第4話 灰色の猫
ユーリに飼われてから五日が経った。この町で猫は珍しいらしく、道を歩くだけで注目の的だった。魚屋に行けば小魚をくれるし、近所のおっちゃんのところに行けば、鼠をたらふく食べられる。今日もおっちゃんから鼠をいただこうと家の中に入ると、家の中には別の猫がいた。そいつは全身が灰色で、尻尾は細長い。灰色の猫は、俺に気づくと振り返った。途端に視線が合う。
「なんだよお前」
俺はシャーと威嚇のポーズをとり、ドスの利いた声で脅かした。しかし灰色の猫は、俺の声を聞いても怖気づかず、じっと俺を見つめたままだ。こいつ、なかなか強いじゃねえか。
自慢ではないが、俺はご主人のいる市内の猫の頭だった。俺のこのドスの利いた声を聞いた途端、猫たちは怖がって逃げていくのだ。しかし唯一逃げ出さなかった奴がいる。それは黒猫。頭が悪いのか何なのかわからないが、声を聞いても首を傾げるだけで全く怖がった様子がなかった。
今目の前にいる猫も怖がらない。彼は言葉を発さず、ただ立ち止まって俺をじっと見つめている。
「ここは俺の縄張りだぞ。あっちいけ」
「縄張り? 君の?」
「そうだが」
「鼠がいたものだから、軽食にと思って来てみたが、君の縄張りか。ならいいや」
灰色の猫はすました顔をして脇を通り過ぎ、家から出た。
「おい、待て。お前は誰なんだ。この町には俺しか猫がいなかったはずだぞ」
灰色の猫は振り向くと、鼻で笑った。
「俺は向こうの森に棲んでいる野良猫さ。君、最近この町に来たばかりだろう?」
「なぜわかる」
「君の様子を見ればわかるさ。この町の人々は優しい。だがお前はどうだ。縄張りだと言って俺を追い出そうとした。まあ、僕はこの町の人々と同じように優しいわけだから自分から出ていったけどもね」
むかつく奴だ。しかし、彼のいうことは最もだ。この町の人々は優しい。それに比べて俺は優しくないと?
「わかった。俺だって優しいからな。今日だけ特別に鼠を分け合って食べようじゃないか」
「今日だけ特別?」
「……わかった。いつでも来い」
俺が答えると、彼はさっさと家の中に戻ってきた。口車に乗せられたような気がするが、まあいいや。
「それで、野良猫さん。君の名前は」
「俺はヒョウという」
「そうか。俺は一応ケケだ」
「一応ってなんだ?」
「もう一つ名前があって、シロというのだが、ケケの方が気に入っている」
「なるほどね」
ヒョウは、早速巣の中にいる鼠を見つけると、手を素早く突っ込んで鼠を引き出した。
「おお、よくやるじゃないか」
俺は下を巻いた。いつもここの家のおっちゃんに鼠を捕ってもらって、それを食べているのだが、自分で捕まえたことはない。というか、あんなにすばしっこい奴を捕まえるには罠を張るしか方法がないと思っていた。しかしこいつは素手で取りやがった。
ヒョウは微笑を浮かべた。
「これくらいどうってことないさ」
言ってヒョウは鼠を飲み込んだ。
「ケケは捕まえられないのか?」
「恥ずかしいことに、捕まえきれない。今日はおっちゃんもいないようだから、捕まえてくれないか」
「縄張りに入れてくれたんだ。鼠を捕まえるくらいお安い御用」
ヒョウの鼠を捕る能力は見事なものだった。鼠の巣穴を見つけると、鼠の姿が見えるまで待ち伏せ、姿が一瞬でも見えると、すぐに捕まえる。鼠の狩人と言っても過言ではない。
俺はヒョウの取ってくれた鼠を、半分分けてもらって食べた。しかし、ちょっと飽きてきたな。昨日からずっと、鼠しか食べていないような気がする。俺がここの家のおっちゃんから鼠をもらっていることを知ると、ユーリは一切ご飯をくれなくなったのだ。鼠を食べなくなったら、ユーリはご飯をくれるようになるだろうか。
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