第4話 天才錬金術士 シノアリス(4)
無事キチンシ苔の目標数を回収したため、腰を抜かしたハベルを回収し教会を脱出したシノアリス達。
シノアリスは生活魔法で手や体周りを洗浄しながら、未だぐったりと地に倒れているハベルへと視線を向けた。
「おーい、生きてる?」
「・・・・・」
返事がない。どうやらただの死体のようだ。
とふざけた思考を考えつつも、生活魔法をハベルへとかける。服の汚れや付着していた油膜が落ちるのを見つつ、元気出せと言わんばかりに頭を撫でる。
「まぁ、これからは高頻度で採取しに行くようになるから早く慣れないとね」
「・・・・うぼぉ」
「いまなんか変な声でなかった?」
だが生憎、ハベルに良い働き口を紹介できるとしたら此処くらいしかない。
本人の精神的ダメージは申し訳ないが、我慢してもらうしかない。汚れが綺麗に落ちれば、助手の対価を払おうとホルダーバックから銀貨を10枚取り出した。
「はい、助手代」
回収したキチンシ苔は全てシノアリスの物となるが、対価が銀貨10枚ならかなりの高時給といえるだろう。
素材採取依頼書では、キチンシ苔10個に対し銅貨1枚が通常。
だが商業ギルドの入会金は銀貨8枚。銀貨10枚あれば余裕で入会ができる。また残った銀貨でお医者様にも見てもらえる。
偽善や同情だと思われるかもしれないが、今後彼が採取してくれるお礼と今後の応援を込めての報酬だ。
が、ハベルは差し出された銀貨を一向に受け取る気配がない。
まさか気絶したのかと軽く頭をつついた瞬間、ガシリとシノアリスより一回り大きな手に掴まれた。
「ダメだ」
「なにが?」
「俺は途中から腰を抜かして全く採取してないのに、この報酬は破格すぎる」
銀貨を返す様にシノアリスの手を押し返し他にも何か手伝わせてくれ、と真剣な顔でシノアリスを見つめている。
確かにハベルが回収したキチンシ苔はシノアリスが回収した数の半分以下だ。だが病気の弟が待っているのだから、何も言わずに受け取ればいいものを。
真面目なんだなぁ、とシノアリスは少しだけ微笑ましくなる。
「そっかー、じゃあもう1つの採取の助手をしてほしいな。今度は力仕事も入ってるから報酬と見合うはずだよ」
「あぁ、よろしく頼む」
***
教会から移動し、次にたどり着いた場所は排水路の出入り口付近。
普段は施錠されているが、排水路は汚物がよく溜まりやすいため、魔物や害虫が度々発生する。なのでギルド会員を証明するものがあれば、施錠が解除される仕組みとなっている。
「今度は害虫駆除なのか?」
「害獣駆除しつつ採取だね」
「・・・害獣駆除」
「害獣は害獣でも魔物だからね。君はこの依頼は受注したらダメだよ」
命は大事に、と忠告するシノアリスに、実はキチンシ苔採取ではなく此方を受注できればと内心考えていたが思考を読まれたのかばつが悪そうに顔を反らす。
シノアリスはギルドカードを扉に掲示すれば、ガチャリと施錠が外れる。
中は真っ暗でなにも見えない。唯一水が流れる音が聞こえるくらいだ。シノアリスはホルダーバッグから“導きの灯”を取り出した。
「照らせ」
その言葉に“導きの灯”は一瞬で排水路の中を照らす。先ほどまで暗かった排水路の中は隅々まで照らされ、ハベルは驚きのあまり硬直してしまう。
シノアリスは、硬直したハベルの背中を押しながら排水路の中を進んでいった。
隅々まで照らされた排水路に、汚れた水や壁の汚れ、汚物などもハッキリと見えハベルは気持ち悪さに顔色を若干悪くする。
スラム街も排水路に劣らず汚れてはいるが、排水路の方が余程汚い。
前方を歩くシノアリスは全く気にしたそぶりを見せない姿に、これがプロなんだなぁと改めて実感する。
「ところで、なにを採取するんだ?」
「ラットウスの尻尾を採取だよ」
「ラットウス」
ラットウスは、小型のげっ歯類魔獣の1つ。主にゴミ捨て場や排水路などに生息していて逆に外や森では滅多に見かけない。繁殖力が非常に高く、コックローチと同じく1匹でも見かけたら100匹はいると言われる。
常に団体行動をし、強力な前歯と爪は強い毒性を持っているので戦闘時にやられれば即座に解毒しないと後遺症を患うほどの毒をもっているので討伐レベルが最弱の-Cランクだとしても馬鹿にはできない。
が、彼らには弱点がある。
ラットウスは視力が非常に弱く明かりを特に嫌う。また火にも弱い。
つまりいまこの排水路はシノアリスの魔道具により隅々まで照らされている状態だ、つまり。
「うっわ、これは凄いな」
「おー、大量だね」
灯によるショック死でひっくり返っているラットウスの大群。
見える範囲だけでも100匹以上はいる。ラットウスの尻尾はわずか5mmしかない。採取するとき下半身まで一緒に採取してしまうと指定素材対象外となる。
シノアリスに採取の数を問えば、なんと採取は300個。確かにこれは力仕事だとハベルは頬を引き攣らせた。
シノアリスとハベルは互いに左右に分かれ、ラットウスの尻尾を採取する。ラットウスの尻尾も保管方法に指定はない。
採取した尻尾を麻袋に詰めながら、ハベルは硬くなった腰をほぐす様に背を伸ばした。
確かにこれならハベルでも簡単に採取できるが、それには“導きの灯”が必須となる。ハベルにはそんな高価な魔道具を買う余裕などもない。
やはりしばらくはコックローチの寝床を採取するしかないのかと頭を抱えるのだった。
ふとハベルの耳に何かが聞こえた。
「なぁ、何か言ったか?」
「えー?天才美少女錬金術士シノアリスちゃんのテーマ曲第34弾なら口ずさんでましたけど」
「それじゃねぇよ、ってか34弾ってどれだけ曲あるんだよ」
再びハベルの耳に不快な音が届く。
「やっぱり聞こえた!アリス!!なんかいるぞ!」
「駆け~るぞ、いま行~くぞ!無敵!素敵!完璧!!美少女シノアリス~~」
「歌うな!話を聞け!!!」
ズリ、ズリリと何かを引きずる音が鮮明に排水路の中を響かせた。
ハベルは咄嗟に音の先へと顔を向けた瞬間、それは姿を現した。赤い、まるで血のように赤い目が獲物を捕らえ、口から伸びた割れた舌先と毒を滴らせる牙が獲物を誘惑すように揺れる。全長5m以上はある、それは本来街ではなく森などに生息するはずの爬虫類“クロコスネ”。
冒険ギルドでも討伐レベルCランクの魔物だ。
「な、なんで魔物がこんな排水路にいるんだよ!!!」
「んー、多分餌を狙ってきたんじゃないかな」
「はぁ?!」
「本来なら排水路は定期的に害虫や魔物駆除してるけど、ラットウスが数が異常に多い。つまりここ最近排水路での駆除作業がされてなかったということだね」
しかもシノアリスが“導きの灯”を使用したことでラットウスが勝手にショック死したのでクロコスネにとっては大量の食糧を投げ込まれたも同然だ。
ちゃんと定期的に駆除していれば、クロコスネは現れなかった。つまりはギルドの怠慢なんだろう。
嘆かわしいものだ。
淡々と推測を語るシノアリスに、ハベルはなぜこんなに落ち着いていられるんだと内心パニックになっていた。討伐レベルCランクは中型~大型にかけての知能がそこまで高くない魔物だが、先ほどのラットウスと比べれば強さは全然違う。
しかも一般人と戦闘に特化していない錬金術師士では勝ち目がない。
「アリス!逃げよう!!」
今はまだ目の前のラットウスを夢中になっているクロコスネに、シノアリスへと近寄り手を掴む。
早くここを逃げ出して冒険者ギルドに報告をしなければ。
だが、動かないシノアリスにハベルは、まさか恐怖で動けないのではと慌ててシノアリスの顔を覗き込んだ。
「おい!アリス!しっかり」
「・・・・確かクロコスネのお肉はミンチにすると美味しいって、おっちゃんが言ってた」
「食うつもりか」
「あの極上の串焼きを作れるおっちゃんの言葉なら信頼できる!」
「誰だよ、おっちゃん。ってかなんでそんなに信頼厚いんだよ」
ジュルリと涎を垂らしているシノアリスに、先ほどまでのパニックは微塵もなく砕け散りました。
さよならシリアス、こんにちはシリアル。
コントな漫才をしている内に残っていたラットウスを食べ終えたクロコスネの標的がシノアリス達へと定められた。ゆっくりと近づいてくるクロコスネにハベルは慌ててシノアリスの手を引っ張った。
「馬鹿なこと言ってないで早く逃げるぞ!」
走り出した瞬間、クロコスネは素早い動きでハベルたちを追いかける。
排水路が明るいため、障害物を避けられるが明るいが故に隠れられる場所が何処にもない。だがこのまま追いかけ続けられれば、クロコスネと一緒に街に出てしまう。
もしハベルに戦える力があれば、もしハベルにクロコスネを足止めできるくらいの魔力があれば。
だが、弟と同じぐらい柔らかく一回り小さな手を持つ少女だけは、絶対に守らなくては。
「ハベル!!」
「!」
グン、と逆方向に引っ張られた瞬間、クロコスネの大口が床をかみ砕く。
もしシノアリスが咄嗟に手を引かなければ、今頃クロコスネの口に入っていたのは床ではなくハベルだったであろう。
だが、前方をクロコスネに塞がれれば、外には出られない。
ゆらりと立ち上がったクロコスネはとても巨大で、怪しく光る赤い目にハベルは今度こそ終わりだと恐怖に震えた。
「・・・アリス?」
ハベルの横を通り抜け、まっすぐと蛇と対峙するシノアリス。
その表情には、まったく恐怖が浮かんでいない。
なにをしている、危ないと声をかけたくても恐怖に震えるハベルは声を発することが出来ないまま、口を動かすだけ。
だが、そんなハベルの心情を知らないシノアリスはニッコリと満面の笑みを浮かべクロコスネを指さした。
「困った害獣はこの天才錬金術士シノアリスが、お仕置きをしてあげましょう」
****
本日の鑑定結果報告
・ラットウス
小型のげっ歯類魔獣。非常に繁殖力が高くコックローチと引けをとらない。爪と前歯に毒をもっている。明かりと火に弱く、強い光に晒されるとショック死する。
だが中にはげっ歯類愛好家という者もおり、爪と前歯の毒を排除し愛玩動物として買っている強者もいる。
・討伐レベル
主に魔物を討伐する際に、適したランク。
-Cランク、小型から中型の魔物。攻撃力が低く弱い。例えるならスライムレベル。
Cランク、中型~大型にかけての知能がそこまで高くない魔物。例えるのであればゴブリンレベル。
Bランク、知能があり、繁殖力が高い。中には亜種として魔法を使える魔物がいる。例えるのであればオーガやワイバーンクラス。
Aランク、危険。知能、攻撃力、魔力、生存力が強い。例をあげるならドラゴンやケルベロスレベル。
厄災ランク、不明。だが現れれば世界の終わりぐらい危険
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