第43話 樹の精霊(3)

「あれの説明をきっちりしろ」

「あ、あれ?」


あれ、とは?と若干青褪めながら問いかえすシノアリスにカシスは親指で暁を指した。

暁がどうかしたのかと不思議そうに首を傾げるも、そこでシノアリスはなにかを察した。


カシスたちは、自分たちが獣人だとバレないように薬で人間に変身している。

だが、シノアリスの相棒である暁は変身しておらず鬼人の姿のまま傍にいる。

つまり、カシスは暁が周囲から迫害されていないかの説明を求めているのだとシノリスは思っていた。


勿論カシスの言う説明は、どういう経緯で鬼人と一緒に旅をすることになったのかという簡単な説明を求めただけである。

カシスの思惑と全く違うことにシノアリスは気付かないまま、笑顔をカシスに向けた。


「大丈夫ですよ!カシスさん」

「は?」

「昨日から暁さんと一緒に行動していますが、誰からも嫌がらせとか悪口とか言われていません!」

「・・・」

「ナストリアの皆さんは心の広い人が多いみたいですよ!」

「よし分かった、そのスカスカの頭ん中を洗浄してやろうじゃねぇか」

「おぎゃー!?」


全く見当違いなことしか言わないシノアリスに、カシスはとても爽やかな笑顔でシノアリスの頭を掴んだ手に力を入れた。

勿論、力加減を抑えてくれているとは知っているがギリギリと頭を掴む力が強まることに思わず悲鳴をあげずにはいられない。

その様子を暁は、ハラハラと手をさ迷わせながら助けるべきかと困った顔でカシスとシノアリスを何度も交互に見ていた。




あの後、カシスの後を追い駆けつけてくれたルジェとマリブにより解放されたシノアリスは若干涙目になりながら頭を擦っていた。

表通りで騒いでいた所為か、人々の注目を浴びてしまっているためルジェの提案により場所を移動することになった。

最初はお店に入ろうかと思ったが、マリブから人目は避けたいというので外へ移動することに。

街道から少し外れた森の中へ、マリブ達と一緒にシノアリス達は移動する。


「まずはアリスちゃん、おかえり。元気な姿見られてよかったよ」

「お久しぶりです、ルジェさん!皆さんもお元気そうでなによりです」

「うん、ありがとう。ところで聞きたいんだけど、その鬼人との出会いを教えてもらえないかな?」

「・・・・あー・・」


ルジェの言葉にシノアリスは、思わず暁を見上げる。

元々暁は奴隷商より購入した奴隷だ。だけどシノアリスが自身のスキルを使用して奴隷から契約に変更してしまった経緯がある。

まずシノアリスが説明に困るのが、暁が奴隷であることを告げること。

そしてその奴隷紋や奴隷契約の変更が出来た事への説明である。後者に関しては暁自身も公にするのは大変よろしくない。

例え以前護衛依頼でお付き合いのある狼の鉤爪であろうと、中々言い出しづらい内容でもある。


「俺は元奴隷だ」

「「「!?」」」

「暁さん!?」


どう説明をするべきかと言葉を悩ましていたが、奴隷であることを真っ先に明かした暁にシノアリスは驚いた。

だが暁は任せてくれと目線でシノアリスを促し、マリブ達と向き合う。


「奴隷商で破棄される所をシノアリスに救ってもらった」

「奴隷だったのなら紋はどうした?」

「それは俺にも分からん、だが破棄寸前だったから紋が解除されていたのかもしれん」


嘘は言っていない。

暁はシノアリスが購入しなければ破棄寸前であった。

ただ奴隷紋に関しては、シノアリスのスキルによってなので暁は詳しく分からない。

更にマリブもルジェも奴隷になった経験はないし、カシスも奴隷に落ちる寸前で助け出されたので奴隷紋の仕組みに詳しくはない。


「なるほど、そうだったんだね」

「俺からも良いだろうか?」

「うん、どうぞ」

「先ほどシノアリスから君たちとは護衛依頼での付き合いと聞いた。だが此処まで深入りに聞いてくる理由を知りたい」

「そりゃあ、君が鬼人だからだ」


ルジェの言葉と同時にマリブ達が偽装を解除したのか、人間の姿からあっという間に獣人へ戻り暁は驚き目を見開いた。

そして彼らの深入りに対し納得をする。


自分たちと同じ人ではない種族が傍にいれば、何かあったではと不安になったのだろう。

これが人間の相棒であれば、彼らも此処まで深く警戒はしなかった。

だが相手が鬼人となれば。


「そうか、それなら心配して当然か」

「?どういう意味なんです?」


一体何がなんだか全く状況の理解に追いついていけてないシノアリスは首を捻るばかり。

その様子にマリブは困ったように笑った。


「そうだったな、シノアリス嬢は獣人だろうが鬼人だろうが気にしない子だったな」

「そりゃあ此奴は、脳みそがスカスカしているお人好しだからな」

「うーん、暴言が増してる」


カシスの暴言にシノアリスは渋い表情をする。

そのやり取りにルジェは苦笑し、そして気になっていたことがあったのかシノアリスに問いかけた。


「ところでロロブス以外に何処で騒ぎを起こしたの?」

「騒ぎというか港町シェルリングに行ってお祭り騒ぎをしました」

「?なにかおめでたいことでもあったの?」

「ホワイトオクトパスを捕獲し、レッドクラーケンを討伐したのでクラーケン料理祭りをしていました」


思わぬ魔物の名前が出たことにマリブ達の思考は一瞬止まる。


「「ほんとなにやっているんだ!!?」」

「クラーケン料理、美味しかったです!」

「「良かったね!でも少しお話ししようか!?」」


結局シノアリスはマリブ達にも怒られたのだった、解せぬ。




マリブとルジェに懇々とお説教をされているシノアリスの姿を眺めるカシスと暁。

暁は何度かと目に入ろうとするも、それをカシスが何度も阻止する。


「止めるな、あれくらい言わねぇとアイツはやらかす」


シノアリスだってわざと騒ぎを起こしているわけではない。

それはマリブ達も十分承知している。

だが放浪の錬金術士としてシノアリスの存在が公になれば、多くの権力者がその手を伸ばしてくるだろう。


「アイツが危ない目に合うのは、アンタも困るだろ」

「・・・あぁ」


シノアリスは誘拐された前科がある。

カシス達はその事を知っていてあんなにも注意してくれているのかと、暁は納得した。



二人は互いの認識の違和感に気付いていなかった。

暁は知らない、シノアリスがかの有名な放浪の錬金術士であることを。

カシスも気付いていない。暁が、シノアリスがかの有名な放浪の錬金術士だと知らないことを。


だが、不思議と会話は何事もなくつながっている。

それは互いが認識しているのが、シノアリスが“危険な目に合う”という部分しか理解していないからだ。


ようやくお説教から解放されたのかアホ毛や顔を萎ませて戻ってくるシノアリス。

そんな彼女を見て、暁はナストリアに戻ったら串焼きでも買ってあげるかと考えつつシノアリスの側に寄ろうとした。


不意にザワリ、と木々が揺らめいた。


「「「「!!」」」」


その揺めきに、彼等は警戒態勢へと入った。

マリブ達が再び変身薬で人の姿に偽装しようとしたが、獣人のまま周囲を警戒し。

暁も気配察知がなにかを捉えたのか、シノアリスを自身の後ろに庇いながら森の奥を警戒するように凝視していた。


「?どうかしたんですか?」


唯一人の身で何が起きたのか気づいていないシノアリスは、己を背に庇う暁と警戒する三人を不思議そうに見つめ、問いかけた。

だが誰も、暁さえもシノアリスの問いに答えてくれず困惑しまう。


『ふふふ』


ふとシノアリスの耳元に誰かの笑い声が囁かれ、そしてゆっくりと細く白い腕が肩と体に巻き付いた。

驚きで声を上げる前に、微かに香る花の香がまとわりつき自然と口が閉じてしまう。



『人の子に、獣人。そして鬼人、なんとも面白い組み合わせよのぉ』

「「!!」」

「ガキ!」

「シノアリス!」


シノアリスを腕の中に抱えた女性が、楽しげに喉を鳴らして笑っている。

綺麗なエメラルドの様に輝く瞳と同じ色の髪はシノアリスの太腿付近まであり、その頭には真っ白な花の冠が乗っている。

所々腕や体に巻き付いている蔦は生きているかのように蠢いている。

そして本来であればだれにでもある足がなく代わりに土に刺さっていた、その特徴にシノアリスは過去の記憶を掘り起こす。


そしていつか大好きな家族から御伽噺のように語られた話を思い出し、教わったその種族の名を無意識に口ずさんだ。



「・・・・樹の精霊ドライアド?」




****


*余談*

シノアリスと暁がナストリアに戻ってきていた日、狼の鉤爪はロロブスにいましたw


【次回更新】

次回は9日(木)に更新します 0(:3 )~ =͟͟͞͞('、3_ヽ)_

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