第30話 ロロブスの収穫祭(5)
中央通りにて組み木に火が灯される。
ロロブスの収穫祭は女神様に作物や宴を捧げて感謝を示す日。最終日には聖なる火と共にこれからの繁栄を願うことで締めくくられると言われている。
だが、この最終日には別の意味もあった。
それは死者を悼む鎮魂歌として哀悼を捧げるのだ。
中には、この聖なる火の傍で愛を交わした二人は女神の祝福の元、幸せになれるといわれているが本当かどうかは怪しい。
聖なる火を囲みながら、楽し気に歌い踊る男女や子供達。
その光景を一人、少し離れた場所から眺めている女性がいた。
「ローラ!」
「ローラおねえちゃん!」
孤児院の子供たちと祭りを見に来たのか、火の前で踊る子供たちがローラと名を呼び女性に向かって笑顔で手を振る。
それにローラも柔らかな笑みを浮かべ、子供たちに手を振りながら揺らめく炎を見つめていた。
ロロブスの収穫祭、最終日は亡くなった家族や恋人へ哀悼を捧げるとされている。
いままでローラはこの最終日に参加をしていなかった。
だが今回は、同行するはずのシスターが風邪をひいてしまいローラが代わりに子供たちと最終日にやってきたのだ。
ローラは、神にずっと恋人の安否を祈り続けていた。
その姿を神父や同僚も痛ましげな視線でローラを見ているのも知っている。
「ハリー」
もう、ダメなのだろうか。
恋人の帰りを信じて待ち続けた。だけど鎮魂の炎がローラに現実を受け入れろと言わんばかりに燃え盛っている。
それが悲しくて辛くて、ローラは縋る気持ちでハリンの名を紡いだ。
「・・・ローラさん、ですか?」
「え?」
不意に背後から自身を名を呼ばれたローラは振り返る。
ローラから数歩離れた先に白銀色の髪の少女が立っており、少女は恐る恐ると此方の様子を伺うようにローラを見ていた。
「は、はい。ローラは私ですが」
「よかった、あってた」
「あの、なにかご用事でしょうか?」
長い間ロロブスに住んでいるが、目の前の白銀色の少女をローラは知らない。
知人でもない子が何故ローラに声をかけてきたのか不思議そうに少女を、シノアリスを見つめる。
だがシノアリスは彼女の問いに答えず、ホルダーバッグから一つの腕輪を取り出してローラに差し出した。
「ハリンさんからです」
「ハリーから?」
ハリンはローラの最愛の人の名前である。
彼は故郷ではなく大きな町で配達人として働くと言って村を出ていった、だけど真面目で優しいハリンは恋人のローラや家族に必ず季節の変わり目に手紙をくれた。
だがある日を突然手紙が途絶え、気付けば三年も連絡が取れなくなった。
心配したハリンの両親は息子の就職先を尋ねたが、ハリンは三年前に行方不明になっていた。
何故シノアリスがハリンの名を知っているのか、それを問う前に渡された腕輪を受け取った。
その腕輪に散らばっていた宝石“虹色の珊瑚”を見てローラは息を飲んだ。
それはハリンが配達人としてロロブスを出る間際に、泣き縋るローラに約束してくれた。
いつか街に戻ったら虹色の珊瑚で作った腕輪を贈ると。
「それからお前に言うよ、僕と結婚してくれって」
ハリンはローラに約束をし故郷を旅立ち、そして消息不明となった。
周囲の人はローラを沢山慰めた、そしてハリンを忘れるように言ったがローラは一日たりとも彼を忘れたことはなかった。
少しだけ錆びついた腕輪を撫でながら、ローラは涙を流す。
「・・・・ハリーは」
「ここに来る途中、土砂災害に巻き込まれて・・・」
「!!」
その言葉に、ハリンはこの世にいないことを知った。
確かに土砂災害は、三年前にロロブスの上流付近で起こった。幸い街に被害はなかったがあそこには教会が立っていたので急遽ロロブス市内に建築されたのだ。
あの場所は、ローラが捨てられていた場所でもあり司祭に保護された場所でもあるので土砂災害で教会が崩れたと聞いた時はひどく悲しんだ。
まさかその災害にハリンが巻き込まれていたとは夢にも思わなかった。
「そ、んな・・そんな、ハリー」
視界がぼやけ目の奥が熱くなる。
錆びついた腕輪を撫でながらローラは、あの日、約束したあの日を後悔した。
もし、あの時故郷を離れるハリンに泣き縋らず彼を快く送り出していれば。
もし、土砂災害が起きたとき、すぐに教会の様子を見に行っていれば。
ハリンを失わない未来があったかもしれない。
後悔が渦巻きローラは静かに項垂れ、腕輪をきつく抱き寄せ握りしめる。
ポタリ、と亡くなった恋人を思ってこぼれた涙が錆びついた腕輪を濡らした。
「ローラ」
不意に聞こえた懐かしい声。
ローラは俯いていた顔をあげれば、目の前にシノアリスの姿はなく何故か暖かい光の中に包まれていた。そして、光の奥からうっすらと姿を見せたのはもう一度会いたいと願った恋人の姿。
思い出の姿と全く変わらない、ハリンがいた。
「ハリー?」
震える声で恋人の名を確かめるように呟くローラにハリンは優しく笑う。
ローラの頬に手を伸ばし、愛し気に撫でた。
頬に触れている感触はないのに、ハリンが撫でる度に暖かく感じるのは気の所為なのか。
「 」
ハリンがローラに向けて言葉を紡ぐ。
ローラはその言葉に唇を震わせ更に涙を溢れさせる、だが直ぐに己の掌で顔を擦るように涙を拭い、顔をあげハリンに微笑んだ。
その笑顔にハリンは嬉しそうに笑い、もう一度ローラの頬を撫でると同時に光の粒となって消えていった。
消えていく光の粒をローラはただ静かに見守り、ゆっくりと瞬きをする。
再び眼を開ければ、暖かな光の中ではなく夜空に包まれたロロブスの町並みがローラの視界に映った。
「・・・ローラ、さん?」
突然腕輪を抱きしめ俯いたまま動かなくなったローラに、様子を見守っていたシノアリスは恐る恐るとローラの様子を伺うように声をかけた。
罵倒や責められる覚悟はしていたが、動かなくなるのは想定外でもあった。
ハリンが望んだこととはいえ、ローラにとっては過酷な現実を突きつけたようなもの。
「お嬢さん」
「は、はい!」
「ハリーを帰してくれてありがとう」
「・・・本当は遺骨も一緒に連れていきたかったのですが」
最初は教会に戻り、遺骨を掘り出そうかと暁と話し合った。だが一年以上前の土砂災害となれば、どこに埋まっているのかえ分からない。
また掘り起こすのも困難だと結論に至り、腕輪だけを持ち帰ることとなった。
申し訳なさそうに頭を下げるシノアリスにローラは、そんなことはないとシノアリスの言葉を否定した。
「いいえ、いいえ。ハリーは帰ってきました」
ハリンは告げた。
あの温かな光の中でローラの頬を撫でながら“ただいま、ローラ”と言ってくれた。
ようやくハリンはローラの元に帰ってきてくれたのだ。
「ありがとう、お嬢さん」
涙を流しながらも笑うローラの笑みはとても美しく、儚げだった。
シノアリスはそれ以上なにも言わず、ローラへ会釈をしその場を後にする。ようやく大切な人が帰ってきたのだ、部外者が傍にいるより一人の方が良いだろうと思ったから。
中央通りに近づけば、閉店した店の壁に寄りかかっていた暁が戻ってきたシノアリスの存在に気付く。
シノアリスも暁に気付き、小走りで傍に駆け寄った。
「渡せたのか?」
「はい。ありがとう、とお礼を」
「そうか」
あのとき、クロコスネにシノアリスが襲われそうになったとき。
本来、幽霊のハリンであれば触れられるはずなのに、彼の手はクロコスネを押し飛ばし一緒に滝下へと落ちていった。
即座にシノアリスは滝下へ向かうも、そこには水ではなく地面に叩きつけられ粉々に砕け散ったクロコスネと歪んだ腕輪のみが残されていた。
シノアリスは腕輪を拾い、直ぐにハリンを探した。
だがどれだけ周囲を探してもハリンの姿は見つからなかった。
ふとシノアリスは、腕輪の異変に気付いた。
最初に見つけたときは腕輪は“微かな金色の輝き”を放っていた。だが今シノアリスの手の中にある腕輪は、錆色になっており散りばめられた珊瑚色の宝石だけが輝いていた。
ハリンに心の中で謝りつつ、シノアリスは腕輪を鑑定した。
そして、彼が何故女神像の傍で目覚めたのか、死霊化しなかったのかを理由が判明した。
“祈りの加護”
あの腕輪には、その加護の残骸が微かに残っていた。
祈りの加護は、祈りのスキルによって生まれる加護でもある。
そもそも加護というものが希少な力なので、その内容は謎に近く教会でも明らかにされていない。
だが、シノアリスのヘルプには加護の力の詳細が事細かく書かれていた。
加護とは、対象を深く思い祈り続けることにより加護となる。それは相手を守ってくれるだけでなく時には力にもなる。
祈りのスキルは主に神への信仰の強さ、そしてなにより純真無垢な者が取得しやすい。
だが少しでも邪なことをすれば祈りのスキルは自動的に消えてしまうので、祈りが加護になるのは極稀。
ハリンは、この祈りの加護があった故に魂だけが守られていたのだ。
そして祈りのスキルを所有していると思われるローラへの贈り物には、きっとハリンの思いが沢山詰まっていた。
互いを思いやっていたからこそ、ハリンを守っていた加護が腕輪にも移ったのだろう。
だが、シノアリスを助けるとき彼はきっと無意識に自分の加護を使って助けたのだ。
そのため、彼の加護は力を失くし消えた。加護の残骸が残った腕輪だけを残して。
ハリンに助けられたのであれば、シノアリスが出来ることはローラに腕輪を届け、彼の最後を伝えるだけ。
ようやく最愛の人の傍に戻ってこれた、きっとハリンも安心して眠れるだろうか。
遠くではフィナーレが近いのか観客の声が大きくなる。
組み木から舞い上がる火の粉も、夜空の星も、街の皆の笑顔も全部煌めいて。
「・・・あ」
不意にシノアリスの視界にローラが映る。
その頬には涙の痕が残っているが、腕に最愛の人からの贈り物を身に着けて音楽に合わせて手を叩いていた。
ポンと頭を撫でる振動に、シノアリスは思わず視線を上げる。
暁は無言でシノアリスの頭をただ優しく撫でていく。その温かさにシノアリスは目の奥がジワリと熱くなり鼻の奥がツンとする。
徐々に歪んでいく視界に思わず目を強く瞑り歯を食いしばった。
「・・・ッ」
押し寄せてくる嗚咽と涙を堪えるシノアリスに対し、暁は無言で頭を撫で続けた。
ありがとう、と優しい声がどこからか聞こえた気がした。
****
本日の鑑定結果報告
・祈り
対象を深く思い祈り続けることにより極稀に加護となる。
主に信仰深く、また純真無垢な者が取得しやすい。少しでも邪なことをすれば祈りのスキルは自動的に消える。
・加護
対象者を守り、時には力を与える。
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