第56話 助っ人 くーちゃん誕生(6)

鮮血将軍猪人族の口から二つの声が響きあう。


「虐メナイデ、痛イコトシナイデ」

「止めろ!俺の口から情けを請う言葉を言うな!」


いったいこれはどういうことなのか。

シノアリスは訳が分からず、くーちゃんに縋るように視線を向けた。


「くーちゃん、どうなってるの?」

「わたしの推測からですが、おそらく原因はスキルの所為だと思います。ごしゅじんさま、スキルの詳細を知ることはできますか?」


くーちゃんに促され、シノアリスはヘルプを呼び出し“忍耐”“憤怒”を検索する。


【スキル:忍耐】

【精神や肉体的苦痛を和らげ、急所を破壊されない限りはどんな状況でも一命をとりとめる】

【過酷な環境で命の危機に晒されるほどの経験をした者に取得されるスキル】



【スキル:憤怒】

【七つの大罪による禁忌のスキル】

【取得条件/規制により表示不可】

【強い憎しみにより膨大な力を発揮させる、恨みが強ければ強いほど力は増していく】


二つのスキルの詳細が現れるも、ふとシノアリスの視界にある一文に目を止めた。


「特殊条件?」


どちらのスキルも特殊条件、という項目が隠れるように存在していた。

その項目にそっと触れれば特殊条件の項目が晒される。


・特殊条件が満たされた場合、進化が可能。

【対になるスキル“忍耐”と入手すること】

【対になるスキル“憤怒”と入手すること】



出てきた説明欄を見て、シノアリスは情報の多さに処理が出来ず頭を抱えつつもくーちゃんに調べた内容を伝えた。

すると、謎が解けたのかくーちゃんはシノアリスの肩へ飛び移った。


「なるほど、聖なる審判ホリージャッジメントがヤツを完全に仕留めることが出来なかった理由が分かりました」

「え?どういうこと?」

「忍耐のスキルと獣人が融合していたからか」

「さようでございます!」


「・・・なんで暁さんもくーちゃんも分かるんですか」


くーちゃんも暁も納得したように頷いているが、展開についていけないシノアリスは涙目になりながらっもっとわかりやすく説明を求めた。


くーちゃんの推測では、聖なる審判ホリージャッジメントは確かに鮮血将軍猪人族を攻撃した。だが、攻撃対象である魔物や魔獣の条件を満たしていない部分があったため威力が半減し、尚且つ鮮血将軍猪人族の持つスキル“忍耐”があったことで、聖なる審判ホリージャッジメントを受けても一命をとりとめた、とのことだ。


「へー、そうなんだ」

「そして鮮血将軍猪人族への進化にはスキルが原因です」

「スキルの所為で二人は融合したの?」

「恐らくそうでしょう」


猪人族は人間に対してなにかしら強い恨みを抱いている。

“忍耐”のスキルを取得するほど、不遇の日々を過ごしてきたのだろう。

そして憤怒のスキルを所有するスライムが猪人族の深い憎しみに反応し、猪人族のもつ忍耐が共鳴し合い融合したのだろう。


「なぜスライムが憤怒、というスキルを持っていたかは不明ですが」


くーちゃんのつぶやきに、シノアリスは“憤怒”のスキル取得条件をもう一度見る。

だが規制により表示不可のまま変わることなく、検索もできなかった。


スキルは、その成長により獲得できる能力である。

人族のエクストラスキルであれば話は違うが、最弱と言われるスライムがそのスキルをどうやって取得したのかだけが、くーちゃんの中で一番謎な部分でもあった。

だが、それはこの時点ではどうでもいいことだった。


「では、今度こそ片付けましょう」


今度は指定などせず、そのまま魔法を放てば融合していようが関係ない。

光魔法で攻撃しようとしていることに気付いたのか鮮血将軍猪人族の肩は揺れる。逃げ出そうと腕に力をこめるが、すでに瀕死状態で指先を動かすのさえ難しい。


「虐メナイデ!」


逃げようとした体に反応するからのように鮮血将軍猪人族の口からスライムの懇願する声が飛び出る。

これではまるで憎い人間に命乞いをしているようで、己の意思ではないとしても鮮血将軍猪人族には耐えがたい屈辱でもあった。


「止めろ!」

「モウ痛イコトシナイデ!」

「やめろやめろ!!!俺の口から命乞いをするなぁあ!」

「殺サナイデ!オジサンヲ殺サナイデ!!」

「・・・は?」


これ以上無様な命乞いをしたくないとばかりに声を張り上げる、だがスライム言葉は命乞いではなく、猪人族を庇う発言だった。

シノアリスもそして融合中の猪人族も呆気にとられる。


「くーちゃん、ちょっとまって」

「にゃー」


シノアリスは咄嗟にくーちゃんに待つように告げた。

無論主人からの命令なので、くーちゃんは光魔法展開を解除させる。だが鮮血将軍猪人族への警戒は怠らない。



「お前は、なにを言っている?」

「オジサン、泣イテタ」

「泣いていない!でたらめを言うな!」

「オジサン、言ッテタヨ。憎イ、苦シイ、許サナイ」

「あぁ、そうだ!人間だ、人間が俺から大切な存在を奪ったんだ!」


人間の所為で、この苦しみや憎しみが生まれたのだ。

だから復讐されて当然だ。

なのに、自分が泣いているなど知らぬ間に融合しているとはいえ鮮血将軍猪人族の口から出ていいものではない。


「悲シイ、痛イ、苦シイ」

「それはお前だろう!勝手にわたしの言葉とはき違えるな!」

「アト、皆ノ所ニ帰リタイッテ」

「!!」


その言葉に猪人族は息を詰まらせた。

それは紛れもない事実であった、猪人族の憎悪の奥先に眠る本心は共鳴したスライムには全て見えていた。


「人間ヲ許サナイ、復讐シテヤル・・・デモ、一人ガ辛イ、寂シイ・・・ッテ」


鮮血将軍猪人族は人により大切な物を奪われた。

確かに恨んだ、憎んだ、怒りが沸いた。

だが同時に、自分だけが惨めに生き残り残酷な世界に取り残されたまま生きることが何よりもつらかった。


「オジサンハ、怖イ声カラ守ッテクレタ」

「!」

「優シインダ。ダカラ、虐メナイデ」

「おまえは、まさか・・・あのときの?」


スライムの訴えに猪人族は思い出した。

あの日、飼い主である人間に殺された日のことを。


あの夜、いつも通り飼い主の人間を守るために寝ずの番をしていたとき、それは現れた。

生まれて間もないスライムだった。


スライムはとても弱い。

成熟しており尚且つ属性をもっていれば、スライムと言えど侮れない魔物の一種ではある。だが目の前のそれは、明らかに生まれたばかりのスライムだと見てすぐにわかった。

残虐な飼い主に見つかれば、生け捕りにし玩具として壊されるだろうと予測できた。


「  」


不意に父親を呼ぶ息子の声が聞こえた気がした。

か弱く無知なスライムは、猪人族の亡くなった子供を思い出させた。

気が付けばスライムを匿い飼い主から隠してそこから逃がしたのだが、機嫌の悪い飼い主による鬱憤晴らしで折檻を受けそのまま死んでしまった。


「虐メナイデ、オジサンヲ虐メナイデ」


スライムは必死に同じ言葉を紡ぐ。

ふと猪人族は自身に取り巻いている触手が、猪人族を守るように覆っていることに気付いた。


か弱いスライムが、本来なら獣人や人間にも狩られる最弱な存在が。

猪人族の優しさに触れ、圧倒的な強さを持つ相手だと知りつつも必死に守ろうとしていた。





「・・・・もういい」


気が付けば、猪人族の中の憎悪が消えていた。

憎悪が消えたため“憤怒”のスキルとの共鳴が消えてしまい、融合の効力を失ったのか触手がどんどん引きはがれていく。


ふと彼は己の命が尽きていくのを感じた。

元々猪人族は死んでいたのを、憤怒のスキルが共鳴していたことによって生きていたようなものだった。

その共鳴がなくなった今、猪人族の命は長くない。


スライムは自身と猪人族が引き離されることに気付き、問いかけた。


「オジサン?ドウシタノ?マタ寝チャウノ?」

「あぁ、そうだな」


だんだんと意識が遠ざかっていく。


「死ンジャウノ?」

「あぁ」


不思議と憎しみはもう湧いてこなかった。



「ボクモ一緒ニ行ッテイイ?」

「・・・いいぞ、一緒に逝こう」


ただ思うのは、やっと眠れるという安堵だけ。


互いの融合が完全に消えたことにより、猪人族の体から黒いスライムが離れていく。

黒いスライムは離れまいと猪人族の傍に近寄ろうとするも。

ふと何かを見たのか、ゆっくりと触手を伸ばし猪人族の手に絡みついた。

それはシノアリスが暁の腕や服を掴んでいる姿を真似しているようにも見えた。


猪人族の手は、スライムよりも何倍も大きくて。

ようやく触れることのできた温もりに、スライムは嬉しさに震えた。


「・・・アァ、アタタカ*、****」


融合での影響だったのか、スライムの言葉が揺らぎ擬音へと変わり中心にある核にヒビが入る。

スライムにとって弱点でもあり命でもある核が割れたことにより、ゆっくりと体が溶けるように消えていく。だけど、猪人族の手に絡みつく触手は最後まで離さないと言わんばかりに溶けることなく残り繋がれていた。

猪人族は己の手に絡みつく触手を見つめながら、黒いスライムの出会いを思い出す。


あの時のスライムも寂しくて声をかけてきたのだろう。

甘えてくる姿が、まるで幼い我が子の姿を思い出せた。

もう体はまともに動かせないけれど、猪人族は最後の力を振り絞ってスライムの残骸を自身の胸の中へ引き寄せる。


すでに意識が朦朧としている猪人族の眼には、スライムが我が子として見え愛し気に笑った。



「さぁ、父さんと、帰ろう・・・一緒に・・・」


その言葉を最後に、猪人族は静かに目を閉じた。





強い風が吹き抜ける。

シノアリスと暁、くーちゃんはその光景をただ静かに見守っていた。

長く、だが短く感じた魔物の暴走は終結した。

残されたのは、猪人族の死骸とヒビの入った核だけ。



「やった!倒したぞ!!敵の大将を討ち取ったぞ!!」

「生き残った!俺たちは魔物の暴走スタンピードから生き残ったぞぉ!」


そして遠巻きに三人の様子を伺っていた冒険者達は、魔物の暴走の主格である鮮血将軍猪人族が死んだことに、ワッと歓喜の声をあがった。

盛大な声で勝利を祝う声が響く最中、シノアリスは一粒だけ涙を零した。


だけど直ぐに手の甲で拭い、自身のホルダーバッグから発火石を取り出した。

そして猪人族とスライムの核に向けて投げれば石は簡単に割れ、その身を燃やし塵へと変えていく。


「・・・」


暁はシノアリスの行動を止めなかった。

いや、シノアリスが行動をしなければ暁がしていただろう。


この鮮血将軍猪人族はこの魔物の暴走スタンピードでの大将だ。

その亡骸は魔物の暴走の勝利の証として首を取られ、ギルドまたは王国に収められる。


それがシノアリスも暁も嫌だった。

せめて彼等には、このまま静かに眠ってもらいたい。




「どうか、家族と再会できますように」


そっとつぶやかれたその声に、暁も祈るように目を閉じ彼らを追悼した。






鮮血将軍猪人族が倒され、大勢の冒険者がシノアリス達の元へ駆け寄った。

そして、大将首を狩ろうとしたが既に遺体が塵となっていたことに驚き、詳細を聞こうとしたがシノアリスも暁も知らない勝手に燃えたのだと、誤魔化した。


幸い、勝利に騒いでいた冒険者はシノアリスが発火石を使用したことに気付いていないのか遺体がないことに功績がと肩を落とした。

だが勝利は勝利だと冒険者達が喜ぶ中、シノアリスは不意に頭が重くなるような目眩を感じる。

グラグラと揺れる視界にシノアリスはただ戸惑った。


「シノアリス?」


シノアリスの様子がおかしいことに気付いたのか、暁が声を掛けてくる。

だがそれに答えることもできないまま、シノアリスは体から力が抜けていくようにその場に崩れ落ちた。


「シノアリス!?大丈夫か!」


慌ててその体を抱き留め呼びかける。

だがシノアリスからの返事はない。

いつも自分を見上げて微笑む姿は見られず、瞼は閉じられ人間の温かみを宿している筈の顔は微かに青白い。


「ごしゅじんさま!?」

「シノアリス!?シノアリス!!」


くーちゃんや暁の悲痛に満ちた声が聞こえた。

だがシノアリスはなにも答えれないまま、深い深い意識の中へと落ちていった。




****

本日の鑑定結果報告


・忍耐

精神や肉体的苦痛を和らげ、急所を破壊されない限りはどんな状況でも一命をとりとめる。

過酷な環境で命の危機に晒されるほどの経験をした者に取得されるスキル。


・憤怒

七つの大罪による禁忌のスキル

強い憎しみにより膨大な力を発揮させる、恨みが強ければ強いほど力は増していく。

【取得条件】

規制が掛かっている為、表示が出来ない。


【特殊条件】

・特殊条件が満たされた場合、進化が可能。

【対になるスキル“忍耐”と入手すること】

【対になるスキル“憤怒”と入手すること】


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