第58話 不思議な夢 (2)
「嬉しいなぁ!そんなこと言われたのは初めてだよ!!」
「え?初めてって・・・」
「そうさ!ここには誰も来ないからね、いや来ることが出来ないからね」
「来ることが、できない?」
ならば現在進行形で此処にいる自分はなんなのだろうか。
ふとシノアリスは恐ろしい事実に気付いた。
「ここってあの世なの?」
「あの世?」
「わたし死んじゃったの!?」
「あぁ、死後の世界のこと?違うよ」
「じゃあここはどこなの!?」
一瞬自分が死んだのかと思ったが否定をしてくれた少年に思わずここが何処なのかを尋ねるも。
まるでとても難しい質問をされたかのように悩みだす。
「そうだねぇ、あの世でもない時の狭間と言えばいいのかな?」
「よく分からないんだけど」
「しょうがないじゃないか、だって此処には本来ボク以外誰も来れない場所なんだ」
「じゃあ此処にいる私はなにぃいい!?」
「うーん、バグかな!」
「バグ扱い!?」
いったい自分はどこにいるんだ、むしろ生きているのかとシノアリスは不安になる。
だが焦るシノアリスを他所に目の前の少年はただ面白げに笑っている。
「大丈夫、そんなに焦らなくても君を元の場所に返してあげるよ」
「ほ、本当!?」
「うん、さっきこの場所にはあり得ない異物が見つかったから、多分それが君の世界への道だよ」
「?」
もっとわかりやすい言葉で説明してもらえないだろうか。
シノアリスの顔は既に宇宙猫のように困惑で満ちていた。
だが、それを気にしていない少年は案内するよとシノアリスの手を引き歩き出す。
先ほどまでは一人で歩いていた時、前に進んでいるかの感覚もなかったが誰かといるとちゃんと進んでいるのだと実感できる。
少しだけ余裕が持てたシノアリスは周囲の本に視線を走らせた。
そこにはシノアリスの知らない文字や知っている文字、外国語、日本語、記号のような文字などたくさん並んでいる。
「ここは、図書館?」
「図書館は違うね」
「じゃあこの場所はなに?」
「ここは書庫だよ、なんの変哲もないただの書庫さ」
書庫とは、図書館で古い資料や大切な資料をしまってある倉庫のことを指す。
つまりここにある本は厳重に管理されている物ばかりなのだろうか。
「じゃあここでは古い資料を管理してるの?」
「そう、いろんな記録が保管された書庫だよ」
いろんな、とはどういう事なのか。
再び問いかけようとしたシノアリスに少年は振り返り、人差し指を口元に当てていた。
「これ以上はダメだよ、君が発狂してしまうからね」
「なぜそんな恐ろしい事になるの?!」
「あははは」
「笑って誤魔化さないでぇぇえ!」
発狂するなど穏やかではない。
なのに笑う少年にシノアリスは抗議するように訴えるが、なにも知らされないまま教えられ発狂するよりは良かったのかもしれない。
それからシノアリスはこの場所には触れない程度の会話を続けた。
「いつからここにいるの?」
「さぁ、気が付いたらあったかな」
「ここにはご飯はあるの?」
「ゴハン?あぁ、あるよ」
「ここから外は見えないの?」
「ボク引きこもりだから」
と答えているようで答えていないような雑談をしながら歩くこと、進む進路の真ん中に異質なものがあった。
それが見えたと同時に少年の足が止まる。
「あれだよ、あれが君の帰る場所への道」
「あれは?」
「異次元の穴ともいえるかな?」
異次元とは、ではここは全く別の世界ということなのか。
だが下手に質問をし発狂してはいけないのでシノアリスは口をつぐむ。それを見た少年はまるでお利口だと褒めるかのように微笑んだ。
「此処に入れば帰れるよ」
さぁ、行きなさいとシノアリスの手を引き促す。
シノアリスは言われるがまま異次元の穴の前まで行くも、ふと聞きそびれていたことを思い出し少年へ振り返った。
「そういえば名前を聞いてなかった」
「名前?」
「そう、私はシノアリス。貴方の名前も教えて?」
「なまえ、名前・・・か」
考え込む少年にあれ?これはもしかして地雷だった?とシノアリスは内心冷や汗をかく。
先ほどこの少年から自分一人で誰も此処に来ないと言っていたではないか。
だがさすがに名前がないというのはないと思っていたのだが、本当にないのではとシノアリスは脳内でパニックを起こし始めた。
いたたまれず話を逸らそうとした矢先、シノアリスへ顔を向けた少年は小さくつぶやいた。
「・・・アカシ」
「え?」
「うん、ボクの名前はアカシだよ」
「アカシくん?」
「アカシでいいよ、シノアリス」
笑顔でアカシと名乗る少年は、気分を害した様子はない。
それに安堵しながらシノアリスはアカシの名を呼んだ。
「あの、此処まで案内してくれてありがとう」
「いいよ。ここを管理するのがボクの役目だからね」
「あと花の蜜もありがとう、すごく体が軽くなったよ」
「気にしないで、あっても用途がなかったから逆に助かったしね」
「また会える?」
「どうかな、でも君ならまた来れるかもね」
不思議な回答ばかりだが、シノアリスはなんとなくまた会えるのではという未知な確信があった。
「じゃあ、その時はなにかお礼を持って来るね」
「お礼?へぇ!それは楽しみだな!」
目を輝かせるアカシにシノアリスも嬉しそうに笑う。
ふと異次元の穴がまるでシノアリスを吸い込むかのように引き寄せる、逆らうことなく身を任せれば足が床を離れ宙に浮いた。
「じゃあ、お別れだね。シノアリス」
「うん!色々ありがとう!!また会おうね、アカシ!」
別れを告げた瞬間、シノアリスは右手を強く引かれ異次元の穴に吸い込まれていく。
アカシの姿が見えなくなるまでシノアリスは左手で手を振り続けた。
「・・・」
シノアリスを飲み込んだ異次元の穴は、直ぐにその場から消える。
さきほどまで騒がしかった存在が消えた所為なのか、シン、と静寂がその場を満たす。
その場に残されたアカシは異次元の穴があった場所を、ただ見つめていた。
「・・・また会おうね、か」
ふふふ、とアカシは可笑し気に笑みを零した。
そもそも此処に、誰かが訪れることは
だけど、シノアリスはその不可能を超えて此処に訪れた。
「もしかしたら必然なのかもしれないね」
それは誰にも届くことなく空気に溶けて消えていく。
アカシは少しだけ軽やかな足取りで歩きだし、音もなくその場に溶けるように消えていった。
*
浮上する意識に、シノアリスはそっと目を開いた。
真っ先に視界に映ったのは真っ白な天井。
窓から差し込む茜色の光が、いまが夕暮れ時だと知らせてくれる。
此処は何処だろう、とシノアリスはぼんやりと寝ぼけ眼で天井を見つめつつも、ふと不思議な夢を思い出す。
不思議な夢だった。
いや、そもそも夢だったのか?
シノアリスはとにかく起きようと身を捩らせようとしたが、右手が動かないことと腹部が重いことに気付いた。
視線をむければベッドに突っ伏し眠る暁。
そして右手はしっかりとシノアリスの手を握っている。まるで何処にもいかないよう捕まえているようだ。
「・・暁さん」
そういえば夢の中で、右手を強く引っ張られたような気がした。
もしかして、あれは暁が引っ張ってくれたからなのだろうかとシノアリスは少しだけ嬉しそうに笑みを零した。
また腹部にはくーちゃんが体を丸めて寝ていた。
寝ている所為か体重が腹部を圧迫している、見た目は小柄なのに意外と重い。
だけどどちらもシノアリスを此処に引き留めようとしてくれているみたいで、思わず嬉しさで笑い声が漏れた。
「・・・シノアリス?」
その声に目覚めたのか、暁の方へ視線を向ければ互いの視線が交わった。
「おはようございます、暁さん」
「!シノアリス!!」
勢い良く立ち上がった所為かガタンと椅子が倒れ、その音にくーちゃんも目覚めたのか「びゃ!!」と毛を逆立てながら飛び起きた。
そして目を覚ましたシノアリスに大粒の涙を浮かべて飛びついた。
暁も目尻に涙を浮かべて、シノアリスの右手を両手で包み込み額にくっつけている。
「良かった、シノアリス・・本当に、よかった」
「ごしゅじんさま!ごしゅじんさまぁああ~!!」
どうやら二人にはとても心配かけてしまったようだ。
「すみません、心配をかけたみたいで」
「いいんだ、それよりも体調はもういいのか?」
「はい、ちょっと寝すぎた所為で体が重いくらいです」
「本当に、ほんとうに大丈夫、なんだな?」
不安げに揺れる暁の瞳に、シノアリスは安心させるように笑う。
ずっと寝ていた所為で思うように力が入らないが、暁の両手に包まれている右手で暁の手を握り返した。
弱弱しい力だが、握り返してくれる温もりに暁の瞳が微かに揺らぐ。
それは、人の脆さを嫌というほど暁は突きつけられたような気がした。
「ごしゅじんさまー!くーも心配していたんですよ!」
「くーちゃんもごめんね」
涙声で顔にすり寄るくーちゃんにシノアリスも顔をすり寄せる。
ふわふわと毛がくすぐったいけど、こんなにも心配をかけてしまったのだから致し方ない。
だからシノアリスは言えずにいた。
そしてこんな空気だからこそ、ヤツも空気を読んで静かに鳴り潜めている。
(お腹、空いたなぁ・・・)
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