第37話 港町シェルリング(7)
港町シェルリングで悩みの種であったレッドクラーケンが討伐され、街中がお祭り騒ぎで浮かれる中、とある部屋にて一人の男が怒りに満ちた顔で机を叩きつけた。
「くそ!オレの計画を台無しにしやがって!!」
港町シェルリング冒険者ギルドのギルド長であるノーマンは額に青筋を浮かべながら拳を震わせ、窓から見えるお祭りの灯を憎々し気に睨んだ。
レッドクラーケンが討伐された話は直ぐに冒険者ギルドにも伝わった。
ギルド内にいた男達は、ノーマンの部下だったが我が身の危険を察知したのか素早くその身を隠す様にギルドから逃げていった。
残ったのは、扉の前で腕を組み寄りかかるリンドラードのみ。
「おい!お前話が違うじゃないか!」
「どういうことだ?俺が言ったのは、鬼人は山奥に引きこもる種族だ、海に潜ることに特化していない、だ。勝手に改ざんしないでくれ」
リンドラードは嘘はついていない。
鬼人がレッドクラーケンを討伐出来るわけがない、などノーマンには一言も告げてはいない。勝手にノーマンが解釈したに過ぎない。
「っくそ!また一からやり直しだ!!あの鬼人、絶対に許さねぇ」
ノーマンは、水運ギルドを潰して冒険者ギルドに吸収させようと企んでいた。
だがシノアリス達が現れたことで事件は解決してしまい、さらには水運ギルドにレッドクラーケンの素材が入り商人や航海士がこぞって戻って行っている。
ノーマンの企みは水の泡となったのだ。
怒りをぶちまけるように部屋を荒らすノーマンにリンドラードはこれ以上巻き込まれないようにと静かに部屋を後にした。
報酬に関しては、催促したいところだが計画が失敗した以上口にはできない。
これ以上関わればリンドラードすら危険に晒される。
「くそがぁああ!」
ノーマンは怒りで我を見失っているのかリンドラードが出ていったことすら気付かないで部屋の中を荒らし続ける。
その音は冒険者ギルドの出入り口でもよく響いてくる。
冒険者ギルドを出て離れた瞬間、入れ違うように調査員と思わしき人間が冒険者ギルドへと駆け込んでいく姿に危機一発だ、とリンドラードは嘲笑うように舌を出した。
リンドラードは祭りの灯から遠ざかるように背を向けて歩き出す。
だが遠ざかっているはずなのに、楽し気な声が伝わってくる。その心地の悪さにリンドラードは舌打ちをし歩き出した。
あと少し目当ての物が手に入る寸前だったのに、怒りを露わにしたいのはリンドラードも同じだ。
自分専用の船には、特別な通行許可書が発行される。
その許可書があれば水運ギルドの管轄している海域を渡ることが出来る上に、未知の海域に行くこともできる。
彼が目指すのは未知の海域にある“カルデナスの神殿”というダンジョンに行くこと。
ようやくその海域の手がかりを見つけ、あとは船を入手するだけだというのに。
「くそ、あのガキが余計なことをしなければ・・・」
思い出すのは白銀色の少女の姿。
ホルダーバッグから貴重な魔道具から未知な魔道具を出し、惜しげもなくそれを使用する姿に舌打ちを零した。
だが、ふと何かを思ったのかリンドラードは長い口を釣り上げ、方向転換をし闇の中へ消えていった。
*
お祭り騒ぎで疲れたのか、家に戻る住民や酔っぱらって道端で寝る者などで溢れかえる中。
シノアリス達は滞在する予定がなかったので宿屋を取っていなかった。
慌てて宿屋に向かおうとした矢先に、リースの勧めにより無償で水運ギルドの宿直部屋を借りて宿泊することとなった。
ギルドの宿直室なだけあってシャワーも完備されており、アマンダやシノアリスは大喜びした。
男たちは感じていないのか、海の塩気が肌や髪をベタついている。
男と女で部屋を別れるもアマンダは寝相が悪いことからシノアリスを潰してしまう恐れがあるとコリスの意見により一人部屋をいただくこととなった。
なら暁もと一緒の部屋になろうとしたが、周囲が微妙な反応になったので暁にも一人部屋与えら
れたのだった。
何故微妙な顔をされたのか分からない暁とシノアリス。
だが、ベッドに入れば疲れが出たのか皆ぐっすりと夢の中へ旅立っていった。
月が雲に隠れシェルリングは暗い闇に包まれる、水運ギルドの宿舎の一室で眠るシノアリスの部屋に一つの影が映った。
音を立てずに開かれた窓から冷たい海風が入り込み、寒さに一瞬だけシノアリスは見捩りをするも眠りから覚める様子はない。
全く起きる気配のない様子に、侵入者は馬鹿にするよう笑みを零しながらその手を伸ばした。
「触るな」
「・・・」
シノアリスに触れる寸前の手を、別の誰かが掴む。
雲に隠れた月が姿を見せ、シェルリングの町を月明かりが照していく。そしてシノアリスの部屋にも月明かりにより照らされる。
室内にいたのは別室にいたはずの暁、そして。
「なんのつもりだ・・・リンドラードだったか」
「ほぉ?どっかのお嬢ちゃんとは違ってアンタは俺の名前を憶えててくれたのか、嬉しいねぇ」
「ふざけるな、なんのつもりだ」
暁の殺気がリンドラードへ注がれる。
だが、リンドラードは全く怯えも震えもせずただ不敵に笑うだけ。
「そんなに睨むなよ、アンタの相棒はとんでもない魔道具を沢山所有してるみたいだからな。少しお裾分けしてもらいたかっただけさ」
シノアリスに危害を加えるわけではないと掴まれた腕を軽く振るうも、暁は力を緩めない。
それどころか徐々に力を入れているのかギチギチと手首を絞めつけた。
「消えろ」
暁はゆっくりとリンドラードを窓へ押し返す。
先ほどとは比べ物にならない強大な殺気と怒りを瞳と声に乗せている。
まるで鋭い刃先を喉元に突き付けられているような鋭い殺気にリンドラードは喉を鳴らした。
海風が部屋の中へ入り込む。
寒さにシノアリスが微かに見捩りをした瞬間、二つの影は動いた。
暁がリンドラードの手首を折ろうとするよりも先に、リンドラード自身で肩の関節を外し暁の拘束から逃れる。
背負った槍を暁の眼球に向けて突き刺すが、気配察知により攻撃を察知していたため素早い身のこなしで避けきった。
素早さになら鬼人に負けないつもりでいたリンドラードは、暁の瞬発力に驚くも面白いと口端を益々つり上げた。
打ち込まれた拳を避けながら、リンドラードは再び窓辺へと戻り、槍を背負い直し「降参だ」と両手を顔の横まで持ち上げた。
突然の降参宣言に暁は訝し気な顔をしつつも警戒を緩めない。
「おいおい、降参だって言っただろ?」
「信用ならん」
「お~お~、怖い怖い。これじゃあ鬼人じゃなくて狂犬だな」
挑発なのか、それとも冗談なのか。
警戒を緩めず、むしろ先ほどよりも殺気を叩きつけてくる暁にリンドラードは仕方ないと言わんばかりに肩を竦ませた。
「今日は狂犬が怖いからお暇させてもらうか」
「・・・」
「またな」
ひらり、と窓から躍り出るように去っていくリンドラードに、咄嗟に捕まえようと手を伸ばしたが闇に溶け込むようにリンドラードの姿はなかった。
暁は舌打ちを零し、リンドラードの気配を探るように周囲を見渡す。だが向こうの方が一枚上手なのか気配察知に全くかからない。
「うぅぅん、おっちゃぁぁぁぁ・・・・おきゃわりぃぃ」
が、そんな空気を読まないかのように涎を啜る寝言に、暁は肩を揺らした。
そっと窓からベッドで眠るシノアリスへ視線を移す。
夢の中でも食べ物の夢を見ているのか幸せそうに口を動かすシノアリスに、纏っていた殺気が収まっていく。
暁は慈しむように、小さな頭を撫でた。
「おやすみ、美味しい夢を沢山見てくれ」
シノアリスに囁きかけ、暁は静かに部屋を後にした。
寝ている傍でそんな恐ろしいやり取りがされていたことなど微塵も知らないシノアリスは、夢の中で屋台のおっちゃんの串焼きを堪能する夢を朝が来るまで見続けたのだった。
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本日の鑑定結果報告
・不法侵入はダメ、ぜったい。
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