第51話 助っ人 くーちゃん誕生(1)
それは、
前線で冒険者たちが
回復薬はその名の通り、怪我を直すために適した薬だ。
病気や毒、痺れにはあまり効果はないが、止血、鎮痛効果、免疫力増幅、疲労回復などなんでもござれ。
それだと
シノアリスが暁に処方した薬も一つ一つ症状にあった薬を選んだが、
「おい!そっちはまだか!?」
「回復薬あと十分で五十個制作完了します!」
「十分じゃ遅い!もっと早めないのか!」
「それでは品質が落ちます!」
背後で少人数の怒鳴りあう声が交差する。
回復薬はチートな薬でもあるが、製薬は決して簡単ではない。
素材の鮮度は勿論のこと、乾燥加減や湿度、火加減、混ぜる速度、回数などなど、あげればキリがないが腕の良い錬金術士でも手に余る薬でもある。
シノアリスは目の前の仕事に集中しながら、火加減や窯を混ぜる速度や回数に気を付ける。
鍋から銀色の煙がボフンと音をたて製造が完了したことを知らせてくれた。窯の中を覗けば、綺麗な青色の液体で満たされている。
【回復薬(高品質)100個の製造完了しました】
本来なら小瓶などに小分けするのだが、それは製薬をできない補助に任せていいだろう。
「回復薬、100個出来ました!瓶詰めはそちらでお願いします!」
「え?えぇ!?いつの間に100個も!?」
「し、しかも高品質!?」
シノアリスは興味がないので知らないが現在、回復薬を高品質で作れる存在は放浪の錬金術士を含め十名以下に満たない。
「アリスちゃん!
驚く声を遮ってロゼッタの言葉が問いかければ、シノアリスはもう一つの錬金窯へ視線を向ける。
【
【完成まであと十分】
「あと十分で作成完了します!」
「わかったわ!」
「嘘だろ、あんな子供が
出来上がった回復薬をロゼッタに渡しながら、シノアリスは再度回復薬を作る作業へと戻って行く。
無駄のない動きで正確に流れるように調合していく姿に驚く錬金術士たちの声は、シノアリスには届いていない。
自分には戦うための力はない。
だけど錬金術士として成しえてきた製薬には、自負がある。
その偉業をなせるのはヘルプがあるからこそだが、ヘルプの指示する時間や手順をきちんと守り体に覚えこませたからこそ失敗せずに短時間で大量に作り上げることができるのだ。
【回復薬 100個の製薬を行います】
【必要素材算出・・・】
シノアリスは周囲の声も視線さえも気にしない。
ただ、あるのは大事な相棒を助けるため。
無駄のない動きで材料を図り、調合する光景は錬金術士だけでなくスルガノフさえも圧倒させた。
そして改めてロゼッタが決して権力者にシノアリスの存在を公にしないことに納得がいく。
あの若さであの技術は王国や魔法協会でも囲みたい実力だ。
さらに彼女が放浪の錬金術士と知られれば、きっと王宮内での権力争いに巻き込まれるのは間違いない。
だが、それをされては困る。
この戦いがもし無事乗り過ごせたら、彼女の功績をどう隠蔽するか。
不意にスルガノフの脳裏に暁の姿が過る。
いや、まずはこの戦いを乗り切ること。
そして鬼人との約束は絶対に果たさねばとスルガノフは、懐かしい愛用の武器を手にし背中を壁に預けた。
【回復薬(高品質)製造完了しました】
シノアリスは浮かび上がる汗を手の甲で拭い、次の回復薬作成のため素材に手を伸ばす。
【警告】
【巨大な悪意が此方に向かってきています】
【離脱しますか?】
「!?」
突如目の前に浮かび上がったヘルプからの警告と数秒遅れて、大きな地響きがナストリアを包んだ。
それが、なにを意味するのか此処にいる皆が理解する。
「来やがったか!」
スルガノフの声に魔物来たことを、
「きゃ!」
「揺れが大きいぞ!気をつけろ!」
まるで地震が起きているかのように、部屋全体が揺れ、カタカタと机の上にある器具が振動で揺れ跳ねている。
シノアリスは咄嗟に机にしがみつくも、先ほどのヘルプからの警告文に違和感を感じていた。
いつぞや何処かの図書館で観た歴史の本にて、魔物の
だが、知性のない魔物に
「早くお逃げ、愛し子。
不意にシノアリスの脳裏に
彼女が警告をするということは、この
導き出される答えにシノアリスは青褪める。
「もしかして・・」
凶悪な魔物には、知能があるのではないだろうか。
その瞬間、前線で戦っているであろう暁の後ろ姿が浮かび上がる。
この事実を伝えに行くべきではないだろう、だが冒険者でもないシノアリスの声は周囲に届くのか怪しい。
暁であれば、きっとシノアリスの言葉を信じてくれるだろう。
だが、もしこのまま前線に行って
シノアリスは錬金術士であり、戦闘に特化していない。
どんなに心配しても傍に行きたくてもシノアリスがいれば邪魔になる。自分が出来るのはこうして一個でも早く回復薬を作成すること。
もどかしい。
自分にもっと力があれば、そう放浪の錬金術士のような力があれば、きっとこんな
この場に放浪の錬金術士がいないのであれば、きっとナストリアにはもういないのだろう。
なんてタイミングの悪い人なんだ。
もっと空気ぐらい読んだらどうなんだ。
シノアリスは会ったことのない放浪の錬金術士に向けて文句をつらつら脳内に並べ立てつつも、回復薬を作成するために素材を掴んだ。
【警告】
【魔物が襲撃しております、まもなく激戦地となります】
【離脱しますか?】
「っ!しない!」
未だ警告文を出してくるヘルプにシノアリスは咄嗟に否を叫ぶ。
もしここで離脱を選べば、ヘルプはシノアリスを誘導し無事ナストリアから脱出させ、
だが、いまのシノアリスにはそれを選択する気はない。
「暁さんが戦ってるんだ、
素材をすり潰し、窯へ放り込み混ぜようと棒へ手を伸ばすも、ドドォンと先ほどよりも激しい衝撃音と地響きにより物が一斉に倒れる。
シノアリスが製薬していた窯も倒れ、中の液体が床に飛び散った。
当然窯と一緒にシノアリスも床に倒れこみ、ロゼッタはすぐさまシノアリスの元に駆け寄り手を差し伸べた。
「アリスちゃん!ケガはない?」
「は、はい・・・あの、今のは」
「畜生、奴ら裏門の存在に気付きやがったのか!」
「!」
ナストリアの裏門は大門と比べ、そこまで頑丈な作りをしていない。
二百年前の記録によれば、
だが、魔物は裏門の存在に気付き襲撃を仕掛けてきた。
つまり知能のある魔物がいるということだ。
シノアリスは確信する。
凶悪な存在こそが
「急げ!ある程度術が使える奴は裏門に回れ!」
「アリスちゃん!」
スルガノフの指示とロゼッタの声にシノアリスは深い思考から目覚めるように我に返った。
「急いで!一先ず避難するわよ!」
「で、でも
スルガノフを筆頭に幾人かの戦える人は真っ先に裏門へと駆けていく。
戦う術の持たないロゼッタは避難すべくシノアリスの腕を掴むが、シノアリスは残された薬に後ろ髪が引かれた。
何故ならここにある薬は全て前線で戦う冒険者を支援するための大切な薬だ。
ここで誰もがいなくなったら、前線で戦っている彼らを支援する者がいなくなる。
ロゼッタもそれは十分に承知している。
ここを離れることは、後方支援を放棄するようなものであり、前線で戦う彼らを全滅に追いやる後押しになってしまう可能性がある。
だが、本来ならシノアリスも避難の対象であるのに、その錬金術士の実力ゆえに此処に押し留めたのは大人である自分たちだ。
成人済みとはいえ、シノアリスはまだ十五歳。
いまこの戦況の中で一番若い子を大人が守らなくて誰が守ると言うんだ。
「いまは命が最優先よ、さぁ一緒に避難を」
「!!ロゼッタさん!」
シノアリスの手を引き先導しようとした矢先、再び激しい揺れが襲いかかる。
振動によりロゼッタの方に倒れこんできた薬品棚に気付いたシノアリスは、咄嗟にロゼッタを突き飛ばした。
口で説明をしている暇はなかった、あのままではロゼッタに当たっていた危険があった。
「アリスちゃん!!」
ロゼッタの悲鳴を遮るように、激しい衝突音とガラスの破壊音が調合室に響きわたった。
****
本日の鑑定結果報告
・回復薬
その名の通り、怪我を直すために適した薬。
病気にはあまり効果はないが、止血、鎮痛効果、免疫力増幅、疲労回復などなんでもござれ。
品質により、その効果は大きく異なる。現在回復薬を高品質で作れる存在は放浪の錬金術士を含め十名以下に満たない。
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