第18話 奴隷商会と奴隷(4)

裏通りではシノアリスが鬼人を連れていることに、まったく誰も視線を向けなかったのに表通りに出た途端行きかう人達からの視線が一気に集中する。


視線が集中したことにギクリと悪い事などしてもいないのに肩が跳ねてしまう。

これは不味いぞとシノアリスは慌てて自分の身に纏っていたローブを鬼人に着せた。

勿論主人である少女が、いきなりローブを着せてきたことに鬼人は戸惑ったのか言葉を言いかけては詰まらせていた。


「すみません、表通りに出る前に衣服を整えておくべきでした!」

「ぇ、ぁ・・・いや」

「とりあえず宿に着くまではこれを着いてくださいね!」


本当は人たちの視線は、鬼人の角と異質の目に向けられていた。

勿論鬼人もそれに気づいている、だがシノアリスは襤褸切れと言わんばかりの衣装に皆の視線が寄せられていると勘違いをしていた。

再びシノアリスに手を取られ歩き出すその背を鬼人は、ただ静かにシノアリスの背を見つめていた。


表通りからホテルに戻ってくるも、今度はスタッフや宿泊客からは戸惑いの視線が集まった。

だが素早く現れたヒューズの指示と誘導によりシノアリス達は速やかに部屋に案内された、さすがは支配人だとシノアリスの好感度があがる。

ようやく人目がなくなったことに安堵の息を吐き、鬼人の手を放しソファーに腰かけた。


「・・・あの、座りませんか?」

「・・・」

「え、なんで床に?いや確かに床は固くないですけど?!」


自身の隣を叩いて座るよう誘導したはずが、なぜかカーペットの上に座る鬼人にシノアリスは慌てた。

慌てて鬼人の手を引き、ソファーに座らせ同じく隣に腰を下ろす。


「改めまして、私はシノアリスと申します。あなたのお名前を教えていただきますか?」

「・・・・96番です」

「え?鬼人さんのお名前が96番なんですか?」

「いえ、ただ奴隷に名は不要ですので」


奴隷となった時点で人権はないも同然だった。

与えられるのは商品番号のみ。


「いえ、私には必要なので教えていただけますか?」

「・・・・・・・・暁、と申します」

「アカツキさんですね」

「・・・・はい」


久しくその名を呼ばれたことに暁はなにかを思い出すように唇を噛み、俯いた。

シノアリスはその行動に特に触れることなく、ホルダーバッグから幾つかの薬品を取り出していく。


「まずは怪我の治療からですね、アカツキさん少し失礼しますね」


シノアリスは暁に視線を向け、スキル【薬神の眼】を発動させた。


「衰弱と打ち身、左角欠損、左手麻痺、右目失明、内臓機能停止・・・・おぉう、本当に危ない一歩手前だった」


ズラズラと出てくる情報にシノアリスはドン引きする。

そして傷に適した薬をホルダーバッグの中から取り出し、暁の前へ置いていく。


「これほとんど回復薬なので飲んでください」

「・・・しかし」

「まずは怪我の治療、それからですよ。えーっと失明した右目を戻す方法はっと」


戸惑う暁にシノアリスは無理やり薬を握らせ、今度はエクストラスキル【ヘルプ】を使い、失明を回復できる薬を検索し始める。

暁は無理やり握らされた薬に困惑するが、一向に此方を向かないシノアリスに諦めたのか回復薬を飲み込んだ。


飲んだ瞬間、体中の痛みが引いていく。

もう1本飲めば、いままで動かなかった左手が僅かに動く。本当に息をするだけで精いっぱいだったはずの体がどんどん回復していき、暁は思わず息を飲みこんだ。

暁は知らないが、シノアリスが渡した回復薬は王族や貴族、または冒険者達が喉から手が出るほど欲する希少な薬だったりする。

だが製作者であるシノアリスには、あまりその希少価値は伝わっていない。


驚いている暁に気付かないシノアリスは、失明した目や機能停止した臓器への治療薬を作るための素材と在庫しているバッグ内を確認していた。


「あれと、これと・・“枯れ樹の朝露”と“常夜の葉”“ミスイルシスの涙”うん、どれも全部ある!」


運がいいことに材料が揃っているたので、あとは調合だけ。

早速調合しようとホルダーバッグから錬金窯や材料を取り出すも、困惑した視線を感じ振り向けば鬼人と視線が重なった。

鬼人の手にある空になった瓶と戻った肌色に薬の効果が効いたことに安堵する。


「あ、薬無事に効いたんですね」

「はい、ありがとうございます。こんな奴隷ごときに」

「あー、いやー、うーん、それについては後程。とりあえずお風呂入りましょう!」

「・・・風呂?」


傷が癒えたのであれば、今度は清潔になろうとシノアリスは提案する。本当は生活魔法で綺麗にできるが、せっかく部屋に風呂が付いているのであれば利用しなければ損だ。

だが、困惑する暁にシノアリスは風呂を知らないのではと気付く。


「え!?お風呂知りませんか!?」

「ぇ、いや・・・知、ってます」

「あ、なんだ。驚かせないでくださいよ」


一瞬風呂で世話をする自分を想像してしまったシノアリスは頬を赤く染めながら安堵する。

風呂を知っているのであれば、と浴室に向かい真っ白な浴槽に湯を満たす。

地球と少し似ているのか、浴室には水と湯を出すためのそれぞれの蛇口が付いている。赤いボタンを押せば泡とお湯が一緒に出てくるのをみてシノアリスは感動した。


前世の記憶の所為で困ったとことがいくつもある、その内の一つが風呂。

日本式と海外式ではまた違った風呂だが、湯に浸かるのは大変心地よい。だがそれを用意するための水や火、そして浴槽と場所が必要となる。

水と火に関しては、魔石を作ったので問題ない。

問題なのは浴槽と場所だ。

魔法を極めれば、土魔法で部屋を作れるかもしれない。今度土属性について学ぼうとシノアリスは決意する。

そうこう考えているうちに浴槽に湯が溜まり、シノアリスは暁を呼ぶ。


「私は薬を作成しているので、ゆっくり浸かってくださいね!」

「いや、あの・・・俺、いや私は奴隷の身ですので」


頑なに拒む暁にシノアリスは無理やり押し込もうと渾身の力で押すが、なにせ相手は完全回復した鬼人。全く一ミリも動かない。

また暁も全く力を入れていないので、シノアリスは仕方ないとため息をついた。


「本当はアカツキさんを傷つけたくなかったんですが致し方ありません」

「?」

「アカツキさん不衛生な場所にいた所為か、臭いんです」

「・・・ぇ」

「本当に臭いんです」

「・・・・」

「正直臭すぎて困っているんで、お風呂入ってくれませんか」

「・・・・はい」


自分より幼い少女に“臭い”と直球で言われた暁は、若干涙目になりつつ浴室へ入っていった。

シノアリスだって言いたくはなかった。

本当に臭かったけど、不衛生な場所にいたのだから仕方ない。だが頑固な暁には正直に告げた方が納得してくれるだろうと本音を言ったのだ。

もしここにシノアリスを知る人たちがいれば、暁にとても同情しただろう。


「あ、着替え用意してない」


重大なことを忘れていたとシノアリスは、自身の衣類ならあるが暁が着るのは難しいだろう。

どうしようと迷うも、テーブルに乗ったベルに気付き咄嗟に鳴らす。すると間を置かずしてノックの音が鳴り、シノアリスが部屋を開ければ支配人のヒューズが立っていた。


「お呼びでしょうか、シノアリス様」

「ヒューズさん!お願いします!これで男性用の衣服を買っていただけませんか!?」

「・・・・お連れ様の衣類ですね、かしこまりました」


シノアリスより渡された金貨5枚を手にヒューズは頭を下げ、しばしお待ちくださいと一旦姿を消したが数分もしないうちに真っ白な布生地で出来たシャツと紺色のズボンと靴の一式を持って現れた。


「こちらをどうぞ」


衣類と金貨4枚と銀貨4枚を渡され、シノアリスはヒューズに頭を下げた。

お金に関してはチップも含めて渡したのに丁寧におつりまで返してくれるヒューズの人格にシノアリスの中で株があがる。

これは明日も部屋の空きがあるのであれば、お礼に宿泊させていただきたいと思うほど。


衣服を入手したシノアリスは浴室のドアをノックし、数センチだけ隙間をあける。


「服、ここにおいておきますねー!」


暁の返事を聞かずドアを閉める。

湯気が部屋を満たしていたので中は見えなかったが、水音がしていたのでちゃんと浸かっているようで良かったと安堵する。

さて、残る問題は薬のみ。

シノアリスは今度こそ材料をすべて取り出し、スキルを発動させる。


「スキル発動、ヘルプ」


そして錬金術で薬の調合手順を問おうとするも、ふと創作の存在が浮き上がる。

ただ視力や内臓を回復するだけでなく、オマケでなにか付与できないかとシノアリスの遊び心が刺激された。


眼から光線が出るのはどうだろうか。

いや、調整が出来なければ頻繁に光線が出てしまう可能性もある。ならば透視する目はどうだろうか。

全ての物がすべて透けて見通せて・・・・・・・


「ダメだ、アカツキさんを変態にしてしまう」


全てとなると衣服ともすべて全裸になってしまうという事。

ダメだ、精神的によろしくない。暁にもシノアリスにも。


「よし、適当に選ぼう」


補助付与スキル一覧、と告げれば、全ての補助スキル名が出てくる。

シノアリスは多くの項目が並んだスキル一覧を見ながら、「ど、れ、に、し、よ、う、か、な」とスキル名の上を指していく。

そして、3つのスキルが選ばれた。



【気配探知(成功率 80%)】

【半径300Mの周囲までの気配を探知できます】


【急所看破(成功率 65%)】

【相手の急所、または隙を看破できます】


【魔法無効(成功率 0.1%)】

【すべての属性魔法を無効とします】



「魔法無効は流石に成功率低いかぁ、でもまた選び直すのもなぁ・・・」


悩むシノアリスは思わず「似たようなのないかな」と独り言のつもりでつぶやいた。

ピコン、とボードから発された音に思わず視線を落とせば、1つのスキルが表示されている。


【攻撃魔法耐性(成功率 55%)】

【あらゆる攻撃魔法に対して耐性がつきます】


「55%かぁ、もうこれでいいや」


付与するスキルを選び、ようやくシノアリスは本命の回復薬【命の雫】の調合を開始する。


命の雫とは。

欠損や死滅した肉体や細胞を再生、回復させる。蘇らせる妖精族に伝わる秘薬。

また品質により効果がすべて異なる。


それはまだ戦争が起きる前の話。

まだ人他種族との交流があった時、妖精族により古くから伝わる秘薬。材料もなかなか入手がし辛いがもっとも注意をしなければならないのが魔力。

この命の雫には7属性の内、風、水、火、光、土の5属性の魔力を必要とする。

つまりは誰も見たことのない秘薬中の秘薬。


そう簡単に作成できるものではない。

だが、シノアリスは違う。“ヘルプ”というスキルを所有している。そのスキルが薬を作るために手順を導いてくれる。

集中するシノアリスは浴室からあがった暁の存在に気付かないまま、錬金窯と向き合い調合を続ける。

まるで遊んでいるかのようにシノアリスの顔は輝いていた。


その晩、とあるホテルの一室にて。

窓から漏れる光は、虹色のように美しい輝きを放ち続けていた。








【命の雫(中品質 効果:中) 作成完了】

【補助付与【気配探知】【急所看破】【攻撃魔法耐性】スキル付与に成功】

【エクストラスキルのレベルが3へとあがりました。】

【“助っ人アシスタント”が使用可能となります】





****


本日の鑑定結果報告


・命の雫

欠損や死滅した肉体や細胞を再生、回復させる。蘇らせる妖精族に伝わる秘薬。

品質により効果がすべて異なる。

人間で製薬に成功した者は現時点でシノアリス以外誰もいない。また高品質でなれば欠損箇所を再生できない。

一番難しいのが魔力調整。これは魔力を精密に感知し操作できなければ作成できない。


・気配探知

半径300Mの周囲までの気配を探知できる。高レベルになれば隠密など気配遮断した相手さえも感知できる。


・急所看破

相手の急所、または隙を看破する。


・攻撃魔法耐性

あらゆる攻撃魔法に対して耐性がつく。高レベルになればデバフ耐性も身につく。

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