第20話 鬼人と少女(1)

暁の故郷は、このナストリア国の領土から遥か東にある山奥の中にあった。

鬼人は生命力が強くまた巨人族と引けをとらない怪力さから周囲から恐れられてきた。だが鬼人は戦闘種族ではあるが、穏やかな性格が多いため向こうから仕掛けてこない限り争うことなど滅多にしない。

が周囲はそれでも鬼人を恐れた、だから他の種族と交流をなるべくしないよう彼らは山奥で暮らしていた。


その地はかつて異人が住んでいた土地であり、土や山の恵みがとても豊富で食に困ったことは一度もない。

また暁はその故郷で一等好きな場所が桜の木だった。


暖かい季節で僅か数日しか花を咲かせない桜は、美しく暁は毎年その桜を見るために山籠もりをすることもしばしばあった。

こんな緩やかな時間が続くのだと信じていた。



だがある日、村の男たちが狩りのためほとんど出払い残されたのは女子供、老人。若いのは暁とまだ成人前の鬼人だけが留守番をしていた。

それを狙ったのか、または偶然なのか今まで交流すらなかった人間に襲撃された。


なぜ今になって人間が襲撃してきたのか初めはわからなかった、だがその背後にいた魔族の存在により状況が把握できた。

魔族は知能が高く魔物だろうが人だろうが統率に優れた種族、奴らはその力を存分に活かし大勢の人間の恐怖心や心理を煽り引き連れて村に襲い掛かった。


最初は戦えるものが戦ったが、数の圧倒さには勝てる見込みはなかった。

暁は若手に子供や老人を逃がすように言い、時間稼ぎとして村に残り戦った。だが所詮数の暴力により暁は敗れ人間に捕まった。

散々甚振られたのち、奴隷商に売られた。珍しい鬼人に、多くの人間は興味を持ち、闘技場で戦わせては嬲るなどを繰り返した。


別に恨みなどはない。

鬼人は戦闘種族の志向が強い。たとえ卑怯な襲撃であろうと敗者が暁なのは変えようのない事実。

だが、故郷を恋しく思わない訳ではない。


右目は失明し、左手は余興で闘技場に放り込まれたとき神経毒にやられ麻痺した。角も鬼人の角には延命の効果があるなど迷信を信じ削り取られ、臓器は実験をするために散々酷使されたのでほぼ死んでいると言って良い。

ここまでしぶとく生きられたのも鬼人の生命力の高さ故だろう。


だがもう虫の息に近い暁を、奴隷商は廃棄処分することを告げた。

ようやくこの苦痛から解放されるのかと心から安堵した。だけど、今もなお鮮明に残る故郷の桜をもう一度この目で見たかった。






「この檻を開けてください」


最初に聞こえたのは幼い声。

視線を向けたとき、懐かしい花の色と形に思わず花の名を零していた、傍にやって来たのは幼い少女だった。暗く異質な地下牢には不釣り合いな白銀色の髪に桜色の仮面。

無意識に縋るように伸ばした手を、少女は黙って受け入れてくれた。最後に故郷の花を見られた、悔いはない。

そう思っていたのに。




「最後と言わず。これからもいろんな景色、見て回りませんか」


暁の手を包む柔らかく小さな手は、暁を暗闇から外の世界へと引き上げた。


「私と世界を旅しましょう」





***


契約の変更は、シノアリスのスキルによりあっさりと書き換えられた。術式が変わった所為か暁の喉に張り付いた奴隷紋が記号へ変化し首周囲に巻き付くように張り付いた。

紋が変わるとは思わなかったシノアリスは、慌てて暁に違和感や異変はないかと確認してきたが特に感じない。

それに安堵の息を吐く姿に、暁は再び頭を下げた。


「アカツキさん?」

「シノアリス嬢、心から感謝する。貴方のおかげで俺は自由になれた」

「まだ契約は残ったままですから、自由じゃないですよ」


だがシノアリスは自由になるための道を作ってくれた。

この恩は必ず鬼人の名に懸けて返す、と告げる暁にシノアリスは困ったように頬を掻いた。元々シノアリスが間違えて店に入った事がキッカケで後は勢いに任せての行動だった。


「私、相棒パートナーが居たら良いなって思っていたんです」


思い出すは狼の鉤爪との旅。

冒険者にはなれないけども、いつか自分にも旅の仲間が出来て一緒に世界を見られたらなと夢見ていた。


「だからアカツキさんが一緒に旅をしてくれるの、すごく嬉しいんです」


感謝を言うならば、私の方だとシノアリスは笑った。




「よし!では新しい旅の仲間の結成をお祝いしてアカツキさんのお洋服見に行きましょう!」

「え?いや、俺はこの格好で」

「うーん、その恰好では返って動きづらいと思いますよ?」

「・・・」


暁が着ている服は、シャツとズボン、革靴だけなのでシノアリスの言うように旅には適していない。


「お祝いですので、プレゼントさせてください」

「し、かし・・・シノアリス嬢には薬や目を治してもらった、これ以上は」

「よーし!この街で一番の洋服屋さんを探すぞ!」


これ以上もらうのは気が引けるという暁の言葉を無視してシノアリスは支度を始めた。

そのシノアリスの行動に暁は言葉を発しようとしたがどうして言えば納得してもらえるのかと言葉が上手く見つからず、結局シノアリスに引かれるがまま、街へ連れ出されたのだった。




ロロブスの収穫祭2日目は初日と変わらない賑わいをみせていた。

暁もお祭り騒ぎの表通りに思わず視線が走る。シノアリスはしっかりと暁の手を引いて、今朝がたヒューズに書いてもらったミススミミススの店への地図を手に進んでいく。


「シノアリス嬢、止まってくれ」

「え?」


ふと暁の手を引きシノアリスの手を逆に引っ張り足を止めさせる。どうしたのかと暁に問おうとした瞬間、横脇から大勢の子供が一気に飛び出し祭りの中へ駈け込んでいく。

もし暁が引き留めなければ、シノアリスはあの子供と勢いよくぶつかったであろう。


「うわ!びっくりした。アカツキさんありがとうございます!よく気づきましたね!?」

「・・・・いや、なんだか大勢の気配が勢いよく近づいてくるのを感じて」

「へー!鬼人って凄いですね」


シノアリスは忘れていた。

暁に服用した“命の雫”につけたスキルの存在を。

咄嗟に反応したのが付与したスキルの1つ“気配探知”だということを。薬を鑑定したときも効能の部分しか見ていなかったのもあるが、薬神の眼ではスキルが暁に付与されたか見られなかったので完全に忘れていた。

暁自身も、もしかして長い間苦境にいたから身についたのかと勘違いをしていた。



凄い凄いと暁を賛美するシノアリスに、暁も恥ずかし気に笑いながら溢れる人込みの中を進んでいく。

ようやくたどり着いたミススミミススの店は、確かに周りと比べれば小さく感じるがどの店よりも綺麗で大切にされているお店だと伝わる。

シノアリスは恐る恐るとお店に入れば、扉に設置されたベルがチリン、と音を立てて来客を知らせる。



「あら、いらっしゃい。可愛いお嬢さん」


奥から出てきたのは、1人の男性。

暁よりもガタイが良く筋肉がついた逞しい胸が開かれたシャツから覗いていく。黒のストレートパンツが足の筋肉やお尻にぴったりと張り付いている。

金色のふわっとパーマが掛かった髪を撫で梳かしながら、男は艶やかな笑みでシノアリスを出迎えた。


男なのに、なんだか異様に色気を感じるのは何故だろうか。


「私はこの店のオーナー“アンリ”よ。可愛いお嬢さん、本日はどんなご用件かしら」

「ご丁寧にどうも。シノアリスといいます。あ、あのハイローさんからここを紹介されて」

「ハイローから?」


シノアリスの言葉にアンリは思わぬ人物の名前が出たとばかりに目を瞬かせるが、シノアリスが見せた鳥のマークが入った紋章にアンリは「まぁああ!」と甲高い雄叫びをあげた。


「貴女が勇気のあるお嬢ちゃんね!ハイローから話を伺っているわ!」


歓迎ムードのアンリに手を掴まれ、店の中に引きずり込まれるシノアリスは反射的に捕まる物に手を伸ばし暁の手を掴んだ。

一瞬だけアンリが進まないことに振り返り、シノアリスが暁の手を掴んでいるのを見て「お兄さんも一緒にどうぞ」と暁の手を掴み、店の中へ引きずり込んだ。

シノアリスでは微塵も動かなかったのに、アンリは片手で暁を店の中に引きずり込んだことに、すげぇ力持ちと慄いていた。



「はい、私お手製のハーブティーよ」

「いただきます」

「ありがとうございます、いただきます」


出されたお茶に口をつければ、爽やかな香りと甘い味にシノアリスはお気に召したのかアホ毛が踊るように揺れる。

ちびちびと飲むシノアリスとは別に2~3口で飲み干してしまった暁にシノアリスは慌てて飲もうとするが返って咽てしまう。


「だ、大丈夫か!?」

「んげほ、ごへっ・・・だ、だいじょうぶ、です。ありがとうございます、アカツキさん」


恥ずかしいところを見せてしまったのかシノアリスは羞恥心で顔を真っ赤にした。だがそんなシノアリスを甲斐甲斐しく介抱する暁に、アンリは和むように二人のやり取りを見つめていた。

そうその目はまるで手のかかる妹を世話するお兄ちゃんを眺める母親の目のようで。


「アンリさん?」

「あらやだ、ごめんなさい。すっごく微笑ましいからつい」


なにが微笑ましかったのだろう。むしろアホな醜態しか晒していないのだが。

とシノアリスは分からず首を傾げ、暁ならわかるのかと暁の方を見る。だが彼も同じく何が微笑ましかったのか分からないのか、シノアリスと同じように首を傾げていた。

その様子に、んぐとアンリは口元を手で押さえ悶えていた。


「ん、ごほん。改めてシノアリスちゃん。ハイローを守ってくれてありがとう」

「あ、いえ。偶然居合わせただけですので」

「いいえ、ハイローは服飾業界ではとても貴重な存在なの。だから貴方があの馬車に乗っていなければ多くのお店が大打撃を受けたわ」


アンリの言葉にハイローとはそこまで有名な存在なのかと驚いてしまう。


「ハイローはね、機織という職人なのよ」

「はたおり?」

「機織は、糸を縦横に組み合わせて作った布地のことだ」

「へぇぇ、アカツキさん詳しいですね?」

「故郷で何度かみたことがあった」


暁の故郷では、老人たちがそれを人里などに売り物として販売していたのを知っているからだ。

非常に繊細な仕事で若手では機械を壊すこともあった。


「そしてハイローは糸作成、というスキルを所有しているの」

「え、じゃああの時みた織物はハイローさんの自作ですか!?」

「えぇ、ここにある衣類も全部彼の織物から作っているのよ」






****


本日の鑑定結果報告


・気配探知

付与したのに、忘れられたスキル。

半径300Mの周囲までの気配を探知できる。高レベルになれば隠密など気配遮断した相手さえも感知できる。

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