第17話 奴隷商会と奴隷(3)

現れたのは、小太りの男だった。

背丈はシノアリスより低めで動くたびに頬の贅肉が、たぷたぷ揺れている。

ちょび髭が妙に似合っているのは何故なのか。

纏っている服は商人みたいな装いだが頭より大きな帽子もボーダーシャツに赤い上着やズボンも、生地の素材は一級品だ。

あのとき、シノアリスが見た生地には少し劣るがこの店で間違いないのだろうか。


「いらっしゃいませ、私はこの館の責任者“ミミズク”と申します」

「・・・は、はぁ。どうも」

「お嬢様、奴隷商は初めてでございますか?」

「えぇ、初めて・・・・・え?」

「?」

「どれいしょう?」

「?はい、ここでは奴隷を販売させていただいております」


ミミズクの言葉に、シノアリスは今朝辻馬車にてハイローとの会話を思い出す。

彼はハッキリと言っていた。「小さな仕立て屋ですが」と。

流石にシノアリスとて奴隷商と仕立屋の違いぐらい分かる。


「・・・・あの」

「はい?」

「この街にミミミミ・・・スミスという名の仕立屋はありますか?」

「ミミミスミ・・・・あぁ、ミススミミススの店ですね。えぇ、ございますがそれがなにか?」


その瞬間、シノアリスは天を仰いだ。

店、間違えた。


「さぁさぁ、お嬢様。どの奴隷になさいますか?戦闘奴隷?実験奴隷?性奴隷?どれでも選び放題ですぞ、ぶほほほほ」

「・・・・」


***


そして現在に至る。

どう考えても自業自得です。なぜあの時明確に店の名前を憶えていなかったのか。

もし過去に戻れるなら戻ってあの時の自分を殴り飛ばしたい。

シノアリスは内心過去の自分の頬を張り倒しながら後悔していた。


ここでお店間違えて入店しちゃいましたと言って出れば問題解決なのだが。

前方ミミズク、後方にいつの間にか先ほどの守衛さんに挟まれている。これはまさに上客を逃すものかという構えですね、分かりたくありません。

離脱ができないのであれば、これは品物を見るふりをしながら良い物が見つからないからまた今度と冷やかし客を装うしかない。

ならまずは奴隷を見る振りをしなくてはいけない。


「えっと・・・」


ミミズクのあげた候補は全部で3種類。

実験奴隷?泣きます。

性奴隷?許してください。なら残るのは。


「しぇ・・・せっ・・戦闘、奴隷を」

「かしこまりました!こちらにどうぞ!!」


これが奴隷でのやり取りでなければ、シノアリスもまだ笑顔で楽しめただろう。

だが自業自得とはいえ、奴隷を見るのは削りきったと思ったシノアリスの精神をゴツゴツと削り落としていった。

先を行くミミズクに続き、シノアリスも歩き出した。



奴隷商。

ナストリアでは足を向けたことはないが、あそこにも奴隷商は確かにある。

奴隷になっているのは全部獣人ばかりではない、人間の奴隷も存在する。

理由はそれぞれとあるらしいが、シノアリス自身関わらないように遠ざけていたので詳しくは知らない。まさかこんな形で体験するとは思いもしなかったが。


「豚は豚らしくブヒブヒ鳴きな!この家畜!」

「ワン!」

「それは豚じゃなくて犬よ!!」


時折通りかかる部屋から聞こえる幾多の声にシノアリスの目は瞬時に死んだ。大人の世界はまだ踏み込みたくなかった。

心境を無にしようとシノアリスは美味しい食べ物を頭の中で浮かべながら必死に足だけを動かす。

やがてミミズクの足が止まり、シノアリスの足も止まる。



「戦闘奴隷はこちらに陳列しております」


ついた場所は少し大きめのホールだった。壁沿いに幾つもの檻が並び、中には奴隷が1人1人に入っている。

中央には豪華な食事や飲み物が置かれ、それを手に檻に入った奴隷を鑑賞している貴族の姿がいくつも見える。まるで見世物の、いや見世物なのだろう。

さぁ、ここからが大勝負だとシノアリスは中を軽く見渡す振りをしてニッコリと笑顔を浮かべミミズクへ顔を向けた。


「私好みの奴隷がいないようなので、失礼するわ」


まさに完璧なセリフだ。

これぞ二度と来るなリストに載らんばかりの冷やかし客。シノアリスは自分で自分を褒めながら、いざこの場を脱出するぞとミミズクへ背を向けた瞬間。

残像の如くミミズクがシノアリスの前へ現れた。


「なっ!?」

「さすがお嬢様!お目利きが素晴らしい!」

「え?はぁ、どうも?」

「確かにあそこにいる奴隷は確かに戦闘奴隷ですが、ランクは赤ばかり」


いや、ランクとか知りません。

そう言いたいのに、目の前のミミズクは皆まで言うなと制するように高速で両手を揉みながら告げた。


「かしこまりました!当店で一番強い奴隷をご紹介させていただきます!」


なんという商売魂。商人として素晴らしきかな。

これが奴隷でなければシノアリスもまた笑顔で応じただろう、奴隷でなければ。


またもや逃げすタイミングを失ってしまったシノアリスは泣く泣くミミズクの後に続き、今度は地下へと降りて行った。地下室は薄暗く、灯といえば壁側にある松明しかない。

いくつかの檻があるが奴隷達は奥深くに身を潜めているのか姿が全く見えない。


「大変お待たせいたしましたお嬢様。こちらが我が店で強い戦闘奴隷達にございます」

「・・・」

「まずは手前が猫族の獣人・・・」


聞きたくもない説明をミミズクは語りだす。

シノアリスは耳を傾ける素振りをしながら、どうやって此処から脱出しようかと頭を巡らせた。ここは最終手段のヘルプで脱出方法を検索するべきか。






「・・・・・・桜」


不意に聞こえた声に、シノアリスの足が止まる。

暗闇の中、ジッとこちらを見つめる視線にシノアリスは全く動けなくなった。

ただ見ているというだけなのにまるで金縛りにあったかのように動けない。シノアリスは知らずに唾を飲み込んだ。

ふと桜、という言葉に自分の仮面に桜の花がついているのを思い出し触れる。


「お嬢様?」

「・・・・」

「此方の奴隷が気になりますか?」

「え、いや、そういうわけじゃ」


突然足を止めたシノアリスに気付いたのか近寄ってくるミミズクにシノアリスは若干慌てた。奴隷を買う気はないのだから、ミミズクに購入すると思われてはいけない。

違うとその場から離れようとしたが、続いた言葉にシノアリスは思考が思わず停止してしまう。



「それは間も無く破棄寸前の奴隷です、お嬢様にはもっと別に相応しい奴隷がおります故」


破棄寸前。

その言葉がまるでシノアリスから景色を、音を、奪っていった。




「ささ、此方は世にも珍しい鳥人の」

「この檻」

「はい?」

「この檻を開けてください」


気が付けばシノアリスは廃棄寸前と言われた檻の前に立っていた。

客人、しかも上客になるであろうシノアリスが指示した以上は、ミミズクも逆らえないので渋々と檻の鍵を開けた。

開いた檻をくぐり、シノアリスは迷いなく中へと足を進んでいく。


そこには、1人の男が寝ころんだ状態のままシノアリスを見上げていた。

真っ暗な闇の中に溶け込むような黒髪。左側の一部だけ黒髪の色素が抜けてしまったのか老人のように白くなっている。

髪に隠れるように見える小さな角と折れた角。


此方を静かに見上げる瞳は異質で、白目の部分は真っ黒に塗りつぶされ、黒目の部分が白くなっている。

その特徴にシノアリスは1つの種族の名が浮かぶ。


鬼人きじん

以前何処かの図書館で種族の本を読んだとき、彼らについて記載されていた。

見た目は人間と全く変わらないが、頭に生える角と異質な瞳。そして巨人の魔物と同等の怪力を持っている種族。


魔物の中にもオーガといった鬼の魔物もいるが、あれとは全く違う。

鬼人は、大昔の戦争で1人の鬼人を倒すためだけに幾万もの兵士が犠牲となったと一説がある。その力を恐れてなのか彼につけられた拘束具はどれも分厚くなって繋がれている。


シノアリスは、鬼人の傍に膝をついた。

近づいたことで見える体中の傷跡。至る箇所は内出血をおこしているのか黒くなっていて、衰弱している所為か傍に膝をつくシノアリスに鬼人は何もせず静かに此方を見上げている。

ふと鬼人の腕が動く。

背後でミミズクがシノアリスに気を付けるように声を荒げるが、シノアリスは動かずその手の動きを視線で追った。

その指先は、シノアリスが身に着けている仮面の桜の花弁をまるで壊れモノを扱うかのように優しく撫でた。


「あぁ・・・さいご、に・・・はなを、みられた」

「・・・」

「ありがと、う」


途切れ途切れの声で感謝を告げる鬼人に、シノアリスは仮面を撫でるその手を掴む。

鬼人の手はシノアリスの手などあっさり包まれてしまうほど大きく固い。屋台のおっちゃんの手やカシス達とも少し違う。

爪も剝がされ黒くなっている爪先を刺激しないよう、シノアリスは両手で包み込む。不思議そうに見上げる鬼人にシノアリスは真っすぐと鬼人と目を合わせた。




「最後と言わず。これからもいろんな景色、見て回りませんか」

「?」

「私と世界を旅しましょう」




****


シノアリスとミミズクは地下室からとある一室へ移動していた。

テーブルには契約書と小さな短剣。

シノアリスはミミズクに鬼人を買うことを告げ、いま2人が行おうとしているのは売買の契約手続きの真っ最中だった。


「ほ、本当に良かったのですか?お嬢様にはもっと良い奴隷を」

「彼が良いんです」

「はぁ、ですが廃棄寸前とはいえアレも高ランクの戦闘奴隷です。金貨700枚になります」

「はい」


ドン、と迷いなく金貨700枚包んだ麻袋をテーブルに叩きつけるシノアリスに、ミミズクは目を飛び出さんばかりに驚いた。

金貨700枚は安くはない。

貴族でももう少し商談など持ってくるものだ。迷いもなく金貨を叩きつけてきたシノアリスに、やはりこれはとびきりの上客であり自身の目に狂いはなかったとミミズクは笑みを深める。


「あ、ありがとうございます!いやぁ、お嬢様のような高貴なお方とは今後ともご縁を」

「ところで彼はまだですか?」


シノアリスの問いにミミズクが答える前に部屋の扉が開かれる。

現れたのは鬼人と変わらぬ大柄な男二人組。

あの分厚い拘束具を外すには、やはり大柄な男手が必要なのだろう。目の前で鎖が外されシノアリスの傍に連れて来られる。

鬼人はさきほどまで半裸だったが、さすがにそのまま渡すわけにはいかないのだろう。薄汚いシャツとズボンを纏っている。


明るい場所で見ると、鬼人の体系はマリブとそう変わらない。

だけどシャツとズボンから見える筋肉はとても固く、怪力なのも頷ける。パチリ、と鬼人と視線が仮面越しに合いシノアリスは慌ててミミズクへと向き直った。


「契約書を貰えますか?」

「はい、ここに血判をしていただければ契約は完了します。此方に契約上での注意事項も書かれているのでご確認を」


注意事項には、奴隷に銘じられる内容や奴隷が死んだときの扱いなどが様々と記載されている。

軽く目を通せば、シノアリスは短剣で指から血を取り、契約書に血判を押した。シノアリスの血に契約書は赤く輝き、浮き出た魔法陣が鬼人の喉へと張り付き異様な紋章が浮き彫りとなる。


契約はこれで終了。

シノアリスはもう用はないとばかりに席を立ち、鬼人の傍へと近寄った。


「行きましょう」

「・・・・」


差し出した手に鬼人はただ無言でそれを見つめていた。

シノアリスは、動かない鬼人の手をとりそのまま引いて部屋を出ていく。背後で鬼人が戸惑う空気を感じながらもシノアリスはその手を離さないと言わんばかりに少しだけ力を強めた。






*****


本日の鑑定結果報告


・鬼人

鬼の種族。

オーガという鬼の魔物と間違われるが、まったく違う。見た目は人間そっくりだが、瞳の色と頭の角、そして圧倒的な怪力を持っている。

基本穏やかな性格。

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