第28話 ロロブスの収穫祭(3)
若者の先導に従い、シノアリスと暁は既に廃墟となった教会に辿り着いた。
廃墟となった教会の至る箇所が崩れており、隠れる場所に最適とは言えない。魔物たちに攻め込まれたらと考えたが中に入った事でシノアリスは此処が攻め込まれない確信を感じた。
だがその確信の理由が分からない。
ふと教会の奥にある女神像。
だが奥は土砂崩れに巻き込まれたのか半分以上、ステンドグラスや女神像も土砂に巻き込まれている。
その僅かな隙間から湧き水が零れ女神像を伝い小さな水溜まりが出来ていた。
その水たまりを見た瞬間、シノアリスは即座に鑑定をすれば、先ほど感じた理由が明らかになる。
【清められた湧き水】
女神像に宿った聖なる力により清められた水。
聖水に近い効果を宿している、飲料可。
「こんな廃墟では奴らが侵入してこないだろうか」
「大丈夫、奴らは此処には決して侵入はできないよ。ね?お嬢さん」
鑑定を持たない暁はその湧き水に気付いておらず、周囲の脆さに不安げに声を漏らす。だがシノアリスと同じく湧き水の正体に気付いている若者が話を振れば同意するように頷いた
「はい、その湧き水が枯れない限り彼らは此処に入れません」
「湧き水?」
「その水は聖水に近い水です、これがあれば死霊系は近寄れません」
聖水の恐ろしさは先ほど体験したばかりなので、暁もようやく納得する。
「助けていただきありがとうございます。私はシノアリスと申します」
「俺は暁だ、先ほどは本当に助かった」
「困ったときはお互い様、僕はハリン。見ての通り配達員さ」
ハリン、と名乗る若者は配達員の服装をしているが、全身がひどく汚れていた。
シノアリスが
「ところで、君たちはどうしてこんな上流に?」
「王冠キノコを採取しに来たのですが」
「王冠キノコ?なら余計に川に来るのはおかしくない?」
シノアリスはハリンと王冠キノコが特殊なキノコであることを説明する。
その説明に驚いたような顔をしつつも、納得してくれた。
「だけど、いまこの周囲は死霊となった魔物がうろついているから戻るのは一苦労だよ」
「そもそもあんなに沢山の死霊が現れるなんておかしいです」
「君たちは知らないの?なんでも魔物が川の上流に大移動してきた所為だよ」
「移動?なぜ?」
「それは分からない。けど奴らが死霊化したのはこの教会が廃墟になったのが原因の一つかな」
本来なら町の周りなどは教会が立っていれば、その守りにより死霊化にはならない。だがこの教会は3年前に土砂災害によって廃墟となった、そのため聖なる守りが薄くなっている。
だがこの周囲に住む魔物はほとんどが森を縄張りにしていたので、死霊が現れることもなく平和だった。
そこに魔物が森から上流に移動を初めるという不可解な現象が起きた。
必然的に行われた縄張り争いに敗れ上流区域に死骸が溢れたことで、瘴気が溜まり死霊化したのだろう。
「これは一大事ですね、早くロロブスに帰還しないと」
「そうだな」
「ならここの湧き水を利用しなよ、死霊は聖水を特に嫌うからね」
「ありがたいです、私も聖水は一個しか持っていなかったので」
シノアリスはホルダーバッグから次々と空き瓶を取り出す。
暁と二人で湧き水を汲んでいくも、ふと先ほどの聖水はホルダーバッグに片付けようとローブのポケットから取り出せば先ほど拾った腕輪が転がって落ちる。
カツン、と音を立てて木の床を滑りハリンの足元へ転がっていく。
「こ、れ・・・」
「すみません、それはさきほど川で拾ったんですけど」
「これ、僕のだ」
「はい?」
拾い上げた腕輪にハリンは瞳を潤ませながら、ハリンの恋人である“ローラ”について話し出した。
ハリンの故郷はロロブスだが、自身の恋人に虹色の珊瑚を使用したアクセサリーを作ってプロポーズをするために帝都に出稼ぎに出ていたという。
だが故郷も戻る途中に大事な腕輪を失くしてしまい、ずっとこの付近を探していたそうだ。
「そうだったんですね、見つかってよかったですね!」
「あぁ!お嬢さん、本当にありがとう!!」
「なら、このまま一緒にロロブスに戻ろう」
「あぁ!早くコレをローラに渡したいよ!」
探し物が見つかったことに大喜びをするハリンにシノアリスと暁の頬も緩む。
粗方空き瓶に湧き水を汲み上げれば、シノアリスはこれでなにか武器は作れないかと考えた。
先ほどの死霊の魔物はCランクの魔物が多かった。
それであれば魔物除けの香炉が有効なのだが、死霊には匂いは通じないので意味がない。
不意にシノアリスの脳裏には前世の記憶にある一つの武器が思い浮かぶ。
早速ヘルプで検索し、その調合が可能かを調べるも調合可能であることに直ぐに道具一式を取り出した。
「シノアリス?」
「お嬢さん、なにしているの?」
「武器を作ろうかと」
「「武器?」」
首を傾げる二人を放置し、シノアリスは材料を錬金鍋に放り込む。
時間も長くかかることなく出来上がったのはガラスの銃。シノアリスは早速湧き水をガラスで出来た銃の中に流し込む。
湧き水が満たされた銃を構え、朽ちた窓ガラスを狙う。引き金を引けば強い勢いで水が噴射され窓ガラスに命中した。
「よし!大成功!」
「お嬢さん、それは?」
「これは水鉄砲です、これと湧き水があれば死霊は一網打尽ですよ!」
そう、シノアリスが作成したのは水鉄砲。
湧き水は聖水に近い効能をもっている。ではそれを武器として使用すればこの場を突破できるのではと思いついた。
暁もハリンも水鉄砲という初めて見る武器に対し、不思議そうに掲げているが今は一刻も早くロロブスに戻らなくてはならないので水鉄砲に湧き水をすべて満たしていく。
準備が整い、教会の入口へ近寄り外を伺う。
「アカツキさん、どうですか?」
「どうやら俺達が此処に隠れているのは分かっているようだ。が聖水に近い湧き水を恐れ近寄れないみたいだな」
「なるほど、それなら」
一歩、シノアリスが足を踏み出せば森の奥の暗闇から赤い光が横切るのを視界が捉える。
シノアリスは進行先の木々に向かって水鉄砲を構えて引き金を引き撃てば、ピシャ、ピシャと音を立てて水が木々を濡らす。
すると隠れていた魔物の唸り声が、どんどん遠ざかっていく。
「成功です!」
「凄いな!」
「あぁ、これなら上流先まで辿り着けそうだ」
こうしてシノアリス、暁、ハリンは木々を湧き水で濡らし簡易的な聖なる結界を張りながら道を進んでいった。だが聖水より力が劣るため、水が乾けば魔物達はシノアリス達の後を追ってくる。
この手段は、魔物達に自分たちの居場所を教えているようなものなので、このまま大量の魔物を引き連れてロロブスに帰るわけにはいかない。
シノアリスは聖水を薄めた水袋を取り出した。
それを見た暁はシノアリスがなにを求めているのか悟った。それを受け取り、気配察知で一番多く魔物が固まっている気配を探り始める。
そしてその箇所を見つけたのかフォームを構え、勢いよくその方向に向かって水袋を投げた。
ビュン、と素早い勢いで水袋は林の奥へ飛んでいき、バシャンと破ける音と遅れて夥しい魔物の悲鳴が響き渡りはじめハリンの肩は驚いたように跳ねた。
「い、いま一体なにを投げたの!?」
「あれはアリスちゃんお手製“かなり薄めた聖水”。聖水と水を二対八の割合で薄めた聖水で、効果については少し前に実証済です!」
「ダサっ!?ネーミングセンス凄くダサいよ!それよりよく聖水を薄めようと思ったね!?」
「ありがとうございます!」
「褒めてないよ!」
聖水は聖なる力として教会でも厳重管理されるほど神聖なもの。
決して原液を水で割るみたいな気軽さで薄めていいものではない、むしろそれを教会の人間が見れば卒倒するくらい。
青褪めて突っ込んでくるハリンと話ながらも、シノアリスは暁に水袋を渡しつつ聖水を水で薄め袋を縛りつづけていた。
気配のする方向に一寸の狂いもなく水袋を投げ放つ暁。
計七発ほど投げた頃、ようやく動きを止める。
静かに周囲を探れば気配察知の範囲に魔物が全くいない。すべて倒したのか、または暁からの攻撃を恐れ一時撤退したのか。
「奴らの気配を感じない、今のうちに移動するぞ」
「はい!行きましょう、ハリンさん!」
このときハリンは思った。
なんて無茶苦茶な二人組なんだろう、と。
****
魔物の追ってくる気配を全く感じないまま、3人は森の出口へたどり着いた。
あとはこのまま川沿いに沿っていけば上流にたどり着ける。
早急にロロブスの兵士達に事の報告をしなくてはいけない。先を急ごうと歩き出す暁の後を追いシノアリス、ハリンが続く。
不意に風が強い吹き、暁はシノアリスを心配し後ろを振り向いた。
「!」
「アカツキさん?」
「どうかしたの?」
息をのんだ暁にシノアリスとハリンは揃って首を傾げる。
だが暁は、無言のままシノアリスの腕を引っ張り背後に隠せばハリンから距離を取った。
「お前は、何者だ?」
「へ?」
「え、アカツキさん。何を言って・・・」
一体暁はどうしたのか、困惑するシノアリスに暁は小声でハリンの足元を見るよう囁いた。
その声に従い、シノアリスはハリンの足元を見れば大きく目を見開いた。
さきほどまで森の中をさ迷っていた時は木々により陽の光が遮られていた。だがいまは森から出たため周囲はお日様の光に照らされている。
勿論陽の光に照らされれば出来るのは影だ。
木や岩も日差しにより影が出ており、シノアリスと暁の影も出ている。ただしハリンの下には影が一つもない。
決してあり得ないその光景にシノアリスは息をのみ、暁はハリンを警戒するよう睨んだ。
****
本日の鑑定結果報告
・かなり薄めた聖水
その名の通り、聖水を水でめっちゃ薄めたヤツ。むしろこれでも効果があるとは思わなかった
※カルピスの原液を潤めるイメージでお願いします。きっと教会の人間が見たら卒倒するレベル。
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