第38話 港町シェルリング(8)

ホワイトオクトパスとレッドクラーケンの脅威から去った港町シェルリングは活気に溢れていた。


市場には魚介類が並び、多くの船が港町シェルリングへ碇を下ろし荷物を運んでいく。

だが少しだけ変わったと言えば、冒険者ギルド内で不正が見つかりギルドマスターが捕縛されたという。

その所為で冒険者ギルドは一時閉館となり、代理で商業ギルドと水運ギルドが代行することになったそうだ。


「ふーん、へーん、ほー・・・んん~!魚うまぁぁ」


水運ギルドの職員であるリースからの話を右から左へと聞き流しながらシノアリスは焼き立ての魚の塩焼きにかぶりつき美味しさにうち震える。

外はパリッと中はふんわり、塩加減が絶妙で美味しい。

時々お茶で辛くなった舌を潤してまた魚へとかぶりつく。

ようやく味わえた魚にシノアリスは、その美味しさに震える。アホ毛も一緒になって震えていた。


「すまない」

「いえ、美味しそうに食べてくれるならそれでいいですよ」


謝る暁にリースは気にしていないと両手を振るう。

元々食事中に絶対話さなければならない内容ではなく、あくまで世間話程度だったに過ぎない。


「本当に美味しそうに食べるね、あんたは」

「美味しいじゃないですか」

「いや、確かに美味しいけど」

「美味しい物は笑顔を運んでくれるんですよ」


満面の笑顔で美味しいを繰り返すシノアリスにアマンダは笑みを零す。

それを傍で見ているリースは思わず苦笑い。今朝方採れたての魚を朝食にご馳走してくれるという言葉に甘え並ぶ新鮮な魚料理。

前世の記憶でしか知らない魚料理の味をようやく味わえているのに、興味のない話をされてもシノアリスの関心は向くはずもない。


「だけど不正って、どんな不正をしてたんだ?」

「それについては黙秘させてもらおう」

「「「「!!?」」」

「ギルドマスター!」


コリスの質問に対し、突然第3社の介入に驚くコリス達。勿論シノアリスは魚に夢中、暁は気配察知で気づいていたので特に驚いていない。

リースに背後より姿を見せたのは腰まで靡いた長い金髪、厳しそうに細められた目に赤い口紅が似合っている。


彼女の名は“フィネ”

この港町シュルリングの水運ギルド支部統括長ギルドマスターであり、現在は冒険者ギルドの代理もしていた。

ロゼッタが聖母であれば、フィネはヴァルキュリャのような戦乙女と言わんばかりの凛々しさがある。


「挨拶が遅れてすまない、私は水運ギルド支部統括長ギルドマスター兼冒険者ギルド代理を務めている“フィネ”だ。ホワイトオクトパスとレッドクラーケンの件、感謝している。ありがとう」

「い!いいえ!ボク達は本当にお手伝い程度で!」

「内容はリースから伺っている、だがあなた達のお陰で港町シェルリングは活気を取り戻せた」


本当にありがとう、と頭を下げるフィネにコリス達は焦りに焦った。

ギルドマスターなど上層部が自ら感謝をし頭を下げるなど、そんな展開があるなど想像もしていなかった。だが、本来であればフィネだけではなく領主なども礼を言いにきたいくらいだった。

それらを押し止め、代表でフィネだけが訪れたのにも訳がある。


「・・・・君が錬金術士のシノアリス嬢、だね?」

「・・・(もぐもぐ)」

「・・・・」


フィネがシノアリスに笑顔で問うも、シノアリスからの返答はない。寧ろ視線だけフィネに向けたまま食べる手を一向に留めなかった。


「アリス!そこは!そこは食べるの止めて話を聞こう!」

「(もぐもぐもぐもぐ)」

「さらに加速した!?」

「すまない、要件があれば俺が伺ってもいいだろうか?」


思わずアマンダが叫ぶが、嫌々とシノアリスは首を横に振る。

話など聞いていたら、美味しい朝食が冷めてしまうではないか。頑なにフォークと並んだ皿を手放さず食べるスピードを速めるシノアリスにノスから盛大な突っ込みが入った。

その光景に暁は申し訳なさそうにシノアリスの代わりに話を聞く体制をとる。


「いや、食事中に尋ねてきた此方にも非がある。君に渡したい物があるんだ、後程部屋に来てもらえないだろうか」

「分かった、後程伺おう」


シノアリスの代わりに頷く暁にフィネは再度礼を告げながら、職員のリースに2~3言なにかを告げれば忙し気に歩き出し去っていく。

フィネの姿が消えた途端、ドッと疲れが押し寄せてきたのかテーブルに体を預けるコリス達。

新米で駆け出しであるはずの自分たちが、こんな濃い展開が怒涛の如く起こるなど誰が想像できようか。


「あぁ~、美味しかった!ごちそうさま!」


そんな空気を裂いたのが、勿論一番問題児であったシノアリス。

骨だけを残し綺麗に食べられた皿を前に、輝かしい笑顔で食後のお茶を啜っている。ふとシノアリスは疲れた様子のコリス達に首を傾げた。


「皆さん、朝からどうしてそんなに疲れてるんです?」

「「「お前の所為でもあるんだよ!!!」」」

「?」


コリス達に突っ込まれるがキョトンと全く理解していないシノアリスにアマンダは思わず天を仰いだ。

誘拐された過去はある、放浪の錬金術士作の高級な魔道具をホイホイ使用する、たとえ格上の存在だろうが食欲を優先させるなど。

この子の未来が不安しかない。

いっそのことパーティーに勧誘して保護すべきか?とアマンダの思考が暴走しかけるも。


「シノアリス、さっきのギルドマスターが話があるそうだ」

「あ、さっきの綺麗なお姉さんですか?」

「あぁ、食事が終わったのなら行くか?」

「まだ皆さんが食事中なので、終わったら行きます」


既にシノアリスの保護者になりつつある暁が、先ほどフィネの案件を説明する。だが暁たちの前にはまだ手付かずで残った皿がある。

皆の食事が終わるのを待つというシノアリス。


良い子だ。本当に良い子なのだが、少しは空気を読んでほしい。


「あ、ギルドマスターがシノアリス嬢だけでなく全員にも来ていただきたいそうです」

「?そうなのかい?」

「はい、なんでもこの度の魔物討伐で、シノアリス嬢だけでなく皆さんにも渡したい物があるそうですよ」


補足するように伝えるリースに、コリス達も急いで朝食を胃に放り込んでいく。

暁もコリス達と同じように、だが急がずゆっくりと味わうようにフォークを進めていく。すでに食べ終えたシノアリスはお茶を啜りながら窓から見える海を静かに眺めていた。


「・・・・このお茶、美味しい」



***


ギルドマスター専用に部屋に入ったフィネは、緊張を吐き出す様に深く息を零した。


水運ギルド支部統括長ギルドマスター兼冒険者ギルド代理でもあるフィネは、専用のデスクに向かい引き出しから小箱を取り出す。

中には小さなイヤリングが入っており、それを強く握りしめる。

そしてとある姿を強く脳裏に描いた。


(・・・聞こえるか、ロゼッタ)

『えぇ、聞こえてるわ』


フィネのエクストラスキルは“念話”

意思疎通をしたい相手の媒体を持ち、その相手を強くイメージすることで会話することが出来る。

このスキルを知るのは家族と学生時代からの親友であるロゼッタのみ。


結界やすでに死んでいる場合は媒体があろうとも通信手段が取れないデメリットもあるが、王家からすれば是非懐に入れたいスキルの1つでもある。

このスキルを持っていることが王族などにバレれば彼女の身柄は束縛されるだろう。

その心配を恐れた家族が、彼女に水運ギルドへの道を進めた。


ギルドは国以上に大きな組織である。

そこで地位のある役職に属していれば如何に王族であれど、その席から外すのは簡単ではない。

そして、フィネはこのエクストラスキルを使用し冒険者ギルドの不正を暴き検挙することができた。

だが、一番の悩みの種であったホワイトオクトパスとレッドクラーケンの討伐があったので二の足を踏んでいた。


(君のお陰で助かったよ、無事ノーマンを検挙できた)

『ふふ、私はちょっと上に情報を流しただけよ』

(・・・それと会ったよ、放浪の錬金術士様に)

『面白い子でしょう』


(あぁ、頬一杯に口を膨らませて可愛・・)

「ん!?ん゛ぅ!」

(いや、そういう事ではない。まさかあんな子供が放浪の錬金術士様だとは驚いているよ)


ロゼッタにホワイトオクトパスとレッドクラーケンの討伐をしてくれた人物の話をした際に、その人物の詳細を話したところ彼女からシノアリスがかの有名な放浪の錬金術士であることを知らされた。

そして、決して彼女の存在を公にしないよう、また領主など権力のある者と引き合わせないよう忠告もされたのだ。


理由がロゼッタの助言だから。

それだけでフィネには十分の理由だったので、領主などからの礼を控えさせた。


(いまあの子をナストリアから出せない理由があるんだろう)

『えぇ、私の勘だけど。今回の魔物や最近生息しない魔物の出現が多々増えているの』

(・・・・確かに)


ホワイトオクトパスとレッドクラーケンも本来なら生息地や生体が全く異なる。

それを偶然とはいえ同時期に卵を入手出来るのだろうか。

この異常事態が何を点すのかフィネも不穏な空気を感じたのか顔を歪めた。


『今はまだ、彼女にはナストリアにいてもらわないと』

(分かっている、だが水運ギルドマスターとしてアレを報酬に渡したいのだが)

『それは大丈夫よ、きっとアリスちゃんは喜ぶわ』


その報酬を渡せば、絶対シノアリスは手放さないだろう。

それが強力な媒体となりフィネはシノアリスと念話が出来る。ロゼッタから許可が出たという事は報酬を渡しても彼女はナストリアからまだ出ないということ。


トントン、と部屋をノックする音にフィネはロゼッタに客人が来た旨を告げ念話を終える。

部屋に入る許可を出せば、まず顔を出したのが職員のリース。

そして戦う常夏一行、シノアリス、暁の順で部屋に入ってくる。フィネは来客用のソファーに座るよう勧めながら、いくつかの報酬を用意する。


「まずホワイトオクトパスとレッドクラーケンの討伐について改めて礼を言う」

「ボクからもお礼を申し上げます。港町シェルリングを救っていただきありがとうございます」


フィネとリースが並んでシノアリス達に礼を言う。

恐縮ですなど慌てているコリスをおき、フィネは1つの書類をコリスに渡した。その内容にコリスは驚愕で目を見開いた。


「こ、れは!?ランク昇格証明書!?」

「この度君たちの働きを考慮し、冒険者ギルド代理として昇格を承認する」

「で、でも!本当にボク達は!」

「シノアリス嬢が言っていたそうだな。君たちの力もあったからこそ倒せた、と。私も同意だ。だから君たちには昇級合格に十分値する」


「おめでとう、戦う常夏。本日より君たちのランクは赤だ」


そう、告げるフィネに全員は唖然としていたが、夢ではない現実だと認識し始めたのかメンバー全員は嬉しさに拳を突き上げ喜んだ。

ノスはベルツにしがみつき、アマンダは涙を流すコリスの肩を抱く。

シノアリスはその光景をまるで自分のことかの様に嬉しそうに笑い、暁を見上げれば暁も同じ思いなのか優しい笑みを返してくれる。


「さて、次にシノアリス嬢達にはこちらを贈呈させてくれ」

「これは・・・」

「船の通行許可書ですね」

「それはただの通行許可書ではありません。その許可書があれば水運ギルドの管轄している海域を渡る船すべてに乗れます。必要であれば専用の船も水運ギルドでご用意できますので」


船に乗るためにはどうしても通行許可書がいる。

それを申請するのに手間がいくつかかかる。だが、シノアリス達に贈呈された許可書は言わば手続きをすべて省いたパスポートに近い。

さらに船をつくるのにも簡単ではないが、この許可書があれば船さえも作ってくれるという。

ある意味転移の灯と同等くらいのレア物である。


「良いんですか?」

「君たちには水運ギルドに投資もしてくれた、これぐらいでないとつり合いが取れない」

「じゃあ遠慮なくいただきます」


通行証をホルダーバッグに片付けるシノアリスに、フィネは「いま船は入用か?」と問う。


「いえ、ナストリアで受注した魔道具の納品があるので一度ナストリアに戻る予定です」


シノアリスの答えにフィネは少しだけ安堵する。

ロゼッタを疑っているわけではないが、もしこのまま通行証があるので出向するな展開になったら困るからだ。


「私からの報酬は以上だ、また港町シェルリングに用があれば遠慮なく私を訪ねてきてくれ」


いつでも歓迎すると告げるフィネにコリス達は笑顔で頭を下げ、シノアリスや暁も軽く礼をしリースに連れられ部屋を後にする。

コリス達とは水運ギルドの入口で手を振って別れ、見送るリースに手を振りシノアリスと暁は青空の下賑わう人波を歩きながら楽し気に会話をしながら歩いていた。



「暁さん、ナストリアに戻りましたら採取した素材など換金しましょうね」

「あぁ、そうだな」

「あと美味しい串焼きも食べましょうね!」

「楽しみだ、確かシノアリスの胃袋を掴んで離さない、だったか?」

「そうです!きっと暁さんも胃袋を掴まれて虜になりますよ」

「それは楽しみだよ」


2人は知らない。

この先に起こりうる不穏の影が迫っていることなど、何も知らずに笑いあっていた。














「おっちゃぁぁん!おっちゃぁん!ただいまぁ~!!さっそくこの蛸で美味しい串焼きをつく・・・(ズルッ、ドタッ・・パキン)あッ」


「ギョギョギョギョギョ~!」

「うわぁぁ!魔物だぁあああ!」

「魔物が現れたぞ!にげろぉおぉぉぉぉ!」


「馬鹿やろぉぉ!食材はちゃんと〆てから持ってこんかぁぁぁい!!」


その日、ナストリアでは突如巨大な白い大蛸が出現したことにより、大勢の冒険者が駆り出されたのだった。



****


本日の鑑定結果報告


・念話

水運ギルド兼冒険者ギルド代理“フィネ”が所有するエクストラスキル。

意思疎通をしたい相手の媒体を持ち、その相手を強くイメージすることで会話することが出来る。

結界やすでに死んでいる場合は、媒体があろうとも通信手段が取れない。

王家側にはぜひ懐に入れたいスキルの1つでもある。

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