晩餐会



「アデラインさま、お倒れになったと聞いていますわ。その後のお加減はいかがですの?」



久しぶりの再会。

だが、挨拶より何よりもまずエウセビアが口にしたのは、アデラインの体調を気遣う先の言葉だった。



「もう大丈夫ですわ、エウセビアさま。ただの睡眠不足でしたのよ」


「あまり無理をなさらないでね。本当は直ぐにでもお見舞いに行きたかったのですけれど、今は婚礼の準備で忙しい時期でしょう? 却ってお邪魔になってしまうのではとおもい、なかなか伺えずにいたのです」


「ふふ。ありがとうございます。気をつけますわ」



アデルよりも一足早く人妻となったエウセビアは、その美しさにますます磨きがかかったように見える。


ゆるく巻いた髪を少し後れ毛を散らしながら結い上げた髪型はエウセビアの白いうなじをあらわにし、それがまた彼女の匂い立つような色気を増していた。



女性は、愛する人から愛を返されると、こんなにも変わるのか。



前にトルファンから、女性は花のように美しく咲くものなのだよ、と言われた時、分かったような分からないような、でも素直にそう言うのは悔しくて、何となく頷きを返した事がある。



ああ、でもきっと、こういう事なのだろう。


元よりエウセビアは美しい女性であった。

だが、今はその時と全く違う。


同じ人であるのは間違いないのに、何かが決定的に違うのだ。



白薔薇のようだとアンドレが言ったその女性は、今はそのアンドレのためだけに更に美しく咲き誇っている。


街を歩けば、その美貌に恐らくその場にいる誰もが振り返るだろう。だけれど、エウセビアの眼は、微笑みは、真っ直ぐに夫アンドレだけに向けられている。


そしてアンドレもまた、信頼と愛情のこもった眼差しを、エウセビアにのみ注ぐのだ。



そうか。これが結婚というものなのか。



分かっていたつもりで、たった今、アンドレ達に教わったこと。



でも、自分がひっそりとそんな感想を抱いた事は、悔しいからアンドレには内緒だ。



そう。絶対に内緒。

結婚して、なんとなく男の風格と言うのだろうか。そういうものが付いてちょっと堂々として格好良く見えるアンドレなんかには、絶対に言ってやらない。



大人気ない、自分でもそう思うような考えを思い浮かべていたら、扉が開き、この屋敷の当主であるヤンセン男爵が現れた。



「皆さま、お待たせ致しました。晩餐の準備が整いましたので、どうぞ食堂へとお越しください」



今晩は、ヤンセン男爵家に招待されているのだ。


前のサシャ拉致事件の解決に協力したお礼として、(もう結構な量の謝礼の品を頂いてしまっているのだが)セスとアデライン、アンドレとエウセビア、そしてジョルジオが招いた晩餐会が催されていた。



セス、アンドレ、ジョルジオ、そしてそれぞれのパートナーをご招待、という事だっだが、では事件解決のために一番走り回った男、ルドヴィックは、と初めに聞いた時は不思議に思ったけれど。



いざ到着してみれば、彼はちゃんとサシャの隣の席に座っていた。


家族扱いという事で、招待客の名前には入れてなかったらしい。



そう、家族扱い。


つまり、この晩餐会は僕たちへのお礼でもあり、そして同時に新たな家族が誕生する事をお知らせする場でもあり。



そのお知らせ? もちろん。



「我が娘サシャとトルソー子爵令息ルドヴィック殿との婚約が整いましたので、ご報告します」



ヤンセン男爵の朗々とした声が響く。


ルドヴィックの想いが届いたという、めでたい知らせだ。



本来ならば、友人に加え、それぞれの商会の関係者を呼んで大々的に発表するべき話。


そして当然、その集まりは今日から二日後に開催される予定らしいけど。



でも、この件に関する功労者と見なされた僕たちには、まず一番に、そして個人的に、二人の婚約を知らせたいと思ってくれたらしく、それでこの晩餐会となった訳だ。



だから、この婚約話に関しては、あと二日の間は知らない振りをしないといけない。



でも今はそんな事どうでもいいや。



ここは笑っておめでとう、だ。



僕は両手を思い切り叩いて祝福した。

隣にいるアデラインも。


サシャが照れ臭そうに俯く。

ルドヴィックが嬉しそうに笑う。


アンドレもエウセビアも、面白いものを見たという顔で拍手を送っている。


うん、分かるよ。

だって、あのサシャだものね。



ジョルジオと言えば、彼はきっと事情を良く分かってはいない。

それはそうだ。あの二人とは、個人的な付き合いなどないだろう。


でも彼は空気を読める男だから、何も言わず、ただにこやかに拍手をしていた。

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