第16話 奴隷商会と奴隷(2)
あの後、無事宿屋“兎の寝床”を見つけることが出来たが部屋がほとんど満室だった。他の宿屋を聞くと受付で対応してくれた男性はシノアリスに本日がロロブスの収穫祭だから何処も満室だろうと教えられた。
「収穫祭?」
「あれ、お嬢ちゃんはロロブスは初めて?」
「はい」
「このロロブスは、豊穣の女神の加護を最初に受けた土地で毎年この時期になると豊作になるんだ」
女神の加護。
この世界に魔法や錬金術があれば、当然信仰する神様もいる。教会も神様を信仰しているがそれとはまた別の神様なのか。
「豊作はうれしいですね」
「だろう。それを女神様に作物や宴を捧げて感謝を示す日なんだよ」
祭りは今日から3日かけて続くという。
だから人の多さに納得が出来る。そして豊作は素晴らしいが、現実シノアリスの宿泊先がない問題はどうすればいいのだろうか。
折角のお祭り騒ぎであるのなら、シノアリスも堪能したい。
でも宿泊できないとなると野宿になってしまう。
シュン、とアホ毛と一緒に落ち込むシノアリスに受付の男性はなにを思ったのか、手を叩いた。
「そうだ、あそこなら空きがまだあるはずだ」
「ど、どこですか!?」
「本来は冒険者とか旅人が泊まるには気が引ける宿なんだけど」
「いいです!今日の寝床が確保できるなら!!」
例えお高くてもシノアリスには、目標のために貯金をしている。本当は資金には余り手をつけたくはないが今は泊まれる部屋が最優先。
男性は身を乗り出して鼻息を荒くし場所を問うシノアリスに若干引きながらも地図を描き、またそこの支配人が知り合いなので少しでもお安くしてもらえるようにとメモ書きを添えてくれた。
シノアリスは感謝で何度も男に頭を下げながら、地図に書かれてある場所へと向かった。
さきほど男性が言ったように多くの出店や旅芸人、または民族衣装を着て踊る女性など本当に町はお祭り騒ぎだった。
早く用事を終わらせて祭りを満喫したいとシノアリスは興奮しやる気を表すかのようにアホ毛を揺らした。
「えーっと・・・地図の方角は」
丁寧に書いてくれた地図は大変わかりやすく、シノアリスは迷うことないのだが。
段々建物が豪華になり、道行く人の衣服がとても派手になっていく。しかも徒歩で歩いている存在が少なく、馬車などが行きかい始めるではないか。
場違いな空気を感じつつも、辿り着いた宿屋にシノアリスは青褪めた。
豪邸と言わんばかりの大きな建物。
入口にはスーツ姿の従業員が並ぶ馬車から降りてくる貴族の人をエスコートし、建物の中に消えていく。
その瞬間、シノアリスはこの建物が貴族様用の宿屋なのだと理解する。
何故こんなセレブな宿屋を紹介したんだと、シノアリスは宿屋の男性の笑顔を思い出す。
「お客様、如何なされましたか?」
「ひゃい!」
入り口付近で困っているシノアリスに親切に声をかけてくれた店員と思わしき男性に冷や汗が出る。
こんな庶民な自分が宿泊してもいいんですかと聞きたいのに言えない。
どうする、だが今日は収穫祭で何処にも空きがないと男性は言っていたではないか。頭の中で思考がぐちゃぐちゃになりうまく言葉にできない。
固まったシノアリスに男性は嫌悪することも追い払うこともなく、視線を合わせるように膝をつきシノアリスの手に握られた紙を指さした。
「良ければその紙を見せてもらえるかな?」
その優しい声に、シノアリスは少しだけ落ち着きを取り戻し言われるがままに紙を渡した。
紙を見ていた男性は、それは輝かんばかりの笑顔で「かしこまりました、ではご案内します」とシノアリスをエスコートしだした。
一体何がどうなって、こうなったのだとシノアリスは恐怖で若干半泣きになる。
「申し遅れました、私はこの当ホテル支配人“ヒューズ・ドレイド”と申します」
「は、はひ。私はシノアリスと申しまする」
「シノアリス嬢ですね、本日は私の友人よりご紹介を預かりましたので精一杯もてなしをさせていただきます」
丁寧に礼をするヒューズにシノアリスはもう思考回路がショート寸前だった。
実は、この貴族の御用達でもあるホテル“アリスロッテ”の支配人ヒューズと最初にシノアリスが訪れた宿屋“兎の寝床”の受付にいた男性“ゲイル”は幼馴染同士であった。
平民と貴族が基本交わることはないが、全てが関わらないわけではない。
ヒューズやゲイルのように仲の良い友人だって存在するのだ。
さて、そんな彼らの関係をしる筈のないシノアリスは、アホ毛を萎縮させながらゲイルの爽やかな笑顔を思い出し、いったいあの人は何者なんだと身震いしていた。
「うへぇえ・・・緊張したよぉ」
案内された部屋は、いままで宿泊した宿では体験したことない広さがありベッドも凄く柔らかい。
さらにお風呂やソファーまでついている。
テーブルにはベルらしき物が乗っており、これをならせばスタッフが部屋まで用事を伺いにきてくれるそうだ。なんだそれ。
床も硬い木ではなく布が端から端まで敷かれているので、むしろ土足であがっていのか怖くなる。
さらにシノアリスを対応したのが支配人だった所為なのか、貴族達から物珍し気に視線を頂いたのでシノアリスのライフはごっそりと削られていた。
「逆に落ち着かない」
キラキラとした部屋にシノアリスは居心地悪そうにベッドの上で悶える。
本当なら今頃素材採取に向かうつもりだったのだが、素材採取で泥まみれになる自分がこんな場違いな場所に戻っていいのか腰が引けてしまうのだ。
生活魔法で綺麗になるので泥塗れになることはないのだが、要は気持ちの問題だ。
「・・・採取は明日にしよう」
採取は諦めた。
それにシノアリスは元々ロロブスに数日滞在する予定ではあったので、今日は観光気分として部屋や祭りを楽しもうと決めた。
不意にシノアリスはハイローの存在を思い出す。
「そうだ、このままハイローさんの教えてくれた・・・・ミミズミミズクに行ってみよう」
どうせ今日は観光気分で1日を終えるつもりなので、ハイローの言っていたお礼を見に行こうと決意する。
勿論店の名前は既に忘却の彼方にいるので、誰かに尋ねるつもりである。
予定が決まり、シノアリスは早速とホテルを飛び出した。
一応ヒューズに店の場所を聞きたかったが、やはり支配人なだけあって簡単に見つからなかった。
賑わう広場に戻ってきたシノアリスは、まず祭りを堪能した。
はちみつ漬けされた果物や肉と肉で野菜を挟んだ肉のサンドイッチを堪能しつつ、ショーを見たりその空間を大いに楽しんだ。
空が茜色になりかけ、そろそろ店に向かうかと思った矢先1つの露店に足を止めた。
並ぶのは沢山の仮面だった。
魔物の仮面。
突出した顎のラインと下顎がない仮面。
完全に顔を覆う形の仮面、また目と鼻と頬の上半分のみの仮面など様々な種類の仮面が置かれている。
「お嬢ちゃん、お1つどうだい?」
仮面なんぞ貴族以外、使用することなどないのだがシノアリスはある1点の仮面に釘付けだった。
目と鼻と頬の上半分のみの仮面。
薄い桃色に染まり、目尻には桃色の小さな花弁が数枚散っている。
その花は、シノアリスの前世の記憶に存在した花だ。そう名前は「さくら」だ。
「おや、お嬢さん。この仮面の名前をご存じで?」
「え?」
商人がハーフマスクを手に取り、説明をする。
なんでも遠い東の地には珍しいもので溢れた異国の土地がある。そこはもう住民は住んでいないが残された遺跡や物珍しい宝で溢れているそうだ。
その1つに桜色の花を咲かせる木“桜”があり、その花を気に入った商人がこの仮面を作ったという。
「これ、ください」
「毎度あり、銀貨7枚だよ」
迷うことなく購入したシノアリスは、渡された桜色のハーフマスクを見つめる。
先ほどの男の話が真実なら、その異国の地には地球の物があるのかも知れない。いつかその地に足を踏んでみたいとシノアリスは桜の花を撫でた。
「・・・あ、おじさん。ミミズミミズのお店って知ってますか?」
「ミミズミミズ?なんだ、その名前」
余りにも店の名前が曖昧過ぎる所為で、露店の主人も困ったように顎を擦った。
「えっと、たしか・・・そう、すっごく綺麗な生地を扱ってるんです」
「綺麗な乞食・・・・あぁ、ミミズクの店のことか」
「!!そうです!ミミズク!」
「お嬢ちゃんお忍びだったんだな。ミミズクの店ならこの裏通りを抜けた先だ」
「ありがとうございます!」
納得したように頷く露店の主人をよそに、シノアリスは示された方角へと小走りで走っていく。
ここでシノアリスが会話の違和感に気付いていれば、運命は違ったのだろう。
***
露店の主人の言葉通り、裏通りを抜けた先に店はあった。
確かに店はあったが、雰囲気がすごく異質だった。
それはナストリアではないどこかの街にシノアリスが滞在していた時、道に迷って娼婦館付近に出てしまったときがあった。
あの時の店の雰囲気にとても似ていた。
さらにその店には入口に大柄な男が立っており、貴族が愛用する馬車から降りてくる仮面をつけた客を一度だけ視線を向け後は無視している。
シノアリスは近づけない独特な雰囲気に一歩引いてしまう。
だがしかし。
ここで逃せば、また後日此処に来ることになる。
後回しすればどんどん手を出しづらくなってしまうもの、すでに最初の絢爛豪華なホテルで精神を削られたのだ。
もうシノアリスには削れる精神などない。
まるで自分を覆い立たせるようにシノアリスは必死に自分で言い聞かせながら、一歩足を踏み出した。
「あ、仮面つけなくちゃいけないのかな?」
ふと店に入る貴族は皆、仮面をつけている。
郷に入っては郷に従え。と地球ではいう。ならそのルールに従いましょうとシノアリスは先ほど購入した桜色の仮面を身に着けた。
「あ、あひょぉ・・・・」
「あ゛ぁん?」
「・・・ぉぎゃぁ」
「は?」
いざ入口に立つ男に声をかけたが、緊張と思いのほか威圧感のある返事にシノアリスは口から魂が出そうになりなったのだった。
男はマリブ以上にデカい体格で、頭はスキンヘッドのため顔中の傷がハッキリと見える。
顔つきもまさに極悪人みたいな険相なので、余計に怖い。
「こ、こここは、ミミミ・・・・ミミズクの店、ですか」
「会員証はあんのか?」
会員制なのか!?と内心驚くが、そんなものシノアリスは持っていない。
シノアリスは小鹿のように震えながらも、ハイローから貰った紋章を見せた。
「こ、の人からの紹介、で」
「・・・・待ってろ」
見せられた紋章に、男の顔がさらに極悪面になる。
店の中に入っていき、シノアリスはここで門前払いされたら即座に帰ろうと心を決めるも。
ドタッドタッと重い物が小走りでやっくる足音に気付いた。
*****
本日の鑑定結果報告
・ロロブス
ナストリアに一番近い町。
特に特産とかを扱っているわけではないが、この街には多くの商人が出入りし冒険者もこの町を訪れる。この村の奥には川があり、それを下っていくと港町へたどり着く。つまり海を渡る船着き場に最短で行けるので住民が多い。
また、初めに豊穣の女神の加護を受けた土地なので、作物は豊富。
・兎の寝床
ロロブスにて冒険者や旅人に人気の宿屋。
部屋はどこの宿屋とも変わらないが、料理が美味い。またお値打ちでボリュームたっぷり。
・アリスロッテ
貴族御用達の高級ホテル。
宿泊は金貨5枚は最低要ります。基本宿泊客は部屋から出ず、ベルを呼べばスタッフが瞬時に馳せ参じます。
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