第31話 港町シェルリング(1)

「アカツキさん、お魚食べたくないですか」

「ん?」

「食べたいですよね、パリッとした薄皮にふわふわの白身や脂ののった身とか煮込んだことでトロリとした口当たりの良さの煮汁とか」

「・・・・」

「上品な口当たりなのに仄かな甘みに深いコク。炙ると甘く上品な脂が口の中で優しく広がり柔らかな食感とほんのりした芳ばしさのある身や透き通っているのに触感が強く甘い刺身とか」

「食べたいのか?」

「食べたいです」

「・・・」

「・・・・」

「うん、行こうか」

「ですよね!では行きましょう!港町シェルリングへ!」




ロロブス付近にある草原にて素材を採取していたシノアリスは小さな小川を見て、何を思ったのだろう。

無性に魚が食べたくなったのだ。

後ろで素材採取を手伝う暁に声をかけ、よだれを若干垂らしながら怒涛の如く魚の美味しさを語っていけば暁は微笑まし気な顔でシノアリスに同意し、港町シェルリングへ移動することとなった。


港町シェルリングは、ロロブスの奥地にある川を下った先にある。

唯一最短距離で船着き場に行ける事から、船で外交する商人や新天地を目指して旅立つ冒険者などが来日訪れる。

ナストリア国は山や森に囲まれているので海鮮類があまり豊富ではない。

お肉はたくさん食べられるが、淡白な魚も食したい。

実はシノアリスは魚を食したことがない、前世の記憶の日本で魚の美味しさを記憶だけしか知らない。


日本という国は食へのこだわりが凄まじい。

それゆえに、その美味しさの記憶に疑う余地がなくシノアリスはいつか魚を舌で味わいたいと思っていた。


以前マリブ達に次の町に行くならと話していた時、港町か獣人領に行きたいとシノアリスは言った。

そしていま、ロロブスにいるのも何かの縁。

そうと決まればとシノアリスと暁は、港町シェルリング行の下り場へと速足に歩き出した。



港町シェルリング。

隣国リェド王国と行き来する港町。外交や商品の運搬など多くの業者が出入りしているためロロブス以上の規模の大きな町。

またこの港町には冒険者ギルドや水運ギルド、商業ギルドなど多く支部が在中している。


そこで暁のギルド登録をしようと考えている。

それぞれ口や町などに入国する際には入国税が必要となる。金額が国や町によって違うが、唯一入国税が不要なのが奴隷だ。

奴隷に人権はなく、持ち物として扱われる。

だが暁はシノアリスが契約を弄った事により奴隷と証明する奴隷紋がない。


そしてなによりギルドカードがないと暁自身に報酬が入らない可能性がある。

暁は今後シノアリスに金貨700枚を返済しなくてはいけないので、ギルド登録は必須だ。まずシェルリングに入国したらギルドに行かなければと予定を組み立てて歩けば下り場に見知った姿を見つけた。


「アリスちゃん!」

「なんだい、あんた達もシェルリングへ行くのかい?」

「アマンダさん!コリスさん!こんにちわ」

「ぶわっふ!」

「シノアリス、いきなり塩を人様に投げてはいけない」


もはや知人以上である戦う常夏の姿にシノアリスも笑顔で手を振りながら、狩人のノスに向けて塩を放った。なぜこのような塩対応なのか。

それはゴブリンキングを討伐した際に、話を聞くために彼らがシノアリスの病室に訪れた際にノスが暁に向かって「あのときの化け物!亜人だったのか!」と暴言を吐いたからだ。


亜人は、人族以外の人に似た他種族を呼ぶ相称でもある。

人ではないのに、人と変わらない生活や行動をする彼らに対し全てその言葉で一括りされている。つまりは良い言葉ではない。


エイミーと婚約者ヨハンの件で心の内で蟠っていたが、ノスの言葉に怒りが爆発したため塩を叩きつけたのは当然の結果だった。

勿論アマンダやコリスは謝ってくれたし、彼らはちゃんと暁をシノアリスの相棒として見てくれている。

だがシノアリスはまだ聞いていないのだ。

ノスからの謝罪を。


「すみません、謝罪もせず相棒を侮辱した人だと思うと、塩が」

「ノス!あんたまだ謝罪してなかったのかい!?」

「いや、だって・・・」

「形だけの謝罪なら受け取りませんよー」

「シノアリス、俺は気にしてないから」


笑顔で塩を背中に投げるシノアリスに、暁は必至で止める。

渋々ホルダーバッグに塩を直せばアマンダが代わりに謝罪をしてくれる。土地を巡り大きな戦争を起こした事件により亜人を嫌悪し見下す人は多い。

ナストリアもそうかと言われればシノアリスには答えられない。

だけどその深い爪痕があるからこそ、狼の獣人であるマリブ達は人間に偽装している。


「ところでアカツキさん達は何でシェルリングへ?」

「魚を食べたくてな」

「あはは!確かにシェルリングは海の幸がいっぱいだからね」


楽し気に暁と会話をするコリスに、シノアリスは嬉しくなる。

いつか狼の鉤爪の彼等だって、本当の姿でこんなに風に雑談できる日を過ごせられたら、と。


「アマンダさん達はなんでシェルリングへ?」

「あぁ、私らは昇級試験を受けに行くんだよ」

「ナストリアでは受けられないんですか?」

「登録した土地での昇級試験だと土地勘に慣れているからね。大抵は別の支部で昇級試験を受ける仕組みになっているんだよ」

「へぇー」


冒険者ギルドは複雑なんだなぁ、とシノアリスは思った。

商業ギルドにも勿論ランクは存在する。

だがシノアリスは基本行商での販売や商業ギルドの依頼しかしていないので、ランクなど気にしたことがない。


ふとトントンと肩を突かれる感触に後ろを振り返れば、巨漢の男がシノアリスを見下ろしている。

まるでドワーフとライオンを組み合わせたような髪と髭、だが清潔にしているのか汚れは一切見当たらない。

戦う常夏は露出の多い装備を主に着用している中で、彼だけは厚めのローブを纏っていた。

見上げてくるシノアリスに男は指を何度も動かしては言葉を詰まらせつつ、そっとシノアリスに蜜飴を数個差し出した。

蜜飴とは蜂蜜で作られた飴玉で、子供たちに大人気のお菓子でもある。


「くれるんですか?」

「・・・」

「ありがとうございます!」


パクリと口に含めば、じんわりと蜂蜜の甘さが口に広がる。

蜂蜜の甘さに頬が緩んでしまい、シノアリスは飴を含んだまま暁にも握らせた。勿論暁は戸惑ったようにシノアリスと男を交互に見つつも微かに頬を緩ませ飴を口に含んだ。

ほんわかと周囲に花が飛ぶような空気の中、アマンダは仲間である魔術師“ベルツ”の背を叩いた。


「ちょっとベルツ、あんたその極度のあがり症なんとかならないのかい」

「あがり症?」

「ベルツはね、ものすっごい恥ずかしがり屋でね」


更にベルツ自身、声がとても小さい所為で聞き取りづらいらしい。

蜜飴を食べながらシノアリスは何か思いついたのか、ホルダーバッグの中を探り出し大き目のスケッチブックらしきものを取り出してベルツへ渡した。


「?」

「ベルツさん、好きな場所を開いて何でもいいので頭の中で言葉を思い浮かべてもらえますか?」


シノアリスの言葉にベルツは不思議そうに首を傾げつつも適当にページを開いた状態で言葉を思い浮かべる。

その瞬間、白紙だったページにじわりと文字が浮き上がった。


『こんにちわ』

「!?」


その文字にベルツは驚いた。

それは今まさにベルツが思い浮かんだ言葉だったからだ。


『言葉が浮かんでいる?』

「そうです。この魔法の本は相手に思考を文字に起こしてくれるんですよ」

「そんな凄い魔道具があるんだね!?」

「ちなみに、本の裏に署名すればその人が所有者になります。そうすると何処に置いていても呼んだら来ますよ」

「この魔道具、もしかして伝説級のレア度なんじゃ」


ベルツの持つスケッチブックを囲みながら物珍し気に見るコリス達。

本当はベルツ自身が声を出して喋れるのが良いのだが、あがり症の人を無理強いはさせたくない。

また本当に必要な時はベルツ自身が声に出すだろう。


「ベルツさん、これ良かったら使ってください」

「「「!?」」」

『だが、これは相当高価な物なのだろう?』

「いひひ、美味しい飴ちゃんのお礼です。それにずっと仕舞っておくより誰かに使ってもらうのが魔道具も嬉しいですよ」


魔術師であるベルツだからこそ、その道具に刻まれた術式が特別と分かるのだろう。

だがシノアリス自身、あまり筆談をしないので宝の持ち腐れのようなものだ。

その言葉にベルツはせめて代金だけでもと支払おうとするが、即座に暁の後ろに隠れ受け取ろうともしない。


『ありがとう、その代わり俺にできる事があれば手伝うよ。なんでも言ってくれ』

「はい、そのときはお願いしますね」


タイミングより下り場が出向する声がかかり、シノアリス達と戦う常夏一行は船に乗り込んだ。


初めての川下りにシノアリスは見る景色に大はしゃぎした。

川の水も綺麗な他、天気も良いため木々から漏れる太陽の光も素敵だった。その姿は年相応の子供らしさが表れていて、他の乗客も微笑まし気に見ている。

唯一彼女の傍に座っている鬼人にだけには視線を逸らして。


「アカツキさん!お水すっごく冷たいですよ!」

「シノアリス、落ちるから身を乗り出すのは危ないぞ」

「あ!あそこに魚が!川魚って焼いたら美味しいですかね!?」

「うん、とりあえず座ろうか」




「なんか完全に保護者と子供よね」

「亜人なのに、とか思えなくなるよな」

「・・・・」


2人のやり取りに毒気を抜かれるのか、アマンダ達は肩の力を抜きノスもなにかを思っているのか静かに見つめている。


「ギギギィイ!」

「!?」

「な!イエローモンキーがなんでここに!?」


突然の奇声に周囲がざわつくと同時に木々の合間から姿を見せたのは、イエローモンキーという魔物だった。

イエローモンキーは毛並みが黄色の猿の魔物のことだ。

彼らは群れで行動し、単独行動はしない。また水を嫌う傾向があり川場や海には滅多に出てこない魔物である。だが、素早さや鋭い爪での殺傷能力が高く捕まえづらいことからBランクの強さをもっている。


一般の乗客は魔物がでてきたことに悲鳴をあげ、コリス達も思わず立ち上がり戦闘態勢となる。

だが。


「シノアリス、イエローモンキーの素材になる部分はあるか?」

「イエローモンキーはどこも素材になりませんよー」

「わかった」


警戒する彼らを他所に、のんびりと会話をするシノアリスと暁。

何処も素材にならないと聞いた暁は、足を集中強化させ飛躍する。それはまるで羽が生えているかのように暁は身軽に飛び上がりイエローモンキーの前へ躍り出た。


「ギィ!?」

「すまないが、急いでいるからな」


川から木までは高さ50Mはあるのに、目の前に現れた暁にイエローモンキーは咄嗟に判断できず暁の突き出された拳の衝撃により体が木端微塵へと砕け散る。

あっという間の出来事に周囲は唖然とした。

そして再び船に戻る時も衝撃など一切なくスタン、と静かに降り立つ。船に乗っていた一般客もコリス達も呆然としていた。


だが、まるで何事もなかったかのようにお疲れ様ですと声をかけ労わるシノアリスと汚れた手を川で濡らした布巾で拭う暁の様子にノスはベルツの背中にしがみつき震える声で呟いた。



「・・・・やっぱり亜人、怖い」


****


本日の鑑定結果報告


・港町シェルリング

隣国リェド王国と行き来する港町。

外交や商品の運搬など多くの業者が出入りしているためロロブス以上の規模の大きな町。

冒険者ギルドや水運ギルド、商業ギルドなど多くの支部が在中している。

この町には亜人の冒険者が多く存在する。


・亜人

人族以外の人型に似た他種族を呼ぶ相称。

人ではないのに、人と変わらない生活や行動をする彼らに対し全てその言葉で一括りされている。つまりは良い言葉ではない。

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