第32話 港町シェルリング(2)

「うわぁぁ!これが港町シェルリング!」


ロロブスの川を下り、流れ着いたその先は港町シェルリング。

真っ白なレンガで作られた建物が並び、赤土色のレンガ道が続いている。停泊している船がいくつも並び、表通りには多くの露店が開かれている。

人の賑わいや露店の数も明らかにナストリア以上だ。


ナストリアやロロブスでは感じられなかった潮の香にシノアリスは新鮮さを感じた。

暁も山に引きこもっていたので、壮大な水平線に思わず感嘆の声を漏らす。


「凄いな」

「ですよね!うぅー!早くお魚食べたいです!」


記憶の中で見たあの魚を食せる。

嬉しくて興奮が収まらずシノアリスのアホ毛は激しく上下に揺れていた。その様子を見ていたコリス達の顔色は若干悪い。

何故ならあの後、シェルリングに辿り着くまでに出た魔物を暁がすべて倒してしまったからだ。

鬼人の強さを改めて知る。

彼が敵でなくて本当に良かったと涙を流した。


「アリスはこれから飯に行くのかい?」

「いえ、まず商業ギルドでアカツキさんのギルド登録をするんです」

「「「冒険者ギルドじゃなくて!?」」」


コリス達の驚きはもっともだ。

商業ギルドは商売をメインに、魔物の討伐などは冒険者がメインで行う。

シノアリスが錬金術士なので商業ギルド会員なのは納得できるが、鬼人の強さを誇る暁が冒険者ギルド会員にならないのは宝の持ち腐れのようなものだ。


「アカツキさんの強さなら直ぐに銀ランクになれるはずだよ」

「それに冒険者ギルドの方が報酬は破格だ、解体だって無償でやってくれる」


必死に考え直せとシノアリスに言うコリスとアマンダ。

別にシノアリスは暁の身分証明になるものであれば商業でも冒険者でもどちらでも構わなかった。


「私はアカツキさんの登録したい方で別に構いませんよ」

「俺は商業ギルドで構わない」

「じゃあそれで」

「「・・・・」」


物凄くもったいないが、シノアリスが本人の意思に任せているのであり、暁自身が商業ギルドで登録すると言うのであればこれ以上赤の他人である自分たちには口出しできない。


『商業と冒険、どちらも登録すればいいのでは?』

「「それだ!」」

「それだと入会金が高くなる、ただでさえシノアリスに入国税を払ってもらっているからな。すまない」


暁の言葉にコリス達は入国時にシノアリスが暁の入国税を払っていたのを思い出す。

2人がどんな経緯でパートナーになったのか知らない彼らは暁が無一文であることに驚いていた。


本来ならゴブリンキングやシャーマンゴブリンを討伐すれば報奨金が出る。

だが、ロロブスにはギルド支部がないのでナストリアに申請に行かないといけない。シノアリス達はナストリアに戻らず、ロロブス付近で採取を続けていたので暁は無一文のままであった。

それを知らない彼らは、2人の関係が全く分からず首を傾げるのだった。



昇級試験を受けに行ったコリス達と別れ、シノアリスは暁と一緒に商業ギルドを目指して歩いていた。

行き交う人達は暁を見ては避けるように道を譲るのでシノアリスと暁の周囲だけ空間が開いている。だがまったく気にしていないシノアリスは進みやすいとばかりに進んでいく。

そしてロロブスやナストリアでの違いは、時折獣人族や蜥蜴人リザードマンが堂々と歩いている姿を見かけること。


「こんなに違うのかぁ」


もしこのままナストリアに戻った時、暁の待遇はどのようなものになるのだろう。

正直シノアリスはナストリアで獣人や他の種族をみたことがない。そろそろ移動しようかと迷っていたのでこの納品を済ませれば拠点を移動させようかとシノアリスはぼんやり考える。


「すまない」

「え?」

「俺が鬼人だから、シノアリスには迷惑をかける。必要なら人間に偽装しよう」


先ほどのシノアリスのつぶやきを聞き取ったのだろう、暁の言葉にシノアリスは驚いたように足を止め彼を見上げた。

鬼人は、体格は人と変わらないが角や目だけはどうしても隠せない。


「私は、アカツキさんのままがいいです」

「しかし」

「鬼人のアカツキさんがいいです。でもアカツキさんが望むなら変身薬あげます」


シノアリスを想ってではなく自分の意思で決めてほしい。

そう真っすぐ伝えホルダーバッグから取り出した変身薬を突き出すシノアリスに暁は言葉を詰まらせる。

どれほどそうしていたのか暁は変身薬をそっとシノアリスのホルダーバッグに戻すように押し返す。そして小さな声で「すまない、ありがとう」とつぶやいた。


シノアリスは変身薬を片付ければ、その手を伸ばし暁の手を握る。


「行きましょう、アカツキさん」

「・・・・あぁ」


自分の手より一回り小さな手に引かれ、暁はふと初めて奴隷商から連れ出されたときのことを思い出す。

あの時もシノアリスは鬼人だと恐れず手を引いてくれた。

少しだけ、ほんの少しだけその小さな手を潰さないよう暁はシノアリスの手を握り返した事をシノアリスは気付かず進んでいった。



***


ようやくたどり着いた商業ギルドにて無事暁のギルドカードが発行された。

勿論簡単に登録が終わるはずがなかった。

まず商業ギルドでギルド登録をしたいとお願いすれば「冒険者ギルドは向こうですよ」と言われた。

アマンダ達と同じような説明を繰り返しながら、受付の担当“クレマン”はようやく納得してくれたのか申し訳なさそうに頭を下げながらギルドカードを発行してくれた。

確かに鬼人は体格が良く怪力なので商業ギルドでの登録をする確率はまず低いだろう。


出来上がったギルドカードを暁はまじまじと見つめる。


「ちなみに当ギルドの案内は良いですか?」

「・・・頼む」


一瞬チラリ、とシノアリスに視線を向ける。

視線が合ったシノアリスは、私に説明を期待しないでくれと言わんばかりの満面の笑顔を見せ、その笑顔で察した暁は素直にクレマンに説明を求めた。


商業ギルド。

主に商人や商売をする者が入会するが基本誰でも登録はでき、露店場所の提供、素材の買い取り割増、施設利用時に割引など適応される。

冒険者にもランクが存在するように商業ギルドにもランクが存在する。だがそれは強さなどではなく商売の規模の大きさでランクが異なっていた。


・ホワイトランク

行商人や露店などで販売を主とする。

・ブルーランク

施設を借り経営を主に行う。

・ブラックランク

住宅を建て、個人経営を行う。

・シルバーランク

中規模の商会、支店を3つ以上持っていることが必須。

・ゴールドランク

大規模の商会、10店以上の支店を持っていることが必須。


ランクによって商業ギルドに年会費や税金を納める額が異なるが、商業ギルドに入る魔道具の納品や素材採取の貢献により報酬金の一割が年会費と税金の代わりとなる。

この税金により他国の入国税が免除になっている。

だがそれは人族の領土内であり他種族のギルドに関しては入国税が必要となる場合もあるので注意をしなくてはいけない。

また依頼を失敗の場合は違約金が発生する。


ちなみにシノアリスはホワイトランク。

シノアリスの場合、税金や年会費に関しては魔道具を高頻度で納めているので、1割の軽減のみで支払っている。


「また商業ギルドは商人の情報を厳重に管理します、本人の希望によっては非公開にもできます」

「ほぉ?商人なのに?」

「商人だからこそです、放浪の錬金術士様のように有能な人材を無理矢理捕獲したり、奴隷にしたりさせないための処置でもあります」

「なるほどな」

「勿論店の規模を大きくされたい方は大々的に名前を公開しますけどね」


冒険者も魔物討伐に貴重だが、生活品や食べ物などを流通させるのは商人だ。その商人の力を懐で囲み独占する貴族も多い。

何処かの国では税金や食べ物も高く日々平民が飢え死にしているところもあるそうだ。


「また違法な取引などをされた場合は、強制脱退となり二度と商業ギルドでの登録はできません」

「わかった」

「また、カード紛失時には再発行は無料でも発行に時間がかかりますのでご注意を」


悪質に使用されないための処置に時間がかかるので決して無くさないでくださいと念を押すクレマン。

ようやく説明が終わったのか「ようこそ、商業ギルドへ。これから暁さまのご活躍を楽しみにしております!」と挨拶で締めくくり、カードを受け取った暁は窓口を後にした。


シノアリスは発行された暁のギルドカードを見る。


「アカツキさんの暁はこう書くんですね」

「あぁ、俺達の故郷は異人が住んでいた土地でね」


この字も異人たちの字を受け継いだ、という。

その言葉に異人は日本人だったのかとシノアリスは確信する、だから暁は桜を知っていたのかと納得できた。

シノアリスは前世の記憶のことは暁には話していない。だが久しぶりに見た漢字の存在にシノアリスの魚を食べたい要求がさらに増した。


「カードも発行できましたし、ご飯にしましょう!」

「あぁ、そうだな」


浮足で商業ギルドを出ようとした途端、暁はシノアリスを背後から抱え上げた。

突然足元が浮き視線が急上昇すれば勿論シノアリスは驚くに決まっている。

おぎゃあぁぁぁ、と何かが生まれたような叫びが商業ギルド内に木霊すると同時に入口から後ろ向きにダイナミック入店をした男が床に叩きつけられた。


もしあのままシノアリスが扉をくぐっていれば、ダイナミック入店の巻き添えになっていただろう。

だが、せめて声を掛けてほしかった。

いまだ暁に抱き上げられたままのシノアリスはバクバクと激しく音を立てる心臓の部分に手を当てながらダイナミック入店をした人物へ目を向けた。


「なにしやがる!全くこれだから亜人は野蛮なんだ!」

「野蛮、だぁ?」


ギィ、と音を立てて扉を開き入店してきたのは赤い鱗の蜥蜴人リザードマンだった。

チロリと除く割れた舌先とワニのように長い口がゆっくり開き、鋭い歯がチラついている。



「ふざけるな、元を返せばそっちが依頼達成にケチつけてきたからだろ」



****


本日の鑑定結果報告


・商業ギルド。

主に商人や商売をする者が入会するが基本誰でも登録はでき、露店場所の提供、素材の買い取り割増、施設利用時に割引など適応される。

冒険者にもランクが存在するように商業ギルドにもランクが存在する。だがそれは強さなどではなく商売の規模の大きさでランクが異なっていた。


・ホワイトランク

行商人や露店などで販売を主とする。

・ブルーランク

施設を借り経営を主に行う。

・ブラックランク

住宅を建て、個人経営を行う。

・シルバーランク

中規模の商会、支店を3つ以上持っていることが必須。

・ゴールドランク

大規模の商会、10店以上の支店を持っていることが必須。

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