第33話 港町シェルリング(3)

蜥蜴人リザードマン

鱗と爬虫類の眼、そして長い口に鋭い歯をもつ種族だ。

竜人族りゅうじんぞくと見た目が似ているが、判別方法としては飛行が有無によって判別される。

また蜥蜴人は水辺や湿地地帯での戦闘に特化しており水中でも人より長く潜れる能力をもっている。性格は短気が多いらしく乱暴者だというのが本で得た知識だ。


シノアリスは初めて見る蜥蜴人を思わずジッと見つめしまう。

だが、先方は目の前の男に集中しているのかシノアリスの視線に気づかない。


「おたくらが依頼した海産系魔物の討伐と素材の回収、どれも果たしただろうが」

「確かに魔物討伐はしているが雑魚ランクに素材もボロボロで達成とは言いづらいだろ!」

「ランクに指定はなかっただろう」


やり取りを聞いている限り、相手の男は海産系の魔物の討伐に素材の回収を依頼した。それを蜥蜴人が引き受けたが討伐した魔物が低ランクばかりで素材も悪いと。

正直聞いている限りではかなりグレーゾーンではあるが、それを判別するのはギルドだ。

ギルドが依頼達成を認めたのであれな、それは依頼達成となる。個人依頼であれば話は全く別となるが。


ふとシノアリスは足元に小さな小袋が落ちているのに気づく。

いつの間にか暁がシノアリスを床に下ろしていたようだ。シノアリスは足元に落ちている袋を拾いあげ、中を覗き込んだ。





「ギルド内での暴力は止めてください!」


受付から出てきたクレマンが仲裁に入る。

ようやく周囲の騒ぎに気付いた男が舌打ちをし、蜥蜴人の横をすり抜け出ていく。それを鼻息で嘲笑いながら蜥蜴人も商業ギルドを出ていった。

シノアリスは、蜥蜴人の後を追うように商業ギルドを出た。


「あの、おじさん」

「あ゛ぁ?」

「落とし物です」


蜥蜴人の背を追い、声をかけたシノアリスに蜥蜴人は不機嫌そうな声で振り返る。だがシノアリスは特に気にせず小袋を渡した。

差し出された小袋に蜥蜴人の機嫌は急降下する。


「これは俺のじゃ・・・」

「だめですよ、わざと素材を傷つけるような採取は」

「!!」

「はい、これ返しますね」


蜥蜴人の手に小袋を握らせ、シノアリスは慌てて追いかけてきた暁の元へと戻っていく。

その姿を呆然と見送っていた蜥蜴人は面白くなさそうに舌打ちを零し、渡された小袋を路地のごみ溜まりへと投げ捨てその場を去っていった。


「シノアリス、なにかあったのか?」

「さっきの蜥蜴人が落とし物をしていたので」

「あぁ、それでか」


さきほどの小袋の中には蜥蜴人が回収した素材が入っていたのだが、明らかに素材を傷つけるような討伐と採取方法にシノアリスは少しだけ不安を感じた。

こういう胸騒ぎなどは昔からよく当たる。

魚料理を堪能したら、魔物の素材を換金しようと予定していたが此処は早く撤収しようとシノアリスは頭の中で予定を組み替えつつ暁と共に歩き出した。



***


「申し訳ございません、本日魚は品切れておりまして」

「ごめんよ、魚なら売り切れてね」

「魚かい?いまなくてね、肉ならあるんだけど」


「・・・・・」

「シ、シノアリス。大丈夫か?」


行く先行く先の食堂や屋台で魚介類は扱っていないと断られた。

唯一魚介のある店に辿り着けたが、小指くらいの魚の切れ端が数枚盛っているだけ。違う、これじゃない。


露店で海藻類は売っていたが、シノアリスは魚介類を食べたいのだ。魚が無理なら貝でもいい。

とにかく魚介類を堪能したい。

食べたいときに食べられない絶望に、シノアリスはテーブルにオデコをくっつけてアホ毛も萎んだ状態で落ち込む。

隣に座る暁が魚の切れ端をシノアリスに分けてくれるが、違う。そうじゃない。


「なんで港町なのにお魚がないのぉぉ」


ベショベショと涙と鼻水を垂らすシノアリス。

店に人がいない所為かその声を拾った店の看板娘であるハンネが「貴女知らないの?」と物珍し気にシノアリスを見た。


「いま、海には“ホワイトオクトパス”と“レッドクラーケン”が居て漁業なんてまともにできない状況なのよ」

「魔物が二匹もいるのか?」

「そう、その所為で海は魔物だらけで魚が全くとれなくて」

「確かに簡単には船を出せないな」


腕の良い航海士により、少ない数の船が行き来しているが二匹の魔物に見つかれば盛れなく沈没させられる。どちらか片方だけであればギルド総出で退治に挑むが2匹となると難易度はさらに跳ねあがる。


ホワイトオクトパスとレッドクラーケンは海に生息する魔獣だ。

本来どちらも生息地が異なるのだが、なぜかこのシェルリングに同時に現れシェルリング周囲の海域を占領しているのだ。

単体だけであればどちらもCランクなのだが、二匹同時となると難易度が異なってくる。


「・・・・ホワイトオクトパスとレッドクラーケン」


その魔物は何処かの図書館でみた写し絵を思い出す、そしてシノアリスの脳裏には日本の記憶が浮かび上がった。

色合いが全く正反対だが、その姿はホワイトオクトパスはタコ、レッドクラーケンはイカそのものだ。


タコは酢の物にすると大変美味しい、焼いても良し煮ても良し刺身にしても良し。

イカは揚げ物にすると大変美味しい、焼いても良し煮ても良し刺身にしても良し。


ジュルリ、と涎を啜ったシノアリスにハンネと暁が「「えっ?」」と若干冷や汗をかく。

だが当のシノアリスは目をキラキラと輝かせ、バンッとテーブルを勢いよく叩き立ち上がる。

元々魔獣討伐をした場合、討伐した本人に所有権が委ねられる。つまりホワイトオクトパスとレッドクラーケンを討伐すればタコとイカの食べ放題。

更にシノアリスは制限のないホルダーバッグの他、時間停止機能付きの鞄や袋をいくつか持っている。


脳内でイカとタコを討伐、美味しい魚を味わう、ナストリアで極上の串焼きを作ってもらう、幸せという構図が浮かび上がりシノアリスの目に闘争の炎が宿る。


「暁さん!行きましょう!タコとイカの食べ放題です!」

「食べ放題?」

「え、貴女アレ食べるつもりなの?」


残念なことにホワイトオクトパスとレッドクラーケンは海に生息する魔物で討伐してもその巨体さ故に回収できず海の中に沈んでしまう。

そのため後日海に潜り素材だけを採取するので、その身を食べた人はない。

食べる前提でいるシノアリスに青褪めるハンネに咄嗟にヘルプでホワイトオクトパスとレッドクラーケンは食用できるのかを調べた。


【ホワイトオクトパス、レッドクラーケン共に食用可】

【レッドクラーケンは揚げ物にすると美味、焼いても良し煮ても良し刺身にしても良し】

【ホワイトオクトパスは酢の物にすると美味、焼いても良し煮ても良し刺身にしても良し】


「はい!問題なーし!」

「「!?」」

「屋台のおっちゃんに最高の海鮮串焼きを焼いてもらえる!」

「おっちゃんってだれ!?」


安心と信頼できるヘルプが食用を保証してくれた。

さらにシノアリスの胃袋を掴んで離さない屋台のおっちゃんの手にかかればもう素敵な未来しかない。

既にシノアリスの中ではホワイトオクトパスとレッドクラーケンを美味しく頂く未来が出来上がっている。先ほどまでの落ち込んでいた姿とは正反対にやる気に満ちたシノアリスは勘定を払い、物凄いスピードで店を後にしたのだった。





シノアリスがやって来たのは水運ギルド。

なぜ冒険者ギルドではないのかと言うと、この度魔物の出現場所が海だからである。


水運ギルドは海や川などの管理し、船の通行許可や川の整備、漁業などをまとめている。

冒険者ギルドや商業ギルドとはまた違う大手のギルドだ。

海にあの魔物が生息しているのなら、討伐依頼は勿論水運ギルドから冒険者ギルドに出される。


冒険者ギルドはなにか怪しい気配を感じるので、直接水運ギルドから依頼をもぎ取ろうとやってきたのだ。

早速ギルドへ訪れたシノアリスは、全く人気がない店内に思わず首を傾げた。


「あれ?間違えました?」

「いや、あっているぞ。ここは間違いなく水運ギルドだ」


暁が外の看板を見直してこの誰もいない店内が水運ギルドだと教えてくれる。

まるで強盗にあったかのように荒れている店内にシノアリスと暁は進んでいくと、カウンター越しの奥の椅子に座る人物に気が付いた。


「すみませーん」

「うわぁあああ!すみません!すみません!許してください!もう此処にはお支払いできるものが何もないんですぅぅう!!」

「「?」」


声を掛けた瞬間、直立に立ち上がりペコペコと頭を下げる眼鏡をかけた男性にシノアリスも暁も状況が理解できず首を傾げる。

2人の反応に気付いていないのか延々と謝り続ける男性にシノアリスは塩を取り出した。


「落ち着いて―」

「べほっ!」

「お気を確かにー」

「塩辛っ!?え?」

「目を覚ましてー」

「え、ちょ!ま!!」

「塩乱舞ー」

「いやぁあああ!塩ぉぉぉおお!」


「シノアリス、人様に塩をぶつけるのは止めなさい」


数分後、全身塩塗れになった男性“リース”はこの水運ギルドの職員だという。

そもそも何故水運ギルドがこんなにも荒れ果てているのか、勿論それは海に出現したホワイトオクトパスとレッドクラーケンの存在もだが、冒険者ギルドにも原因があった。


水運ギルドは海や川の管理だけでなく、船来する商人や航海士などと契約している。

また海に魔獣が出たときには協力先である冒険者ギルドに討伐をしてもらい、船の渡米や船の手配などを提供などして均衡を保っていた。

だがホワイトオクトパスとレッドクラーケンが出現し誰もそれを討伐してくれず。

いざ海の魔獣の討伐を依頼すれば低ランクの魔獣ばかり討伐され、更には素材もズタズタで水運ギルドを抜ける商人や航海士が後を絶たない。

そのため税金や冒険者ギルドに未払いの対応に追われ、気が付けばギルドにはギルドマスターと職員のリースしか残らなかったという。


シノアリスは蜥蜴人リザードマンに渡した小袋の中身を思い出す。

わざと傷つけるように採取された素材、そしてあの時蜥蜴人リザードマンに対し怒ったのはこの水運ギルドに依頼を出した人なのだろう。


これは完全に冒険者ギルドに問題が発生している。

だがそれを調査するのは行商人のシノアリスではない、組織がしなければならないことだ。


「そうですか、大変ですね」

「はは、情けない姿を見せました。ところで本日は水運ギルドにどのような御用で?」

「あ!私たち、ホワイトオクトパスとレッドクラーケンを討伐したいんですけど」

「え?」

「とりあえず、依頼書くださーい」

「えぇぇぇぇぇ!!?」


空気を読まず笑顔で討伐依頼書を要求するシノアリスに、リースは事の展開についていけず絶叫したのだった。




****


本日の鑑定結果報告


・ホワイトオクトパス

タコの魔獣、色が真っ白。

酢の物にすると大変美味しい、焼いても良し煮ても良し刺身にしても良し。


・レッドクラーケン

イカの魔獣、色が赤い。

揚げ物にすると大変美味しい、焼いても良し煮ても良し刺身にしても良し。

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