第52話 助っ人 くーちゃん誕生(2)



「・・・うっ」


ロゼッタを突き飛ばしたもののと棚と一緒に倒れこんだシノアリスは目が回るのか頭を押さえつつ上半身を起こし、入口をみた。

中の薬品が入った瓶は割れ、棚は半崩壊している。

また他の棚や扉をも巻き込んでしまい入口は塞がれ、シノアリスは調合室に閉じ込められる形となった。

なんとか脱出できないか、入り口を塞ぐ棚を調べれば腕が通るくらいの隙間がある。

だが人が通るのにはまず難しい。


「アリスちゃん!大丈夫!?」

「ロゼッタさん!私は大丈夫です!」


塞がれた入口の向こうから聞こえるシノアリスの声にロゼッタは安堵するが、彼女の力では入り口を塞ぐ壊れた薬品棚を取り払うことは出来ない。

既にほとんどの人数が裏門に応援に行ってしまい商業ギルドには誰もいない。ロゼッタにできるのは裏門に向かい助けを呼ぶしかない。

此処にシノアリスだけを残すのは危険だが、何もできず此処に居ても意味がなかった。


「待ってて!直ぐに誰かに来てもらうから!!」


そう言い残しロゼッタは救援を求めて調合室から離れて行く。

遠ざかっていく足音と未だ激しい揺れを感じながら、シノアリスは残された薬を見て立ち上がろうとするも何かに押さえつけられているのか上手く立ち上がれず再び座り込んでしまう。

確認するように振り向けばシノアリスが着ている黒のローブが倒れた棚に巻き込まれ、下敷きになっていた。

ローブを掴んで引っ張ってみるが、まったく抜ける様子がない。

無理に引っ張ればローブが破けてしまう。


「このローブ、大切な物なのに」


あとで絶対に回収しよう、と致し方なくローブを脱ぎ捨て入口から離れた。

腰元のホルダーバッグが無事であるかを確かめて、倒れこんだ窯の前に立ち器具を元の位置に戻していく。


もしここでヘルプに問えば、この閉じ込められた空間から脱出は出来るだろう。

だが、シノアリスはそれよりも一つでも多くの回復薬を製薬することを選んだ。


今もなお、前線で戦っているであろう暁。

戦うすべのない自身にできるのは製薬だけ。


シノアリスは錬金術士だ、一緒に戦うと暁に言った。

だから彼女にしか出来ない方法で、一緒に戦うと決めた。

脱出などシノアリスの中には一つも選択肢はない。


床に落ちた素材を掴みシノアリスは錬金窯を起こし、材料を投与していく。焦らず配合を間違えないよう揺れ・・に注意して製薬を続けた。

製薬中ふと、それの揺れ・・が戦いの揺れではなく自分の腕が震えていることにシノアリスは気が付いた。


「あ、あはは。震えてるなんて、久しぶりだ」


こんな風に恐怖で震えるなど幼い頃や錬金術士として稼働した間もない頃くらいだ。

だけどヘルプがどんな状況からも救ってくれた。

それがあるからこそシノアリスは怖くなかった。だがいまはヘルプの警告を無視し自分の意思で此処に居る。


ロロブスの森でも、港町シェルリングでもシノアリスの傍には暁が傍にいてくれた。

いまシノアリスの傍には誰もいない、その恐怖がいまになって体に現れたのだ。

震える手を握り締めながら必死に大丈夫だと自身に言い聞かせる。


暁には戦う手段ならいくらでも持っている、相棒パートナーを信じてくれと暁に言ったのになんと情けないことか。


「これじゃあ相棒パートナー失格だ」


シノアリスは自分に気合を入れるように頬を叩くも。

一際激しい揺れが響くと同時に本来なら聞こえるはずのない声が部屋の外から響いた。


「ギャォォォォォン!」

「!!」


それは魔物の声。

いまシノアリスが閉じ込められている部屋の向こうに魔物がいる。

慌てて息を潜めて、入り口を塞ぐ棚の隙間から外を覗き見れば侵入した魔物の姿が見えた。


大きく太い尾を椅子やテーブルなどに叩きつけ、思うがままに暴れる姿が見える。その魔物は蜥蜴人と同じ鱗を持ち、背には大きな羽が生えていた。


「あれは、飛竜ワイバーン?」


シノアリスの予想は当たっていた。

現在部屋の外で暴れているのは、城門を越え侵入してきたBランクの魔物、飛竜ワイバーンである。


まさか魔物の暴走スタンピードで発生する魔物の中に飛竜ワイバーンまでいるとは、予想できなかった。

大門の防衛に徹底しても、空から侵入を防ぐことができるのは結界くらいだろう。

だが結界は誰もが簡単にできるものではない。

魔法には詳しくないが、シノアリスが旅をしてきたとき立ち寄った街にて聞いた話が合った。

なんでも聖女によって結界が張られた都市がある、と。


「ギャォォォォォン!」

「ッ!」


思考に囚われていたシノアリスは、塞がれた入口に障害物がぶつかる音に咄嗟に悲鳴を上げそうになり、慌てて口を塞ぐ。

入口が塞がっているとはいえ安全とは言えない。

シノアリスは音をたてないよう息を潜めていたが、周囲を荒らしていたワイバーンはふと鼻を動かし何かに気付いたのか、荒らしていた場所から移動をし始めた。

段々と近づく足音に激しく心臓が鳴り響く、シノアリスはただひたすら通り過ぎてくれと願った。


「ギャギャギャ!」


だが、その願いを無視するかのようにワイバーンは、シノアリスが閉じ込められている部屋の付近を固い尾で叩き始めた。


咄嗟に悲鳴が出そうになり、歯を食いしばる。

だがワイバーンには既にこの部屋にシノアリスがいることに気付いていた。

塞がった入り口を破壊しようとしている様子に息を潜めても無意味と知る。冷静に武器を出さなくてはとホルダーバッグに手を突っ込み中を探り、選ぶ暇もなく引きずり出した石を持ちながらシノアリスは唾を飲み込んだ。


「ギャォォォォォ!」

「えい!」


ドォン!とシノアリスがいる部屋の入口が尾で叩かれた瞬間、シノアリスは隙間から石を投げた。

偶然にもワイバーンの足または尾に当たったのか、パキンと砕けた発火石はっかせきが瞬時に爆発するように激しい炎を噴き出しワイバーンの全身を包み込んだ。


「ギャォォォォォ!?」


突然燃える体にワイバーンは驚き、消化しようと暴れまわり尾を至る場所に叩きつけるも炎は消えない。

抵抗も空しくあっという間にワイバーンの体は炭へと変えてしまう。

その様子を隙間から見ていたシノアリスは自身が投げた魔道具が発火石はっかせきだと気づいた。


「あちゃー、発火石を投げちゃったんだ」


発火石、それは電光石と同じ属性魔法を限界まで圧縮させた石の一つ。

ただこれはロゼッタには売りに出していない。

消し炭になったワイバーンで分かる通り、電光石とは比べ物にならないほどの威力を発するからだ。


シノアリスは火属性と少々相性が悪い所為なのか、未だ発火石を上手く作成することができない。

そのため、使用すると消し炭になるまで燃やしてしまうので素材が採取できないことから、非常戦闘時のみに使用しようと御蔵行にしていた。

ワイバーンは素材になる箇所が沢山あるけども、いまは自身の身を守ることが最優先だ。


外が静かになった事で、シノアリスは再度隙間から外を伺う。

ワイバーンの悲鳴で仲間が集まってくるのではと不安があったが、仲間は来ないことに安堵の息を吐いた。

魔物がここに侵入したという事はそれだけ激戦になっているのだろう。

ロゼッタや暁はどうなっているのか。

戦況を聞きたくてもここでは何一つ情報を得られない。




【警告】

【巨大な悪意が向かってきています】

【離脱しますか?】


「!!」


再びヘルプからの警告にシノアリスは青褪める。

この警告は、以前設定した自動警報アラートの一つなのだろう。これは“危険な状態”ときのみ通知を知らせる。

ドライアドに囲まれたとき、自動警報アラートは警告をしなかった。だがいまは何度もシノアリスに離脱するかの要求をしてきている。

つまりそれだけ危険な状況が迫っているということだ。


魔物が門を超えようとしている、という事は前線で何かがあったのか。


「・・・暁さん」


シノアリスの脳裏に前線で戦う暁の後ろ姿がよぎる。

まさか暁に何かあったのではとシノアリスは最悪の状況を思い浮かべるもピロン、とシノアリスの傍にヘルプのボードが再び浮かび上がった。


【離脱しますか?】

「い、やだ」


ピロン、とヘルプは再び音を鳴らし警告する。


【警告】

【巨大な悪意が攻撃しようとしています】

【離脱しますか?】


「いやだ!逃げない!!」


何度も何度も警告を問いかけるヘルプにシノアリスは爆発するかのように叫んだ。

同時に先ほど以上よりも激しい揺れが響き渡った。

その衝撃は建物にも響いている所為かパラパラと欠片を落とし、シノアリスは恐怖に震え目尻に涙を浮かべた。


怖い、ただその一言がシノアリスの脳内を埋め尽くしている。


【警告】

【巨大な悪意により襲撃されています】

【離脱しますか?】


「・・・ぁ」


ヘルプはそんなシノアリスを心情を知ってか知らないのか無情に問う。

反射的に首を左右に振れば、再びヘルプは問う。


【警告】

【離脱しますか?】


「・・・やだ」


シノアリスの脳裏に、沢山の思い出がよぎっていく。


【警告】

「やだ!やだやだ!やだ!!」


シノアリスはヘルプに向かって、子供のように駄々をこねた。

ここで終わりたくない。

まだ世界を見ていない、目標さえ達していない。シノアリスは縋るようにヘルプのボードに向けて声を荒げた。


「ヘルプ!みんなが、暁さんが助かる方法を教えて!!」


感情を爆発させた所為か、シノアリスは溢れる涙を止められず鼻水を啜りながら懇願するもヘルプからの回答はない。

つまり解決方法がないという事なのか。


「おねがい、助けて・・・おねがい」


どうしようもない絶望が襲い掛かる。

不意にピロンとこの空気とは場違いな音が響き、シノアリスは顔をあげボードを見れば先ほどとは違う一文がそこに書かれていた。



助っ人アシスタントを使用しますか?】


「・・・助っ人アシスタント?」





****

本日の鑑定結果報告


発火石はっかせき


赤とオレンジ色が混合した石、シノアリスが最初に作った火属性を圧縮させた石でもある。

火属性と少々相性が悪い所為なのか調整が未だ上手くできず限界まで圧縮させたので、使用すれば消し炭になります。

素材も採取できないことから売り込みはせず、緊急時のみに使用しようと御蔵行きとなった一品。

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