第48話 魔物の暴走 (3)
予期せぬアクシデントが発生したまま、戦いは始まった。
だが戸惑っている場合ではない。
予想だにしない出来事が発生したからといって魔物達は進軍を止めてはくれない。
「俺達も行くぞ!」
「あいよ!」
「ノス、ベルツは援護を頼んだ!」
「任せとけ!」
「・・・気をつけろ」
大勢の冒険者や騎士が突撃してくる魔物に向かっていく中、戦う常夏のメンバーもそれぞれ武器を構え魔物へ特攻する。
アマンダとハリンは前線で特攻をかけ、ノスとベルツは後方支援として二手に分かれた。
「くそ!ルジェ!カシス!!俺達は裏門に回るぞ!!」
「あぁ!」
マリブは防衛手段をとっていない裏門側へ応援に行くことを判断し、特攻をかける者たちとは正反対に裏門の方へ駆け出していった。
残された暁は、気配察知で凶悪な気配の居所を探っていた。
この予期せぬ事態の原因は、奴にあると睨んでいた。
あの凶悪な気配を放つ魔物がきっと、この
主格さえ倒せば魔物たちは統率を失い、わずかだが勝機は見えるだろうと暁は意識を集中させた。
「!見つけた!」
その瞬間、一際大きな気配を察知する。
暁がそちらに意識を向けたと同時に、一部の
「
破られた
が、激しい衝撃波が地面を叩きつけられ土埃が舞うと同時に一閃の光が駆け抜けていった。
「へ?」
「なん、だ・・いま」
冒険者も魔物も何かが体を通り抜けたと思った瞬間、胴体と下半身が別れていた。
自分が切られたのだと感じないまま、彼らは絶命する。
周囲は一瞬で目の前の仲間が死体に変わり果てたことに、状況が理解できないまま呆然と立ち尽くした。
「固まるな!攻撃はまだ止まってない!!」
冒険者の誰かが叫ぶ。
だが、それに反応できた者は少ない。
再び襲う一閃は、魔物と人間を容赦なく切り裂いていった。
「な、なんだよ、これ・・・」
半分以上の冒険者が死体へと変わりはていき、下級の冒険者は恐怖で戦意喪失したのか座り込んでしまう。
暁は竦む人の合間を走り抜けつつ、足を
近づく暁に気付いたのか、再び土埃から一閃が放たれる。
咄嗟に左手で切断された魔物を投げ盾替わりにし、その影から
ガキンとまるで固い物が強く衝突したような音が響く。
土埃が徐々に収まり、暁が一番最初に目にしたのは巨大な斧。
「ホォ?マサカ人間ノ中ニ鬼人ガ紛レコンデイルトハ」
「!?」
巨大な斧の背後から見せたのは、猪人族でも魔物でもない異様な化け物だった。
口から生えた硬い牙、獣人ならではの独特の鼻の形や鋭い爪。その特徴は確かに猪人族ものだが何かが違う。
その全身は変色した血で黒く汚れているが、至る箇所から黒い触手のようなモノがうねり出ている。
眼は赤く充血し鬼人のように目の色が変色している。
微かに漂う腐敗臭、そして暁の三倍はある巨体さはまさに圧巻ものだ。
「お前は何者だ、猪人族ではないのか?」
「我ハ、
「進化、だと?」
暁は長い間奴隷であったため知識不足なところもある、だが魔物に対しての知識はあった。
魔物が進化することは暁も知っている。
文明を築かない魔物達は、環境の変化に応じ変化もとい進化をする。
分かりやすい例で例えるならばスライムだ。
スライムには多くの種類が存在する。
詳しくは解明されていないが条件を満たすことで、彼らは様々なスライムへと進化をしていく。
だが魔物は知能が高くても低くても、進化をしても喋る個体は知られていない。
なら目の前で喋る存在は魔物ではなく猪人族に間違いないのだが、獣人は魔物と違い進化をしない。
では魔物なのかと言えば、答えは分からない。
全く説明のつかない異様な存在。魔物でも猪人でもない、圧倒的な何かに暁は困惑する。
「目的はなんだ」
「人間ドモニ裁キヲ下ス」
「・・・ッ」
裁き、つまりは皆殺しにする、という事なのだろう。
さり気なく右手を最大まで
隙を探ろうと急所看破を発動させているが、まったく反応を見せない。
つまり、いま目の前の
「退ケ鬼人、オ前トハ争ウ理由ガナイ」
亜人である暁は裁きの対象ではないと伝えてくる鮮血将軍猪人族に、はいそうですかと退くわけにはいかない。
人が排除の対象であるのなら、
「ヤレヤレ、仕方ナイ」
退く気配のない暁に、鮮血将軍猪人族は面倒そうに肩を竦めると同時に片足を振り上げた。
迫りくる鮮血将軍猪人族の蹴りを察知した暁は、避けるためにその場から飛び退く。
が、すぐに体勢を立て直し、再び間合いを詰めた。
「はぁ!!」
左右交互に最大強化させた拳を放つが、鮮血将軍猪人族はまるで赤子を相手にするかのように手にしていた大斧を振り回し暁の攻撃をすべて防いでいく。
以前戦ったゴブリンキングとは比べ物にならない強さだ。
だが、敵は鮮血将軍猪人族だけではない。
背後に控えていた魔物たちが暁へと迫ってくるが、気配察知を張り巡らせていたおかげか不意打ちを食らうことなく急所看破にて片手や足で薙ぎ払っていく。
「邪魔だ!」
「中々ノ腕ダ。ダガ」
「!!」
暁の意識が他の魔物へと移ったのを鮮血将軍猪人族は見逃すはずはない。
大きく振り上げられた大斧に対し、暁は両腕を最大限まで
その衝撃波に周囲の土は窪むように抉れ、激しい風圧に魔物や冒険者も一斉に吹き飛ばされていく。
ジン、と微かに痺れる腕に暁は呼吸を整えるかのように軽く息を吐いた。
鬼人本来の力を上回るパワーに、舌打ちを零す。
もしシノアリスが暁の為に武器を用意してくれなければ、今頃この腕は無くなっていただろう。
「ッく!」
「ホォ?耐エタノカ。面白イ」
かすり傷一つない暁に鮮血将軍猪人族は面白いとばかりに歪な笑みを浮かべるも不意に、別の気配に気づき暁から視線をずらした。
「死ねぇえ!魔物が!」
鮮血将軍猪人族の意識が暁に固定されていたのをチャンスと思ったのか、鮮血将軍猪人族の背後に近づいていたファンは大きく剣を振りかざしていた。
「!!ダメだ!」
咄嗟に暁が止めるように叫ぶが、鮮血将軍猪人族の後頭部目掛けて振り下ろされた剣は身に纏う触手により受け止められていた。
「な!?」
慌てて剣を引こうとするが、一ミリも動かずファンは焦りに顔を歪ませる。
ふと此方を見ている鮮血将軍猪人族は再び凶悪な笑みを浮かべたと思いきや、片腕を軽く振るえば剣は簡単に砕かれファンの腹を裂いた。
「ぎゃああぁぁぁあ!?」
腹から鮮血が舞い、襲い来る激痛に悲鳴が上がる。
ファンからあがる苦痛の悲鳴に戦っていた冒険者や騎士の一部が青褪める、その光景を鮮血将軍猪人族は光悦したように口を釣り上げた。
手に付着したファンの血肉を舐めとり笑いながら、再び片腕を振り上げる。
大斧を支える手が片手だけになったため、先ほどよりも威力が弱まっていることに気付いた暁は、すぐに大斧を弾き返した。
そして瞬時にファンと鮮血将軍猪人族の間合いに入り込み、強化した足で腕を叩き落とす。
「・・・ッチ、邪魔ヲスルナ」
「お前の相手は俺だ」
「ぐ、ぎっ・・・亜、人?」
ファンは激痛に顔を歪めながら自分をかばう暁に顔を歪める。
だが、暁は特に気にすることもなく再び振り回される大斧を全て防いでいく。
「ファン様!」
「!早く彼を連れて撤退しろ!」
ファンの部下と思わしき人物が近づいてくることに気付いた暁は、その力の差に押されながら怒鳴るように叫ぶ。
その声に恐怖に引き攣った声をあげ駆け寄った魔術師はファンの肩を担ぎ大急ぎでその場を離れていく。
正直、目の前の鮮血将軍猪人族を相手しつつ、魔物の侵入の阻止は無理に近い。
押し寄せる大群の魔物を必死に後援で魔術師が侵入を防いでいるが一度敗れた箇所を修復するのは難しいだろう。
他の防御壁も破られるのは時間の問題だ。
「サテ、遊ビハ終ワリニシヨウカ」
「!?」
「
魔物の軍勢の最後尾から羽ばたくそれは、飛行系の魔物“
数十匹の飛竜が冒険者たちの頭上を、そして正門の上空を駆け抜けて侵入を図り咄嗟に正門付近にいた魔術師が防御壁で侵入を阻むが一匹と侵入を許してしまう。
「!!」
その方向にはシノアリスがいる。
暁は町に侵入する飛竜を追いかけようと、鮮血将軍猪人族に無防備にも背を向けてしまう。
だがそれを鮮血将軍猪人族は許すはずがない。
振り上げられた大斧が迫り、暁は舌打ちを零し足で受け止める。
「魔物が来たぞ!」
「矢を持ってこい!撃ち落とすんだ!」
「!」
背後から聞こえた怒涛のような叫び声に、上空で防御壁を越えようとする飛竜に気付く。
これ以上侵入されるわけにはいかない。
暁は、自身の足で押さえる斧に何かを思いついたのか。巨大な斧を足で救い上げるように飛竜の方へと蹴り飛ばした。
「!?」
「ギャォォォオン!?」
予期せぬ行動に鮮血将軍猪人族は驚くが、蹴り飛ばされた大斧はまるでブーメランのように激しく回転し、城門を超えようと群がっていた飛竜を切断していった。
切断された最後の一匹と大斧が地に叩きつけられる。
大斧がなくなれば、あの斬撃はもう出すことはできないと安堵するも束の間、顔面に迫りくる拳に暁は咄嗟に受け止めた。
「・・・・ナゼ、人間ヲ守ル」
「・・・ぐッ」
鮮血将軍猪人族は暁の行動が全く理解できなかった。
「人間ハ強欲デ自分勝手ナ生き物ダ。彼奴ラコソ、コノ世界ニ不要ナ存在ダ」
お前もその残虐な生き物の被害者なのだろう、と欠けた暁の角を見た。
「た、しか・・・にな」
「オ前モ我ラト同ジ、悲シキ被害者ヨ。配下ニ下ルナラ不当ニ目ヲ瞑ロウデハナイカ」
「・・・」
「我ラニ力ヲ貸セ、鬼人ヨ」
****
本日の鑑定結果報告
・
正体不明、猪人族でも魔物でもない異様な化け物。
口から生えた硬い牙、獣人ならではの独特の鼻の形や鋭い爪は確かに猪人族の特徴そのものだが何かが違う。
全身は変色した血で黒く汚れているが、至る箇所から黒い触手のようなモノがうねり出ており、眼は赤く充血し鬼人のように目の色が変色している。
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