第47話 魔物の暴走 (2)


「よかった、アリスは一緒じゃないんだね」

「だから言ったろ、アマンダ。あの子は凄いけど、冒険者じゃないから前線には来ないって」

「だけど、冒険者じゃないアカツキが此処にいるじゃないか」


ノスの言葉に彼らがなにを探していたのか納得する。

シノアリスはシェルリングにて所有する魔道具を使い、二匹の魔物を仕留めた実績がある。

もしかするとそれが冒険者ギルドに伝わって前線に出されてしまっているのではとアマンダは不安になり、暁を見つけた瞬間シノアリスがいないか探ったそうだ。


「アカツキさん、アリスちゃんは?」

「シノアリスなら商業ギルドで回復薬の追加作成をしている」

「なんてことだい、一番避難させなくちゃならない子供を戦場に残すなんて」


シノアリスの錬金術士の腕をまだ知らないアマンダ達は、どうやら暁を此処に押し止めるためにシノアリスを残したのだと思っているようだ。

それに気づいた暁は違うと訂正しようと口を開くも。


「アイツはそんな軟弱じゃねぇよ」

「あ、貴方たちは!?」


暁の声を遮り、突然話の間に割って入ったのはカシスだった。

先ほどまでの獣人の姿とは違い、人の姿へ偽装している。

マリブとルジェ、カシスが暁の傍にくるとノスが鼻息を荒くし興奮気味にベルツの背中を叩いていた。


「お、狼の鉤爪だ!やべぇ!俺ファンなんだよ!」

『いたい・・・・』


狼の鉤爪はランクが銀色でありながらも、Aランクのブラックタランチュラを討伐したことで有名となった。

Aランクの魔物を討伐できるのは白銀ランクの冒険者くらいだ。

並大抵の実力ではできない、ましては金色ランクであればゴリ押しでいけるかもしれないが狼の鉤爪のランクは銀色だ。


銀色がAランクの魔物を討伐をしたことは異例の出来事でもある。

駆け出しクラスの冒険者からすれば、その出来事は衝撃的なもので騒がれるのは当然だった。


「マリブさん達も前線に来たんですね」

「そうだな、俺たちは後方支援できる魔法とか持っていないからな」

「敬語じゃなくていいよ、ここは仲良く魔物を撃退しようじゃないか」


ルジェの言葉に、暁は少し戸惑いながらも敬語を外した。


「あ、ありがとう。此方こそよろしく頼む」

「うん、よろしくね」

「おい、鬼人」

「なんだ?」


不意にカシスに話しかけられ、振り返るもカシスは暁を見ておらず。

カシスの視線は、魔物が進軍する方向に向けられており険しい顔をしていた。


「お前も感じるか?」

「あぁ、さきほど樹の精霊ドライアドが言っていた」

凶悪な魔物そいつも一緒みたいだな」


此処にいる冒険者達はまだ気づいていない。

だが暁の気配察知や獣人の本能により彼らは魔物の中に感じる桁違いの異質な気配を、誰よりも早く察知していた。


魔物の軍隊の中で一際異質な気配を数キロ離れた先でも感じる。

つまり相手はAランクいや、それ以上の強さを持った魔物であることを意味している。

だからといって逃亡するわけにはいかない。

背後には暁にとって守らなくてはならない存在が、いまも必死になって薬を作っている。


「獣人に戻らないのか?」

「いまはな。下手に周囲を騒がせるのは面倒だ」

「それもそうだな」


人の姿では獣人本来の力は発揮されない。

だが、いま下手に獣人に戻って騒ぎを起こしたくない言い分に暁は納得した。


いまでも鬼人である暁に対し、本当に味方なのかと疑う視線があるのだから。

人にとって亜人は魔物と同類なのだろう。

だが、そんなもの今はどうでもいい。




「暁さん」


ただ、守りたい人のために戦う。

それだけだ。





暁はナストリアの前線にて、その魔物の大群が来るのを待っていた。

既に目でも確認できるほどの軍隊が進行している。

三万との偵察での情報だったが、暁の気配察知では五万の数は感知できた。


やはり予想以上の激戦になる。

まだ遠目で確認できる距離なのに、その威圧感を感じるのかゴクリと誰かの息を飲む音が響く。



「恐れるな!俺たちの実力があれば三万の魔物など恐るるに足らず!」


その中で冒険者の指揮をとっている金ランクのパーティー“鋼の翼”のリーダー“ファン・アルベルト=レオン”が愛用の剣を引き抜き、怖気づいている冒険者たちを叱咤する。

なぜ金ランクの彼が指揮をとっているのか。

それは、白銀ランクの冒険者がナストリア付近にいなかったからだ。


いまこの冒険者たちの中で実力があるのが“鋼の翼”であるため、彼が指揮をするのに誰も不満はなかった。

彼、ファン・アルベルト=レオンを中心に数十人もの仲間が賛美するように頷き、己がリーダーであるファンを称えた。


「ファンさんがいればスタンピードなんてあっという間に鎮圧されるさ!」

「これでファン様の名は世界中にわたるでしょう!」

「鋼の翼、万歳!」



「・・・あほらし」


その光景にカシスはうざったそうに溜息を吐いた。

実際鬼人や獣人であるカシス達からすれば、ファンの実力はどうみても自分たちより下だと分かる。

烏合の衆での力を自身の力とでも思っているのだろう。

カシスは関わりたくないと暁を盾にしつつ、一番危険な存在である気配を感じる箇所への警戒を怠らない。


「聞け!魔物の暴走スタンピードに発生する魔物は知能がなく、やつらは正面からしか突進してこない!奴らが一定のラインを超えたとき、魔術師全員で防御壁プロテクターを張るんだ」


ファンの計画は魔物が進軍がある一定のラインを超えたとき、前線の前に魔術師たちが総出で防御壁プロテクターを張ることで進軍を足止めする、とのことだった。


防御壁は、結界とは違い前方だけに現れる透明な壁のこと。

結界となるとナストリア国全体を覆うには人や時間、魔力が足りなさすぎる。

だが防御壁であれば、初歩的な魔法によりかき集められた魔術師たちでも余裕で使える魔法だ。


知能がなく真正面から突撃してくる魔物が、この防御壁に足止めをされている間に総攻撃をしかけるという作戦だ。



「魔物の進軍がラインを越えました!」

「戦略は完璧だ!魔術師たちよ!!防御壁プロテクターを張れ!」

「「「「はい!」」」」

「特攻をかける者は防御壁の傍で待機しろ!」

「「「「おう!」」」」


ファンの合図に防御壁プロテクターが現れ、指示された冒険者や騎士は防御壁プロテクターの後ろに待機する。


知能のない魔物であれば防御壁に気付いたとしても、突進してくる。

防御壁プロテクターに侵攻を阻まれえても、奴らは考えることが出来ない。

ただ進むだけ。

動かない壁にもがく魔物たちを防御壁プロテクターの反対側で、待機した冒険者で一斉に討ち取る。


「ふ、魔物の暴走スタンピードなんて俺の手であっという間に解決してやる」


完璧な作戦だ、とファンは自身の計画を自画自賛する。

だが暁やカシス達からすれば凶悪な存在がいるからこそ安心は全くできなかった。



魔物の暴走スタンピードとの接触まであと僅か。

緊張が走る最中、突然一部の魔物たちが進路を変更し始めた。


「な!進路を変えただと!?」

「大変だ!魔物が進路を変えたぞ!?」

「嘘だろ!あっちは裏門に回る道だ!!」


一部の魔物たちが裏門に回るために進路変更をし始めたことに周囲は青褪めザワめいた。

過去の記録でもスタンピードで出没する魔物は殆どが知能がないはずだ。

だが態々裏門へ進路変更をするなど、明らかに知能のある魔物がいる証拠でもあった。


「おい!裏門に待機している冒険者はいるか!?」

「いません!いるのは数人の門兵と下級騎士だけです!」


この作戦は大門で魔物を一掃する作戦であった。

ナストリアには二つの門がある。

一つは今暁たちが集まっている大門であり、もう一つは王族や貴族等のお偉い方々が私用にて利用する裏門がある。


こちらは大門と違い、とても小さな門であり、また対面が湖になっている。

知能のない魔物がわざわざ湖を渡って襲撃してくるはずがない、と判断され戦力のあるものは全て大門に集まり、裏門には戦力にならない者しか集まっていなかった。


「う、ウソだ?!魔物の暴走スタンピードで出没する魔物は知能がないんじゃないのか!?」

「ファン様!落ち着いてください!」


知りえた情報と全く違う展開にファンは先ほどまで気丈な姿が一変して青褪めている。

無論トップが狼狽えれば、それは周囲にも伝染する。

だがそれを察して魔物が進軍を止めるはずもない。


「来るぞ!お前ら!!全員戦闘準備!」


マリブの大声が周囲に響くと同時に魔物の大群が防御壁へ衝突する。

それが戦いの合図となり、冒険者達は覚悟を決め一斉に魔物の方へ駆け出した。




****


本日の鑑定結果報告


防御壁プロテクター

魔力で構成された防御壁。

初歩級の魔法。

だが前方にしか出現しない、全体を覆う結界と比べ魔力の消費場少ないのでパーティーの魔術師はよく使用する。

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