第42話 樹の精霊(2)


商業ギルドを後にしたシノアリス達は、宿屋を目指して暁と表通りを歩いていた。

今日もナストリアの表通りは賑わう声で溢れ、美味しそうな匂いとすれ違うたびにシノアリスの後ろ髪が引かれる。

いつもであればシノアリスは己の欲求に身を任せ買い物や串焼きを堪能するのだが、本日はやることが多いため仕事が優先だ。

それに食べ物なんていつでも味わえる、とシノアリスは大人びた顔で鼻を鳴らした。


「いらっしゃい!いらっしゃい!ただいま焼きたてパンが並んでいるよ!」

「焼きたて!?」


“焼きたて”の言葉にシノアリスのアホ毛が跳ねた。

さきほどまで仕事が優先だとドヤ顔をしていたのに、焼き立てという魅力溢れるワードに足が止まり振り返った。

が、咄嗟に我に返り欲望を振り払うように首を左右に振った。


ただでさえ始末書も書かなくてはいけないのだから遊んでいる時間などシノアリスにはない。

ないのだが、香ばしい食べ物の香りに少しだけ未練がましい視線を送ってしまう。


「さぁ、いらっしゃい!今日もお肉が安いよ!」

「おにく・・・」

「うちの新作も食べてきな!珍しい氷菓子だぜ!」

「おぁ・・」

「花蜜飴はいかがですか!甘くて美味しいですよー!」

「おぎゃぁぁぁぁ」


まるで禁断症状を患っているかのように、絶望に満ちた産声をあげるシノアリス。


錬金術士として、大人の一人として仕事を優先させなくてはいけない。

だから誘惑に惑わされてはいけない、と頬を抓り自我を保つ。いまだ嘆く本能に対し心を鬼にして叱咤し続けた。

そんな葛藤を繰り広げているシノアリスをみていた暁は。


「シノアリス、少し休憩でもしないか?」

「え、でも依頼が」

「昨日シェルリングから戻ったばかりだ、少しくらい休んだ方がいい」

「・・・」


確かによくよく思い返してみれば休む間もない怒涛の日々だったかもしれない。

そして戻った早々ホワイトオクトパスを街中で放つというミスを犯したのも実は疲れがとれていなかったのでは。

さらに商業ギルドからの依頼で、宿屋に引きこもらなくてはない。

それなら、と暁の提案にシノアリスは甘えることを選択した。

これは必要な休息だと切り替えたためか、シノアリスの顔は絶望から笑顔で溢れていた。


「暁さんは何が食べたいですか?」

「俺はこの街に来たばかりだからな、食べたいものが分からない。なにがお勧めなんだ?」

「そうですね、串焼きは絶対ですが果実水も凄く美味しいですよ」


丁度、シノアリス達のいる表通りから川を挟んだ向こうの通りに見える果実水を売っている露店を指さす。

果実水は、冷やした果実を擦り絞った果汁を水で薄めたものが一般的だ。

だがシノアリスが勧めた店は、果実水の中に凍らせた果実も入れている。より果実の味が濃厚に楽しめ、そのまま食べることもできるので最後まで美味しく頂ける絶品なジュースだ。


さらに傍にあるパン屋のパンと一緒に食べれば、更に美味しくなる。

その味を思い出しているのか、シノアリスは口をにやけさせゴクリと喉を鳴らした。


「分かった、なにがいい?」

「え?私も行きますよ?」

「シノアリスはこれから調合に入るだろう?俺は手伝えないからな、せめてこれくらいはさせてくれ」


そこまでしなくてもと思いつつも、シノアリスの為に何かしたいと強請るような視線につい押し負けてしまう。

内心タジタジになりつつも飲みたいと思っていた果実を言えば暁は露店へと出向いていった。


暁と一緒に過ごすようになってから感じていたが、シノアリスの相棒はとても甘やかし上手だ。

果実水を買いに露店に向かう暁の背中を見送りながら、シノアリスは近場にある公共の椅子へと腰を下ろす。

暁が戻ってくるまでなにをしよう。

いつもなら、沢山の露店や店を見て回っているが誰かを待つ、などいつぶりだろうか。



「あ、魔力回復薬マジックリカバリーの調合手順、確認しておかないと」


回復薬に関してはいつも作っているので、慣れもあるがマジックリカバリーは初めて作成してから全く作っていない。

昔とは違い、シノアリスの調合の腕は上がっている。

もしかすると以前よりは、楽に調合できるかもしれないとシノアリスは少しだけ期待を胸にヘルプを呼び出した。


「えーっとマジックリカバリーの調合・・・ん?」


いつものように検索をしようとした瞬間、ピロンと小さな音がシノアリスの耳に届く。

ヘルプのボードには検索ワードの画面とスキル一覧の他に新たな文面が主張するかのように点滅していた。


自動警報アラート?」


一体、これはなんだろうかとシノアリスは自動警報アラートの項目に触れる。

すると別のボードが出現し、アラートについて書かれていた。




自動警報アラート 現在:オフ 】

自動警報をオンにすることで、危険な状態が迫りくるとき、自動でいち早く警告を出す。

冒険をする上で、アラートはオンを推奨。



「暁さんの気配察知に近いようなものかな?」


ただ違うとすれば危機的状態でない限りは警告を出してくれないので、常に相手の気配を察知できる暁のスキルの方が断然すごい。

シノアリスも気配察知スキルを取得しようかと考えたこともあったが、考えただけであって実行することがないまま時間は流れてしまっていた。


不意にシノアリスはロロブスの森でクロコスネに不意打ちのように襲撃されたことを思い出す。


「またあんなことが起こったら大変だろうし、オンにしておこう」


危険な状態がどこからどこまでの範囲なのか分からないが、損になるようなものではない。

シノアリスはオフの項目をタップすれば、オンへと切り替わる。



ふとシノアリスが顔をあげれば、丁度露店から品物を買って戻ろうとしている暁の姿が目に映った。

勿論通りを歩いているのだからナストリアの住人の視線が暁に向けられている。

大丈夫だろうか、と少しハラハラしてしまうがよく観察をすれば住民の視線は嫌悪とかではなく、好奇心の視線ばかり。

声をかける人まではいないが、その視線が害悪なものではないことにシノアリスは安堵する。


もしロロブスのように嫌悪する視線が注がれるのであれば、移動を考えていた。

この様子なら暫くはナストリアに滞在していても問題ないだろう、とシノアリスは安堵の息を吐いた。



「見つけたぞ!ガキ!」

「!!」


突如、背後から怒鳴る声はとても聞き覚えのある声でシノアリスは直ぐに振り返った。

赤い短髪の男性が、不機嫌そうに鋭く吊り上った紫暗の瞳がより吊り上がった状態で早足に此方に向かってきている。

それは以前お世話になった狼の鉤爪の一人、カシスだ。

何故カシスはあんなに怒っているのか、確か昨日の騒動時にはナストリアにはいないことをロゼッタから聞いていた。


「は!まさか・・・」


そこでシノアリスは嫌な予感を察知した。

まさか昨日の醜態を知り、わざわざお叱りに来たのでは、と瞬時に理解する。

そして逃走を図ろうとするが、現役の冒険者と錬金術士では即座に捕まるのは目に見えていた。


「お前は!なんで予測不能な騒ぎを起こす!!」

「おぎゃぁあー!ごごごめんなさぁぁあい!」


ロゼッタに引き続きお説教第二弾が始まる、とシノアリスは青褪め反射的に悲鳴と謝罪をあげ、カシスはシノアリスの頭を掴もうと手を伸ばした。

あと少しで触れる瞬間、別の手がカシスの手首を掴んだ。

第三者の介入にカシスは直ぐにそちらに視線を向けたが、その存在に大きく目を見開かせた。


「鬼人!?」

「失礼だが、この子に何か用か?」


暁は力加減に気を付けつつ。片手で起用に二つの果実水が入った容器を持ちシノアリスをカシスから隠す様に間に割り込んだ。


「お前があの噂の鬼人か」

「噂、とは?」

「そっちの底抜けの大バカがロロブスで鬼人と一緒に騒ぎを起こした噂だ」

「え?私ロロブスでは騒ぎ起こしていませんよ!?」

「「・・・」」


シノアリスは濡れ衣です!とカシスに抗議する。


「てめぇ!ロロブス以外で騒ぎ起こしたのか!?」

「は!しまった!誘導尋問ですね!?卑怯です!」

「誘導なんかしてねぇよ!おめぇが自白しただけだよ!」

「おぉう」


カシスとシノアリスのやりとりをみていた暁は、もしかして知り合いだったのかとようやく理解したのかカシスの手首を放す。


「すまない、シノアリスの知り合いだったのか」

「前に護衛依頼を引き受けた付き合いだ」

「そうだったのか、すまない。此方が勝手に勘違いを」

「んなこたぁどうでもいい」


謝罪する暁を押しのけ、今度こそシノアリスの頭を鷲掴んだ。


****


本日の鑑定結果報告


・果実水

冷やした果実を擦り絞った果汁を水で薄めたものが一般的。

シノアリスのお勧めの店では、果実水の中に凍らせた果実も入れている。より果実の味が濃厚に楽しめ、そのまま食べることもできるので最後まで美味しく頂ける。

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