第35話 港町シェルリング(5)

シノアリスと暁はまずホワイトオクトパスを片付けるために、水運ギルドに訪れ小型の船を二隻依頼した。

リースは頭上に?を浮かべながらも小型なら幾らでも用意できるとすぐに手配をしてくれるという。

今だ心配そうに此方を見てくるのでシノアリスは安心させるようにVサインを見せるのに、苦笑するのはなぜか。

解せぬ。



「あ!いた!アリスちゃん!」

「ん?あれ、コリスさん達。昇級試験は終わったんですか?」


暁が小型の船を運ぶのを後ろから追っていたシノアリスは、聞きなれた声に振り返る。

そこには昇級試験を受けにいった戦う常夏の彼らが近寄ってきた。だがどうもアマンダの機嫌がとても悪くベルツの表情も浮かない。


「昇級試験、なにかあったんですか?」

「あったもなにも!門前払いさ!」


なんでも昇級試験を受けに来たアマンダ達に今海での騒ぎによって試験は中止だと。それだけならまだ納得できたがその後の。


「お前らのような田舎者を相手にしてる時間なんかない」

「どうせ戦力にもなりもしないのだから薬草でも採取しておけ」


と見下したように言ってきたのだという。

ギルドマスターに話をさせろと要求したが、ギルド内にいた男達により入口を締められたそうだ。


これは完全に黒だなぁとシノアリスは内心つぶやく。

だが下手に発言をして巻き込まれるのは、ご遠慮したい。



「じゃあナストリアに戻るんですか?」

「あぁ、この状況をナストリアに報告しないといけないからね」

「むしろなんでまだ報告してないんだって思うんだけどね」


そりゃあ悪だくみを考えている人間がいるからですよ、とシノアリスは出そうになった言葉を塞ぐ。

前世の記憶には壁に耳あり、と有名な言葉がある。

誰が聞き耳を立てているか分からない。

ただでさえシノアリスと暁はホワイトオクトパスとレッドクラーケンを討伐することが知られたのか、暁曰くどうやら先ほどから見張られているらしい。


『気になっていたのだが、シノアリス嬢はなにをするつもりなんだ?』

「ホワイトオクトパスとレッドクラーケンの討伐です」

「「「・・・・」」」

『正気か?』

「至って正気です、そして早く食べたいです」

「「「食べるの!?」」」


今まで誰も食用にできなかったので、食べれることを知るのはヘルプとシノアリスのみ。

なので彼らの反応は当然と言えば当然だった。


「シノアリス、準備出来たぞ」

「はーい。あ!そうだ!ベルツさん、お願いがあるんですけど」

『なんだ?俺にできることがあるなら手伝おう』


まだ内容も告げていないのに、友好的に申し出てくれるベルツにシノアリスの好感度は上る。


「私と暁さんが船でホワイトオクトパスに近づくので、少し後方で船で待機していただけませんか?」

『そんなことでいいのか?』

「本当は私と暁さんで一隻ずつ乗る予定だったのですが」


スッと暁へ視線を向ければ、頑なにダメだと言わんばかりに首を横に振っている。


「一体どうやってアレを討伐するんだい?」

「簡単ですよ、海だからてこずるのであれば海から引きずりだせばいいんです」


シノアリスは先ほどの不気味な壺とそして転移の灯の二つを取り出した。

コリス達は不気味な壺に思わず身を引くが、さらに次に取り出された転移の灯にもっとドン引いた。


「え!?ちょ、それ!転移の灯!?」

「めちゃくちゃお宝の魔道具じゃないか!」

「使えるものは何でも使いましょう!命大事に!」

「「「えぇぇぇ!?」」」




****

二つの小舟が海を進む。

一隻にはシノアリスと暁が。すこし離れた先にはベルツとノスがシノアリス達をゆっくりと追う。そろそろホワイトオクトパスを見かけた辺りだと、シノアリスは餌用の魔物を浮かべる。

暫しジッとしていたが暁の気配察知により物凄い素早さで近づいてくる何かに気付いた。


「来るぞ!」


叫ぶと同時にシノアリス達の乗った船と餌が水面から飛び出てきた大きな触手で持ち上がる。

暁は船を掴み、落ちそうになるシノアリスの腰を掴み抱えることで落下を防ぐ。

持ち上げた正体はお待ちかねのホワイトオクトパスだった。


「待ってましたー!」


シノアリスは笑顔でホルダーバッグから不気味な壺を取り出し、栓をしている紐を外す。

中はまるで底なしの穴のように広がる闇があり、シノアリスは船を掴んでいる触手に壺の口をつけた。

その瞬間、壺が物凄い吸引力でホワイトオクトパスの腕を飲み込んでいく。


「!!?」


ホワイトオクトパスは信じられない速度で自身が吸い込まれていることに慌てて身を引こうとする。

がそれ拒むかのように、さらに壺の吸引力は増しホワイトオクトパスはあっという間に壺の中に吸い込まれた。


それは僅か五秒の出来事だった。

ホワイトオクトパスの拘束がなくなった船が重力により落ちていく。

このままでは船は水面に叩きつけられ木っ端みじんになる、だが。


「“風よ!舞い踊れトルネード”!!」


微かに聞こえたベルツの声と同時に風が船の下から吹き抜け、落下の勢いが減り船が水面の上に落ちるも壊れることも激しい衝撃もなく無事着地する。

シノアリスはナイスアシスト!と言わんばかりにベルツにVサインを示した。


「シノアリス!次が来るぞ!」

「了解です!」


暁の警告に、シノアリスは直ぐに船に転移の灯をくくり付ける。

先ほどよりも素早く、まるで怒りに満ちたかのように赤い触手が小舟を掴み高く持ち上がった。

海面から出てきたのはお次のターゲットであるレッドクラーケン。

暁はシノアリスが転移の灯をくくり付けたのを確認すれば抱き抱えるように持ち直し、足に集中強化させ船から脱出する。

逃がすまいと迫り捕まえようとする触手を、暁は強化した足で蹴り上げながら弾いていく。

だが大きさの違いからレッドクラーケンへ特にダメージはなく、逃がすまいと更に触手の数を増やし暁たちへと伸ばすも。


「させるかよ!」


離れた小舟の先で待機していたノスが触手に向かって矢を放つ。

本職の狩人の腕なのか複数に放った弓矢は、全て触手に命中し暁を掴み損ねる。ノスの援護により十分レッドクラーケンから離れたのを確認したシノアリスは、ベルツに向かって声を張り上げた。



「ベルツさん!火を灯してください!」

「“炎よ、燃えろ!フレイム”!」


シノアリスの呼びかけにベルツは直ぐに転移の灯に向けて火を灯す。

転移の灯に火が灯された瞬間、レッドクラーケンの姿はまるで霧のようにその場から消えた。

暁とシノアリスは重力に従いそのまま海に落ちていく。

高い位置から落ちた所為で深く潜ってしまうが、暁は素早く水をかき分け水面へとあがると同時にベルツの手が暁とシノアリスを肩や衣服を掴んだ。


「早く灯を!」

「分かってる!」


シノアリスの声にノスがベルツを掴んだまま、もう一つの転移の灯を灯す。転移の灯が灯された瞬間シノアリス達は海から浅瀬の洞窟の崖の上に転移していた。

転移した先では、そこに待機していた歓喜に満ちたアマンダとコリスが笑顔でシノアリス達に駆け寄ってくる。


「アリスちゃん!」

「アリス!作戦成功だよ!」


その言葉にシノアリスは慌てて崖の下をみる、そこに広がる光景に思わず拳を突き上げ吠えた。


「やったー!アリスちゃん達の大勝利ー!!」





作戦は簡単だ。

まずホワイトオクトパスを不気味な壺・・・いや正しい名前は束縛の壺という。束縛の壺で生け捕りにする。


束縛の壺は、呪いの魔道具だ。

とある妖精が恋をし、ずっと自分の傍にいて貰いたいことで作り上げた呪いのアイテム。

閉じ込めたい相手に壺口を当てれば即吸収される、だが高ランクや高レベルであれば10分前後で壺を破壊し脱出できるが、低ランクの場合は時が止まったまま閉じ込められる。


その壺でホワイトオクトパスを生け捕りにし、騒ぎで出てきたレッドクラーケンを転移の灯で浅瀬の洞窟へ転移させる。

浅瀬の洞窟には予め暁の怪力で崖を削り海に逃げられないよう周囲を崩れた岩で閉鎖させてもらう。

そして転移の灯でご案内されたレッドクラーケンに、アマンダとコリスが崖の上から電光石をたっぷりと叩きつけてもらう。

海水、いや塩水は電気をよく走らせる。

海から直接移動してきたレッドクラーケンは海水でたっぷり濡れているので、電光石により感電死したレッドクラーケンがそこにいた。



「まっさかこんな戦い方があるなんてな」

「いや誰もできないから、こんな戦い方」


感心するコリスにノスは思わず突っ込む。

海での戦いだからこそ、ホワイトオクトパスとレッドクラーケン同時に相手にするのが苦戦とする。

なら物理的に海から離れさせて戦えばいいじゃないかがシノアリスの作戦だ。


本来の予定ではシノアリスが囮となり、ホワイトオクトパスを生け捕りにしレッドクラーケンを浅瀬に転移させ、暁がレッドクラーケンが転移したら後を追い崖の上から電光石で仕留めてもらう手筈だった。

が、たとえシノアリスを信頼しているとはいえ一人で囮にさせるわけにはいかないと暁が頷かなかったのだ。


だが戦う常夏が手伝ってくれたからこそ、この作戦は無事成功したと言えるとシノアリスは言う。


「暁さんが動きを探知してくれて、ベルツさんが魔法を使って、ノスさんが援護して、待ち伏せ先でコリスさんとアマンダさんが瞬時に仕留めてくれたから討伐できたんです」

「そう、かい?そう言ってもらえると嬉しいよ」

「当然です!皆さんの協力があっての勝利ですよ!ありがとうございます!」


その言葉にコリスは泣きそうになった。

正直、転移の灯や電光石など用意できなければ誰にでもできる手段ではない。

作戦の説明をしたとき、コリス達は顎が外れるのではないかと言わんばかりに驚いていたが確かにこの方法であれば簡単に討伐できる。自分たちはオマケのような物だ。


駆け出し故に全く戦闘力にならないと言われた、門前払いされるような下っ端な自分たち。

なのに、シノアリスはコリス達がいたからこそ成功したととても喜んでいる。お世辞ではなく本心で言ってるからこそ、こそばゆい気持ちだった。

そっと背に添えられた手の温もりにコリスは視線を向ければアマンダも目尻に少しだけ涙を浮かべ笑っていた。






「それよりアリス、なんでそんな危ない壺を持ってたんだい?」

「あ!これは以前お偉い方に誘拐されまして」

「「「「誘拐された!?」」」」

「そのまま地下牢に閉じ込められたんですけど、脱出時に隠し金庫に見つけちゃいまして」

「「「「地下牢に閉じ込められた!?」」」」

「そのとき珍しいお宝があったので、迷惑料としていただきました!」


「シノアリス、少し話をしようか」

「え、イヤです。いまから海鮮を食すんです」


ホワイトオクトパスとレッドクラーケン以上の爆弾発言にコリス達は声をそろえて慄く。

なにが怖いって、誘拐された経験があるのに笑顔で語るとか。

しかも脱出時に呪われた魔道具を迷惑料でもらうとか。

がっしりとシノアリスの肩を掴み、黒いオーラを漂わす暁とか。

その覇気すら気にせず食欲に突っ走るシノアリスとか、とにかく色々すぎて怖い。






わいわい騒ぐその光景を遠くから監視していたリンドラードは冷や汗をかきながら見ていた。


「嘘だろ、アイツら・・・本当に討伐しやがった」





****


本日の鑑定結果報告


・束縛の壺

5寸サイズの壺。

とある妖精が恋をし、ずっと自分の傍にいて貰いたいことで作り上げた呪いのアイテム。

閉じ込めたい相手に壺口を当てれば即吸収される。

高ランクや高レベルであれば10分前後で壺を破壊し脱出できるが、低ランクの場合は時が止まったまま閉じ込められる。

禍々しいオーラが出ているので誰も不気味がる品。

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