第5話 勇者と猫

 満足するまで鼠を食べた後、ヒョウと談笑した。俺は最近あった出来事だったり、昔にあった笑い話などを話した。ほとんどが黒猫の話だ。対してヒョウの方は、毒蛇と戦っただとか、クマを追い払ったなどの自慢話ばかり。しかし彼の自慢話をうっとおしく思わなかった。自慢話の中にも、自分の失敗が含まれていたりして面白かった。

 俺が話す番が来て、さて何を話そうかと考えていると、突然外で人間たちが騒ぎ始めた。外に出てみると、皆道の真ん中を開けて拍手している。

「皆いきなりどうしたんだ」

 俺が訊くと、ヒョウは肩を竦めた。この町に二年もいるヒョウでもわからないのか。

 俺は外に出ると、道の真ん中に向かった。恐らく道の真ん中に何かあるのだ。だから空けているに違いない。

「ケケ!」

 真ん中に着くと、どこからかユーリの声がした。どこにいるのだろう、ときょろきょろしていると、後ろから掬うように持ち上げられた。

「やあ、猫ちゃん」

 俺を持ち上げてきたのは黒髪の男性だった。男性は重そうな剣を背負っていて、着ている服も鉄出来ていて頑丈そうだ。じっと男性の剣を見ていると、男性は微笑を浮かべた。

「この剣が気になるかい?」

 気にならないわけでもないが、別にいい。どうせ自慢してくるのだろう。それより早く下ろしてほしい。この体勢苦しいんだよ。

 俺は何度も助けてと鳴きながら男性の腕を掻いた。なんだよこの腕。掻いた感覚が気持ち悪い。すると、ユーリが人ごみの中から出てきて近づいてきた。

「あの、すみません、勇者様。その猫、私の猫なんです」

「ん、そうか。それはすまなかった」

 男性は申し訳なさそうな表情で俺を地に下ろした。やっと楽になったかと思うと、次はユーリが抱いてくる。

「それにしても、お嬢さん。かわいい猫を飼ってるんだね」

「いえ、そんな」

 俺がかわいいだって? いや、断じて違う。俺はかわいくない!

「お嬢さんも猫ちゃんに負けないくらいかわいいよ」

 ふん、かっこいいこと言いやがって。このセリフでどれだけ多くの女性がこいつにキュンと来ただろうか。見た限り、そこまで多いわけではなさそうだ。ざっと十人程度。

 ユーリは「そ、そんなわけないですよ」と答えると、顔を赤くしながら走って逃げた。

 勇者の姿が見えなくなると、ユーリは俺を置き、しゃがんで顔を失われていない左手で隠した。

 ふーん。あいつが好きなのか。別に人間の恋愛なんてどうでもいいけど。

 俺は家の屋根に上ると、上から男性を見下ろした。そういえばあいつ、ユーリに勇者様と呼ばれてたな。勇者か。そういえばご主人から聞いたことがある。めっちゃイケメンで、めっちゃ最強で、めっちゃ親切らしい。イケメンは認めてやろう。親切だということも。ユーリがあんなに顔を赤くするくらいだからな。だが、はたして強いのだろうか。強いから勇者になれたのだろうけれど、彼より強い存在などたくさんいるんじゃないか?

 隣から音がしたので振り返ると、ヒョウが歩いてきていた。

「ここにいたのか」

「おいてきてしまったようだな。申し訳ない」

「別にいいさ。それより、あいつ誰なんだ?」

「勇者らしい」

「ああ。勇者か」

「勇者を知ってるのか?」

「そりゃもちろん。知らない奴なんていないってほど有名さ」

「強いのか?」

「かなり強い。俺には兄さんがいるんだけど、兄さんはここから遠く離れた正龍岳というところで暮らしてるんだ。そこには昔、不良猫の集団がいて、ある時、休むために来ていた勇者に襲い掛かったらしい。だが全員反対に殺された。あの猫たちが弱かったわけじゃない。ボスなんか、大蛇を殺したことがあるくらい強いんだ。なのに殺された」

「へえ、そんなに強いのか」

 不良猫の話を聞いて、俺はふと思った。そういえば俺も不良猫なのか、と。ご主人の家にいた頃は、よその家に行って家の中を荒らしたり、人間に飛びついて顔を引っ搔いて物を奪ったりなどしていたが、そんなわけないよな。

 俺は勇者を再び見た。

 村のみんなに囲まれて満面の笑みを浮かべている。強いということは、それほど辛い経験を積んできたってことだ。この勇者は、どんな人生を送ってきたのだろう。

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