5. Judgement 1

「次の奴は、どんな奴だ」

「ん? まだ若い女じゃないか」

「面倒臭いが仕事なんでな」

「さっさと終わらせてしまおう」



「……おい、そこの女」

声が聞こえた気がして、意識がはっきりしてくる。私は眠っていたようだ。どこで?

横たわった体を起こして周囲を見ると、緑色の霧が立ち込めていた。ほとんど何があるかわからない。


……目の前にいる人物を除いては。


「生前お前は何をした? どんな功績を残し、どんな罪を残した?」


そう話しかけて来る"彼"は、あらゆる点で人間離れしていた。顔は霧に覆われてほとんど見えないが、恐ろしい形相をしていることはなんとなくわかった。身体の大きさも、少なくとも普通の人間とはかけ離れていた。そんな巨大な存在が、やはり巨大な椅子に座ってこちらを見下ろしていた。


「……あなたはいったい」

私が聞くと、彼は答える。

「私は、『裁きを下す者』。答えよ。お前は何をしてきた?」

お前は、何をしてきた。その言葉が、私の頭に重くのしかかる。

「それは……」

私は、自嘲ぎみに答えた。

「私は、何も成し遂げませんでした。ただいたずらに日々を消費しました。私が言えるのはこれだけです」


「ほう……」

彼は若干嘲笑のこもったような口調で言った。

「それは間違いだ」

間違い……?

「確かになんの功績もないが、お前は罪を隠している。許され難い重大な罪を」


彼は何処からか大きな板のようなものを運んできて、私の前に置いた。

「これは鏡(ザ・ミラー)。お前の生前の功績・罪を、ひとつ残らず映し出す。いくら隠し事をしても無駄だ。ほら、もうすぐお前が生まれる」


……すべてが映し出された。


先生に歌を披露して褒められたこと。美術のコンクールで賞を取ったこと。文化祭のライブで生徒を盛り上げたこと。

友達を泣かせてしまって、それを聞いた先生が近づいてきて……バレるのが怖かったから……無理やりその子の口を塞いで、結局その後誰にも何も言われず終わったこと。周りがサボってた部活に毎回出てたのに、実力がなくて私は大会で補欠だったこと。先輩に誘われてたライブをバックレて、そのまま連絡を絶ったこと。虫を殺すのが楽しかったこと。公民館の揃ったスリッパを全部ばらばらにしたこと。


本当に、すべてが映し出されたのだ。



私がいないと 社会は成り立たないんだ

私がいないと みんなが困っちゃうんだ

そう思って身を削ってきた

(それは幻想だ)


役に立てる人になるために

必死に努力して 勉強して

でも目立ってはいけない

(無駄な努力だ)


好きなものもなく

なりたいものもなく

死なないために生きていた

(自堕落だ)


怒られないようにしたら

怒られなくなったけど

何もできなくなった

(みじめだ)


誰かの話を聞く度に

それに対応した人格が生まれた

私には意思がない

私には私がない


私はどこにいる?

(そこにいるだろう)

私は何なの?

(ただの肉塊だ)


ただ押し殺すのが楽だと気づいた

感動も従属もできず

反抗も逃亡もできず

そのまま腐っていった


「お前は、何もしたがらなかった。ただ消えたがった」



「引きこもってからのお前は、散々だった。ほとんど寝っぱなしで、たまに起きて飯を食う。そしたらまた寝る。ちっとも頭を使っていない。唯一頭を使うのは、『どうしたら大学に行ってないことがバレないかな、バレたら何て言い訳すればいいかな』と考えるときだけだ。小賢しい。そのうえ、勝手に死んでしまうなんて! なんて親不孝な子供なんだ」

彼は続ける。

「何もしない、誰も助けない。ただ自らの欲を満たすためだけに生きた。それがお前の罪だ」

「悪いが次の人生はもう決めさせてもらった」

私はそれを聞いて、力なくつぶやく。

「つぎの……人生……」

「……あ?」

聞き返す彼に、私は泣きながら叫ぶ。


「……次の人生なんていらない! もう散々なんです! また、生きなくちゃいけないなんて……。 もう……休ませてください」


彼ははじめ黙って聞いていたが、やがて立ち上がり、しゃがんで私を見た。

「それはできない」

「お前はずっと苦しみ続けるのだ。この狂った世界の中で」

「え……」

狂った世界。彼がそんな言葉を出すのは、意外だった。いや、意外……なのか? そもそも"彼"はいったい、誰なんだ? 神? 超越的な存在? 彼がこの状況を作り出しているのではないの? ならどうして……。

「それが、生きとし生ける物のさだめなのだ」

疑問を差し挟む余地もなく発せられた彼の声には、少し失望の色が混じっているように感じた。


「なあ……」

彼は口を開いた。


「お前は、本当に消えたかったのか? 本当は、何かを成し遂げたかったんじゃないのか?」


え、なんで、そんなこと……。その言葉に私が呆然としていると、彼は何も言わなかったかのように私から目を逸らした。相変わらず表情は霧に隠れて見えない。


彼は再び立ち上がった。そして、低く弱弱しい声でつぶやいた。

「お前のような悪い子は……」

一転、彼は体が震えるほどの大声で叫んだ。

「……鬼の世界に墜ちてしまえ!」


その声とともに、私は激しいめまいに襲われた。

最後に私が感じたのは、全身を突き刺すような無力感と、かすかな痛みだった。



Now is the time to wake up


and you'll see real, then make up


Your mind


Judgement 1

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