第3話 天才錬金術士 シノアリス(3)

スラム街に住む少年ハベルの手を引き、やって来た場所は廃墟となった教会。

誰も手を付けていないせいか、壁には蔦が絡みつき、所々苔がへばりついている。さらに不衛生な物が無造作に捨てられている所為か、悪臭を放っている。

しかも、ここは日当たりが余り良くないのか薄暗く、不気味さが増していた。


「・・・・・こ、此処に入るのか?」

「そうだよー、この教会の中に“キチンシ苔”が生えてるから、それを採取するよ」

「“キチンシ苔”って・・・・初めて聞く素材の名前だな。なんに使うんだ?」

「発毛剤」

「・・・・・・・」

「・・・・・・・」


今から作るアイテムが発毛剤だと知り、コメントに困るハベルだった。だが、そんなのシノアリスには知ったことではない。

依頼は依頼。

受注した以上は、無事商品を納品させるのがプロの仕事だ。


「ちなみに“キチンシ苔”って中々商業ギルドで確保できないから、少しずつ納品すれば生活の足しになるよ」

「そう、なのか?」

「うん、良く素材採取依頼書に乗ってたよ。これは日の涙みたいに即保管とかないからね」


湿らせてさえいれば全然保管はできるとシノアリスは言う。

つまりシノアリスからの依頼が終わった後でも、採取方法さえ分かれば、日々採取することが出来る。つまりは稼ぎ口を見つけたようなものだ。

ハベルは思わず目に涙を滲ませた。


「っ・・・・あ、りがと。ほん、とに・・・・」

「お礼は採取が終わってからだね。では採取にしゅぱー・・・・・・・・」


教会の敷地内に足を踏み入れた瞬間、ズボッと何かが抜ける音と同時にシノアリスの姿が消えた。

思わず「へ?」と腑抜けた声を漏らしてしまったが、目の前にデカデカと空いた落とし穴にハベルは顔面蒼白となり、慌てて落とし穴を覗き込んだ。


「お、おい!アリス!!大丈夫か!?」

「は!その声はハベル君!どうしよう、私!ついに瞬間移動できる魔法を覚えたのかも!」

「いや、落とし穴に落ちただけだから。現実から目を逸らすな」

「・・・うぃっす」


落とし穴から救出されたシノアリスは面目ないと落ち込んだ。先ほどまでピンピンと跳ねていたアホ毛さえも、萎れている。

どうやら不衛生な物を投棄するだけでなく埋めるための穴まで掘られていたとは。

此処は慎重に行動しようとハベルとシノアリスは地面を警戒しつつ、教会の中へと入りこんだ。教会内はほぼ荒れ果てた状態で床の木も程んどが腐りかけている。


「床に気をつけろよ」

「大丈夫、アリスちゃんは天才だから二度同じ目には・・・」

「床には、ほんとぉぉぉうに気をつけろ」

「・・・・・うぃっす」


シノアリスが一歩踏み込んだ瞬間、木の板が割れ再び埋没しようしていた所をハベルが咄嗟に首根っこを掴むことで再び落下事故を防いだ。

心なしかハベルの視線がとてもキツくなっているのは周囲が暗い所為からに違いないとシノアリスは現実から目を逸らしたのだった。


先頭をハベルが歩き、シノアリスのローブを掴む。

これなら後ろでシノアリスが落ちても大丈夫。首は締まるけどね!状態の完成だ。絶対に落ちたくないと内心半泣きになりつつ、木の板を警戒して奥へと進む。


教会内の半分までたどり着けば、シノアリスはストップとハベルに声をかけた。


「キチンシ苔は、特に湿った場所に生息するから。この周囲だね」

「どれも同じ苔にしか見えない」

「特徴は表面が少しテカテカしてるから、表面を触って膜がつけばキチンシ苔だよ」

「へぇ・・・」


試しにいくつか苔を採取し、表面に触れる。4個中3個は指が湿ったように濡れたが、1個だけは油膜がついた。これならハベルでも簡単に採取できる。

だが、こんなに簡単に採取できるのに納品が品薄なのは、どうしても疑問だ。


「なぁ、どうしてキチンシ苔は品薄なんだ?」

「うーん、そうだね。男だろうが女だろうが苦手だからじゃないかな」

「はぁ?なんだそれ」


意味が分からない、と言わんばかりにハベルは眉間に皺を寄せるが、シノアリスがそれ以上答える様子はなかった。仕方ないと作業を再開するも不意にザワリと空気がざわついた。

ぶわり、と一気にハベルの腕に鳥肌がたつ。

思わず立ち上がり周囲を見渡すが変わった様子はない。


「どうしたの?」

「いや、なんか凄い悪寒が・・・・悪い、気の所為だった」

「あーー、いや、うーーん。多分気の所為じゃないような、気の所為なような」

「なんだよ、ハッキリしろよ」


曖昧な返事をするシノアリスにハベルはハッキリ言えと追及する。

暫し思案顔をしていたシノアリスは、分かったと頷き覚悟を決めた様にハベルと向き合った。これからハベルは生活を支えるために何度も此処に来ることになる。

なら真実は早めに知っておく方が良いだろう。


「ハベル、あの祭壇の裏。見てきて」

「は?なんで?」

「悪寒の正体となんでキチンシ苔が品薄な理由がわかるから」

「・・・・?」


シノアリスの言葉の意味が上手く理解できないハベルは首を傾げながらも、言われた通り祭壇へと近づいた。だが、ハベルの本能が警戒しているのか鳥肌が一行に止まらない。


腐った床の上を歩きながら、ハベルは祭壇へと近づいていく。

なんだ、一体なにがこの祭壇の後ろにいるんだ。

祭壇へとたどり着いたハベルは、そっと後ろへと顔を覗かせた。パチリとそれとハベルの視線が重なる。


それは、体全体が黒くカサカサと複数の足が蠢いていた。

その表面はキチンシ苔と同じくらいの油膜が張られているのかテカテカと僅かな光に反射している。

ピョンと頭部から生えた4本の触手がハベルを警戒するように揺れている。


それはスラム街に住んでいるハベルならいくらでも見たことがある虫だった。

そう見たことはある。

だがサイズは親指くらいのサイズだ。だが目の前にいるのは、親指どころではなく寧ろシノアリスの半分くらいの大きさの・・・・・。




「ぎぇえええええええええ!!!」


廃墟となったはずの教会から聞こえてくる悲鳴に住民はまたかと嘆息する。

そう、シノアリスは平気だがこの教会に住んでいる害虫“コックローチ”は人にも他の種族にも本能的に忌み嫌われる害虫。

そしてこの教会はコックローチの寝床でもある。


キチンシ苔は、コックローチの驚異的な繁殖力の成分を大量に含んでいる。

なので発毛剤を作るには、このキチンシ苔を使用した方が一番効果的である。だが、その素材を採取するのが生理的に難関でもあった。

また、採取してもキチンシ苔の成分を知っている錬金術士が調合を嫌がることも多々ある。


だが錬金術士たる者、受注した以上は、無事商品を納品させるのがプロの仕事だ。

まぁ、シノアリスがコックローチが平気なだけだから言えることであり、苦手な人には本当触れるだけでも絶叫する素材なのだから致し方ない。


「でも、一番誰も採取したくない素材だから、これからの働き口にはピッタリなんだよねー」


他の素材は誰でも採取できる。

でもそれはハベルが稼げない日が出来てしまう恐れがあるので、誰も受けたくない品薄な素材採取を選んだのだが。

更に驚くべきことに、シノアリスの前世の地球にもコックローチ、またの名をゴキブリが生息していた。

あちらも生存本能と繁殖が凄いらしい。

何気にヘルプでコックローチを殲滅する手段を検索した際、1000件以上の小窓が開いたときは驚いたものだ。また内容がコックローチをいかに殲滅するかと殺意の高い内容がいくつも出てきたのは、今でも鮮明に覚えている。




腰を抜かし、手についた油膜にまた悲鳴をあげるハベルにシノアリスは頑張れと心の中で強くエールを送るのだった。




****


本日の鑑定結果報告


・キチンシ苔

湿った場所に生息しており、表面には油膜が張られている。

コックローチが苔の生えていない場所を寝床にしたところだけに生える苔。皆このコックローチに会いたくないのと寝床と言えど触れたくないから採取する人間が少ない。

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