第23話 鬼人と少女(4)

シノアリスが取り出したのは、複数の野草だった。それを巣穴の入口の中に少しだけ入り土を掘り野草をその中に放り込み火をつける。

野草に火が付いたのを確認し、シノアリスは暁にこの入口を塞げないかとお願いした。

勿論怪力な鬼人からすれば朝飯前のこと。


「あ、全壊しないように軽めでお願いしますねー」

「あぁ、分かった」


シノアリスの注文に暁は拳を握り、壁を軽く殴りつければ瞬く間に入口が崩れ塞がれる。

これでいいかとシノアリスへ問うように視線を向ければ、笑顔で頷いた。暁はいったい何をしたのだと問えば、答えは簡単に返ってきた。


「あの野草には不眠解消の成分がたっぷり詰まっています」


シノアリスが使用した野草は“トリアゾ草”という野草である。

簡単に言えば眠り薬の成分がたっぷり詰まった野草で、これらはどこにでも生えている。

ただし煎じても煮ても、味が物凄く苦いので煙などを主に使う。だが短時間制なので効果は三十分~一時間程度しか眠らない。

数十分後、シノアリスは崩れた岩壁を壊せるかと暁に問えば是。

再び軽い突きで岩壁は崩れる。

本当は酸欠で仕留めようかと思ったが、暁から人の気配がするとの事前情報により人が捕まっていることも踏まえ煙が充満する程度に抑えたのだ。


シノアリスはスカーフに一枚の葉を挟み、それを鼻や口元を覆うようにつける。同じように暁にも渡せば、その葉に暁は見覚えがあったのか納得したように頷いた。


「気付け葉か、確かにこれなら煙を吸っても寝そうにないな」


気付け葉は山葵のような清涼な香りのする葉であり、眠気覚ましや料理にも使用される。

ゴブリンの巣穴と化した洞窟へ足を踏み入れれば、異変を感じたのか逃げようとして眠りについたゴブリンの姿が見える。

汚い鼾を搔きながら眠るゴブリンにシノアリスは膝を着き、その口に小さな丸薬を放り込んでいく。


「シノアリス嬢、それは?」

「猛毒薬です」


つまり眠ったまま毒殺をする、ということだ。

暁もシノアリスから毒薬をもらい、ゴブリンの口の中に放り込んでいく。これで奴らはこのまま目を覚まさず死ぬだろう。

その作業をひたすら繰り返しながら、シノアリス達は一番大きな部屋へたどり着いた。


「うーん、やっぱりキングはしぶといですね」

「そうだな、だが兵士はほぼ全滅しているから此方に分がある」


奥には眠気を覚ますように小刀を足に刺し、侵入者を睨みつけるキングゴブリンとキングの背後で倒れているシャーマンゴブリン。

シノアリスにとってキングが簡単ではないことは想定内であったので取り乱さない。

ゴブリンキングで厄介なのは統率力である、だが統率力を発揮するためには手下のゴブリンが必須。そのゴブリンは猛毒により死んでいるので統率力は意味をなさない。

次はとホルダーバッグを探ろうとするが、それよりも早く暁がシノアリスの前へと立った。


「キングはどこが素材になるんだ?」

「心臓と肝ですね」

「頭や眼球は不要か?」

「討伐の証は耳や眼球ですが、素材にならないので要らないです」


もしシノアリスが商業ギルドではなく冒険者ギルドであれば眼球や耳は必須だが、商業ギルド会員なので素材にならないものに興味はない。

暁は素材を傷つけないために、徹底的に顔面を狙うつもりで指を鳴らす。

ゴブリンキングも暁の闘気に気付いたのか、椅子の傍に立てかけていた剣を掴み近寄ってくる。怒りで興奮しているのかゴブリンキングの視線がシノアリスへ注がれていた。


「どこを見ている」


シノアリスへまた一歩近づこうとしたが暁の拳がゴブリンキングの右頬に捻じ込まれる。まるで衝撃波が起こったようにドォンと激しい音を立てて、キングは壁に激突した。

だが、その巨体は頑丈なのかキングは怒りの矛先を暁へ変えた。


「グロォォォォォ!」


怒りのまま振りまわす剣を暁は見えているかのように攻撃を翻し、今度は右目の眼球に拳を叩きこむ。

グチュリ、と眼球の潰れる音とゴブリンキングの絶叫が響き渡る。

痛みに目を抑える隙を暁は逃さず、片足で足払いをかければ軽々と巨体は地に叩きつけられた。


「終わりだ」


ゴブリンキングが起き上がるよりも早く暁は拳を構え、正面から全力で叩きつける。

その怪力は鼻を抉り、そのまま拳を貫通させる。

グシャリと鈍い音をたてて潰れるゴブリンキングの頭。ピクピクとわずかに痙攣を繰り返していたが最後には力尽きたように手足は地に落ちた。

あっという間にゴブリンキングを片付けてしまった暁にシノアリスは感嘆するように拍手を送る。だが暁はゴブリンキングとの闘いでハッキリと確認できたものがあった。


まるでこれから来る攻撃の気配を感じたこと。

攻撃一つ一つの隙があり、その隙を教えるかのように光り自然とその場所を狙ったこと。


「シノアリス嬢、聞きたいことが」

「アカツキさん!」


聞きたいことがある、と全てを告げる前に焦った顔のシノアリスが暁を呼ぶ。同時に何かが迫ってくる気配に咄嗟に避ければ炎が壁に激突する。


「グギュギュ、ググゥ」


いつの間にかトリアゾ草の効果が切れ目覚めたシャーマンゴブリンが杖を掲げている。

さきほどの攻撃は、シャーマンが魔法で炎を生み出したものだろう。

近づこうとすればシャーマンゴブリンは次々と炎を撃ち放ち牽制してくるので近寄れない。


鬼人は驚異的な怪力を持つが、脚力は人間よりは早いが獣人には劣ってしまう。

スレスレで炎を避けながら間合いを詰められないことに暁は舌打ちを零した。


同じ魔法使いが居れば後方支援になっただろうが、シノアリスは錬金術士。後方支援するための魔法は持っていない。

再び撃ち込まれた炎を避けようとしたが、暁は自身の後ろにあるモノに気付き避けることが出来ずシャーマンゴブリンの炎をその身で受け止めた。


「アカツキさん!?」

「グギャギャギャギャ!」


炎が直撃し、激しい火柱があがる。

熱風が吹き抜け、黒い煙があがる。煙が晴れた先に、横たわる黒焦げの物体が視界に映りシノアリスは心臓が凍り付くかのように体温が下がった。


「アカツキさん!」


ピクリとも動かないのに、シノアリスは急いで最上級の回復薬を手に暁の方へかけ走る。

何故暁は避けなかったのかと焦りながら考えるが、後方の牢屋らしく穴にトリアゾ草の効果で女性が眠っていることに気付く。


暁は炎を避ければ彼女を危険に晒すと分かり避けなかったのか。

誤算だった。

自分の計算が甘かったばかりに暁に怪我を、彼を見殺しにしてしまったのだ。

シノアリスは、今度は自分を標的にしているシャーマンゴブリンの視線さえも気にせず暁の元へ走り出す。

冒険者であれば、シノアリスの行動は致命的な判断でもある。

だが、それを指摘する者は誰もいない。



「グギャギャー!!」


シャーマンゴブリンの汚い笑い声が響き、迫りくる炎にようやくシノアリスは気づいた。

だが、それよりも回復薬を暁へとシノアリスは駆けだす。

飛び込み黒焦げの物体に縋りつき、口を探す。見つけた口に回復薬を流し込もうとするが迫りくる熱気にシノアリスは覚悟を決めるように目を強く閉じた。

そして。







「シノアリス嬢!危ない!!」


あと少しでシノアリスに炎が迫る瞬間。

焼死したと思われた暁がシノアリスの前に飛び出し、まるで蠅を叩き落とすかのようにシャーマンゴブリンの炎を叩き落とし消失させた。


「「・・・・・・」」


あれ?とシノアリスとシャーマンゴブリンは目を点にさせて暁を見つめていた。


あれ?さっき炎直撃していたよね?

うん、直撃したよ。見ていたよな?


思わずシャーマンゴブリンと目で会話をしてしまうシノアリス。また動揺しているシャーマンゴブリンもシノアリスに対し目で答えていた。

二人して黒焦げの遺体の方を見やるが、よく観察すれば暁と体格が全く似ていない。

尖った耳や不格好な鼻をみて、これが毒殺したゴブリンの遺体だったとようやく気付いた。


だが、そんな空気を読まずに暁はシノアリスを呼んだ。


「シノアリス嬢、シャーマンゴブリンの素材はどこだ」

「え、あ、はい。多分魔石を持っていると思うので心臓です」

「なら頭は要らないな」


困惑しているシノアリスの心情など置き去りに、ゆっくりとシャーマンゴブリンに向かって歩いていく暁。

ようやく我に返ったシャーマンゴブリンは慌てて魔力を集中させ何度も何度も炎を暁に放つ。だけど直撃しているハズなのに、暁は全く傷を負わない。


「残念だな、どうやら俺に炎魔法は効かないようだ」


目の前に迫った暁にシャーマンゴブリンは、咄嗟に身を翻して逃げようとするがそれよりも早く暁の拳が頭部を貫いた。

ビクビクと痙攣をしていたが、やがて力尽きたシャーマンゴブリンを暁はキングゴブリンの方に重ねるように投げ捨てた。

汚れを落とすように手や体を叩くも、せっかく用意してくれた衣服の至る箇所にゴブリンの血が付着しており、暁は少しだけ顔を歪めた。


「アカツキさん!ご無事でよかったです」

「シノアリス嬢、ゴブリンの血は水洗いで落ちるのだろうか?」

「あ、それなら生活魔法クリーンを使えば落ちますよ。はい」


そういってシノアリスが生活魔法クリーンを暁にかければ血まみれだった衣類が綺麗に変化していく。

思わず感嘆の声をあげる暁だが、シノアリスは上下を見ながら怪我がないか確認をする。あれだけ炎を直撃しているのに傷一つないのにシノアリスは不思議でたまらなかった。


「鬼人は炎を無効化にできちゃう種族なんですか?」

「そんなわけないだろう」

「いや、でも無傷じゃないですか。私さっき本当に心臓が止まりそうになったんですよ」

「それはすまない、だがあの時避けていたら彼女が怪我をしていたからな」

「・・・・」

「シノアリス嬢?」

「すみません、私の見通しが甘かったから。アカツキさんも大怪我をしていたかもしれないのに」


何故、暁が攻撃魔法を受けて何事もなかったのかシノアリスは全く分からない。

だが元より素材採取を優先したばかりに、危険性の確認を怠った。

結果的に暁は無事だったが、もし暁の身になにかあればシノアリスはどう償えばいいのか分からない。


「本当にごめんなさい」

「顔を上げてくれ、シノアリス嬢。元々は君のお陰でキングもシャーマンも倒せた」

「え?」


暁の言葉にシノアリスは理解できないのか首を傾げた。

だが暁自身は何かを確信しているのか。


「今朝がた、俺に使用した薬になにか特別な力が備わっていなかっただろうか?」

「・・・・・あ」


暁の言葉にシノアリスは記憶を遡る。

そして思い出したのだ。彼に使用した“命の雫”に付与した3つのスキルの存在を。そしてその1つが攻撃魔法に対して絶大な効果を放つスキルだったことを。





****


本日の鑑定結果報告


・攻撃魔法耐性

付与したのに、忘れられたスキルその3。

あらゆる攻撃魔法に対して耐性がつきます


・トリアゾ草

簡単に言えば眠り薬の成分がたっぷり詰まった野草。どこにでも生えている。

ただし煎じても煮ても、味が物凄く苦いので煙などを主に使う。だが短時間制なので効果は30分~1時間程度しか眠らない。

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