第41話 樹の精霊(1)

魔物の暴走スタンピードとは。

魔物には活性化する期間が存在する。

活性内容は様々だが、繁殖期や成熟からの進化、力の暴走など多くありまだ解明はされていない。

本来魔物の生態により活性化の時期はそれぞれ異なるが、何百年または何千年かに一度だけ魔物たちの活性時期が重なることがある。


それが魔物の暴走スタンピード

このスタンピードにより滅んだ国や都市は多く存在する。

解決方法はない。

ただ魔物を倒すか、スタンピードが終わるまで防衛に徹底するのみ。


その前兆らしきものが今ナストリアを中心に起こっている。

元々、スタンピードは突然変異で起きる自然災害だ。この自然災害が起きた記録は一番新しくて二百年も前の話である。

つまりは記録が古すぎて全く参考にならない、ということだ。


そんな深刻な事態を抱えている商業ギルドマスターであるスルガノフは、現在部屋の中で重苦しい空気にため息を吐きそうになった。

部屋にはスルガノフがもっとも信頼するロゼッタ、そして極秘扱いである放浪の錬金術士シノアリス、そして暁が向かい合って座っている。

またシノアリスの前には“反省文兼始末書”の用紙が置かれていた。


「アリスちゃん、貴女が冒険者ではないのは知っているけど今回は完全にアリスちゃんに非があるわ」

「はい、おっしゃる通りです」

「でも幸い被害は全くなかったから、始末書だけですんだのよ」

「はい、本当に申し訳ございません」


シノアリスはロゼッタからホワイトオクトパスを封印から解き放ってしまった件で、現在進行形でお説教の真っただ中であった。


おかしいな、本日は魔物の暴走スタンピードの件での相談の場なのに。

魔物の暴走より始末書が優先されている気がするのだが、とスルガノフは言いたい内容を飲み込みながらシノアリスとロゼッタを見守っていた。

が、今までシノアリスの横に静かに座っていた暁がロゼッタに声をかけた。


「すまない、俺にも書かせてもらえないだろうか」

「何故でしょう」

「俺自身もホワイトオクトパスの事を忘れていたからだ。俺にも非はある」


シノアリスだけの所為ではないと自身にも始末書を書く責任があるとロゼッタに要求する。

その言葉に半泣きで始末書を書いていたシノアリスはアホ毛が飛び上がるように驚いた顔で暁の方へ振り返った。


「暁さんには非はないですよ?!だから書かなくて良いんです!」

「しかし止められなかった俺もまた非がある」

「いやいやいや?!ここで優しさを発揮しなくていいですよ!寧ろ私に対して怒るとか注意するのが正しいですからね!?でも気持ちはいただきます!ありがとうございます!」


「あー、ロゼッタ。始末書の件はとりあえず置いて話をしないか?」

「分かりました」


このままではいつまで経っても本題に入れない。

ロゼッタもスルガノフが本気で困っているのを感じたのか、仕方ないと受け入れた。何故だろう、自分が上司のはずなのにロゼッタの方が上司な気がする。


「まずシノアリス嬢」

「はい、なんでしょう」

「いま君が受けている依頼を一度保留にしてもらえないか?」

「?」


現在シノアリスはいくつかの魔道具の依頼を受けている。

その魔道具を調合するために遠いロロブスに足を運んだりしたのだ。


「違反にならないのであれば保留でも大丈夫ですが」

「此方の都合だから違反にはならない。ただ今から君には回復薬などの大量生産を依頼したい」

「大量生産ですか?数はいくらほど?」

「いくつまで生産できる?」


スルガノフの言葉にシノアリスは一度ホルダーバッグの中にある素材を確認する。


「そうですね、材料の在庫にもよりますが一日あれば回復薬(小)は七十個。(中)と(大)なら五十個ほど作成できます」

「そ、そんなに大量に生産できるのか!?」

「?出来ますけど」


シノアリスの回答にスルガノフの顔が驚愕で満ちている。

だがシノアリスからすれば何故そんなに驚くのか全く理解できない。


何故なら通常の錬金術士でも一日の生産量はぶっ通しで最大二十本が限界だ。

だがシノアリスはヘルプによって簡単に調合を誘導されているので匙加減もすでに覚えている。

ゲームの様にホイホイと調合できるシノアリスからすれば、それぐらいの量は簡単にできるものだった。

だがそれは、普通の領域を超えているためスルガノフはこれが放浪の錬金術士の力量なのかと唾を飲みこんだ。


「素材もできる限り提供しよう、すまんがその二倍の量を三日以内に納品をしてほしい」

「ストックにどちらも百個ほどあるので、残りは明日にでも納品しますね」

「!!?」


もう驚くことはない、と思っていたのにスルガノフは顎が外れそうな思いだった。


「アリスちゃん、魔力回復薬マジックリカバリーは作れないかしら?」

「マジックリカバリーですか?」


魔力回復薬マジックリカバリーは魔力を回復させる薬だ。


人にも魔物にも他種族にも魔力が存在する。

中には魔力があっても扱いが分からないため使用できない者はいるが、それを特化して扱えるのが魔法使い、魔術協会の人間だ。

勿論、シノアリスにだって魔力はある、魔力がなければ錬金術での調合は成立しない。


だが、通常の回復薬とは違い非常に生産が難しいのが魔力回復薬マジックリカバリー


まず素材も貴重な上に手に入りにくい、更に品質が結果を大きく左右する。

シノアリスも過去に二~三回納品をしたことはあるが、当時未熟なシノアリスでは低品質や中品質を五個くらいまでが精々だった。

あれから全く生産していないので、出来るのは出来るだろうが不安もある。


「作れなくはないですけど、久しぶりだからなぁ」

「無理強いはしないわ」

「とりあえず素材だけいただけますか?」

「えぇ」


ロゼッタは直ぐに手配すると何かを書き込み、部屋を出ていった。その後ろ姿を見送りながら残されたシノアリスは、先ほどから感じる違和感にスルガノフへ問いかけた。


「所でどうして回復薬がこんなに入用なんです?」

「・・・最近魔物の出没が相次いでいる。スタンピードの可能性が高いと報告が出ている」

「あぁ、なるほど」


スルガノフの言葉にシノアリスはとても思い当たりがあるのか納得していた。

暁は何か考えるように口に手を当て、スルガノフを見つめている。

鬼人からの探る視線に、内心冷や汗をかきながらもスルガノフは表に出さないよう注意を払う。


本当は、可能性ではなく確定に近いが下手に周囲に漏れて騒ぎになってはいけない。

冒険者ギルドはまだ確定じゃないと現在それを調査しているようだが、商業ギルドは既にスタンピードとして備えて下準備に手を回している最中なのだ。


スタンピードが発生した際に放浪の錬金術士であるシノアリスの力はどうしても必要となる。下手な発言をし、機嫌を損ね彼女がこの国を去られる事だけは絶対にあってはならない。

ロゼッタならまだしも、スルガノフはシノアリスと深く交流はしていないので発言にどうしても慎重になってしまう。



「お待たせしました、此方がマジックリカバリーの素材になります」


魔力回復薬マジックリカバリーの素材は“魔力の花”“聖なる雫”“月と星の欠片”の三種類より制作ができる。


“魔力の花”は、それぞれ属性の魔力が濃い場所にしか咲かない花である。火属性や水属性など属性により花の色が異なる。


“聖なる雫”は聖水より濃度が高く僅か数滴でも高度の呪いさえ解いてしまえる。聖水を長い年月で浄化し続け、やっと数滴確保できるかなりの貴重品。


そして一番採取が難しいのが“月と星の欠片”

これは年に一度だけ月と星が夜空から消える時間が存在する。

なんでも月と星が古くなった魔力をそぎ落とすために明かりを消すという説が魔術協会から発表されている、その古い魔力の残りカスが稀に落ちてくるのが月と星の欠片だ。

これは朝日に触れると途端に炭となるので夜でしか採取できない。


どれも簡単に採取できないものだ。

それをロゼッタは、約三十キロ分の麻袋を三袋ほど用意して戻ってきた。

よくこれだけの量をため込んでいたものだと感心してしまう。


とりあえず宿屋に戻ったら調合してみようとシノアリスはホルダーバッグに素材を直し、まだ書き掛けの始末書も手に取る。


「提出は明日でもいいですか?」

「えぇ、むしろごめんなさいの一言くらいでいいわ」

「えー、ロゼッタさん冗談言わないでくださいよ」

「うふふ」


あれだけ長くお説教があったのに、それは流石にダメだろう。

ロゼッタでも冗談を言うのだなとシノアリスは笑う。ロゼッタも笑う。



だがそれが本気だと分かったのはスルガノフだけだった。


****


本日の鑑定結果報告


魔力回復薬マジックリカバリー

魔力を回復させる薬。

飲みすぎると吐き気など副作用に襲われる。栄養ドリンクと同じ扱いですね、飲みすぎ良くない。


“魔力の花”“聖なる雫”“月と星の欠片”の3種の素材により作成が可能。ちなみに作成難易度は【高レベル】

大抵が失敗し生ごみとなる。

普通の錬金術士でも成功率が10%しかない。ちなみに(小)だと魔力が5%回復する程度。

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