第60話【幕間】盾と善意 (1)

「まいどどぅも」


やる気のない店員の声に見送られながらコリスはカラン、と鍛冶屋の扉を開き表通りへ出た。

魔物の暴走スタンピードにより愛用の武器はほとんど壊れてしまったため、修理を依頼しにきたのだが。


「修理まで七日か」


鍛冶屋に行くのはコリスだけではない。

魔物の暴走スタンピードには多くの冒険者も参加していた。

彼らもコリスと同じように愛用の武器の損傷が激しく修理で鍛冶屋や武器屋などに殺到しているようだ。そして同じ前線で戦っていたアマンダも。


「コリス、修理はどうだったんだい?」

「七日はかかるみたいだ」

「なら、しばらく依頼は受けられないね」

「アマンダの盾は」

「あぁ、アタイと一緒に無理したから今朝ぽっきりと割れたよ」


アマンダの武器である盾は今朝二つに綺麗に割れたため、修復は無理だと診断された。

そのため新しく調達をしなくてはいけない。

ナストリアにはいくつか防具店や武器屋はある。だがどれもアマンダのお目に叶う盾はなかった。


「まだ時間はあるから、ゆっくり選べばいいよ」

「それもそうだね・・・ん?」


ふとアマンダは、少し先で出来ている人集りに気付いた。

そして黒髪と白髪の頭を見つけ、コリスを小突く。小突かれたコリスもその人集りに視線を向けた。


「あれはアカツキさん?それと・・・」


「ですから、もう大丈夫ですから暁さんはお仕事に行っても良いんですよ!?」

「シノアリスは病み上がりだろ、まだ仕事は最小限に控えるべきだ」

「そう言って二日ほどしっかり休んだので大丈夫です!」


聞き覚えのある声にコリスとアマンダは互いに顔を見合わせて人集りの中心へと足を進めた。

そこには二人の予想通り、シノアリスと暁の姿があった。


「しかし・・・」

「受けたのは簡単な素材採取ですから危ないことはないですよ」

「そうです!ごしゅじんさまには、くーが側にいるので全く問題ございません!」


暁とシノアリスの口論に参戦するのは、シノアリスの助っ人くーちゃんである。

くーちゃんはシノアリスの頭に乗った状態で暁を追い払うように尻尾で振っている。


「むしろ、くーちゃんも暁さんと一緒でもいいんだよ?」

「にゃにゃあ!?どうしてですか!」

「昨日足を攣っただけで宿屋の窓を破壊して、夜中なのにお医者様を拉致してきたからかな!」


昨夜、寝てばかりでいた所為かシノアリスは足を攣った。

足を攣るなど誰でも経験はしたことがあるだろう。同室だった暁も足を攣り、何かが産まれた産声をあげるシノアリスを労わっていたのだが生まれたばかりであるくーちゃんには足が攣るということが分からなかった。

むしろ、そんな知識もない。

そのためシノアリスが病気だと思い込み、直ぐに医者を呼ぼうと宿屋の窓を破壊して夢の世界に旅立っていた医者の首根っこを掴んで戻ってきた。

シノアリスの想っての行動なので責めにくいが、やらかしたことは違いない。


「なら俺も一緒に」

「いえ、それは」

「アカツキさん」

「アリス」


再び口論が始まりそうだったため、コリスは暁の前へ。アマンダはアリスの前に立つ。

見知った姿に暁もシノアリスも驚いたように目を見開いた。

物理的な介入により口論が止まったことで、アマンダはシノアリスの頭を軽く小突く。


「まったく、さっきからなにを騒いでるんだい?」

「アマンダさん、聞いてください!」

「よしよし、聞いてやるから場所を移動しよう」


再び感情任せに叫びだしそうなシノアリスを落ち着かせ、アマンダはシノアリスの手を引いて人集まりから離れていく。

勿論コリスにアイコンタクトは忘れずに。


そうしてアマンダ達は冒険者ギルドの横に建設されている酒場へとシノアリス達を連れ込んだ。

商業ギルドは中に椅子やテーブルなどが設置されているが、冒険者ギルドの内装は基本、受付窓口と掲示板のみ。

そのため、休憩や待ち合わせなどには隣に酒場を利用するのが冒険者ギルドの中で暗黙の了解になっていた。


それを知らないシノアリスは物珍し気に酒場をキョロキョロと見回している。

その様子が、初めて冒険者ギルドの酒場に訪れたときの自分に重なったのかコリスは微笑まし気にシノアリスに問いかけた。


「そんなに物珍しい?」

「はい、酒場とかはあまり出入りしたことないので」


寧ろあったとしても、それは裏手側でオーナーや定員とのやり取りをするくらいだろう。

独特のアルコールの匂いや少しだけ薄暗い店内にシノアリスのテンションは少しだけあがっていた。

ふと酒場の奥にあるその存在に気付いた。


「・・・馬?」


そこにいたのは、馬だった。

いや、馬なのは馬なのだが、前世の知識で見たバーテンダーという者が着るような衣装を着て、グラスを綺麗に磨いている。

顔は完全に馬なのだが、シノアリスの視界から見える上半身は人と全く変わらない。


此処ナストリア国では、獣人の姿を見たことがない。

だからまさか酒場に獣人?らしき存在がいたことにシノアリスは驚きを隠せなかった。


「あぁ、あの人はこの酒場のマスターだよ」

「あの方は獣人なんですか?」

「「・・・多分」」

「多分!?」


コリスとアマンダは互いに視線を逸らして曖昧な回答を出した。

シノアリスは、暁の方を振り返り目であれは獣人ですかと訴えた。だが、暁もとても真剣な顔をしたかと思えばスッと顔を反らした。


「ちょ、なんで顔を反らすんですか!?」

「すまない、俺もどう答えていいのか分からない」


申し訳なさそうに告げる暁にシノアリスは、今度はくーちゃんへと視線を向けたがくーちゃんは既にそっぽ向いていた。

全員が回答出来ない存在とは、これ如何に?


だがきっと何かしら事情があるのだろう。

ならばシノアリスがとやかく言う必要性はないと、物凄いステータスを見てみたい衝動にかけられているが前回に苦い経験をしたので軽率に見ることはできない。

馬の存在を忘れようと思考を切り替えようとするも。


「お待たせいたしましたー、マスターの特製ビルラです」


定員と思わしき女性が、ドンと勢いよく置いたのは木製のジョッキ。

シュワシュワと泡立ち、独特の匂いからしてこれはお酒なのだろうとシノアリスはビルラを見つめた。

だが、ビルラが置かれたのはコリスとアマンダ、暁だけでありシノアリスの前にはなかった。


「あれ?わたしは?」

「アンタはまだ早い」

「え、これでも成人済みなんですよ!?」

「それでもダメだ」

「ビルラは独特の癖があるからね、アリスちゃんはビルラ飲んだことないよね?」

「それは、ない、ですけど」


だが、三人だけなんてズルいではないかと恨めしそうな眼をしてしまうも。


「ご安心を。お嬢さんには此方を」

「・・・」


めちゃくちゃ綺麗な声が背後からしたと同時に、スッと差し出されたのは果実水だった。

甘い香りからして、今が旬のピピレという果物だろう。

が、それだけならまだわかるのだが、なぜか生のキャロトットが添えられていた。キャロトットは地球の記憶で変換すれば人参そのものだ。


「此方、わたしのお手製です。旬の果実水~赤い実を添えて~になります」

「いや、赤い実じゃなくてキャロトットですよね?これ」

「ブヒヒン、おや?キャロトットは苦手ですか?」

「苦手以前に生ですよね?これ」

「問題ございません!このキャロトットは、わたしのお手製ですので美味しいですよ」


背後にいるのはきっと先ほどの馬なのだろう。

だが、それよりも生で添えられたキャロトットにシノアリスはどうしても突っ込まずにはいられなかった。


「そして、レディーにはこちらを」

「・・・」


更にくーちゃんの目の前には一本のキャロトットが添えられた皿を差し出された。

その瞬間、愛らしいくーちゃんの顔から表情が抜け落ちたのを暁だけが目撃していた。


「それではどうぞ、ごゆっくりと」


綺麗な作法で一礼をし、去っていく姿。

さきほどはカウンターにより上半身の身しか見えなかったが、いまは全身がシノアリスの眼に映っている。

下半身は馬、そのものだった。


「・・・」


その瞬間、シノアリスは思考を放棄した。

アマンダやコリス、暁がなんとなく悟ったようにシノアリスもまた悟ったのか、何も言わずに添えられたキャロトットに齧りついた。


「・・・しかも美味しい」


齧ったキャロトットは生とは思えないほど、ほんのり甘かった。

シノアリスはまた一つ、未知の出会いをし、心が大人になったのだった。





「それで?なにを揉めてたんだい?」

「!!そうです、聞いてくださいアマンダさん!暁さんがお仕事をさせてくれないんです!」


シノアリスの言い分はこうだ。

魔物の暴走スタンピードにて魔力枯渇となり気絶したシノアリスは、目覚めたその日に魔力も戻り完治していたが、暁が病み上がりだからと二日は安静にさせていた。

そして今日から仕事を復帰すべく商業ギルドで依頼を受けてきたのだが、暁が仕事は控えるべきだとストップをかけてきたのだという。


「あー、それで口論してたんだ」

「なんだいそりゃ!アカツキ、いくらなんでも過保護すぎじゃないのかい?」


シノアリスの言い分に、アマンダは眉を吊り上げて暁を叱咤するも。


「いや、しかし・・・流石に病み上がりで依頼を十個も受けるのは心配で」

「「十個!?」」

「心配いりません、ほとんど素材採取ばかりですから今日中には終わります!」

「そういう問題じゃないよ!このバカ!」

「アカツキさんが止める理由は正しい」

「敵が増えた!」


まさかの裏切り、とシノアリスは戦慄するが全く裏切りではない。

これが一個、二個の依頼であれば暁の過保護だと言える。だが流石に依頼を十個受け、それを今日中に遂行しようとするシノアリスを心配しとめるのは当たり前のことだった。


「じゃあ逆に聞くけど、もしアカツキが倒れて回復したその日に依頼を十個も受けようとしたら、どうするんだい?」

「え!?もちろん止めますよ!」

「アカツキもそれと同じ気持ちなんだよ」


アマンダの言葉にシノアリスは何が悪かったのかようやく気が付いた。

暁も、シノアリスが一個や二個くらいの依頼であれば此処まで口出しなどしなかった。暁の思いやりを無化にしていたことにシノアリスはアホ毛を萎ませながら暁へと頭を下げた。


「ごめんなさい、暁さん」

「いいんだ、俺も言葉が足らなかった」


無事解決したようでコリスもアマンダもホッと口元を緩ませた、が。


「では一緒に依頼を終わらせましょう!それなら暁さんも安心ですよね!」

「あぁ、それなら安心だ」

「「結局依頼全部やるのかよ!」」


それなら最初から暁と一緒に行動すれば口論にもならなかったのでは、とコリスは喉まで出かかった言葉を飲み込んだ。




*****

本日の鑑定結果報告


・ビルラ

地球で言うビールと同じ一種。

だが独特な苦みと辛さがあり、アルコール度も高いので初心者には余り向いていない。


・ピピレ

地球でいうなら桃とリンゴが合わさった果実

生絞りは格別に美味い。


・キャロトット

地球で言う人参。

本来は生臭さや独特な味がするのだが、とある酒場のマスターの作るキャロトットだけはほんのりと甘いらしい。


・酒場のマスター

見た目はケンタウロスそのもの。

名前も獣人なのかも知られていない謎の存在、だが、声がめっちゃ美声。

女性冒険者は、たいていこの声に落とされる模様。

酒場で争うものなら、彼から猛烈な後ろ蹴りを食らわされ全治10か月以上の重傷を負わされる。


実は、屋台のおっちゃんとは飲み仲間だったりする。

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