第49話 魔物の暴走 (4)
「我ラニ力ヲ貸セ、鬼人ヨ」
人の残虐さを、醜態を理解できるのは、同じ痛みと憎しみを持つ者にしか分からない。
鮮血将軍猪人族もまた、その残虐での被害者でもある。
被害者であるからこそ暁を見た瞬間、此奴も同類だと感じ取った。
奴隷紋はないが、折れた角や色褪せた髪こそが何よりの証でもあった。そして、この言葉は同じ痛みを知る暁にも届くだろうと分かっての勧誘だ。
不意に鮮血将軍猪人族の拳を受け止める力が弱まる。
堕ちた、と確信した。
鮮血将軍猪人族は、にたりと凶悪に満ちた笑みを浮かべ暁を受け入れるべく自身も力を緩めるも、強烈な一撃を腹に受けた。
不意打ちの攻撃により、その巨体は弧を描いて宙を飛んだ。
受け身がとれぬまま鮮血将軍猪人族は地に叩きつけられる。
大したダメージはないものの、鮮血将軍猪人族は信じられないとばかりに飛び起きた。
「貴様!何ヲス・・」
「さきほどの勧誘だが、断らせてもらう」
「・・・・何ダト?」
「お前の気持ちは、分からんでもない」
欠けた角と色が抜けおちた髪に触れながら暁は過去を思い出す。
決して忘れることはできない記憶を。
村を襲われ、敗者となり全てを奪われた。
奴隷の刻印を刻まれた瞬間、暁は所有物となった。
人々からは玩具にされ、実験と称して内臓や肉体を何度も抉られ暴かれる苦しみ。
生意気など暴力を受け、食事など満足に貰えず寒さに耐えた苦痛。
そして、目の前で死んでいく奴隷達に明日は我が身だと故郷へ思い出に縋る日々。
辛く悲しい日々は、体や内部の傷が癒えたとしても暁は決して忘れない。
忘れられるはずがない。
同じ被害者だと鮮血将軍猪人族は言った。
つまり彼もまた人族に大切な者や人権を奪われ苦痛の日々を送り続けたのだろう。
だけど。
「暁さん」
此方に向けて笑顔で笑いかける少女の姿が、暁の脳裏によぎる。
人権を奪われ、家畜以下のように扱われ最後は破棄される運命だった暁を少女は救い上げた。
鬼人は怪力で恐ろしい存在なのは、人族であれば幼子であろうが知っている。
だが、暁よりも一回りも小さな手は恐怖も怯えさえも浮かべず、何度も暁の手を掴み引っ張った。
薄汚い暁を気にせず、自分の衣類をかけ労わってくれた。
食事を自分たちのだと差し出してくれた。
暁のすることを自分のことのように喜んでくれた。
当たり前のことに感謝の言葉を伝えてくれた。
暁の為に怒り、彼の作った手料理を美味しそうに食べてくれた。
「暁さん」
奪われた、もう呼ばれることのない名を彼女は何度も呼んでくれる。
奴隷に落ちれば、二度とそこから抜け出すことはできない地獄から、彼女は簡単に引き上げてくれた。
人によって奪われた暁だが、救い、そして人権を、自由を与えてくれたのもまた人の子だ。
「だが俺には守りたい者がいる、だから俺は戦う。それだけだ」
「交渉決裂ダナ」
「あぁ、そうだな」
「愚カナ鬼人ヨ、塵トナレ!!!」
鮮血将軍猪人族の言葉に、控えていた魔物達が一斉に暁へ襲い掛かる。
暁は足と拳に同時に集中強化させ素早く魔物達と間合いを詰め、打撃と足技で急所を貫き攻撃を繰り返す。
付与された急所看破にて、魔物の急所を一つも漏らすことなく攻撃をしていった。
「!!」
膨れ上がる殺気と威圧する力に、暁は足を限界まで開脚させた状態で屈むと同時に頭上を通り過ぎる拳を避けた。
魔物に隠れ近寄り攻撃を仕掛けてきた鮮血将軍猪人族の気配に、遅れつつも気付き避けることに成功する。
鬼人は穏やかな性格ではあるが、戦闘種族である。
一度拳を交わした相手の動きや気配を暁は既に覚えていた。
鮮血将軍猪人族もまた暁が攻撃を避けたことに驚きながらも、攻撃の手を止めることはない。
暁はその速度にガードをしつつ攻撃に耐えながら、僅かな隙を見つけ重い一撃を鮮血将軍猪人族に放った。
「ば、化け物だ」
激しい衝突音や互いの攻撃の余波が周囲の土が抉っていく。
魔物と戦闘していた冒険者達も二人の壮絶な攻防に畏怖してしまい自然と距離を開けていった。
暁も鮮血将軍猪人族も目の前の敵を排除するだけしか頭にないのか周囲の反応に全く気付かない。
「ふっ!」
暁は何度も気配察知により次の攻撃を防御し、僅か一瞬だけ見える急所看破を集中して狙う。鮮血猪人族もわずかな隙を的確に攻撃してくるのをギリギリに防ぎつつ、攻撃を繰り返した。
引く様子のない暁に、これでは埒が明かないと悟った鮮血将軍猪人族は飛躍し暁から距離を取った。
直ぐに間合いを詰めようとする暁に対し、鮮血猪人族は死骸を投げた。
その死骸が人間だと気づき、暁は反射的に振り払おうとした手を無理矢理し押し止め、態勢を崩してしまう。
鮮血将軍猪人族はその僅かな隙を待っていた。
ズズ、と音を立てながら己の体から黒い霧を噴き出す。
溢れ出る黒い霧は、足元に落ちていた冒険者の死体に触れるとミイラのように枯れていく。
その霧を球体上にまとめ、近づく暁に鮮血猪人族はそれを放った。
鬼人の本能からなのか、それは危険と判断したのか咄嗟に暁は避ける。
そして、霧の球体を背後から受けた魔物は瞬時に干からびていく様に暁は目を見開いた。
「魔法か?」
「アァ。コノ魔法ヲ食ラエバ、オ前モ終ワリダ」
鮮血将軍猪人族は霧を操作するように両手を動かせば無数の霧の球体が出来上がる。
その数を食らえば鬼人だろうが一たまりもないだろう。
「喰ラエ!!“
「ふん!」
「ナ、ニィ!?」
が、暁の拳によりそれは即座に打ち破られた。
鮮血猪人族は使用した
その名の通り、生きとし生きる命を吸収する悍ましい闇魔法であり、吸収された命は使用者に吸収される。
打ち破るのであれば、反属性である光魔法での防御をし無効にするしかない。
だが今の暁は光属性の魔法を詠唱すらしておらず、襲い来る
一体どういうことだと、鮮血将軍猪人族が打ち破られた魔法の前に戸惑うのも無理はない。
暁には攻撃魔法耐性スキルがあるため、攻撃魔法などはほぼダメージが通らないのだ。
「鬼人ノ分際デ!!!」
それを知らない鮮血将軍猪人族は、圧倒的に此方に力があるのに反撃する暁に怒りを募らせた。
彼の予定では、すでにナストリアを陥落させ大虐殺を行っていたはずだった。
攻撃魔法が通じないのならばと、
沸き溢れる力に反応するかのように触手がうねり自身へと巻き付けていく。
「
禍々しい鎧を纏う姿に、暁は訝し気に鮮血将軍猪人族の様子を伺いつつ、間合いを詰め一撃を放つ。
だがそれは、硬い音を立てて阻まれた。
「!!」
「クハハハ」
攻撃を阻まれたことに暁は目を見開き、嘲笑う鮮血将軍猪人族が振り下ろす拳を避け距離をとった。
その様子に鮮血将軍猪人族は笑う。
これなら、いかに鬼人の怪力と言えど攻撃はもう通らない。
だが、そんな魔法を使えるものはこの戦場にいるはずもない。
じわじわと嬲り痛めつけ鬼人の前で人間の首を切り落とす光景を見せてやろうと鮮血将軍猪人族は残虐に笑う、だが。
「
暁は、片手のみ集中強化を解き“
集中強化とは違い冷たい何かが拳を覆う。
緑のオーラに包まれた拳を、鮮血将軍猪人族の鎧に全力で叩きこんだ。
「ナンダ、ソノ攻撃ハ、全ク効カナ・・・!?」
先ほどよりも弱い攻撃に鮮血将軍猪人族は思わず嘲笑っていたが、攻撃された箇所から崩れていく鎧に目を疑った。
「ワ、我ノ鎧ガ!?」
鮮血将軍猪人族は知らない。
暁の身に着けている武器には、
そのため、
それを知らない鮮血将軍猪人族は、ひどく狼狽えた。
一体どんな魔法を使ったのか、強化された鎧を失ったことで鮮血将軍猪人族の意識が暁から外れた。
その一瞬の隙を、暁は見逃さない。
「終わりだ!」
最強の鎧を纏っていた鮮血将軍猪人族は、慢心故に防御の構えをしていなかった。
また鎧が砂の様に崩れ落ちたことに気を取られていたため、暁の拳によりいとも簡単に吹き飛ばされ地に叩きつけられる。
「グ、ハァア!!?」
叩きつけられた衝撃で内臓を負傷したのか、口から大量の吐血を吐き出した鮮血将軍猪人族は現状を受け入れられないかのように狼狽した。
「我ガ、鬼人ニ負ケル?」
あり得ない。
進化を得た自分がたかが鬼人一人如きに傷を負わされ、さらには地に叩きつけられていることがあり得ない。
復讐のために地獄から蘇った最強の己が、起き上がれないなどあってはならない。
負けるなど認めることなどできない。
「オ、ノレ!オノレオノレオノレェェェェエエエ!!」
怒りに満ちた声で鮮血将軍猪人族の声が戦場に響くと同時にそれは起こった。
自身の全ての力を吐き出すかのように、黒い霧が一斉に鮮血将軍猪人族の影に吸い込まれていく。
背後に控えていた魔物の一部も
すると鮮血将軍猪人族の影は意思を得たかのように、ゆっくりと大きく膨らみだした。
それはどんどん膨らんでいくそれに、大勢の騎士や冒険者の視線が向けられる。
暁も巨大化していく影に驚くも、それはゆっくりと姿を変えていった。
長い首と巨大な翼、鋭い爪に巨大な尾。
影からゆっくりと姿を見せたその姿に、後方支援をしていた魔術師は青褪め唇を震わせた。
「あ、れは
****
本日の鑑定結果報告
・
その名の通り、生きとし生きる命を吸収する悍ましい闇の魔法。
吸収された命は使用者に吸収される。
回避するには対である光魔法での防御をするか、無効化させるしかない。
・
己の魔力を排出し、対象に纏うことで防御力を高める
魔力が強ければ強いほど防御力が高まる。
解除するには、それ以上の強い
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