第5話 天才錬金術師 シノアリス(5)

一体シノアリスはなにをするつもりなのか。

恐怖で体が動けなくなっているハベルは、ただクロコスネと対峙するシノアリスを見つめることしかできなかった。


「スキル発動、ヘルプ」


ブン、と音を立ててシノアリスの目の前にボードが出現する。


「検索、“クロコスネ”“駆除の方法”」


【クロコスネ、Cランクの爬虫類系魔物。】

【クロコスネの駆除には以下2つの方法があります】

【①頭を物理的に貫く、または火魔法で攻撃をする】

【②殺蛇剤を使う】


「みーつけた」


にんまりと深く笑みを浮かべると同時にクロコスネが大口を開けてシノアリスへと襲い掛かる。

が、シノアリスはとある物を真っすぐと頭上へと投げ上げた。

クロコスネは視界に映るそれに、口をシノアリスから頭上へと軌道修正させバクリと投げたそれを飲み込んだ。


チロチロ、と割れた舌先を出し、再びシノアリスに狙いを定めるクロコスネ。

シノアリスはホルダーバッグからアメジスト色の小さな小粒の石を取り出し、クロコスネによく見せるように掌にのせ掲げた。


その瞬間、クロコスネの目はシノアリスが持つ石へと釘付けとなった。

まるで極上の食べ物をシノアリスが持っていると言わんばかりに目を輝かせているではないか。


シノアリスが手を右側へと傾ければ、クロコスネも右へ。

今度は左へと傾ければ、クロコスネも左へ。

しっかりとクロコスネの視線が、石に釘付けにされているのを把握したシノアリスは「そーれ!」と軽い掛け声と共に、石を宙に放り投げる。


放り投げられた石をクロコスネは素早い動きで再び飲み込んだ。



あの石はクロコスネの好物なのか。

まさか好物で餌付けをして、この場を切り抜けるつもりなのかと馬鹿らしい作戦に怒鳴りそうになった。だが、突如クロコスネは「グギョルルルルル!」を雄たけびをあげたかと思えば体や尻尾を床や壁に叩きつけて暴れだす。


まるで猛毒を食らったかのようにクロコスネがもがき苦しみ暴れまわる。

段々と力尽きてきたのかクロコスネは最後にピクピクと数回痙攣をし、動かなくなった。




「討伐完了!さっすが天才美少女錬金術士シノアリスちゃん!」


自分で自分を褒めながら、シノアリスは軽い足取りでクロコスネへと近づき、顎周りをしきりに触っていたが何かを見つけたのか音を立てて千切った。

魔物もまた素材となる部位を持っている。

クロコスネの顎には、貴重な鱗が生えている。これはある特効薬を作るのに必要な素材の一種でもある。


この素材を採取する場合はクロコスネの外面に傷をつけないことが採取条件。中には武器で仕留めてから採取する者が多いが、その場合鱗が欠けていたりひび割れていたりする。


素材を回収し終えればシノアリスは今だ呆然としているハベルへと近寄った。

だが、放心していた所為かシノアリスが傍に来ていたことすらハベルが気付かなかった。


「おーい、ハベル君?」

「・・・へ、ぁ・・・あ、アリス!怪我は!?大丈夫なのか!」


シノアリスがクロコスネを討伐する光景を見ていたはずなのに。

怪我をしていないか心配をするハベルにシノアリスは、優しい子なんだなぁと微笑ましくなる。大丈夫だと怪我一つしていないと伝えるようにVサインをハベルに見せた。


「なぁ、さっきの石はなんだったんだ?」

「あれは“殺虫石”っていう殺虫薬だよ」


殺虫石は、アメジスト色の一旦普通の石に見えるが、かなりの猛毒。

人間には無毒、畑周囲に蒔ければ獣除けとして役立つ。またアメジスト色が虫を誘惑し無意識に食べてしまう、無論食べれば即死する。

主に農民の人達が良く購入する代物だ。


あの時、シノアリスはクロコスネの駆除には、殺蛇剤を使うと表示された。

猛毒の薬が効くのであれば、と今朝がた作ったばかりの殺虫石を使ってみたが効果は抜群。


「いひひ!アリスちゃん大勝利!!」


素材も調達でき魔物も討伐できたことに、シノアリスはハイテンションにアホ毛を踊るように揺らしながらⅤサインを掲げた。

その様子にハベルは、ようやく安堵したのか肩の力を抜いた。







***


あの後、排水路を脱出しギルドへ報告にむかったハベルとシノアリス。

即座に職員と居合わせた冒険者達と一緒に排水路に確認に向かい、クロコスネがちゃんと討伐されているのを確認された。

街に被害が出る前に食い止めてくれたことで、2人には報酬金としてそれぞれ銀貨20枚が与えられた。

勿論ハベルは何もしてないからと報酬を拒否しようとしたが、シノアリスが抑え込んだ。確かに討伐したのはシノアリスだが、クロコスネに一早く気付いたのはハベルだ。

もし、シノアリス一人であれば、どこかしら負傷していた可能性だってあった。

だから素直に受け取ってほしい、と言いくるめられハベルは渋々ではあったが報酬金を受け取った。


あれからギルドで色々手続きだったり、事情聴取やらで拘束され、気が付けばすでに夕暮れ時。帰り路の街は夕暮れのオレンジ色に染まっていた。

裏通りに入る手前でシノアリスが足を止め、ハベルも足を止める。


「今日はお疲れさま、はい。約束の報酬とおまけ」

「・・・おまけってなんだ、これ」


報酬の銀貨10枚とは別に手渡されたのは赤紫の液体が入った小瓶。


「アリスちゃん特製特効薬。聞いた話だと弟君重度の病気じゃないみたいだから、これで治るはずだよ」

「本当か!?」

「ただーし、絶対とは言い切れないから飲ませた後もちゃんとお医者様に行ってね」

「でもいいのか?これも高価な物じゃないのか?」


病気などを治す薬は基本高い。

医者にかかるのだって、基本銀貨2枚は必要となる。だがシノアリスは「いひひ、オマケだから良いの」と返そうとする薬を笑顔で押し付けた。

でも、と言いかけた瞬間「あーー!」と突然大声をあげるシノアリスに、驚き肩を跳ねさせる。

だが当人のシノアリスは「忘れてた!」と切羽詰まった顔でハベルを見上げた。


「クロコスネのお肉回収してなかった!」

「・・・は?」

「あのお肉を回収して、おっちゃんにミンチを作ってもらおうと考えてたのに!」

「お前、あのときそんな事考えてたのかよ」


いまからでも回収してくると駆けだしたシノアリスに、ハベルは呼び止めたが既にシノアリスの脳内にはお肉のことで一杯だったのかあっという間に姿を消した。

残されたアベルは呆然としていたが、兄の帰りを待っているだろうと弟の元へと歩き出した。



後日、シノアリスがオマケでくれた特効薬は、弟の体をあっという間に元気にさせた。

だけど絶対大丈夫とは限らないため、シノアリスの言う通りハベルは傍で駆け回る弟を連れて近くの診療所を訪れた。


「はい、おしまい」

「先生、弟は」

「大丈夫、病気だったとは思えないくらい健康だよ」

「よかった」


あの特効薬を飲んでから、弟はみるみると丈夫な体となった。いまでも元気そうに椅子の上で足をプラプラさせている。

シノアリスのおかげだとハベルは心内で感謝をこぼした。


「よければその特効薬みせてくれないかな?」

「でも、一口分しかなかったので中身全然ないですよ」

「医師として気になるからね、匂いとかでも大体分かるから」


ハベルは持っていた空の小瓶を医師に差し出した。蓋を取り匂いを嗅ぎ、内側に付着していたであろう僅かな液体を小指で拭い舐める。

そして瓶の底を見た瞬間、医師は驚いたように椅子から立ち上がった。


「え!?うそ!君!これどこで手に入れたんだい!?」

「え、あの・・・知り合いから貰ったんです」


興奮する医師にハベルは何が何だか全く理解ができない。

医師は「実物は初めて見た!」「これがあの!」と興奮気味に騒いでいる。さすがに目の前で騒ぎ出した医師に驚いた弟が慌てて兄の背中へと隠れこんだ。


「あの、先生・・・・一体なにが」

「なにがじゃないよ!これは放浪の錬金術士作の特効薬だよ!」

「・・・放浪の」

「あぁ、証拠がこの瓶の底にある黒猫のマークだ」


瓶の底にはくっきりと黒猫のマークが記されている。

本来なら一口分だろうと、この特効薬は軽度の病気であれば治してしまう万能薬。

最低でも金貨100枚はする、貴族でなければ手に届かないレア物だ。実物をみたことがない医師が興奮するのも致し方ない。


だがハベルは医師の説明に混乱していた。

そして思い出すのは、夕暮れの街で一時一緒に仕事をした1人の少女とのやり取りを。


彼女は確かに、こう言った。

「アリスちゃん特製特効薬」と。


放浪の錬金術士の名はハベルでも知っている。

だけど誰も姿を見たことがない謎のベールに包まれた存在。もしかして、とても貴重な存在に自分は関わったのではないのかとハベルの顔色はどんどんと青褪めていく。


「にーちゃん、どうしたの?」


弟に揺さぶられ、ハベルはハッと我に返る。

今だ騒いでいる医師にハベルは弟を抱きかかえて部屋を後にした。騒ぎを聞きつけてやってきた看護婦に診療代金銀貨2枚を押し付けて、飛び出す様に診療所を飛び出す。


もしあのままあそこにいれば、きっとシノアリスと会わせろなど要求されたかもしれない。


彼女は弟を助けてくれ、働き口を見つけてくれた恩人だ。

恩人を売るような事などハベルの性格上出来ない。

腕の中で大人しく抱かれている弟の温もりを感じながら、ハベルはシノアリスへと感謝を紡いだ。彼女と出会わなければ、たった一人の肉親を失っていたかもしれない。



強くなろう。

今度は自分が彼女を守れるように、この恩を彼女に返すために。

ハベルは誓うように強く拳を握りしめた。

















「おっちゃーん!おっちゃーーん!!このお肉!ミンチ料理して!お願い!!」

「俺は串焼き屋だ!串焼き以外食べてぇなら他所いけ!他所へ!!」



放浪の錬金術士、その名を知らない者はいない。


1つの国に留まらず気まぐれに拠点を移す旅人。

だが、かの手にかかれば、未知とされた薬や武器だって何でも作れる。だけど、王国や貴族がその存在を捕まえようとしても決して捕まらない。


唯一、放浪の錬金術士の品だとわかるのは麻袋につけられた黒猫のマークだけ。




****


本日の鑑定結果報告


・殺虫石

アメジスト色の一旦普通の石に見えるが、かなりの猛毒。

人間には無毒、畑周囲に蒔ければ獣除けとして役立つ。またアメジスト色が虫を誘惑し無意識に食べてしまう、無論食べれば即死する。

主に農民の人達が良く購入する代物だ。



・特効薬(小)

軽度の病気(風邪、発熱、嘔吐、腹痛、頭痛)を治す。

重度の場合は、症状を和らげるが完治には至らない。免疫力を高め、衰弱している人はあっという間に健康になる。

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