第22話 鬼人と少女(3)

表通りを抜け、シノアリスと暁は無我夢中で歩いていた所為か裏通りへとたどり着いていた。お祭り騒ぎで賑わう表通りと比べ、裏通りは人の気配がまるでない。

こちらだけ別世界の様に感じるが、人目から逃れられホッと一息。

暁は傍らで息を整えるシノアリスを見て、つい自分の速さでシノアリスを引っ張ってしまったことを思い出した。


「すまない、シノアリス嬢!平気か?」

「へ、へい「ぎゅぐぐぐぐぐるぅぅう~」きですが、お腹が空きました」

「・・・・あぁ、うん。そうだな」


とても自己主張のある腹の音に思わず頷く。

そういえば買い物に夢中で全く昼食をとっていなかったことを思い出す。表通りはいまだ騒がしい。

何処かの店に入るのもいいが、先ほどの奴らが報復に来ないとも限らない。

どうするかと悩む暁にシノアリスは暁の袖を引っ張る。


「出店で何か買って外で食べましょう!」


シノアリスの提案により、屋台にてパンや果実水を購入し、ロロブスの町を出る。

念のため、周囲を警戒する暁だが後をついてくる気配は全くない。

警戒する暁とは別に紙袋に入ったお昼ご飯に浮かれているシノアリスは、どんどん先に進み近くの小川で腰を下ろした。

傍には魔物除けの香炉を焚き、暁を呼ぶ。


「アカツキさん!ここでご飯にしましょう!」

「あぁ」


本日のお昼は丸いパンの間に肉と野菜を挟んだ地球でいうハンバーガーに近い物だった。

シャキシャキの野菜と肉厚なお肉と固めのパンが絶妙なバランスをとっている。パンや具材が大きく一口食べれば頬がパンパンに膨れるが美味しいので問題はない。

幸せそうにアホ毛を揺らしながら食べるシノアリスに、暁もパンを齧る。故郷では食べた事のない味に暁も3~4口で食べ終わってしまう。

ふと、シノアリスは紙袋を暁に差し出す。

まだ口の中に物が入っているので喋れないが、目が「おかわりどうぞ!」と言わんばかりに見つめてくる。

確かにまだ腹に余裕がある。

暁は少したじろぎつつもシノアリスの好意に感謝し、また1つパンを手に取った。


「ふわぁ、美味しかった」

「あぁ、美味かった」

「でもやっぱり一番は屋台のおっちゃんの串焼きだなぁ」

「屋台のおっちゃん?」

「はい!いま私が拠点地にしている町にある屋台のお店です」


このパン以上にすっごく美味しいですよと身振り手振りで説明するシノアリスに、暁は心が和むのか口元を柔らかくし、シノアリスの話に相槌を打つ。


「ナストリアに戻ったら、是非一緒に食べましょうね!」

「あぁ、楽しみだ」

「・・・・」

「?どうした、シノアリス嬢」


さっきまで笑顔で話していたシノアリスが、突然石化したように固まり動かなくなる。

暁は突然動かなくなったシノアリスの顔をのぞき込むが、当の本人は青褪め「忘れてた!」と大声で叫んだ。

固まっていきなり目の前で叫ばれ、暁は驚いたような肩を揺らす。


「素材採取、忘れてた!すっかり観光旅行気分だった!!」

「採取?」

「私は錬金術士なので、商業ギルドから受けた依頼の薬品や魔道具を日々納めているんです」


この街にやってきたのも薬品や魔道具を作るための素材を採取にきたのだと暁に説明した。


「そうか、なら俺も手伝おう」

「ありがとうございます!!」


暁の助力にシノアリスは感謝しつつ、採取する素材を確認すべく地図を開いた。



一方同時刻。

ロロブスの門の前に満身創痍な男性が、必死の険相で門の前に並ぶ人たちへ縋りついた。


「きゃああ!」

「だれか!だれか彼女を!彼女を助けてくれ!!」

「おい!なにをしている!」

「だれでもいい!誰か助けてくれ!!」


衛兵が慌てて男を引き離すが、今度は衛兵に縋りつき必死に助けを求める。

その異様さに衛兵は顔を見合わせ、男に落ち着くように声をかけ何があったのかを訪ねた。


「ゴブリン・・・ゴブリンの群れが辻馬車を襲ってきて」

「なんだと!?」


ゴブリン自体はCランクの魔物だが、数が増えれば増えるほど討伐レベルは上がる。

とくにゴブリンキングが率いるゴブリンの集団であれば、さらにランクは跳ね上がりBランクに匹敵する。

そして基本ゴブリンは知能が低く、単独行動が多く森から出ることはない。

だが群れで辻馬車を襲うなど知恵を働かせるという事は、その背後にゴブリンキングの存在が浮き彫りする。

もしゴブリンキングがいるのであれば、ロロブスに在中する兵士では太刀打ちはできない。


今すぐ早馬でナストリアに報告し増援に来てもらうにも時間がかかる。

時間がかかれば、ゴブリンに連れ去られた恋人の生存率も格段と減っていく。


「俺の恋人が攫われて、どうかお願いします!助けてください!」


それを男も分かっているのか、冒険者や力の貸してくれる人を探す様に周囲を見渡す。だが誰もが男から視線を逸らす行動に男の顔色が絶望に染まる。

崩れ落ちる男を周囲は気の毒そうな目で見るも誰も近寄らない。

ふと男の傍に複数の影が近づいた。


「襲われたのはどこなんだい?」

「!君たちは?」

「僕たちは冒険者パーティー“戦う常夏”です。あの詳しくお話を伺えますか?」


現れたのは、昨日このロロブスに到着した冒険者パーティー“戦う常夏”。

シノアリスからワーウルフを譲ってもらったアマンダ達だった。依頼を達成したので、ナストリアに帰ろうとした矢先にこの騒ぎに遭遇した。

男は縋る目でアマンダ達を見上げるが衛兵の厳しい視線に遮られる。


「君たちは確か駆け出しの緑だったよね、まさかゴブリン退治に名をあげるつもりかい?」

「いいえ、ボクらが行っても討伐はおろか救出さえ難しいでしょう」


戦う常夏のリーダー“コリス”は自分たちの実力は分かっていると申し訳なさげに首を横に振った。


「アタイ達は、確かに階級は緑さ。でも偵察くらいならできる」

「まずボクたちがアジトや周囲の状況を探るから、一刻も早くナストリアに応援を呼んでください」


確かに応援が来てもまずは偵察が先となる。

なら1秒でも早く情報を持ち帰れば、その分早く動ける。だがその分リスクも高い。

衛兵はここで押し問答しても仕方ないと分かっているのか「分かりました、ご武運を」と偵察を頼み、ナストリアへ早馬を出すために仲間を呼び集めた。


「お願いします!エイミーを!エイミーを助けてください!」

「絶対は約束できないが、アタイたちのできる限りを尽くすよ」


それで何処で襲われたのか、と問いかけるアマンダに男はゴブリンの群れに襲われた場所を伝えた。

本来コリス達が受けられる依頼は-C級まで。

ましてやゴブリン討伐は受けられない。偵察もばれるリスクがとてつもなく高い。

だが絶望で崩れ落ちる男を、恋人を救ってくれと叫び声をあげる彼を放っておくことが出来なかった。コリスは相棒のアマンダを見やる。


「いざというときは、他の奴らを引き連れて逃げてくれ」

「・・・分かってる」


最悪、このメンバーの誰かが命を落とすかもしれない。

その覚悟をもって戦う常夏は、ゴブリンの群れが襲撃してきたという場所に向けて歩き出した。




****


一方シノアリスと暁は、ロロブスから少し南寄りの森の中を歩いていた。

この森の何処かに、とある魔物が作った巣穴があるという。


その魔物はイブリンという見た目猪みたいな魔物であり、寒い季節になると土壁を掘って巣穴を作る。そこで一時的冬眠をするのだが、毛についた胞子が巣穴の中で成長し暖かい季節になれば花が咲く。

その花が、シノアリスが採取したい“イブリの花”という素材なのだ。


イブリの花を検索したとき、一番身近で咲いているのがロロブス付近の森だったのだ。

シノアリスはヘルプでマップを表示させ、イブリンの巣穴を探す。暁も同じように巣穴を探していた。


「巣穴らしきものはありませんねぇ」

「あぁ、そうだな」

「でも確かに地図ではこの周辺を点していたのですが」


だが見える視界の先には何もない土壁だけ。周囲を見渡しても木々しかない。

ヘルプが間違えた情報を掲示するなど初めてだ。どうしようかと頭を悩ませるシノアリスに対し、暁は訝しんだ目である一点を見つめていた。


「アカツキさん?」

「静かに」

「ぐぎゅぎゅぎゅ・・・」


身を潜めるように屈む暁に誘導され、その身を隠すように腰を落とす。

同時に草陰からゴブリンが姿を見せた。

だが一匹ではない、複数のゴブリンが絞めた馬を引きずり、また人一人が入るようなボロ袋を抱えて進んでいく。

その先はシノアリスが何もないとみていた土壁へと向かっていく。

が、次に二人が見たのはゴブリンが土壁の中に吸い込まれるように消えていったこと。


「「!!」」


あっという間にゴブリンの群れは土壁の中へ消えていく。まさかと思い、シノアリスはホルダーバッグを探りながらルーペのような物を取り出した。


「シノアリス嬢、それは?」

「これは“あばきの”という魔道具です」


これも同じく御蔵行きとなった1品であり、このルーペで覗き込めば幻術やトラップなどを見破り真実が写される。

ダンジョンなどを攻略する冒険者が知れば殺到するだろうと思い、作成したのだが案の定ロゼッタから却下を食らったため御蔵行となった。


暴きの眼をゴブリンたちが消えた土壁へと向ける。

見えたのは大きな門だった。

巣穴を補強した跡があり、門の上にはゴブリンの巣穴を示すかのように武器と骨が飾られている。

どうやら、イブリの巣穴をゴブリンが自分たちの巣穴へと変えてしまったようだ。


「まさかゴブリンが先に占領しているなんて」

「どうする?他の場所を探すか?」

「うーん、いえ採取しに行きましょう」

「分かった」


採取する旨を伝えれば、暁は周囲を探りつつ土壁の傍に近づく。すると景色が歪み先ほどまで何もなかったはずの土壁には大きな穴が開いており、魔物独特の異臭が鼻を掠める。

暁はスッと目を細め、巣穴の奥を見据えた。


「三十・・・いや、大きな気配が一つ、小さいのが五十と人の気配もあるな」

「分かるんですか?」

「あぁ、気配を感じる。ん?奥に異質なのが一つあるな」

「うーん、もしかしてシャーマンかな?」

「シャーマン?」


ゴブリンは基本二種類しかいない。

一つはゴブリン、知能が低いが繁殖率が高いが単独行動が多い。もう一つはゴブリンに命令が出来、束ねるゴブリンキング。

ゴブリンキングは知能があり、統率力がある。その統率力でゴブリンを引き入り村や集落を作らせる。


そしてその二つともでない亜種なる存在“ゴブリン・シャーマン”

ゴブリンキング同様、知性があるが繁殖力が非常に低い。そのため希少な魔物ではあるが非常に厄介なのが彼らは魔法を扱えること。

もしこのキングとシャーマンが結託しているのであれば、この隠すような巣穴にも納得がいく。


「シノアリス嬢は博識だな」

「キングもシャーマンの素材採取の対象なので」


つまり素材対象ではない魔物に関してはヘルプ頼りだと恥ずかし気に話すが、山の奥に引きこもり世界を多く知らない暁からすれば十分博識だ。


「どうやって奴らを殲滅する?俺が特攻しようか?」

「もしシャーマンがいれば多少面倒なので、一気に片付けちゃいましょう!」


そう言いながらシノアリスは、笑顔であるものを取り出した。


「さぁ、素材採取をしましょうか」





****


本日の鑑定結果報告


・イブリの花

猪型の魔物“イブリン”の体に付着した胞子により咲いた花。主に水虫の薬として使用される。


・ゴブリン

繁殖能力が強いが知能がそこまで高くない。単独行動が多い。

キングはゴブリンを統率する能力が高く繁殖するために女を攫う。シャーマンはさらに希少価値で魔法を扱える。この3組が結託している場合、討伐ランクはAランク。難易度はA級に該当するレベル。


・暴きの眼

電光石や重力の杖と同じように商品化できず、御蔵行きとなった一品。

幻術やトラップ、または隠し通路など隠されたものをすべて見破る。

ダンジョンだろうと、魔法だろうとすべて暴かれる。

つまり下手をすれば王国の隠し通路とか隠し扉とか全部ばれる危険性があるのでロゼッタから「絶対ダメです」と却下された。

尚本人はその危険性に気付いていない。

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