかりは冒険者ギルド支部
「シ、シノアリス嬢。なにもとって食うわけじゃない、王族が此度の
「いやです」
「お、王城には!普段じゃみられないくらい豪華な宮廷が見られるぞ!」
「いやです」
「お姫様や王子様だって身近で見られるぞ!」
「いやです」
「そ、それに!美味しい料理もいくつか用意しているそうだ!!」
「おっちゃんの串焼きの方が断然おいしいです」
「・・・・」
「・・・・」
「どうしたら、頷いてくれるんだ」
「ムリじゃないですかね!」
輝かしい笑顔は成人しているとはいえ、子供独特の愛らしさが残っている。
ハルロフは、背後に控える暁にも視線を求めるが相棒であるシノアリスが頷いたらと既に言われているのでシノアリスが頷かないと話にならない。
どうすればいいんだ、とハルロフはキリキリ痛む胃を抑えながら、事の経緯を振り返った。
*
事の発端は、
国のトップから呼び出しに多くの冒険者や騎士たちは浮足立った。
だがすべての冒険者を王宮に呼ぶわけにはいかないので、代表として“鋼の翼”に王宮に出向いてもらう予定だったが、なぜか王宮側は条件を加えてきた。
「鬼人と召喚獣の使い手である少女は、必ず呼ぶように」
鬼人は分かる。
ハルロフが
だが召喚獣の使い手の少女とは誰のことなのだろうか。
直ぐに調べた結果、鬼人の相棒であるシノアリスと一緒にいる黒猫が召喚獣だというのが判明した。
しかし、召喚獣に黒猫なんぞ居ただろうか?とハルロフは記憶にない情報に首を捻った。
ハルロフは冒険者ギルド支部
過去に様々な召喚獣を覚えているが黒猫なぞ見たことも聞いたこともない。
だが、あの黒猫は古代級の魔法を扱っていたので召喚獣で間違いないだろうと結論付けた。
召喚獣は、その名の通り魔術師や召喚士によって召喚されるモノ達を指す呼び名だ。
その力は失われた古代の魔法や知識を持っており、これらを召喚できるのは古くから代々続く召喚士の家計のみが召喚できると言われている。
だが稀に召喚獣が、主人を選ぶケースもある。
シノアリスは商業ギルドに在籍する行商人かつ錬金術士とすでに調べはついている。
つまり彼女はとても幸運なことに、あの黒猫に見初められ契約が出来たという結果にたどり着いた。
なら二人は商業ギルドではなく冒険者ギルドに移動すべきだ。
「あの力を持っていながら商業ギルドにいるなんぞ、宝の持ち腐れだ」
適材適所という言葉があるように、鬼人も召喚士の少女もその力を冒険者ギルドで振舞うのが最善だとハルロフは思っている。
きっとハルロフ自身がスカウトすれば、直ぐにでも冒険者ギルドへ移籍したがるに違いない。
「カタリーナ!いますぐ移籍申請の書類を用意しろ!」
「は、はい!ただいま!!」
受付嬢の一人であるカタリーナに声を掛ければ直ぐに仕事に取り掛かる。
ハルロフはこれから忙しくなるぞと少しだけウキウキしながら、シノアリス達と面会すべく商業ギルドのスルガノフへ通信を繋いだ。
『なんだ、ハルロフ。お前から通信なんざ珍しいじゃねぇか』
「久しいな、スルガノフ!今日はお前に話があってな!」
『話?』
通信越しに訝しげな顔をするスルガノフに対しハルロフは上機嫌に用件を伝えた。
最初は普通に聞いていたスルガノフだが、段々と表情が強張っていく様子に忙しい未来しか頭にないハルロフは全く気付いていなかった。
「というわけで、シノアリスだったか?あの子を冒険者ギルドに移籍をだな」
『すまんが、無理だ』
「は?何言ってんだ?」
『悪いがシノアリス嬢には、自分の名が売れるのを控えさせている』
「はぁ?なんでそんな事勝手にしてんだ」
『おいおい、相手はまだ十五だぞ』
「十五なんてもう成人済だろ」
名が売れるというのは冒険者や商人にとっても大事な事だ。
だがスルガノフは名を控えさせる、という。
まるでお前は過保護な父親かとハルロフは嫌味を言うのだが、スルガノフは頭を抱えつつ苦々しい声で告げた。
『ロゼッタからの情報だが、あの子は過去に何度か権力のある人間に誘拐などされた経験があるらしい』
「!?」
『なのに、そんなことがあったなんて感じられないほど明るく良い子だ。そんな子が、陰謀が蠢いている王宮なんぞに行ったら、誘拐してください!と自らを差し出しているようなものだろ』
「・・・」
否定はできない。
なにしろ王宮にも、魔導士や召喚士も在籍している。
しかもシノアリスの契約している召喚獣は、ハルロフでさえ知らない未知な召喚獣でもある。きっと王宮はなにかと理由をつけて、シノアリスを囲み研究の対象となるだろう。
「それなら彼女には相応のランクを与えよう、そうすれば王宮側も手は出しにくいだろう?」
『そういう問題じゃない。とにかく俺は手引き出来ん』
「あ!おい!!」
無理矢理通信を切られ、ハルロフは頭を抱えた。
スルガノフは何を考えているんだ、これは王命に近いのに協力しないとは何事かとハルロフはイラついたように机を叩きつけた。
丁度お茶を手に入室していたカタリーナは肩を震わせ、ハルロフの視界に入らないようお茶を置く。
置かれたお茶を一気に飲み干せばハルロフはカタリーナが作成した書類を乱暴に掴んだ。
「カタリーナ」
「は、はい!」
明らかに不機嫌そうなハルロフに、今度は何を命令されるのかと身構えていたカタリーナだが。
「商業ギルドに出かけてくる」
一言だけ告げ荒々しい足取りで部屋を去っていくハルロフに、ホッと安堵の息を吐きカタリーナはお茶を片付けて自身の仕事場へと戻って行った。
*
一方その頃、王宮から呼び出されているとは知らないシノアリスと言えば。
「んんぅぅぅ~!やっぱりおっちゃんの串焼きは最高ぉぉおお!」
頬をパンパンに膨らませ、幸せに満ちた顔で屋台のおっちゃんの串焼きを食べていた。
街は
冒険者や騎士たちが必死に魔物の侵入を阻止してくれたおかげで、街も被害が少なく済んだ。そのため店や露店なども通常通り営業を始めていた。
「うん、これは美味いな」
「うにゃぁあ~!こりは美味しいです!ごしゅじんさま!」
「だよね!この串焼きを食べたら胃袋鷲掴み待ったなし!」
串焼きをシノアリス、暁、くーちゃんの三人でベンチに座り堪能する。
少し前まで
「おっちゃぁあん!おかわり!!」
「おうよ!直ぐに用意してやらぁ!!四十秒待ちな!!」
いち早く食べ終えたシノアリスは、直ぐに傍にいる屋台のおっちゃんに声を掛ければ返事と共に香ばしい匂いが漂い始める。
匂いだけでも幸せになれるとは、やはり屋台のおっちゃんは只者ではないとシノアリスの好感度はあがる。次の食べ終えたくーちゃんも「くーも食べとうございます!」と挙手をし、屋台のおっちゃんに追加を告げる。
次の串焼きが出てくるのを今か今かと待ちながら、シノアリスは晴天の空を見上げこの時間が幸せだなぁと実感する。
「うぉぉお!やっと見つけた!!!」
ふと響く声にシノアリス達の視線が声の先へ向けられる。
そこには見知らぬ大柄な男が此方を指さしたかと思えば急ぎ足で近づいてきた。あんな人知り合いにはいないぞ?とシノアリスは首を傾げるも。
「あいよ、肉とホワイトオクトパス盛り合わせお待ち!!」
「「待ってましたぁあ!!」」
差し出された肉厚のお肉と肉厚なタコの盛り合わせに、意識は直ぐに串焼きへと切り替わりシノアリスとくーちゃんは笑顔で受け取る。
「「いただきまーす!」」
肉にかぶりつけば、肉厚なのに口に含めばサクサクのホロホロ、だけど肉汁は逃れておらずタレとの相性も抜群。
ホワイトオクトパスは歯ごたえと旨味にいつまでも噛んでいたい。タレではなく香辛料オンリーだがピリッと辛く、肉のタレがついてもなお美味しい。
タコと肉がここまで美味しく食べられるなんて、アホ毛を踊るように乱舞させながらシノアリスは幸福を噛みしめる。
「君たち!鮮血将軍猪人族を討伐してくれた子だよね!」
「ごしゅじんさま!美味しゅうございますぅ!!」
「だよね!この美味しさは極上級だよね!」
「親父さん、俺にも追加の串焼きください」
目の前に立ち訴えてくる男を他所に、串焼きの美味しさにシノアリスのアホ毛は踊り、くーちゃんは尻尾を揺らす。その光景に暁は微笑ましそうに見つめ、自身も屋台のおっちゃんに串焼きの追加をお願いした。
「今日は君たちに話が合ってね!」
「「(もぐもぐもぐ)」」
「良ければ此処じゃなく、どこか店で話をしないか?」
「「(もぐもぐもぐ)」」
「はいよ、待たせたな!!」
「ありがとう、親父さん・・・・(もぐ)」
「人の!話を!聞こう!むしろ聞いてくれ!!」
「「だれですか、あなた」」
「ん?あぁ、確か冒険者の
「「へぇー、そうなんですか」」
ようやく三人の視線が向き、顔を知らないシノアリスやくーちゃんは別に唯一顔を合わせていた暁は思い出したように告げるがシノアリスもくーちゃんもまったく興味のない返答を返していた。
****
本日の鑑定結果報告
・召喚獣【?】
その名の通り魔術師や召喚士によって召喚されるモノ達を指す呼び名。
その力は失われた古代の魔法や知識を持っており、これらを召喚できるのは古くから代々続く召喚士の家計のみが召喚できると言われている。
*
最後までお読みいただきありがとうございます。
数ある小説の中からこの小説をお読み頂き、とても嬉しいです。
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更新頻度はそこまで早くはありませんが、主人公ともども暖かく見守っていただけると嬉しいです。
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