第19話 奴隷商会と奴隷(5)

チチチ、と鳥のさえずりにシノアリスの意識は浮上する。

いつの間にベッドに移動したのか、シノアリスは寝ぼけた状態で起き上がった。

傍にはご丁寧に畳まれたローブとホルダーバッグが置いてある。ふと周囲を見渡し暁の姿がない事に首を傾げるも、微かに聞こえる寝息の音に視線を落とせばベッドの横に背を預け眠る姿があった。


暁がいることに安堵したシノアリスは起こさないようベッドから降り、毛布を暁にかける。

きっと調合中に魔力の使用が多すぎて気絶したシノアリスをベッドに運んでくれたのだろう。

優しい鬼人だとシノアリスは微笑み、静かにテーブルの上に鎮座した錬金窯の傍に移動し中を覗いた。中にはまるで宝石のように輝く水色の液体が僅か数滴分底にあった。

高鳴る胸を押さえながら、液体に向け「鑑定」をつぶやく。



【命の雫(中品質 効果:中)】

欠損や死滅した細胞を蘇らせる妖精族に伝わる秘薬。

中品質により欠損部位があれば死滅細胞を再生させることが可能。

【以下、3つのスキルが付与されています】

【気配探知】

【急所看破】

【攻撃魔法耐性】

上記3つのスキルは、薬の使用者に自動的に付与されます。



「やったーーー!成功だー!」


思わずシノアリスは大声を上げ万歳と両手を天井に向けてあげる。

無論突然の大声に、暁が飛び起きたが浮かれ大喜びをしているシノアリスは気付かない。ホルダーバッグから液体を回収する器具を取り出そうベッドに振り返り、ようやく目を覚ました暁にシノアリスは気付いた。


「あ、おはようございます」

「お、はようございます、ご主人様」


「薬出来ましたよ!早速薬を点しましょう!」

「え?」







あの後、状況把握が出来ていない暁の腕を引っ張り(勿論1ミリも動かなかった)なんとか再びソファーに座っていただく。

本来ならもっと量があれば飲んでもらうのだが、量が数滴分しかないので直接目に点すことにした。

シノアリスは目薬用の空き瓶に薬を移しソファーに座る暁の前に立つ。


「じゃあ今から薬を点しますね」

「はい、分かりました」


素直に顔を上にあげる暁に、シノアリスは少しだけ上瞼を持ち上げて薬を点す。

中身全てを失明した目の中に点す。

ジワリ、と暁の中で何かが浸透していく感覚と同時に目が、体の内部が熱くなる。

思わず微かな呻き声を漏らすと同時に暁の体が虹色の光に包まれた。


最初に聞こえたのは激しい鼓動、そして全身を巡る熱はまるで燃えているかのように熱く苦しい。

多少苦痛の声が漏れたが耐えられないほどではない。


体中に巡った熱が一瞬で引けば、暁はゆっくりと目を開いた。

窓から差し込む朝日が目の前の少女の白銀の髪を輝かせ、眩しさに瞬きを繰り返す。

ようやく目が慣れたのか目の前に立つ主である少女の姿が、両目の視界にハッキリと映り暁は信じられないと言わんばかりに言葉を震わせた。


「・・・見、える」

「やったー!さすが天才美少女錬金術士シノアリスちゃん!!初めてなのに大成功!」


初めて製薬で成功した高揚感にシノアリスは両腕をあげて歓喜する。

だが念のため、薬神の眼で暁の健康状態を観察するも異常はどこにも見当たらない。


薬神の眼ではスキルの確認はできないので、ちゃんと暁にスキルが付与されたのかは分からないがヘルプを信頼しているシノアリスは深くは気にしなかった。

残るは欠けた左角だけ。

これは欠損部位がないので、今の命の雫では治せない。もう一度作りたいが作るための素材が底をついてしまっている。


「いつかその角も治しますからね」

「・・・・」


笑顔で告げるシノアリスに暁は口を開き言葉を発しようとしたが、グルルル、と暁の腹から響く音に遮られる。

暁は、音の発信源が自身の腹であることに驚愕し思わず手を当てる。

正常に戻った臓器が栄養素を求め腹を鳴らしている、空腹の音などいつぶりに聞いただろう。

シノアリスは信じられない顔で腹を撫で、右目を覆う暁を見ながら朝食を食べようとベルを鳴らした。




「では、ごゆっくりお召し上がりください」


鳴らしたベルにより素早く部屋に訪れてくれたヒューズに朝食を伝えれば、直ぐに食事が運ばれた。

テーブルに並べられたパンとスープ、肉や魚の軽い和え物、サラダ。

シノアリスは即座にパンにかぶりついた。

ナストリアはふわふわな真っ白な柔らかいパンが主流となっているが、此方は表面はザクザクとして中はもっちり。噛めば噛むほどパンの甘さを感じ、頬を膨らませながら美味しさにアホ毛と共に打ち震える。

サラダも新鮮な野菜だけでなく真っ白なドレッシングが塩気とクリーミーさが混じり、時折クルトンがアクセントとなって食が進む。スープは濃厚なのに冷たく飽きが来ない、これが高級な宿屋のお食事なのかとシノアリスは幸福で召されかける。

そんな目の前で幸福そうに食べるシノアリスに、暁は目の前に置かれた食事とシノアリスを何度も交互に見ては困惑していた。

その様子に気が付いたシノアリスはパンを千切り、暁の口元へ運ぶ。


「食べてください、私達の朝ごはんです」


私、ではなく私達。

暁はゆっくりと口を開き、差し出されたパンを食べた。ふわりと鼻を抜けるパンの香りともっちりとしった触感、そして微かな甘み。

地下室で与えられ続けた残飯とは違う優しいパンの味。


ポタリ、小さな雫がテーブルの上に落ちた。

それはまるで雨のようにポタポタとテーブルの上を滴らせる。無言で涙を流す暁にシノアリスは何も言わず、暁の手にパンを握らせた。

暁はそれを宝物のように抱きしめ、一口一口と噛みしめるように食していく。


「アカツキさん、まだいっぱいありますよ!一緒に食べましょう!」


笑顔で野菜やお肉を差し出すシノアリスに、暁は泣きながらそれをすべて完食した。




***


腹も満たされ、シノアリスは再び暁と向き合って床に正座していた。

なぜ床なのか。

最初はソファーに座らせようとしたが、暁は傷を癒し目も治してもらい、更にご飯までいただいた。

命に代えても守ると決めた主人と同席するのは出来ないと頑なに拒否したからだ。

ならば私も床に座ろう!とシノアリスは暁の目の前に正座したのだった。


「あ、あのご主人様」

「まずはそのご主人様は止めてください。私にはシノアリス、という名前があるので」

「シノアリス様」

「いや、様付けを一番止めてほしいんですけど」


まずは話し合いをしましょう、とシノアリスは奴隷契約書と真っ白な紙を同時に取り出した。

奴隷契約書に関しては暁の所有を示す物である。


「最初に私のことを説明させていただきますね」


シノアリスは自身が錬金術士であること、世界中を旅してまわる行商人であり目標は放浪の錬金術士を上回る道具をつくることを話した。

そしてこの度奴隷を購入にあたった経緯、要はお店を間違えて入店し衝動的に暁を購入したことを謝罪と一緒に説明をした。


「では、シノアリス様は奴隷は不要だったのですね」

「奴隷は困りますね」

「それですと俺・・・私の所有は店へと戻ることになります」

「いえ、戻ってもらっては困ります」


シノアリスの言葉に暁の表情に困惑が浮かぶ。

奴隷は不要だと今し方申したではないか、奴隷は特殊で基本購入者の所有物となる。だが購入者が死んだ場合や奴隷を不要とした場合、自動的に購入した店の所有に戻される仕組みだ。

これも犯罪奴隷などを即座に釈放などさせないための措置でもあるのだが。


「まず、アカツキさんの奴隷の証を少し書き換えます」

「は?」


シノアリスの言葉に暁は意味が分からず聞き返した。

そもそもいま暁の喉に刻まれた奴隷の証は、高難易度な魔術が組み込まれている。それを解読または書き換えるなど賢者以上の知識と魔力が必要となる、奴隷から逃げ出そうと証を傷つけてもそれは消えない。

それだけ奴隷商の紋は複雑なのだ。

だが、そんな難解はシノアリスにとっては全く問題がない。


「さっきスキルでアカツキさんの奴隷の契約を弄れないかなぁって調べたんです」

「調べた?」

「はい、そしたら奴隷ではなく契約へ変更することが出来そうなんですよ」


そんな方法聞いたこともない。

驚く暁にシノアリスは気付かないまま、真っ白な紙の方に図を描いていく。


「ここをこうして、こうなって・・・・こんな感じですね!」


書きあがったのかシノアリスは暁に紙を見せた。

紙には小さなイラストになったシノアリスと暁が書いてあり、真ん中には金貨700枚、購入、所有者と書いてある。


「まず私は金貨700枚を払い、アカツキさんの所有者になってます。これをスキルで所有ではなく“貸付での所有”へと書き換えます、つまり私はアカツキさんを金貨700枚で購入したのではなく“アカツキさんの代わりに金貨700枚を払い、仮の所有者となる”に変更します。」


金貨700枚の上に購入を描き、それを取り消しながら貸付へと書き換える。


「貸付、という事は俺・・・私がシノアリス様に返済をするということになりますね」

「敬語じゃなくていいですよ」

「・・・すまない」

「いえいえ。さてアカツキさんの仰る通り貸付ですので私に金貨700枚を返却していただきます」


つまり暁はシノアリスから金を借りて暁自身を購入したことになる。

暁がシノアリスより負債した金額を完済すれば暁の所有は仮状態であるシノアリスから暁のものとなる。それを言い換えれば。


「自分が所有者となる、つまり奴隷契約が破棄される」

「はい。ただ所有者である私には絶対逆らえませんの条件だけが、少し弄るのが難しいみたいので完済されるまで“絶対”を緩和させるぐらいしか出来ないんです」


正直信じられない。

だけどシノアリスは暁の目を治した。その彼女が言うのであれば、本当なのかもしれない。

そしてなにより。


「・・・俺は、帰れる、のか?」

「?」

「自由に、なれるのか?」


奴隷にも様々に種類がある。

犯罪奴隷、愛玩奴隷、戦闘奴隷と数えればきりがない。特殊な刻印を刻むことで契約者には絶対服従。たとえ購入者が死んでも奴隷の刻印は消えない。

購入者が死んだ場合は、奴隷は購入店の所有へと書き換わる仕組みで自由にはなれない。

奴隷印がある限り、それは生涯奴隷として生きていけなければならない。

余程優しい主人でない限り、自由は何一つない。


だけど、目の前の少女の言葉を信じるのであれば、契約を果たせば暁は自由になれる。故郷に帰れる。


「自由になれますよ」


少しの間、我慢をさせてしまいますがとシノアリスは申し訳なさそうに告げながら肯定した。

その言葉に暁は故郷や家族、大切な仲間の姿が浮かんでは消えていく。

もう一生会えないのだと諦めていた。

だが、この少女を信じれば再びあの地を、故郷に戻ることが出来る。


暁は両手を床に付け頭を下げる。

それがシノアリスの知る地球で言う土下座の恰好とよく似ていた。


「頼む、この奴隷印を書き換えてくれ」


シノアリスは、任せてくださいと笑顔で引き受けた。




*****


本日の鑑定結果報告


・奴隷

奴隷にも様々に種類があります。犯罪奴隷、愛玩奴隷、戦闘奴隷。

特殊な刻印を刻むことで契約者には絶対服従。たとえ購入者が死んでも奴隷の刻印は消えない。

購入者が死んだ場合は、奴隷は購入店の所有へと書き換わる仕組み。

尚、奴隷の刻印は基本喉に刻まれます。逆らえば息の根を止める意味合いで。

消すためには刻印を編み出した人物に印を書き換えてもらうしかない。だがたいていは国のお抱えの術者だったりするので不可能に近い。

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