第36話 港町シェルリング(6)

「ホワイトオクトパスとレッドクラーケンを討伐したって本当ですか!?」

「はいこれ」

「あんぎゃぁあああ!?」


討伐報告に水運ギルドにやって来たシノアリスと暁、そして戦う常夏。

信じられないというリースの目の前に収納袋からレッドクラーケンの目玉の部分を見せれば盛大な悲鳴が上がった。ホワイトオクトパスも見せようとしたが出すのを止められた。


生け捕りしていることをすっかり忘れていたシノアリス。

生憎レッドクラーケンで電光石使い切ってしまったので、ホワイトオクトパスはこのまま束縛の壺に封印したままとなった。

それだとホワイトオクトパスの討伐の証明が出来なくなるのだが、目撃者が多々いたので2匹の魔物討伐を認定してもらえた。


「でもすみません、いまこのギルドには報酬を支払えるお金が」

「私は食べられる身の部分がもらえればいいです」

「俺もだ、身を貰えればいい」

「・・・ボクたちは少しお手伝いした程度なので」


報酬は要らないというコリス達にシノアリスは、これならどうかと提案する。


「水運ギルドでは解体もしていますか?」

「え、あ、はい。していますよ。いま職員は僕だけですが解体技術は取得しています」

「なら身は私たちが貰って、素材をギルドとコリスさん達に渡します。どうです?」

「い、いいんですか?」

「リースさんの方はこれで解体料と船代をチャラにしてくださいね」


レッドクラーケンの素材になる部分は残念ながら牙と眼球くらいしかない。

調合でもあまり使用することがないのでシノアリスには不要であった。

素材があればナストリアでも換金はしてもらえるのでコリス達にも取り分はある。まさにwin-winだ。

シノアリスの提案は、水運ギルドからすれば資金援助に近く正直もらいすぎているのが正しい。

牙も眼球も資金が底ついている水運ギルドからすれば、まさに救いの投資だ。


「では、早速解体の準備をしてきますね。大体三日あれば終わると思いますので」

「え?」

「え?」


早速準備に取り掛かろうとリースは腕まくりをしながら解体が終わるだろう日数を告げた。

だが即座にシノアリスから無機質な返答に思わずリースも復唱してしまう。

なにか問題でもあっただろうか。


「三日?」

「は、はい。あの大きさのレッドクラーケンを解体するとなれば最低でも三日は」


下手をすれば三日以上かかります、と言いかけたところでシノアリスはその場に崩れ落ちた。

突然目の前の少女がグシャリ、と激しい音を立てて崩れ落ちれば暁やコリス達も驚愕する。


「シノアリス!?」

「アリスちゃん!?大丈夫!?」

「・・・り」

「ん?なんだい?なにが言いたいんだい?」


崩れ落ちたシノアリスを暁が抱き抱え、ボソリと零れた声をアマンダが拾い耳を近づける。


「三日も待つなんて無理ぃぃぃぃい」


おぎゃあと絶望にくれた産声と萎れたアホ毛にアマンダの顔から表情が抜け落ちた。

心配して損したと言わんばかりに深いため息をつき、未だ絶望に暮れるシノアリスの頭に軽く拳骨を落とした。


「無茶を言うんじゃないよ、あれだけの巨大な魔物を一瞬で解体するなんて出来るわけがないだろう」

「・・・」

「魔物を一閃すれば即座に解体できるような魔法でもあれば話は別だろうけどね」

「!!」


アマンダの言葉に、突然シノアリスのアホ毛が反応する。

直ぐに暁の腕から起き上がり、自身のホルダーバッグを床に置き手を突っ込んだ。シノアリスの奇行に全員の視線が集中する。


「えーっと、たしか・・・この辺に・・・・あ!見つけた!」


シノアリスが身を引けばズルズル、とホルダーバッグから130cmはあるバカデカい包丁が現れる。


「デカっ!?」

「なんだそれ!!?」

「これはアリスちゃんお手製・・・・・“バカデカい包丁”です!」

「いま考えたよね?その名前いま考えたよね?!」


コリスの渾身な突っ込みを華麗にスルーしたまま、シノアリスはリースに“バカデカい包丁”を無理矢理押し付けた。


「この包丁には【解体】【清潔】【血抜き】【鮮度】【切れ味抜群】のスキルが付与されています」

「ぱっ!?」

「これあげます」

「ぽ!?」


与えられた情報ととんでもない贈呈品に、リースはもはや言葉を発することができなくなっていた。

だがそんなことシノアリスからすれば知ったことではない。シノアリスの目的はただ一つ。

レッドクラーケンを食べること。


「これで解体すれば一瞬です、さぁ!リースさん!いますぐ解体しましょう!!」

「あ、ありがとうございます!この御恩は絶対に忘れません!」

「はい、なのでとっとと解体場に行ってください」

「あ、はい。すみません」


シノアリスの顔には早く食したいとデカデカ書いてあった。

何処までも食に走るシノアリスに暁もコリス達も耐え切れず笑みを零したのだった。




ホワイトオクトパスとレッドクラーケンの討伐に街は大賑わいとなり、祭りと化した。

リースに巨大なクラーケンを素材と身に解体してもらうときに、その大きさから解体場の倉庫を全開した状態で解体作業を行ったため多くの人に知れ渡った。

もちろん商業ギルドがクラーケンを買い取りたいと申し出てきたが、すでに譲渡先は決まっているのでお断り。

すると話を聞いた商人がこぞって水運ギルドへ押しかけていくのを見ながら、シノアリスはリースから身を受け取り早速街の料理屋に調理をお願いしに突撃しに行った。


そして、表通りの市場では多くの露店や店の灯が灯され香ばしい香りで満ち溢れていた。

ジュー、ジューと香ばしい香りを放ちながら、店主は身をひっくり返す。

ふっくらとした身に焼き色が付き、さらにタレを塗ればタレの焦げる匂いが腹を刺激する。シノアリスは今かと今かとアホ毛をブンブン激しく揺らしながら、マテを言われた犬のように待ち続けた。


「へい!お待ち!レッドクラーケンのタレ焼きだよ!」

「こっちもお待たせ!クラーケンのお刺身よ!」

「おっとコイツも忘れちゃ困るぜ!クラーケンのリング揚げだ!」

「おぎゃぁぁぁぁぁ~」


次々とテーブルに並んだイカ料理の数々にシノアリスは目を輝かせ、なにかが産まれたような奇声をあげ恍惚した表情で料理を見つめる。

シノアリスは高鳴る心臓と共にフォークを手に取った。


「いただきます!」


タレ焼きは甘さと焦げた苦みが肉厚な身と相性が抜群、噛めば噛むほどイカの旨味が滲み出てくる。

お刺身は、まるで透明のように透き通っていてうっすらとクラーケン越しに人影が見える、口に含めばコリコリとした歯ごたえが秀逸で、深い甘みが口いっぱいに広がる。

クラーケンの身がこんなに甘く感じるなど誰が想像できただろう。

リング揚げは、衣はサクサク、中の身はふわふわ。食べ続けても飽きない美味しさのループにシノアリスは頬を膨らませて食を楽しんだ。


「美味い!クラーケンってこんなに美味いのか?!」

「酒と相性抜群だ!おーい!おかわり!!」


街の住民もクラーケンの美味さに驚きつつも笑顔で堪能している。


クラーケンの身は約800kgの重さがあり、折角ならみんなで食べようと考えた。

身を持ち出したシノアリスは海鮮料理を扱うお店すべてに声をかけ、レッドクラーケンの身で作った料理をみんなに振舞ってほしいとお願いをした。


シノアリスの願いに料理人たちは笑顔で承諾し、その腕を存分に振る舞ってくれた。

最初はクラーケン料理に住民は恐る恐るだが、その美味しさに夢中になり気付けば歌えや踊れや大騒ぎ。


戦う常夏も最初はクラーケン料理を堪能していたが、子供たちからホワイトオクトパスやレッドクラーケンをどうやって討伐したんだ!と輝く目で囲まれ話をせがまれた。

ノスは英雄風に語り、時々アマンダやコリスが突っ込み。ベルツはスケッチブックで紙芝居風に語りながら、とても楽しそうだ。


ちなみにシノアリスも勿論話しかけられたが、頬をいっぱい膨らませていたので苦笑いでコリス達の方へ移動していった。

ふと隣にいたはずの暁の姿がなく、シノアリスはキョロキョロと周囲を見渡す。

さっきまで一緒に食べていたのにと席を立とうとしたが、押し止めるように肩に添えられた手に顔を上げれば探し人の暁が居た。


「暁さん!」

「すまない、少し料理を教わっていた」

「?」


コトリ、とシノアリスの目の前に皿が置かれる。

ふんわりと香る優しい出汁の匂い。そして汁の煮汁がしみ込んだクラーケンの身と野菜。それは日本の記憶にあった“煮物”とそっくりな料理が出てきたことにシノアリスは驚いた。


「俺の故郷では“にもの”が郷土料理だ。クラーケンの身と合うのか試行錯誤していたんだ」


匂いからして分かる。

これは絶対に美味しい。


「食べてみてくれ」

「いただきまふ!!んっ!?ふぐぅぅぅぅ!」


早速一口食べれば、クラーケンの身がふっくらと柔らかく歯で簡単にかみ切れる。さらに煮汁が染みているのか焼いた身とは違う旨味が染み出てくる。

野菜も煮汁とクラーケンの旨味を沢山吸ってサクサクのホロホロで美味しい。アホ毛が美味しさの虜に悶えている。

まさか暁がこんなにも料理の腕があったとは知らなかったシノアリスは尊敬の眼差しを注ぐ。嬉しそうに煮物の器を放さず食べる姿に暁も嬉しそうに綻んだ。


「あ、あのさ!」

「「?」」


柔らかな空気に包まれる中、見知った声に振り返れば先ほどまで子供に囲まれていたノスが暁の後ろに立っていた。暁はノスが傍に来たことに若干驚くが、何かと問う前にノスは勢いよく頭を下げた。


「化け物とか言ってすまなかった!」

「えっ・・」

「アンタがシノアリスちゃんを、相棒を守ろうとする姿を見て噂が本当じゃないんだって気付いた」

「・・・」

「鬼人の中にもアンタみたいに優しい鬼人もいるって理解できた。だからごめん」

「良いんだ、こうやって理解してくれる人がいる。それだけで十分だ」


暁の言葉にノスは「かっこいいな、アンタ」と憧れるようにつぶやき、ありがとう邪魔したなと礼を言いアマンダ達の元へ戻っていく。

出迎えられたノスはアマンダやコリスに小突かれながらもその顔はとても晴れ晴れとしていた。


「良かったですね」

「あぁ」

「暁さんはとても強くて優しくてお料理もできちゃう凄い人です!」

「あ、りがとう」

「だから私もお礼を言わせてください」

「お礼?」


何故シノアリスがお礼を言うのか。

暁には分からなかった。

だけどシノアリスは心から感謝を、嬉しさを笑顔にのせて言葉を紡いだ。


「私の相棒パートナーになってくれてありがとう」


暁はシノアリスの言葉に数度瞬きを繰り返す。

だが、言葉をかみしめるように目尻を緩ませ優しい顔でシノアリスを見つめた。



「俺の方こそ、ありがとう。俺を相棒パートナーに選んでくれて」


****


本日の鑑定結果報告


・バカデカい包丁

巨大な牛刀包丁だと思ってください。

シノアリス特製により【解体】【清潔】【血抜き】【鮮度】【切れ味抜群】のスキルが付与されてます。

素材や食用となる魔物を一閃すれば即座に解体されます。

以前おっちゃんに贈ろうとして断られ御蔵行となった一品。この度シェルリングの水運ギルドに贈呈された。


・鬼人の郷土料理“にもの”

クラッシュした(物理的に)野菜と醬油みたいなものと甘味料(サトウキビなど)をぶち込んで煮込んだ料理。

大抵の物は鍋にすれば美味い。

暁がイカの煮物を作れたのは教えた先生が凄かった、以上。

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