第21話 鬼人と少女(2)
アンリの言葉にシノアリスは周囲の衣類を観察するように見つめた。
どの衣類にもアンリの服に対する思いが詰まっているのか、どれもキラキラと輝いて見える。
「そうそう、ハイローからシノアリスちゃんにお礼になにか織物を送ってほしいと言われているの」
「へ!?」
「折角だから一着作ってあげるわ」
アンリの言葉にシノアリスは、ハッと隣に座る暁をみた。
突然シノアリスから視線を向けられ、暁は驚いたように肩を揺らす。じぃと見つめてくるシノアリスに暁はどう反応すればいいのか分からず冷や汗を流した。
「でしたらアカツキさんの服を作っていただけませんでしょうか!?」
「シノアリス嬢!?」
「実は
「まぁああ!なんて良い子なの!!わかったわ!私の腕を最大限に活かして最高の服を作ってあげるわ!」
「よろしくお願いします!」
燃え上がるシノアリスとアンリは互いに握手を交わす。
その様子に服を作られることになった当事者の暁は、展開についていけず行き場のない手がオロオロとさまようだけだった。
「まずはデザインからね。貴方・・・・アカツキさんだったかしら?」
なにか好みはある?とアンリに問われ、暁は戸惑う。
暁自身、服とかには無頓着でとりあえず着られればいい思考の持ち主である。そのことを何度も幼馴染から怒られていた。
だから好みなどを問われても思いつかず固まる暁に、シノアリスは元気よく挙手をした。
「着物!着物がいいです!」
「着物?シノアリスちゃん、着物のこと知っているの?」
和服など珍しい衣服を知っていることにアンリは驚いた。確かに東の土地で和服を好んで着ている人や種族が存在する。
だがこの国では和服など珍しい服を着ている存在はあまり見ない。シノアリスが知っていることに驚きを隠せないアンリだが、シノアリスの前世の記憶では着物など誰もが知る衣服である。
「アカツキさんなら赤とか白とか、あ!黒の着物とか似合いそうですよね!」
「・・・赤、白、黒。うん、いいわ。それ採用よ!」
アイディアが浮かんだのか背後に燃えるような炎を出しながら、いつの間にか用意したスケッチブックに鉛筆を滑らせていくアンリ。
時折、暁にズボンやインナーのことを訪ねたりしながら完成していくデザイン図。見せられた図に暁もシノアリスも感嘆の声を漏らした。
「凄い!凄いです!アンリさん!!ぜひこれをお願いします!お金は惜しみません!」
「いいえ、私も良いデザインが出来たから少しだけサービスしちゃうわ」
久しぶりに燃えたわ、と額に浮かんだ汗を拭うアンリ。
「この情熱が冷めない内に作成するわ、3時間後にまた来てくれるかしら?」
「はい!ありがとうございます!」
深々と頭を下げるシノアリスに、暁も慌てて頭を下げる。
制作するために奥に引っ込んだアンリを見送り、シノアリス達は店を出る。これで衣装は完璧だ。
「じゃあ、武器を見に行きましょうか」
「武器?」
「アカツキさんは魔物と戦ったことありますよね?」
「あぁ、だが鬼人は力が強すぎるから武器は使用しないな」
女は棍棒などを好むが、男の鬼人は素手や素足で攻撃をする。
その言葉にシノアリスは、ならナックル系の武器はどうだろうと提案し暁はそれならと頷きかけるもハッと我に返りシノアリスを制するように肩を掴んだ。
「シノアリス嬢、これ以上金の浪費は良くない。俺は今までも素手で魔物を討伐してきた、だから」
「・・・・じゃあ私が作ったのならいいですか?」
「え?いや、うん?それ、なら?うん」
確かに作るのであれば金はかからない。
掛からないが、なにか微妙な暁は戸惑いながらも頷く。
「じゃあデザインだけでも見に行きましょう!」
「あ、あぁ」
シノアリスに気圧される暁は再び、引かれるがまま今度は武器屋へと足を運ぶこととなった。
***
武器だけでなく調合用の素材や食べ物などを見て回ればあっという間にアンリに言われた3時間を過ぎようとしていた。
「いやー!楽しい買い物でしたね!」
「・・・・あ、あぁ・・・・ソウ、ダナ」
ぐったりとしている暁とは別にシノアリスは輝かんばかりの笑顔だった。
そう、アンリの店を出た後、シノアリスと武器屋にはいったときまず彼女は鍛冶屋の親父さんに。
「殴ったら木っ端微塵になるナックルとか売っていますか?」
「殺意高すぎじゃね!?」
とそれはもう相手をぶっ殺す前提の武器を参考にしようとし、次に訪れた雑貨商では。
「とりあえず、この入り口の棚から出口のこの棚まで全部ください」
「勘弁してください」
「待て、待つんだシノアリス嬢」
必要のないものを全部購入しようとするのを必死に止めるなど、激しく興奮状態のシノアリスを抑えるのに暁は予想以上の体力を消耗したのだった。
「疲れました?」
「いや、平気だ。それよりお店に戻ろう」
「はい!」
荷物は全部シノアリスがもつホルダーバッグにしまっているので、たくさんの買い物をしたようには思えないだろう。
だが、本日このシノアリスは合計金貨50枚以上消費しています。
「こんにちわー」
「いらっしゃい!待っていたわ!!」
ドアを開けた瞬間、残像を残しながら目の前に現れたアンリにシノアリスも暁も思わず身を引かせた。
だが、それを許すまいとアンリにより店の中に引きずり込まれる二人。
案内された部屋の先には1着の服とブーツがマネキンに飾られていた。アンリは早速試着してくれと暁を試着室に捻じ込み、今かと今かと暁が出てくるのを待っている。
シノアリスもワクワクと興奮を表すかのようにアホ毛を上下に揺らしつつ暁が出てくるのを待った。
数分後、試着室から現れた暁にアンリもシノアリスも感嘆の声を漏らした。
着物は白をベースとし襟元や裾が赤いラインが入り、袖の部分だけ黒と赤のグラデーションとなっており、片方の袖が元々通さない使用なのか片肌脱ぎ状態になっている。
下は黒のハイネックノースリーブのインナーと片肌脱ぎ側の二の腕にはインナーと同じ黒のアームスリーブを身に着け、ズボンは黒ズボンに左足には2本のブラウンのベルトが巻き付いている。
最後に靴は黒のロングブーツを履いており底が若干厚い。
「どう、だろうか?」
「すっごい!凄く似合っています!暁さん!」
そうですよね、アンリさん!と同意を求めて後ろを振り返れば燃え尽き真っ白になったアンリがそこに立っていた。
その姿に驚き、おぎゃあぁああ!と何かが産まれたような悲鳴が響き、通りすがりの住民が驚き、店を避けるように遠ざかったのだった。
「ごめんなさいね、久しぶりに熱が入りすぎちゃって」
「いえ、此方こそこのような素晴らしい衣服をありがとうございます」
「私も見た瞬間、目が奪われました。本当にありがとうございます!」
服飾人にとって、その服を大事にまた喜んでもらえるのは何よりの報酬である。
アンリは優しい目でシノアリスと暁を見つめながら「大事に着てね」と告げれば、勿論だと頷くシノアリスと暁にアンリは心が温かくなる。
金額は金貨2枚とあまりの安さに二人は抗議したが、アンリはそれ以上の物を頂いたと金貨2枚以上はとろうとしなかった。
元々ハイローがお礼に一着作ってあげてほしいと頼まれていた。だから頂くのはデザイン代と制作代のみで十分。気に入ってくれたのであれば、またこの店に来てほしいと宣伝し、渋々シノアリス達を納得させたのだった。
お店の外で見送るアンリに何度も頭を下げながら、二人は再び賑わう表通りを歩いていた。
「良いお店でしたね」
「あぁ、この衣類は大事にしないと」
「ほつれたら行ってくださいね!私が直しますので!」
「ありがとう、シノアリス嬢」
衣類だけでなく暁のために沢山買い物をするシノアリスに最初は申し訳なさを感じていたが、こうも暁のことで笑顔や嬉しさを見せるシノアリスに暁もつられて口元が緩んでしまう。
ふと何かに気付いた暁は、咄嗟にシノアリスの肩を抱き寄せた。
同時に前方から歩いていた男が、まるで何かにぶつかる予定が空ぶって地面に勢いよく倒れこんだ。
「いでぇ!おい!なにしやがる!」
「へ?」
「なに、と言われてもそちらから倒れこんできたのだろう」
倒れこんだ男が顔を真っ赤にして怒鳴ってくる。
全く展開についていけないシノアリスは不思議そうに目を点にしていたが、反対に暁は鋭い目で男を睨みつけた。
もし暁がシノアリスを引っ張らなければ、この男はシノアリスに勢いよくぶつかってきたであろう。
「ちゃんと前を見て歩け」
「んだと!子供の前だからって恰好つけんじゃねぇぞ!!」
振り上げられた拳に、シノアリスは慌ててホルダーバッグに手をかけたが、それよりも早く暁はシノアリスを抱える腕を後方へずらし、片手で男の拳を軽く薙ぎ払った。
軽く、薙ぎ払ったはずなのにドゴッと重い音が響き、男の手は1回転と捻じ曲がっていた。
「いでぇええええ!」
「「兄貴!」」
「兄貴大丈夫ですか!?」
男の連れ合いだと思われる小柄な男達が、兄貴と呼ぶ男の元へ集まった。
いつのまにかシノアリス達の周囲だけがポッカリと空き、みんなは遠巻きに様子を見ていた。痛みに歯を食いしばり、息を荒げた男は逆上したまま子分たちに「殺っちまえ!」と感情のまま怒鳴った。
勿論、兄貴と慕う上の存在から命令に、それぞれの獲物を手に暁に飛び掛かった。
「アカツキさん!」
慌てたように叫ぶシノアリスの声が何処か遠く聞こえる。
暁の目には、飛び掛かる彼らの隙がすべて見えていた。右横の脇腹、眉間、顎、背後と彼らすべて見える隙を暁は拳で、足で叩きのめしていく。
一撃で沈む子分に、ようやく分が悪いことを悟った男は子分を置いて一目散に人ごみの中へ逃げていった。残された子分達も這う状態で逃げ出していった。
「アカツキさん!怪我は!?お怪我はないですか?!」
「・・・あぁ、大丈夫だ」
傍に駆け寄ってきたシノアリスを安心させるように笑う。
「凄いです、相手を一撃で叩きのめすなんて鬼人はこんなに強いんですね」
「いや、こんなことは俺も初めてだ」
正直、いまの自分に何が起きているのかさっぱり分からない。
いまの様に相手の隙が見切れれば、あの魔族の侵略にも耐えられていたのかもしれない。だが所詮は過ぎた事。
が、それはそれとして異様な変化に暁はなにか変わったことがあっただろうかと思考を巡らせる。そしてふとシノアリスが点した薬のことを思い出す。
暁はシノアリスの方を向き、問いかけようとするも目立ちすぎたのか野次馬の視線が集中している。
此処では話しづらいと暁もシノアリスも逃げるようにその場を逃げ出した。
****
本日の鑑定結果報告
・急所看破
付与したのに、忘れられたスキル その2
相手の急所、または隙を看破できます。
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