第2話 天才錬金術士 シノアリス(2)

ここは、ナストリア王国。

人族の領土にある大陸で3番目に大きな都市でもある。この都市は、主に商業ギルドと冒険者ギルドの2つが主な発展を遂げていた。

また数か月前から商業ギルドが圧倒的な発展を見せていた。

それはなぜか。

理由はいたって簡単。いまこの都市に謎と称される放浪の錬金術士が滞在しているからだ。





「いひひ!今日もたんまり大儲けー!おっちゃーん!串焼き大盛りちょうだい!!」

「んなもん串が折れるわ!!」


とある市場にて、香ばしい匂いを放つ屋台の前でシノアリスは元気に屋台の親父に注文をする。

串焼きの本数ではなく大盛りを注文するシノアリスに親父は全力で突っ込みながらも本来なら3個しかない肉を5個刺して焼く。

ジュー、ジュー、と香ばしい香りを漂わせ、シノアリスはジュルリと涎をぬぐう。

早く早く食べたいとまるでご飯を目の前にし“待て”を言いつけられた犬のようだ。そしてそんなシノアリスの感情を表すかのように、アホ毛がブンブンと上下に揺れる。


「おらよ、熱いから気を付けて食うんだぞ」

「おっちゃん!ありがとぉーーんぐはふ!!うびゃーーい!(美味ーーい!)」


初めて屋台の串焼きを食べたときは、ただ肉を焼いただけのパサパサな肉だったが、今では肉汁たっぷり、肉と一緒に付け込んだ香辛料がアクセントとなり止められない。

さらに極めつけのタレが甘く香ばしく辛さと甘さの調和を生み出している。

幸せそうに肉をかみしめるシノアリス、その感情を表すアホ毛がみょんみょんと踊る。

実はあのアホ毛、生きているのではと屋台の親父は思わず観察してしまう。あっという間に肉を平らげたシノアリスは屋台の親父にお礼を言い、代金を渡して次の屋台へと突撃する。


とある目標があるため、普段なら節約と無駄遣いをしないよう心掛けていたが、今日は自分へのご褒美だとシノアリスはホカホカ焼き立てのパンへとかじりつく。

パンはふわふわ。そして中には濃厚なチーズが入っていて、かじるたびにチーズが伸びる。たまらない一品だ。

初めてパンを食べたときは、歯が砕けそうになるくらいの硬い黒パンだったのに今ではこんなにふわふわとなっている。あぁ、幸せだ。


「いやー、今日は大盛況だね」

「なんでも、この街に“放浪の錬金術士”様が滞在してるらしいのよ」


“放浪の錬金術士”

その錬金術師は1つの都市に留まらない。だが作り出した品物の品質は高品質なのは間違いない。

そして効果も例え(小)とついたとしても、普通の魔法付与などと比べれれば(大)と全く大差がなく値段は、高価格だが決して手の届かない価格ではない。

さらにアイテムだけでなく、手頃に買えるスパイスやレシピなども生み出し食文化に大きな影響も与えた。

つまりこの美味しいご飯も放浪の錬金術士のおかげなんですね、ご馳走様です。


そんな偉業を成し遂げる放浪の錬金術士を囲い込もうと王国は勿論、貴族やギルドも動き出した。

だが不思議なことに放浪の錬金術士を捕まえたものは誰一人いない。一体噂の放浪の錬金術士とはどんな人物なのか。


「少しでも放浪の錬金術士様に滞在してもらうべく、屋台とか大々的に開放してるってことか」

「一度はお目にかかってみたいよな、放浪の錬金術士!!」


もぐもぐ、とデザートのフルーツを平らげながら、シノアリスは軽く聞き流していた。


「“放浪の錬金術士”ねー、天才錬金術士ならここにいるんだけどさー」


果物の特産地ではないナストリア国の果実は、ただ酸味が強い果実だけだったが、いまでは果肉果汁たっぷり、酸味はほんのり、あとはほぼ甘い極上のフルーツ。

放浪の錬金術士の品物は、高価格だが決して手の届かない価格ではない。

だが生産量が多くないことや国や貴族が直ぐに買い占めたりするので、1度もお目にかかったことがない。

一番確実なのはオークションで買うのが手っ取り早い。

だからシノアリスはお金を貯めて、放浪の錬金術士のアイテムを買うのが目標の1つでもあった。


同じ錬金術師として、そんな凄いものなら1度はお目にかからなくてはと鼻息を荒くさせつつ、最後の一口を食べる。

腹が満たされたシノアリスは満足げにお腹を擦り、表通りから外れて歩き出す。

まずは“導きの灯”を調合するために素材を採取しなくていけない。




“導きの灯”は、その名の通りともし火のことだ。だが、この魔道具は1個だけで、洞窟内でも行き止まりまで隅々まで照らしてくれる道具だ。

ただし燃費がよろしくない。高品質でももって1ヵ月。低品質だともって3日。


材料自体は道端や街で簡単に採取できるが、一番難しいのは品質だ。

品質は素材だけではなく錬金術士の腕や魔力にも大変かかわってくる。1gでも量を間違えれば、高品質にはならない。

高品質というのは手間がかかり、中々納品ができない代物。ただし、そんな難関などシノアリスにとって全く意味がない。


町並みから少し外れた場所にある小さな小川。

石橋の上から小川をのぞき込めば、キラキラと光が反射して輝いている。また汚れがないため、小さな小魚の姿も見える。

転ばないように小川の傍に降り、川の中に手を入れる。冷たく心地良い気持ちになりつつ、目的の素材であるキラキラと光る石を掴む。


「まずは、スキル発動、ヘルプ」


ブン、と音を立ててシノアリスの前にボードが現れる。

そして「鑑定」と呟けば、シノアリスの手にあった光る石の鑑定結果が現れる。


“光源石”(品質:中)

石の中で溜まったマナが自然的に発光する石。

綺麗な小川で採取可能。


「品質が中だと、調合のときに品質が落ちるから“光源石”“高品質採取方法”と」


文面が変わり、高品質で採取出来る内容が現れる。手順通りに採取すれば結果ほぼ高品質ばかり。

よしよしと順調な様子にシノアリスは満足げに頷いた。それから目標数まで数を採取し、すっかり冷えた手を温めるように擦り合わせながら次の採取場所へ移動する。


次の素材は“日の涙”

これは街でも道端でも簡単に採取できるが、採取方法を間違えれば低品質へと早変わり。

お日様の光を強く浴びる場所に生えており、赤と黄色のグラデーションをした花びら。その花びらはまるで涙のような形をしていることから“日の涙”と言われている。


「よーし、狩るぞ!!」


日の涙の前に座り、シノアリスは再びヘルプを使用する。

今度は鑑定ではなく「日の涙、採取方法」と言葉を発する。すると目の前には日の涙を採取する方法が現れた。


【①日の涙は根っこから引っこ抜けば品質が落ちる。】

【②品質を保つためには、まず根っこを少しだけ空気に触させた状態で、花びらだけを採取する。】

【③採取した花びらは素早く収納すること。】


ご丁寧に説明分だけでなく、採取手順のイラストまでついている。

書いてある通りに採取し、鑑定をすればどれも高品質。


素材用収納袋に素材を収めながら、シノアリスは後は部屋で調合するだけだと歩き出す。

裏通りを抜ければ表通りに戻れると少し速足で歩くが、ふと喧騒が耳に届く。騒ぎの方へ顔を出せば、そこにはスラム街の住人であろう少年と商人と思わしき太った男の姿があった。


「だから!ちゃんと約束通り採取してきただろ!!報酬を寄越せよ!」

「うるさい!確かに採取してきたが、ほとんどが低品質ではないか!これでは依頼失敗も同じだ!!」


こんなのただのゴミだ!と素材を少年に叩きつけ、それでも縋ろうとする肩を蹴り飛ばす。

体格の差であっという間に壁に叩きつけられた少年は痛みで蹲り、商人はドスドスと荒い足音を立てて去っていった。


「おーい、大丈夫?」


相手が完全にいなくなったのを確認し、蹲っている少年に声をかける。が、痛いのか呻き声しか返ってこない。

見た目的にシノアリスと同じ年くらいだろう。本当ならきっと綺麗な金色の髪は洗っていないのか汚れで土色になっている。ガリガリの手足に明らかに栄養不足を示す顔色の悪さ。


もしかしたら先ほどの衝撃で骨に当たったのかもしれない。

シノアリスは、ホルダーバックに手を突っ込み、何かを探すように手を動かす。ようやくお目当てを掴んだのか取り出したのは一枚の葉っぱ。


葉っぱを少年の口へと近づけ「食べて」と促せば、少年は流されるままに葉を食す。すると先ほどまでの痛みがあっという間に引いていき、思わず飛び起きた。


「痛みがない?なんでだ!?」

「そりゃー、ロキソ草をそのまま食べてるからね。痛みが中和されるさ」

「ロキソ草?も、しかして高価な素材なのか」

「“癒しの雫”の材料の1つだから、そこまでお高くないんじゃない?」


“癒しの雫”は、冒険者なら誰もが知る回復アイテム。主に負傷を癒してくれる、または体の免疫力を高めてくれるので、闘病中の人も飲んでいる。

だが、意外と良いお値段。


シノアリスの言葉に、少年は「高価な素材じゃねぇか!」と慌てて吐き出そうとする。さすがに目の前で吐かれては気持ち的に良くないので両手を突き出し「どうどう」と少年を落ち着かせる。

そして足元に落ちている萎れた日の涙を拾った。


「あー、これ枯れてるから素材にならないね」

「!!」

「採取方法はちゃんと聞いた?」

「・・・・引っこ抜くだけで良いって」


確かに引っこ抜くのは採取方法の1つだが、素早く調合するか時間停止機能がある収納バックにいれなければ意味がない。


「ダメだよ、日の涙は素早く調合するか時間停止にしないと直ぐ枯れちゃうんだよ」

「そ、んな!じゃあどうすれば良かったんだよ!早くしないと弟が・・・・」

「訳あり?」


少年、ハベルはこのスラム街に住む少年である。

幼いころ親に捨てられ、唯一肉親である弟を協力し合って、いままで生き延びていた。だがある日、ハベルの弟が病を患った。

病院に連れて行こうにも、お金のない。


初めは冒険者ギルドに入るかと悩んだが、入会金に銀貨5枚必要。武器もなければ素材を保管できる補助道具もない。

さらに依頼を失敗すれば違約金を支払わなくてはいけない。

商業ギルドは、入会金は銀貨8枚。冒険者ギルドより高いが、その分待遇も厚い。


どちらのギルドも依頼を仲介してくれるので報酬金の一割をギルドに収めるが勿論依頼失敗の場合は違約金が発生する。

だが、仲介手数料や違約金はあれどギルドを介した場合のメリットもある。


まず、クエストを依頼する場合は依頼者の身元保証をギルドがしっかりと管理する。

中には依頼主は極秘にしたいとしてもギルド側は身元確認のため、受注者には教えないがギルド側が必ず把握するようになっている。

そして、依頼を受注した当人の情報を本人の意思で公開にも非公開にもできる。

これは放浪の錬金術士のように有能な人材を無理矢理捕獲したり、奴隷にしたりさせないための言わば個人情報保護に近い。

勿論知名度を上げたいなどいう人は大々的に公開にしている。ちなみにシノアリスはロゼッタの助言により非公開にしていた。


ギルドを仲介しない場合、個人情報が守られない、下手をしたら買い叩かれるデメリットが多いのが個人依頼だ。

これは直接依頼人から依頼を受け、達成報酬をもらう。だが失敗しても違約金は払わなくても良いが、信頼をなくす。またはハベルのように暴力を振るわれることもある。

デメリットは多いが、入会金もなく失敗したときの違約金を払えないのであればハベルに残された道は個人依頼のみとなる。

一刻も早く依頼を完了させ報酬を貰い病院に連れて行こうと考えた矢先に、依頼は失敗。

このままでは、弟が死んでしまうとハベルは悔し気に声を震わせた。


「うーん・・・」


此処で病気などに効く回復薬をあげるのが正義の味方なのかもしれないが、それでは何の解決にもならない。シノアリスが此処で助ければ、彼らは次に困ったとき手立てがない。

だから次に同じことが起きても対処できるようにしなくてはいけない。


「あ、じゃあ今日1日だけ私の助手してくれない?そしたら報酬に銀貨あげるよ」

「助手?」

「そう!私は天才美少女錬金術士シノアリス!!アリスちゃんって呼んでね!魔道具を作るために日々採取に駆け回っててね。ちょうどお手伝いさんが欲しかったんだ」

「え?ほん、とうか?」

「アリスちゃんは嘘はつきません」


ニッコリと笑うシノアリスにハベルは深く頭を下げ感謝を述べた。早速移動しようとハベルの手を引いてシノアリスは再び裏通りを駆け抜けた。


****


本日の鑑定結果報告


・通貨

この世界では白銀貨、金貨、銀貨、銅貨が通貨となっている。宿屋は1泊銀貨1枚。

屋台の串焼きは1本、銅貨3枚となっている。


・冒険者ギルド

誰でも入会ができる。入会金には銀貨5枚必須。

主に魔物の討伐や素材の採取、護衛、雑用などを行っている。


・商業ギルド

一部規制はあるが、基本誰でも入会できる。入会金銀貨8枚必須。

だが露店場所の提供、素材の買取割増、施設利用時に割引など冒険者ギルドより待遇が良い。

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