第24話 鬼人と少女(5)

「だ、だれか!ここから出して!」

「「!」」


シノアリスがスキルのことを思い出し口に出そうとした瞬間、恐怖に満ちた声で叫ぶ女性の声に暁とシノアリスは即座に振り向いた。

眠り草の効力が切れ、目覚めたのだろう。女性らしき手が檻を掴み此方に訴えている。

慌ててシノアリスが檻の前に姿を見せれば、長髪の女性は目を潤ませ助けてくださいと懇願していた。


「お姉さん、大丈夫ですか?」

「え、えぇ。大丈夫よ」

「あのゴブリンに攫われてきたんですか?」

「そうよ、婚約者のヨハンと一緒にロロブスの町に行く途中に・・・」

「お姉さんの名前は?」

「えっ・・エイミー、エイミーよ」

「エイミーさんですね、少し待っていてください」


落ち着かせるように声をかけつつ檻を観察する。檻は鉄で出来ているのでシノアリスの力ではビクともしないだろう。

だが。


「アカツキさん、この檻壊せますか?」

「あぁ、やってみよう」

「ひぃ!?」


シノアリスの背後から現れた暁にエイミーが悲鳴をあげたが、特に気にせず暁は軽く力を籠めれば檻は簡単に折れ曲がった。

人一人が余裕で抜けられるほど広げれば、暁は怯え震えるエイミーに手を伸ばした。


「大丈夫か?」

「ひ!いやぁあ!こないで!化け物!!」


青褪め震え涙を流すエイミーは威嚇するように荷物を暁へ投げつける。咄嗟に荷物を避ける暁は困ったようにシノアリスに視線を向けた。

シノアリスは心得たとばかりに暁の横を通り抜けエイミーの傍に膝をつく。


「あの、大丈夫ですよ。アカツキさんは私の相棒パートナーなんです」

「あ、貴女あんな化け物といて恐ろしくないの!?」

「・・・」


偶然とはいえ助けたのに、相方をここまで言われるのはシノアリスもいい気分にはならない。思わず顔をしかめ面にさせエイミーをジト目で睨む。


「アカツキさんは優しいです。偶然とはいえ助けたのにさっきから酷くないですか?」

「だ、だって・・・」

「シノアリス嬢、気にしないでくれ。それより早く此処から脱出しよう」

「どうかしましたか?」

「此方に近づいてくる気配がある、こいつらの残党かもしれない」


気配察知のスキルにより、暁の脳内ではマップが広がり自分たちの気配の他ゆっくりと此方に進行してくる気配が見えた。

だが気配だけでそれがゴブリンなのかは分からないが、まっすぐ此処に向かってきているのであれば残党の可能性が高い。

暁の言葉にエイミーは置いていかないでくれとシノアリスに縋りついた。


「分かりました、イブリの花は後日としてキングとシャーマンだけ回収して撤収しましょう」

「お、おねがい!私も!」

「連れていきますよ、あ、暁さん素材解体する時間がないのでこの袋にキングとシャーマンの死骸を入れてもらえますか?」


シノアリスは、収納スキルが付与された小さな収納袋を暁に渡す。

この大きさに入るのかと疑問を顔に書いた暁にシノアリスは収納袋の口を開き、傍で死んでいるゴブリンに口を向け収納する様を見せた。


「このように収納したい対象に袋の口を当てれば回収されますので」

「あぁ、分かった。キングとシャーマンだけでいいのか?」

「はい、ゴブリンは特に素材になる物はないので」


これが冒険者ギルドであれば、ゴブリンを倒すと賞金やランク上昇などに繋がる。

だが商業ギルドでは素材にならず、ランク上昇にも関係がない。

キングとシャーマンは素材となる物があるので回収するので後は放置とした。

暁も冒険者ではないので、シノアリスに言われた通りキングとシャーマンだけを回収する。

シノアリスは、エイミーの手を引きながら巣穴を出ようと歩き出した。


エイミーは倒れているゴブリンが死んでいると分からないのか死体を横切るたびにシノアリスにしがみつく。エイミーはロゼッタと変わらない身長なので抱き着かれればシノアリスにおぶさるような姿になる、正直歩きづらいので止めてほしいのだが震えるエイミーを突き放すのには気が引けた。

ようやく巣穴の出口に出る瞬間、暁はシノアリスの前に出て進行を妨げた。


「アカツキさん?」

「何かが近くにいる、俺の傍を離れないでくれ」


どうやら先方がシノアリス達よりも早くたどり着いたようだ。

エイミーは恐怖で青褪めシノアリスにしがみつく、そのせいで器官がちょっと絞められているのだが恐怖の所為で気づいていない。

思わずタップをするが恐怖で震えるエイミーは気付かず、また暁に助けを求めるが前方にいる敵に集中しているのか此方も気付いていない。


あ、これ自分がヤバイやつ、とシノアリスは悟った。



***


一方その頃、ゴブリンの巣穴を探していた戦う常夏のメンバーの一人“狩人”のノスは先行で歩いていたが違和感に気付き、ゴブリンの巣穴付近で足を止めた。


「ノス、何か見つかったのか?」

「・・・あぁ、ゴブリン以上にヤバい気配を感じる」

「ゴブリンキングかい?」

「分からない、だがヤバい。此奴と対面したら俺たちは瞬時に壊滅だ」


圧倒的な存在感にノスは恐怖で震え始める。

コリスとアマンダは互いに視線で会話をし、これ以上の進行は危険だと撤退しようとするも。


「ひ!?気付かれた!!奴が!奴がこっちにきてやがる!?」

「おい!ノス!」

「いやだ!死にたくない!死にたくねぇよぉぉおお!」


近寄ってくる気配に気づいたノスは涙と鼻水を垂らし、大声でその場を逃げ出した。そんなことをすれば相手に自分たちの居場所を教えるようなもの。

その瞬間コリスやアマンダは、先ほどまで全く感じなかった圧倒的な強者の気配に思わず押しつぶされそうになる。

すくみ上る体にコリスは、咄嗟に自分の頬を殴り恐怖を抑える。アマンダも咄嗟の判断で頬を殴ったのか赤く腫れあがっていた。


「アマンダ!俺が相手を引き付ける!お前は仲間を連れて撤退しろ!」

「コリス!!わかった、アンタもすぐ逃げるんだよ!」

「・・・あぁ」


正直こちらに向かっている圧倒的な強者の気配からして簡単に逃げられるとはコリスは思っていない。

だけどそれを言えばアマンダは無理にでも残ると思った。

リーダーとして仲間だけは無事に逃がさなくてはとコリスは震える手で腰に差していたショートソードを構える。


ガタガタと本能が恐怖ゆえに全身に震えが走る。

どんどん近づいてくる気配に、逃げ出しそうになる足を叱咤し溢れた唾を飲み込む。

呼吸が苦しくなり、冷や汗が背中で流れた。


ガサリと草むらから出てきた存在にコリスはヒュッと息を飲み込んだ。

それは冒険者であれば絶対に出くわしたくないと恐れられた種族の内の一つ、鬼人だからだ。


鬼人は残虐で人の臓器や血肉を好む種族だと言い伝えられていた。

魔物だろうが人だろうが、大好物の血肉が目の前にあれば決して逃がさず骨までしゃぶると。

鬼人とゴブリンキングでは圧倒的に鬼人の方がヤバい。

奴隷の中にも鬼人はいるが、あれは奴隷紋という安全保障があるから平気だが、この鬼人は見た目からしてもだが喉に奴隷紋がない。


異質の眼がコリスを捕らえる。

足の力が抜けそうになるが、たとえ血肉を貪られようが応援が来るまでは足止めをしなくては。

震える自分を叱咤しショートソードを握り直した瞬間、その声は響いた。



「きゃああぁぁぁぁぁ!」

「「!」」


女性の悲鳴に暁とコリスは悲鳴の先へと顔を向け、暁が声の先に走りコリスも慌てて後を追った。

その先にはゴブリンの巣穴の前で悲鳴を上げたと思われる女性と見知った姿にコリスは目を見開いた。


「シノアリス!」

「アリスちゃん!?」


昨日ワーウルフを分けてくれた少女シノアリスが白目で地面に転がっている、暁は直ぐにシノアリスの傍に膝をつき、悲鳴を上げたエイミーに問いただした。


「一体なにがあった!?」

「わ、分からないわ!突然この子が倒れたの!」


原因は、器官を締められての窒息寸前となり気絶しただけである。

そうとは知らないエイミーと暁は、存在しない第3者からの攻撃だと思い込んでいるようだ。


「くそ!他にもシャーマンがいたのか!急いで街に戻らないと!」

「わ、私はどうすればいいの!?」

「おい!そこの君!」

「は、はい!」


全く展開が付いていけないコリスだったが、鬼人の暁に呼びかけられ思わず背筋を伸ばして返事をする。


「君は冒険者だな?彼女をロロブスまで護衛してくれ」

「え、あ、は、はい」

「俺は一足先にシノアリスを連れてロロブスに戻る!頼んだぞ!」


コリスにエイミーを託すようにまくしたてた暁は、シノアリスを抱き上げてその場を駆けだした。

残されたコリスはポカンと立ち尽くしてしまう。


「いったい、なにがどうなっているんだ?」




それから病院で目を覚ましたシノアリスは事の顛末を聞かされた。

あの後、暁は気絶したシノアリスを抱えロロブスの門兵に「助けてください」と縋り医者の元へ運ばれた。

だが元々シノアリスが気絶したのは第三者からの攻撃ではなく救助した人からの絞めあげによる気絶である。

そう暁に医者は説明をするも納得してくれず、相当苦労したようだ。


それを説明されたシノアリスは真っ先にお医者様にお詫びをしました。

うちの相棒がすみません。


そして救助したエイミーは無事婚約者と再会できたそうだ。

あの後、エイミーが婚約者を連れてお礼を言いに来たのだが案の定、シノアリスの傍にいる暁を見て悲鳴をあげたので言葉だけ頂き丁重に、お塩と共にお帰り頂いた。


「全くアカツキさんは優しいのに、なんであんな態度」

「鬼人は恐れられているからな、仕方ないさ。シノアリス嬢、そろそろ塩を撒くのは止めようか」

「私、鬼人が恐れられているとか全然知らないんですけど」

「シノアリス嬢、出入り口を塩で塞いじゃいけない」


シノアリスが塩を撒きすぎた所為で塩の山が扉を塞ぐように積もっている。

塞がれなっている部分を丁寧に片付ける暁の後ろ姿に、シノアリスは以前護衛をしてもらった狼の鉤爪の皆を思い出す。

彼等もまた人間に恐怖心を抱き、また人間も獣人に対し良くない感情を持っている人が多い。

だから彼らは変身薬で人間に変身しているのを、以前串焼き屋で出会ったカシスから聞いた。


獣人の彼らも鬼人の暁もこんなに優しいのに。

優しい種族だって存在するのに、シノアリスは胸がモヤモヤするのか俯きため息を吐いた。

ふとポスリとシノアリスの頭に乗る大きな温もりに俯いていた顔をあげれば、暁が優しい目でシノアリスを見つめている。


「別に俺は気にしていない、だからシノアリス嬢も気にしないでくれ」

「・・・・」

「誰だって強い力を持っている存在は怖いものだ」

「アカツキさんは怪力ですけど、優しいです」

「あぁ、ありがとう」


撫でる手の温もりにシノアリスは、この優しさを分かって貰えないことが悲しかった。

だけど暁が気にしないでくれと言われれば、シノアリスはそれ以上何も言えない。


「・・・・あと」

「ん?」

「嬢は無しにしてください、シノアリスでいいです」

「・・・・・分かった。これからもよろしく、シノアリス」

「はい!よろしくお願いします!」



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