第29話 ロロブスの収穫祭(4)

ナストリア国の付近にあるロロブスには小さな教会があった。

その教会は孤児院も共に建設しており、大勢の子供やシスターが住んでいる。その中で一際若いシスターがいた。

彼女の名はローラ。

ローラは、ロロブスの孤児院出身である。赤ん坊の頃教会前に捨てられていたのを司祭様に保護され、孤児院の中で育ち、勉学を学び現在はシスターとして働いている。

大人しく気立ての良いローラを狙う街の若者が多くいるが、彼女は決してその手を取らない。

なぜなら、ローラには帰らない恋人をずっと待っていた。


夜明けの頃、誰もいない礼拝堂でローラは一人、神に祈りを捧げる。

それはローラがこの孤児院にやってきた頃からずっと行っている日課でもあった。


「ローラ」

「司祭様」

「今日もお祈りを?」

「はい」


祭壇で祈りを捧げるローラに、教会の司祭が話しかける。

司祭はずっと娘にように可愛がっていた彼女を見守っていた。だからこそ今もなお恋人を思い、祈りを捧げるローラを哀れんだ。

帰らない恋人を思い、守ってくださいと祈りを捧げ続けている姿に、もう諦めろと言えないことに司祭は胸を痛めた。




ローラの恋人はこの村の中で唯一ローラと年が近い子だった。

それゆえに自然と仲良くなり、気が付けばいつも一緒に過ごしていた。


彼は足が速い事が自慢で、よくローラにその走りを見せていた。

そしてローラが他の子どもから虐められると、まるで風の様に飛んで現れローラを庇い守ってくれた。

強くてかっこよくて優しい初恋の人。


成人をし、ローラは孤児院のシスターとなった。そして彼は故郷を離れ遠くの街で働くと告げた。

勿論ローラは悲しんだ。

だけど、彼はローラにある約束を交わして故郷を旅立った。


だが故郷を出た彼との連絡が突然途絶え、行方もしれずとなって幾年となる。

彼の両親は、もう彼は死んだのだと諦めているようだ。


だけどローラは信じている。

彼がこの町に帰ってきてくれることを。


「天にまします。われらの主よ。どうかお願いします、ハリンをお守りください」


たとえ結婚の約束が果たされなくてもいい。

彼が、ハリンがこの町に帰ってくるのを願い、信じ、ローラは今日も神に祈りを捧げ待ち続けている。





***


暁とシノアリス、そしてハリンは互いに距離を取ったまま警戒をしていた。

ザワリと強い壁が吹く。

風が暁の衣服やシノアリスの髪が乱雑に揺れるが、目の前のハリスは衣服どころか髪さえ揺れていない。

それが目の前にいるハリンという存在が生者ではないことが明らかとなる。

どうして気付かなかったのか。

緊張が走る中、ハリンはそっと自身を指さした。


「え、僕やっぱり死んでいるの?」

「「え?」」


青褪めた様子で告げ固まるハリン、その予想外の言葉にシノアリスと暁も固まった。




ハリンは、故郷にいる恋人にプロポーズをするために長期休暇を取り故郷に帰ろうとしていたそうだ。

彼は“俊足”というエクストラスキルを所有しており、それを武器に大きな都市で郵便配達員として真面目に働いていた。

虹色の珊瑚でつくられたアクセサリーや貯金もたまり、やっと恋人を迎えに行けるとその日もスキルを使い、故郷まで走っていた。

だが山を越える途中で天候が悪くなり、引き返そうかと思ったが故郷まで目と鼻の先であったためハリンは進んだ。だが、その所為で土砂災害に巻き込まれ、意識を失った。


気が付いたら土砂崩れに巻き込まれた教会の中にある女神像の傍にいたらしい。



「意識もハッキリしているから、死んだと思わなくてさ」


自身が死んでいるとは思わずハリンは直ぐに森を抜け、故郷に戻ろうとしたが何故か森から出られなかった。

上流に出たと思いきや、再び教会の中に戻ってくると永遠のループを繰り返していた。

空腹も睡魔もなく彷徨い続け、さすがに異変を感じ始めたとき突然なにかに導かれるよう歩けば魔物に追われるシノアリスと暁に遭遇したという。



「つまり君は幽霊ゆうれいということか」

「自覚はなかったんだけど、やっぱりそうだよね」

「・・・」


魔物の中にも“ゴースト”という名の死霊がいる。だがハリンは死ぬ前の服装や肉体のままで尚且つ他の魔物には一切反応されない。

稀に見る動物はハリンを遠目に観察してくるぐらいらしい。



確かに影も映らない、風に吹かれても衣服や髪が揺れない。試しにハリンに触れようとすれば、すり抜けたので実体がないのは間違いない。

腕輪には触れられるようだが、それは彼の所有物だからかもしれないが不思議だ。




だが、シノアリスの中では疑問があった。

それはハリンが聖水のある教会で目覚めた事だ。

聖水は魔を寄せ付けない効力を持っている、幽霊は入れないと勝手に思っていたのだが違うのだろうか。

だが他の魔物についてはどうだろう、彼らは侵入しなかった。


ハリン自身に幽霊だけど悪意がなかったから?

まだ天然の聖水が出来上がっていなかったから?


そもそも教会の仕組みなどに詳しくないシノアリスにはこれ以上考えても分からない。

ヘルプで検索しようにも、なにをどう検索すればいいのか分からないので検索のしようがない。


またシノアリスがこのナストリア国に滞在して暫く経つが、土砂災害並みの大雨に遭遇をしていないことだ。一体彼は、いつ土砂災害に遭遇したというのだろう。



「とりあえずハリンさんはロロブスに戻りたい、で間違いないですか?」

「あぁ、たとえ僕自身が死んでいるんだとしてもローラにこれを渡したい」

「・・・それなんですが」


シノアリスは正直にハリンに述べた。

自身がこのナストリア国に訪れて数か月いるが、土砂災害並みの天候に出くわしていないことを。


つまりハリンは一年以上の前に発生した災害に遭遇し、亡くなった可能性がある。

もしかすると、恋人のローラはその土砂災害で土地を離れている、または帰らない恋人を諦め新しい家庭を築いている可能性だってある。

そう説明するシノアリスに、ハリンは緩やかに首を横に振った。


「ローラとは長年の付き合いだから分かるよ、アイツは意外と頑固なとこがあるから」


きっと、僕が帰ってくるのをずっと待っている。

そう告げるハリンの顔は、ローラへの思いが溢れんばかりの優しい表情だった。

シノアリスはハリンの表情にこれ以上口を出すのは彼とローラに失礼だと思ったのか口を噤み、頷いた。


「分かりました、一緒にロロブスに帰りましょう」

「ありがとう」


ハリンが一歩踏み出す。

影は映らないがハリンはシノアリス達へと近寄っていく。

彼の今までの経験が本当なら、森を出た時点で教会に戻ってきてしまう。だがシノアリス達と共にいる所為なのか、理由は分からないがハリンの姿が消える様子はなかった。





「え?今日がロロブスの収穫祭、最終日!?」


それからシノアリス達は早足で流れる川に沿って歩いていた。

不意にハリンに本日がロロブスの収穫祭最終日であることを告げれば、とても驚いたように声をあげた。

なにをそんなに驚く要素があるのかとシノアリスは不思議そうに首を傾げる。


「もしかすると、あぁ、だから・・・」

「なにかあったんですか?」

「え?あ、そうか君たちはロロブスの収穫祭は初めてだよね。知らないのは当然か」

「知っていますよ?豊作のお祝いですよね?」


シノアリスの言葉にハリンは、確かにそれもあると肯定した。


「ロロブスの収穫祭にはもう1つ意味があるんだ、それは・・・」

「二人とも急ごう、陽が沈みかけている」


暁の声にシノアリスとハリンは空を見上げた。

先ほどまで青空が広がっていたのに、夕暮れが近づいていた。


もうすぐ日が暮れる。

夜になると死霊の魔物が活発になる、さきほど多くの数を討伐したが実際あとどれほどいるのか分からない。

シノアリスと暁は冒険者ではない。

こういった問題は専門家に任せるのが一番である。

微かに聞こえる音が上流まですぐそこだと教えてくれている。早く下流に向かおうとした矢先、暁はなにかが猛スピードで近づいてくる気配に気づいた。


咄嗟に周囲を見渡すがその姿は一向に見えない。


「?どうかしました?」


シノアリスが暁に声をかけるが、暁は周囲に視線を走らせ近づく気配の姿を探すことに集中しているのか返答をできないでいた。

不意にシノアリスの背後から、うっすらと黒い影が見える。


「シノアリス!そこから離れろ!!」

「・・・え」


暁の声と同時にシノアリスの背後より水面から黒い影が飛び出す。

振り下ろされる太い影に咄嗟に後方に飛びのけば、巨大な尾が地面に叩きつけられた。起き上がり尾の先を辿れば水面から顔を出すのは死霊化したクロコスネが千切れた舌を出しながらシノアリスをみていた。


「シノアリス!先に行け!」

「アカツキさん!聖水を忘れずに!」

「あぁ!」


死霊化したクロコスネはハリンを認知していないのか、一番弱いシノアリスを狙っていた。

それに気づいた暁は、直ぐにシノアリスを背後に庇う。

本当は暁を置いたまま先に行きたくなどない。

だが、このまま夜になれば死霊達は力を増してしまうので、一人でも応援を呼ぶのが正解である。


崩れた教会で聖水に近い水を手に入れていたことは幸運だった。

もしそれがなければ暁の物理攻撃では、死霊は倒しきれない。


シノアリスとハリンは必死に上流へと目指した。

ようやく上流へとたどり着くが下りる手段がない、暁がいればこんな崖など飛び降りることもできただろう。

このまま迂回すれば余計に時間がかかる。

なにか道具はないかとシノアリスはホルダーバッグへと手を掛けた。


「お嬢さん!後ろ!!」


ハリンの声にシノアリスが背後を振り返れば、死霊ではない魔物のクロコスネが大きな口を開けシノアリスを飲み込もうと迫っていた。

死霊ばかりを警戒していたため、魔物除けの香炉を焚いていなかったのが仇となった。


それはまるで走馬灯のようにすべてがスローモーションで流れていく。

咄嗟に動こうと頭では分かっているのに、体が反応してくれない。このまま食べられて終わってしまうのか、そう頭の隅で思った矢先。



「あぶない!!」


ハリンの声が近くで聞こえると同時に、シノアリスの体はクロコスネから引き離されるように押し飛ばされていた。

そして、ゆっくりとハリンとクロコスネが滝から落ちていく光景をシノアリスはただ、みつめることしかできなかった。



「ハリンさん!!!」


悲痛の声で叫ぶシノアリスの声は、流れる滝の音でかき消されていった。




****


本日の鑑定結果報告


・虹色の珊瑚

一部の海域にしか採取できない珊瑚。

虹色の輝きはまるで宝石のようで、プロポーズなどにも使用されることが多い。海水ではなく普通の水につけると虹色の輝きを放つ。

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